桜の湯で作戦会議中
噂はなんと女王陛下のところまで行ってしまったらしい。
「困ってるらしいではないか?妾がルイーズに一言申してやろう!」
旅館にお忍びで、遊びに来ていた女王陛下がどことなくワクワクして言う。
「事が大きくなりますから!……ありがたいですけど大丈夫です」
つまらんのぉと本気で不満げだ。子どものようにすねて、ツンツンと料理をつついていたが、ニヤッと笑って言う。
「しかし協力は惜しまぬぞ!」
別の日には、驚くことにあのアーサーからリヴィオに連絡球で連絡が来た。
「リヴィオ、しっかりしろよ。罠にはまるなよ」
茶化すことなくリヴィオは真剣な顔でアーサーを見ている。
「ああ、わかってる。手っ取り早くあのクソババア滅ぼしてくる」
『は!?』
私とアーサーの声がハモる。
ほ、滅ぼす!?!?
リヴィオが回りくどいんだよとアーサーに言うと、やはりそうきたかと連絡球の向こうで額を抑えるアーサーが見えた。
「おまえがそう考えるかもしれないと思って、釘指すために連絡している。公爵家の中で騒ぎを起こすな。スキャンダルに飢えてるやつらに良いネタを渡すことになる。それは社交界での弱味になる。父さんの足を引っ張ることになるぞ」
貴族の社交はおまえが考えるほど甘くないぞと言うアーサー。
「じゃー、どーすんだよ」
「今回はおまえの問題だ。戦い抜きでうまく処理しろ。そっとしておけばお祖母様も飽きるかもしれないから、それも1つの手だろう。おまえは三男だから、そこまでお祖母様も執着しないかもしれない」
「アーサーはなんか後悔してんのか?」
リヴィオに対して思いやるような口調は珍しい。疑問を口にする。
アーサーは一瞬沈黙したが、口を開いた。
「……気づいた時には大事なものを手放した後だった。しかしシャーロットと結婚したことに後悔はない。素晴らしい女性だと思う。唯一、後悔してるとすれば罠にはまった自分の愚かさだ。……お祖母様の罠は蛇のようにしつこい。気をつけろ」
連絡球が切れる。いつもリヴィオと言い合いしているアーサーまでも心配してるなんて、相当なお祖母様ね。
「父さんと母さんも任せると言ってきた。あっちは別に破壊行為を止めてなかったぞ?」
………なんかハリーとオリビアも過去にあったんじゃないかな?と推測した。
いや!でもそこは止めてほしい!
「そ、それはリヴィオが大人になってきたから、そういう話し合い路線で解決できると信頼してるんじゃないかしらっ!?オホホホホッ!」
笑ってごまかそう。
「なんでセイラの声が上擦ってるのかわからねーが、一気に片付けられないのは、めんどくせーなー。このままでもいいが、変な噂は面白くねーな!」
イライラとするリヴィオ。そこへジーニーが来た。
「ハハッ!婚約破棄するんだって?」
ジーニーからも笑って言われ、リヴィオはあーもーっ!と机に突っ伏しているのだった。
「悪い悪い!それはありえないと言っておいたが……身分違いだの伝統だの王家の血が流れる公爵家ならではの話だな」
「なんか滅ぼす以外になんかいい手はねーかな?」
私は嘆息した。……気乗りしない。そっとしておく案を採用したい。
「人の噂も75日というから放っておきましょうよ。こうやって、ジーニーのように否定してくれる人がいるから、いずれおさまると思うのよ。こちらの思いを押し付けすぎてもうまくいかないでしょう?」
ジーニーとリヴィオはそう簡単にいくかなと顔を見合わせていた。
私は仕事に戻るわよと声をかけた。
露天風呂に最初に植えた桜の木が大きくなり、この時期になるとお花見しながらお風呂に入れるようになった。
「花びらがお風呂に浮かんで、すごくきれいでした!」
「なんだかお花とお風呂で得しちゃった気分よ」
と、お客さんにも好評だった。
桜を模した春のお菓子も女性客に人気でお土産にもよく売れている。
そんな桜が見頃で花びらが舞う時にやってきたのは、『歌姫』だった。相変わらずの美人で、売れに売れているという彼女は変装している。大きな帽子を目深に被っていた。不審すぎて余計に目立ってるような。
「ちょっとお風呂へいきましょ!本音を聞くにはそれが一番よっ!」
エナは私を見て、一緒にお風呂へ行きましょ!とガシッと手を掴み、引っ張っていく。スタッフ達が、ええええ!?と驚いているがおかまいなしだ。
「このわたしが来たのはなぜかわかるわよねっ!?」
「歌いに来たという雰囲気ではないですね。そしてなぜお風呂で話を……?」
「話があるのよ!!まさかこんなところて『歌姫』がお風呂にはいってるとは思わないでしょ?女同士、じっくーーり話すわよ」
有り難いことにエナとわたしが大浴場の露天風呂に入ったときは空いていた。桜がひらひらと舞うように落ちてきた。チョロチョロと流れるお湯の音が心地良い。
「はーー。最近、忙しくて、ここのお風呂でゆっくりしたいと思っていたのよねー」
ナイスバディの白い肌の体に金色の髪をした彼女はお風呂でも水の妖精のように美しく、伸ばした手足は長い。
「フフン。見惚れて良いわよ〜?あなたにならすごーくいい気分だわ!」
得意げに言われてしまう。私は苦笑した。エナが妖精のように美しいのは前から知っている。
「私とリヴィオの婚約の話ですね?」
温かいお湯に浸かりながら話す。花びらがスーーッと流れていく。
「びーっくりしたわよ?王都でそんな話を聞いた時!悔しいけど、リヴィオのセイラへの惚れ具合を知っているから、それは無いわと思ったけれど確認にきたわ」
「そうです。デマです」
チャポンとエナはお湯を両手ですくう。
「なんで?そんな話が出たわけ?」
「リヴィオのお祖母様が私のような身分の者、このような仕事をしている者は公爵家に相応しくないと仰って……新しい婚約者を探してきたみたいです」
「それで退いたの?」
「いえ、白百合の姫という人を婚約者にすると一方的に言われてしまって、あっという間にこのような噂まで広がってました」
なーるほどね。とエナが言う。
「リヴィオ、公爵家の坊っちゃんだものね。でもそこで諦めないんてしょうね?諦めるならわたしがもらうわよ!?」
にやりとエナが笑った。私は首を横に振る。
「諦めません!それは絶対に!!」
「それでこそ!セイラ=バシュレよ!つまらない女にならないでよね」
桜の花びらをすくっては流してエナは力強く言った。
「わたしも身分がどーこーとか、職業がとか言われるのは大っきらいなのよ。劇場で歌をうたっているとね……いろんな人が近づいてくるわ。やっぱりいるわよ〜。貴族だから、大富豪だからっていばるやつ。負けないでよね!!」
目を見開いて私は彼女を見た。真剣に応援しに来てくれたことに気づく。なんだか嬉しいものであった。
「ありがとうございます。なんか力もらえました」
私が感謝すると、エナが顔を私に近づけて言った。
「いいこと?わたしの力が必要ならどれだけでも貸してあげるわよ。リヴィオがセイラ以外に惚れるのは嫌なのよ!」
わたしになら良いけどねっと言う。
「白百合の姫はけっこう遡ると王家の血が入ってる伯爵家でもあるわ。リリー=エバンス。美しく、その立ち居振る舞いは数多くの男性を虜にし、気品あふれると聞いたわ」
「一度みました…確かにかなり美し……」
「わたしより!?」
「え!?いえ……お二人共、どちらも綺麗な方と思いますよ」
私の言葉を遮って尋ねるエナ。
「くっ……まず、それが気に入らないのよっ!セイラならリヴィオがその才能に惚れたとかなんとかあるけど……あっちは外見がまず美しいのよね」
なんか外見のこととなるのと、すごく悔しそうなエナ。私は除外らしい。わかるけど。
私の手を握る。真剣な眼差しだ。
「作戦会議よ。いいこと?わたしの案をきいてちょうだい?」
ガチャッとドアが開いて、スタッフが楽しそうですねー!と言って、お盆に冷酒をのせてきた。
「これはサービスです。他のお客様はまだいらっしゃらないので……エナ様、女将を元気づけに来てくださったんですよね?ありがとうございます」
……噂は皆知ってるらしい。スタッフも知っていたのか。
「美味しそう!ありがとう」
エナが喜ぶ。花見酒になった。お風呂に浮かぶ花びら、木々に咲く桜……風流である。
お酒が入って、エナはさらに気分がのってきた。
「作戦名『ラブラブ大作戦』よ!!」
「ラブ……!?ありきたりなネーミングセンスでダサいけど、わかりやすいです。何をさせたいのか察しました」
作戦名だけでわかる。こんなわかりやすいことはない。
「一言余計なのよっ!飲み込み早くて助かるわ。さあ!反撃しましょう。恋する女の力みせてやるのよ!」
私の気持ちを鼓舞し、後押したのは……誰でもなく、まさかのエナであった。恋する女子は強い。頭に桜の花びらがのっている。
私の人脈、力、すべてを使い、諦めないという意思を示していく!
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