優しい料理
春の山菜天ぷらを味見する。サクッサクッとして苦味が少し感じられて青々しい香り……春を感じる。
「どうでしょうか!?」
料理長が春の新作メニューの味見をさせてくれた。塩をつけて、もう一口。サクッと衣のいい音。
「うん。春の味がするわ。美味しすぎる!衣の揚げ方も絶妙!」
良かったですとニコニコしている。そしてやや気恥ずかしそうに話を切り出してきた。
「実は、私の料理の師匠が旅館に泊まりに来るのです」
「それは楽しみね。料理長の師匠、すごく料理上手なのでしょうね」
「はい。作る料理は絶品です!屋敷にいる父とは古い友人なんですよ」
「えー!そうなの?」
「なので、今回は父と師匠が一緒に宿泊して楽しむそうです!ちょっと緊張します」
やや不安な顔になる料理長。私はニッコリ笑って、大丈夫よ!と言う。
「いつもの料理長でいけるわ!お客様、いつも美味しいって褒めてるわよ」
そうですかね……と照れている。
「女将、驚きの変わった料理ないですかね?」
うーむ……と考える。
「こんなのはどう?」
私は図を書き、だいたいの手順のレシピを伝える。
「なるほど!蒸し料理ですね。師匠も父も歳ですし優しい味の料理、喜ぶと思います!ありがとうございます」
「私は伝えることはできるけど、作ることは極められないのよね。私も食べてみたいから楽しみにしてるわ」
やはり私は素人なのよね……前世でも思ったけど、料理人の父が作る味は繊細で味が深かった。
頑張ります!やってみます!と目をキラキラさせている。
1週間ほど経ったときに老人だが、筋肉がついているマッチョで、体の大きな男が現れた。若い頃なら用心棒ですか?と聞かれただろう。屋敷のコック長が久しぶりですね!と出迎えた。背の低いコック長とは対極的な容姿。
「トニー、元気でしたか?」
「おー!久しぶりだなーっ!ジョン!!」
熱き抱擁をかわし、再会を喜び合う二人。コック長はトニーに潰されそうだ……。
「いつも店が忙しいからな!今日はゆっくりするぞー!飲むぞー!」
「やれやれ……どうせいつも飲んでるんでしょう?」
コック長はそう言う。トニーがわかるかー!?ガハハと大笑いした。
「今日は弟子の料理が楽しみでしてね!」
部屋へと案内する私にトニーはそう言う。
「料理長は食べてもらえることを楽しみにしていましたわ」
コック長とトニーは部屋に入るとお茶を断って、酒を頼む。
「コック長……歳なのだから、お酒気をつけてくださいよ?体が心配だわ」
ヒソヒソと私が言うとコック長はわかってますよ。トニーに付き合って飲むと体が持ちません。と言う。
ドアがノックされて「失礼します」と料理長がはいってきた。師匠であるトニーに挨拶しにきたらしい。
「師匠、お久しぶりです」
「おー!今日はうまいもの食わせてくれよーっ!楽しみにしてるぞ」
「は、はいっ!」
少し緊張した返事をして料理長はお辞儀した。廊下でドキドキしますと私にそう言う。いつもこんなプレッシャーに負けるような料理長ではない。他の料理人たちにも堂々として指示をとばし、調理場を見事に回している。
「トニー師匠はほんとにすごい料理人なんですよ。王都の料理人で知らない人はいないでしょう『炎の料理人』そう呼ばれています」
そうなのね……有名な人であり、尊敬する人であるようだ。
食事は賑やかなほうが良い!と言って大広間へ行くトニー。私がお酒を注ぐと二人はありがとうと礼を言う。
春を感じられる前菜をツマミにしてお酒がすすむトニー。
「ジョンと一緒に作っていた時が懐かしいよなぁ……ん?何だこの味は?」
出汁を使った料理に気づく。小さな煮物の味をへぇ…と言って食べる。その顔はすでに料理人になっている。
「うまいだろう?」
コック長が息子の作った料理を自慢げに言った。返事なく静かに味わってトニーは食べている。
「何を使っているんだろう。この味の深さ!」
「出汁です。魚や海藻、キノコといったものの出汁の味を大事にしてます」
ジュワアアアと石の板に焼かれている肉を見た時もこの皿すごい!と感動するトニーは酒を飲むことも忘れていた。
「熱い皿で肉がさらに火が通ることを計算して出さないとな……まだそのへんは甘いな」
ブツブツとそう言って真剣に料理を味わい、仕事モードになっている。
「うおおお!作りたくなってきたあああ!」
いきなり創作意欲がかきたてられたらしく、席を立ち上がるトニー。
「お、おいっ!トニーっ!!」
コック長が止めるがいなくなった。
「ちょっと見てきます!」
私は追いかける。どこへ!?スタッフに大きい体の人は通らなかったか?と聞いて探すと行きあたったのは調理場だった。
「いや…こっちのほうがおもしろいと思うけどな」
「この大きさで蒸し上がりますか?」
「料理に計算はつきものだ。時間の割り出しをした。こんなもんでいいだろう」
「なるほど!よし!容器を用意します」
トニーが料理長と一緒に何かを作っている。その姿は楽しそうで声がかけられず、私は眺める。
「本物の『炎の料理人』を拝めるなんて!」
「うおおお!あの手つき素晴しい!」
「具材を切る速さ!神か!?」
「しかも美しくすべて形も彩りも計算されてる」
他の料理人たちへも良い刺激となっているようで勉強だ!と二人のやり取りや作り方を真剣に見ている。
しばらくして、少し料理の提供の仕方を変えていいかと聞かれ、もちろん良いわよと答えた。
コック長が心配していたが、事の成り行きを話すと、呆れたようにトニーは休日なのに料理から離れられないんですねと言う。
「おまたせいたしました!本日はこちらから提供いたします。『茶碗蒸し』です!」
料理長とトニーが揃ってお客様の前に現れて挨拶する。
「お、おい!あれ『炎の料理人』じゃないか!?」
「王国でも3本の指に入る料理人だ!」
「なんでここに!?」
ざわめく広間。二人がさっと白い布をとった。
これは!!……巨大な茶碗蒸しー!
大きな容器に入れられたプルプルした茶碗蒸し。黄色の上に美しく飾りきりされた春の花々や葉。
すくってお客様に配っていく中からエビ、キノコ、肉、野菜など様々な具材が出てきた。
「うわー!優しい味わいね」
「なんかホッとするな」
「いろんな具があって楽しいね」
会話が弾む。おかわりもありますよと言われてやった~!と喜んで二杯目をもらう人もいた。
料理長とトニーの様子をコック長は嬉しそうに見守っていた。
「息子さん、すごく頼もしいわね!トニーさんも楽しそうにしてるしコック長は二人のところ、入らなくていいの?」
フフッと笑って、からかうとコック長がいいんですよと穏やかな声で言った。
「田舎が嫌だと飛び出していったのに、こんな立派になって……お嬢様の建てた旅館のおかげで一緒に過ごすこともできるようになりましたし、今、本当に楽しいですよ。感謝してます」
孫たちもかわいいですし!と微笑んでいる。
後から女将の分ですと小さい茶碗蒸しをくれたのだった。食べるとツルンとした喉越しに優しい出汁の味がして、気持ちまで優しくなれそうだった。
その数日後……『リヴィオとセイラは婚約破棄し、白百合の姫と婚約する』という噂が貴族の間でされていると知った。だれが撒いてる噂なのか一目瞭然だ。
「料理長。また私にも茶碗蒸し作ってくれる?」
「どうしたんです!?」
「優しい気持ちになるために食べたいの!」
疑問符を浮かべる料理長は美味しかったってことですねと笑って、また作りますよ!と言ってくれた。
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