金の稲穂
私は思いのほか長く伏せってしまったが、もうすっかり元気である。むしろしっかり休んだので、前より元気なほどである。
それでも屋敷の者達やスタッフ達は心配して動かないように気を遣ってくれるからよけいに皆に悪い気がしてくる。
長く寝ていた体を慣らすために散歩をしているとリヴィオがササッとやってきて、隣に並んで歩く。
「過保護すぎない?」
そういう私に彼はジトーと恨めしそうに半眼になって言う。
「今日は旅館の予約客が少ないから余裕がある。過保護だろうがなんだろうが、急にいなくなったら困るしな」
根に持ってる。前回の事件のこと根に持ってるよ!!冷や汗がでる。
「お嬢様!大丈夫なんですか?」
トーマスが歩いていると驚いて声をかけてくる。
「ほんとに、もうなんともないわ」
「そうですか、ほんとに良かったですよ」
ホッとした顔で、実は……と切り出す。
「田んぼがそろそろ収穫時期なのですよ。見ますか?」
「ほんと!?見たいわ」
田んぼへと3人で歩いていく。
ザアっと風が吹き、揺れた。重たそうに穂が首をもたげている。海の波のようにうねる黄金色の稲。
「これ……金の稲穂……っ!」
すごい。収穫前のお米が金色に実っている。ぎゅっと一粒一粒に美味しさが詰まってるように感じる。
「青田も素晴らしかったけど、これも素敵だわ」
しばらく私は秋の田の空気を吸って、無言で眺めていた。懐かしい。日本の光景。涙がでそうになる。
なぜ私はこの場所を捨てれると思ったのだろう?
金色の稲穂を見ながら私は静かに言った。
「リヴィオ結婚しましょう」
「ああ。しよう」
即答するリヴィオ。クルッとリヴィオの方を向くと、とても優しい表情をしていた。唐突に言ったのに驚く様子はない。
「迷わないのね」
「ずっと待っていたからな」
ナシュレの領民、旅館、リヴィオ……私はずっと皆とここにいることを決めた。覚悟を決めることは、こんなに勇気がいることだったのかと気づいた。
風に揺らされて稲穂がサワサワとこすり合う音がする。リヴィオと見つめ合う……。
「ゴホン……」
はっ!と気づくとトーマスが咳ばらいしていた。わ、忘れてたーーっ!
「あ、あら。ごめんなさい」
「良いんですよ……トーマスのことはお気になさらず……グスっ」
え!?泣き出した!?男泣きをしだしたトーマス。
「え!?セイラじゃなくて、そっちが泣くのかよっ!?」
リヴィオが困惑している。確かに……。
「嬉しいんです!ずっと小さい頃から寂しそうだったお嬢様にとうとうこんな日がくるなんて!クロウも絶対に泣きますよ!ううっ……いや……屋敷の者達もみんな泣きますよっ!……グスっ」
トーマスがリヴィオの手を握る。
「お嬢様をお願いします!ほんとうにお願いします!!」
あ、うんと頷くリヴィオ。勢いに圧されている。嫁に出す父親のようだ。
「もちろん幸せにするし、ナシュレや旅館のことも守っていく」
サラッと私の方を見て、言ってのける。私が悶々と考えていたことを彼は迷いもなく言う。
誰かがずっと隣に……一緒に居てくれることの心強さは私をもっと強くしてくれる。なんだか慣れない感情だけれどと恥ずかしくなって少し下を向いた。
数日後、新米を食べる会を開催した。私の回復祝いもかねて皆が集まる。秋晴れの空の下、ワイワイと賑やかな声が屋敷の庭に響く。
おにぎりを手にするトトとテテ。
「三角形の食べ物!面白い形なのだ!」
「何が中に入っているのか楽しみなのだ!」
かぶりつくとパアアアと顔が輝く。
『おいしーのだー!』
ちらし寿司もお皿にのせていく。エビに卵にきゅうりにしいたけ……カラフルで見た目でも人気のようだった。
「これ、いろんな具がはいっていてうまいな!」
リヴィオは気に入ったようだ。
ジーニーは具が巻かれた巻き寿司のほうに手を伸ばし、これもうまいなー!と言っている。
「お米って美味しいのねー!」
「初めて食べたけど、また食べたくなる!」
トーマスと田んぼを作っていた人達がやりましたね!と嬉しそうに顔を見合わせる。
私もおにぎりを食べる。噛むとモチっツルっとしたお米の食感に幸せを感じる。頬を抑える。新米は格別よね。同じ転生者であろう祖父にもナシュレで作ったお米を食べてみてもらいたいなと思う。
アオは助けに来てくれたものの、忙しいと言っていたが何をしてるんだろ??
「お嬢様!トーマスから聞きました!おめでとうざいます!」
いきなりクロウが言い出す。ま、まさかこの場面!前回もあったような気がするわっ!
「ちょ、ちょっと!」
待って!と私は制止しようとした。この場で言っちゃう!?
「ご結婚を決心なされたそうで!」
『ええええええ!』
周囲の叫ぶような声が響いた。間に合わなかったああああ!
「式はいつするんですか!?」
「大変!レースの在庫をあったかしら。王都でドレスの発注を!」
「靴もどこのお店がいいかしら!」
「お嬢様に似合うティアラも用意しないと!」
「あら!ネックレスのデザインもいくつか用意しましょう」
「手分けしましょう。いそがしくなるわね!」
「えっ!?いつするとかは……まだまったく決めてないんだけど……聞いてる?みんな?聞いてるーっ!?」
動揺する私を置き去りにし、メイドたちが慌てふためいている。
「やれやれ。ここまで長かったな」
ジーニーが少し寂しげに笑った。リヴィオは真顔でジーニーを見て言う。
「悪いな……最初に護衛をしないかとオレに声をかけてくれて感謝してる。おまえ、ほんっとにいいやつ!っていうか。お人好しだよな」
「そんなに人がいい方ではない。僕はセイラを追いかけていて翻弄されているリヴィオを見るのが面白いだけだ。それこそ学園の初等部時代からな!誘っては断られ、見つめては逸らされ、首席を奪って自分の方を向かせようとしては崩されて、美人な女の子を連れて眼の前をわざわざ通過してみたり……」
どこか仕返しのように暴露しだすジーニー。
私はリヴィオをみた。赤面している……事実なの!?本当に本当に……気づいてなかったーーっ!!
いや、学園時代だけではない。当初、護衛に来た時点でもまったくわからなかった。
「それ以上言うなっ!だけどオレが追いかける
のは、もう見れないな!残念だろ?」
「どうかな?セイラをこのあとも追いかけることになりそうだけどな。大人しくしてると思うか?」
リヴィオが無言になる。
「そこ、否定してもいいところよ」
「はあ……悩みが尽きねーな」
私の言葉は聞き流され、悩ましげに前髪をくしゃりとしているリヴィオ。なんでよ…。
「リヴィオ良かったのだー」
「学園の時から不憫だったのだ」
ウソでしょ!?トトとテテすら気づいていたの!?な、なんか過去の自分は人として欠陥があった気がする……。
「第二弾炊きあがりましたよー!」
料理長が持ってきた。炊きたての白米に私は引き寄せられる。
炊きたてご飯には……これ!これよ!最強のメニュー!
「卵かけご飯をします!」
皆が注目する。私は新鮮朝どれ卵をお醤油(試作中)と混ぜ合わせて、真っ白なご飯にかけていく。
「そして混ぜます!」
グルグルと混ぜる。
「見た目はそんなに良くないな」
ジーニーが講評を述べた。確かに……そうかも。
「これで完成です!」
私はパクッと食べた。皆が見守る。
「………美味しい!!久々の卵かけご飯。ここにたどり着くまでだいぶかかったけど……ナシュレに居ることに決めてよかったーーっ!」
キラキラと私は目を輝かせた。卵かけご飯、最高ですっ!
「おい、待て?……なんかこの食事の存在のほうがでかくね?オレ、セイラに向けられる熱意が米に負けてる気がしたんだが?気のせいか?」
リヴィオが私の感動に水を差す。
「……気のせいじゃないかな?」
スッと真顔にし、冷静を装う。
食べたかったんだもの……卵かけご飯がずーーっと食べたかった!温泉卵を作れたあたりから、ずーーっとだ!長い道のりだった。お米を手に入れ、育てて……ようやく。
「これて和食が定着していけば、旅館でも出せるわね」
「新しい食材に燃えてきますよ!」
料理長が力強く頷く。
混ぜ混ぜと皆がご飯と卵と混ぜる光景は平和そのものだった。
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