【栗拾いの季節は巡る】

 秋になり、旅行のしやすい季節になってお客さんも増えてきた。


 胡桃と栗を旅館の受付に飾る。


「秋らしいですね。最近涼しくなりましたしね」


 お客さんの一人が私が飾っているとそう言って、チェックアウトしていった。


 それと入れ替わりに作務衣姿のリヴィオが入ってきた。顔が不貞腐れている。


「どうしたの?」


「めちゃくちゃ怒られた」


「誰に!?」


 まさかお客さん!?なにかあった!?


「父さんだ。やりすぎだと言われた。全然やりすぎなんて思わねーけどなっ!」


「まさか、ベッカー子爵家のことで?」


 ……べつにあれくらい良いだろ。とぶつぶつ文句言いながら去っていく。私は知らないが、屋敷の面々がリヴィオが帰ってきたとき、怪我をしていると思ったら、すべて返り血だったとか、すごい形相だったとかを教えてくれた……なにがあったんだろ!?聞くのが怖い気がして聞きそびれていた。想像できちゃうだけに……。


「こんにちは」


 そう言ってチェックインしてきたお客さんは気難しい顔をしたお爺さんだった。


「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。こちらでお名前を教えて頂けますか?」

 

 私は帽子と軽いコートを受け取って、案内する。


『ダゴベール=アレンツ』


 そう記す。流麗な文字である。

 お部屋に案内し、お茶を淹れる。さつまいも餡のお茶菓子をだすと気難しい顔がいっそう気難しくなった。


「む……栗のお菓子ではないのかね?」


「栗お好きでしたか?今、収穫して渋皮煮を作ってるところです」


 そうか……と呟く。少し寂しげな感じでもある。


「まだ早い時間ですし、良かったら一緒に栗拾いに行きませんか?裏山にあるんです」


 なぜ、私はこんなことを口にしてしまったのかわからない。つい誘ってしまった。


「……うむ」


 行くの!?オッケーの返事が来るとは思わなかったな。

 私は栗拾いの準備をする。


「アレンツさんはブーツ履いてらっしゃいますね!帽子もしっかり被ってくださいね。これどうぞ」


 手袋、背負うかご、火ばさみを渡した。


「さ!行きましょう」


 そんなに遠くない所に栗の木はあったが、坂を登るとアレンツさんは息があがっていた。見た目のわりには歳なのだろう……ちょっと無理させたかな。心配になってみていると、ムッとした顔で言う。


「このくらい平気だ。心配せずともいい」


 そう言われる。


「大丈夫でしたか……この木です」


「ほぉ。けっこう大きい木なのだな」


 上を見上げている。私は下の栗を指さして説明する。


「こうして、靴でイガの両端を踏んで火ばさみで取り出します」


「知っておる」


 さっさと足で踏み、栗をポイッと背中のかごに入れた。


「お上手ですね!」


「このくらい簡単だ」


 手慣れた様子で、どんどん拾っていく。私より上手だわと感心してしまう。


 たまにチラッと目を向けると私の倍の栗がかごに入っていた。


 時折、山の中の鳥が鳴く声がする。歩くとカサカサと落ち葉を踏む音。静かだった。無言で栗を拾う。


「このへんにしましょうか?」


「あ、ああ……」


 アレンツさんは何か考え事をしていたようで、ハッと我に返って顔をあげた。


「お茶を持ってきたので、ちょっと座りましょう」


 手近な石の上に座り、私は水筒からコポコポとお茶を注ぐ。ありがとうと受け取るアレンツさんは少し疲れた顔をしている。

 

「はー、おいしいお茶だ」


「ナシュレで採れたお茶っ葉です。秋めいてきたので、温かいお茶が美味しいですよね」


 じっと秋晴れの青い空を見るアレンツさんはどこかやはり……寂しそうだ。

 静かに二人でお茶を飲み、旅館へ帰った。


 お風呂に入り、夕食になると疲れもとれたのか、少しリラックスしているアレンツさんをみかけた。気難しい顔が緩んでいる。


「お風呂、どうでしたか?ゆっくりできましたか?」


「ああ……ありがとう。いいお風呂で温まることができた」


 良かったですと言って私はお盆の上の物をアレンツさんに出した。


「渋皮煮と栗のご飯です。少しですが、召し上がって下さい。今日の栗は明日、お帰りの際に持ち帰れるように袋に入れておきますから」


「いや、その……なんだか悪いな」

 

 気難しい顔が崩れた。栗を一口食べる……無言になり、ぐっと涙を堪えている。


「なにか栗に思い入れがあるんですね?」


「すまない。妻が最近亡くなって、ずっとこの旅館に泊まってみたいと言っていたんだ」


 ……私は言葉に詰まる。


「栗はあいつが好きでな……家にも栗の木があってよく栗の渋皮煮を作ってくれていた」


「そうだったんですね」


 もう一口、栗を食べるとウマイと言って、ウンと一つ頷く。


「仲がよろしかったんですね」


「いや、喧嘩ばかりしていた」

 

「喧嘩するほど仲がよろしいんでしょう。無視しあっていたらできませんもの」


 その光景を思い出すのか、懐かしそうに目を細めた。


「もっとあいつの話を聞いてやればよかったと今になって思う」


「夫婦で良かったと思うときはどんなときですか?長年連れ添った方の話を聞きたいのですが……」


 私は普段、お客さんにこのような質問はしないのだが、聞きたくなった。


「楽しいこともあれば苦しいこともある。良いときもあれば悪いときもある。ただ黙っていても二人でいるとわかる時がある。そんな関係は夫婦でなければ持てないものだろう」


 なるほどと……私はじっと栗を食べるアレンツさんを眺めた。


「今日はありがとう。栗拾い、楽しかったよ。家にも栗はたくさんある。帰って拾うから今日の物は旅館で使ってくれ。……心遣いが嬉しかった」


「思いがけず、私も栗拾いを一緒にできて、楽しかったです」


 アレンツさんは気難しい顔を崩して言った。


「今度は娘夫婦と孫も連れてくるよ」


「あら、それはにぎやかですね!ぜひ、いらしてください。『花葉亭』へのお帰りをお待ちしてます」


 もっちりとした食感の甘い栗の渋皮煮を食べながら、渋めのお茶を飲む。

 パラリと本のページをめくった。秋の夜長に読書……でもさすがに栗拾いと仕事で眠くなってきた。


「まだ起きてたのか?」


 部屋から明かりが漏れていたのだろう。リヴィオがドアを少し開けて隙間から声をかける。


 まるで猫のような扉の開け方で……カワイイ。お風呂上がりらしく、湿った髪の毛の上にタオルを無造作にかけているのもカワイイ。


「フフッ。私が今、何、考えたかわかる!?」


 リヴィオは……いきなりの質問に、ん??と首を傾げる。しばし沈黙の時を作って、答えを待つ。


 黙っていてもわかりあえる二人なんてステキよね!


「……つまり……その……」


 やや、顔を赤くして言葉につまるリヴィオ。


 カワイイ!と思ったよ!さあ!どうぞと私はウンウンと頷いてその先の言葉を促す。


「一緒に寝てほしいとか?傍にいてほしいとか!?」

 

 やや照れ気味に口にしているが……私は半眼になる。


「………ハズレだわ。やっぱり長年連れ添った夫婦じゃないとダメなのね。おやすみ。また明日ね」


「はー!?なんだそれーっ!?何したかったんだよっ!?」


 夫婦って難しいのね……。うん。私もリヴィオか考えてること、わからないこと多いものね。試してみたが、やはり長ーい歴史ある夫婦じゃないとだめね。


 私はやれやれと本の続きを読むのだった。



 






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