【マラソン大会は本気で挑め】

 私は準備運動中だ。軽装に身を包み、足元は柔らかい靴だ。軽くジャンプする。


 『ナシュレマラソン大会』


 そう書かれてある横断幕。テントが並んで、食べ物やグッズが売られている。

 

「セイラも出場すんのかよ」


 リヴィオも軽装で手足をプラプラさせて準備運動している。


「うーん……マラソンあんまり好きじゃないけどね」


 前世の女子高生の時はマラソン大会の日は憂鬱であった。しかし……だ!このセイラのスペックならば勝つことは可能ではないか!?と考えた!


「なに……ニヤけてんだ?負けねーからな!」


「フッ!男たちには時間のハンデがあることを知らないようね!」


「くっ!抜かりねーな……トトとテテは何してんだ?」


 二人とも何やらしゃがんでいる。


「なんでもないのだ!」


「じゅ、柔軟体操なのだー!」


 曲げて伸ばしてー!と二人ともすごく怪しい動きをしている。


「なに、みんな本気になっているんだ。学生か!?」


 呆れたようにジーニーが私達に向かって言う。不参加の彼はスタートの合図の係をしてくれる。参加はめんどくさいと断られた。普段デスクワークが多いので、持久力をつけるための訓練の時間がとれないとか言っていた。


 その他にも見知った顔がチラホラ見える。研修にきているスタンウェル鉱山のミリーたち、トーマス、料理長、アイスクリーム屋さんの店員、ナシュレの商店街の人達などなど……。


「えー、みなさん!本日は参加ありがとうございます!」


 私は台に登って挨拶する。


「参加者の皆さんには銭湯のチケット3回分。マラソン大会開催記念のタオルが当たりまーす!」


 イエーイとのりのいい声が返ってくる。


「優勝者には花葉亭の特別室の宿泊券でーすっ!」


 ヒャッホー!と盛り上がってきた。


 執事のクロウも群衆に混ざっているのが見えた。彼は健康のために毎朝ジョキングしている。


「今日こそ日頃の成果をお見せするときですな!」


 ……とはりきっている。老体なので、無理しなきゃ良いけどなあ。


「完走された方には、こちらのテントで売られてる食べ物チケット3枚分が当たります!皆さん頑張ってくださいねー!」


 オオオーッ!と気合十分。


「いちについてー!」


 ジーニーの声が響く。パーン!と鳴る合図。

 一斉に走り出す。最初は女性グループからだ!私も走る。


「セイラ、なかなか速いわねっ!だけど!山で鍛えたこの脚には勝てないわよ!」


 ミリーが猛スピードでダッシュしていく。……そして坂道になりスピードダウンする。


 ふっ……と私は笑った。マラソンとはリズムよく、配分を考えつつ走ることが大事だ。頭脳も物を言う!私は自分のペースを保ちながら、落ち着いて走る。


「坂道なんて、これでいくのだ!」


 シュワーーっと音を立てて、靴の底にブースター装置がついていて、少し浮いてる!


「ちょっ、ちょっと!?それは反則でしょーっ!?」


「なんのことなのだ?」


 トトとテテが悪い笑みを浮かべて、ニヤリとした。くっ!この双子は!!


「自分の技能も一つの………おおおーっと!!」


 上り坂が終わり、坂を下り始めて、勢いがつきすぎた。トトとテテはそのままコース外の茂みの中へ突っ込んだ。


「トト……テテ……悪いけど!先を行くわよっ!」


 私はそのスキに走り続ける。残り3分の1くらいの距离になったころだった。


「悪いな!優勝はオレのものだ!」


 リヴィオだ!やつは手強い!!私は今まで溜めていた余力を今こそ使う!


「負けないわよ!」


 この距離感を保ちたい!

 しかしそこへ思いもよらないアクシデント!


「くっ!これは見過ごせない……」


 コースに迷い混んできた、カルガモの親子!!避けようと思ったが……待つ。


 ヒョイッとリヴィオは軽やかにジャンプし、カルガモを避けたああああ!!


「なっ!なんですって!!このかわいい子達を無視できるなんて!」


「あー、カワイイカワイイ。無視してねーぞ。ちょっと避けただけだ」


 フフンと笑って行ってしまう。まだ姿は見える!諦めるな!私!

 再び走り始めた。リヴィオの背中がなんとか近くなる。ちらりと追いついてきた私を振り返る。


 ところが、昨夜、雨が降っていてぬかるんでいたことを忘れていた。いつもの私ならそんなこと頭に入っていた!……つまりアツくなりすぎていた。


 泥に足をとられて、滑って転ぶ。


「キャッ!!」


 その声にバッと振り返り、咄嗟に駆け寄ってきたリヴィオ。


 ……ふっ。カルガモの可愛さに私、勝っちゃったんじゃない?これは?


 ち、ちがうちがう!そうじゃなく!不埒なことを考えてしまった!


「おい!大丈夫かよ……怪我してねーよな?」


「やってしまったわ。大丈夫だから、先に行って!敵の情けはうけないわっ!」


 やれやれとリヴィオは呆れたように私をみて、首にかけていたタオルで泥がついた顔や足を拭いてくれる。


「フハハハ!良いですなぁー!青春ですなー!」


 そう言って、クロウが私達の横を風のように駆けていった。歳なのにすごい……。


 優勝は執事のクロウだった。


「皆さん!ありがとうございます!歳をとっても健康に過ごすことは夢であり、目標であります。温泉宿泊券は孫娘夫婦にあげたいと思います!」


 パチパチと拍手がおこる。ジーニーから賞状と景品が手渡される。


「えーと、ごめんね。優勝できそうだったのに私のせいで……」


 銭湯へ向かいながら、リヴィオとトトとテテと歩く。


「ププーっ!セイラ、ドジなのだー!」


「我らも人のこと言えないのだ……」


「いいよ。別に景品に興味はなかった。参加賞の銭湯のチケットだけ欲しかった」


 リヴィオが苦笑してそう言う。


「銭湯で筋肉の疲れをとりたい。早く行こう」


 申し訳無さそうな私の頭をポンポンと軽く叩いて励ます。


 泥を丁寧に落としてから、浴槽に入った。最初に作った銭湯は今も大盛況であり、ナシュレの人達に愛用されている。


「はー……いい湯だわー……」


「足がパンパンなのだー」


 トトがゆっくり足を伸ばした。私も筋肉をほぐす。日頃、工房で研究しているので、走る機会はあまりないからだろう。私も立ち仕事だけど、運動まではいかないしなぁ。


「いやー、お互い、学園時代より体力落ちたわよねー」


「歳なのだー」


「若きときとは違うのだー」


 のんびりとお湯に入り、負けたけど、マラソン大会を楽しんだのであった。


 その夜、ジーニーが執務室で私を待っていた。難しい顔をしているところをみると、なにか問題が起こったに違いない。


「良い話と悪い話、2つある。どっちから聞く?」


「うっ!良い話からお願いシマス……」


「先日、セイラからエスマブル学園の教育方針、指導法など広めてほしいと提案された件、理事会で了承を得た。この大陸に誰もが学べるように学校を増やす……それはたしかにこの国の未来にとっても大事なことだと結論にいたった」


 これを後は王家に進言し、教育に力を入れて、行ってもらうことだが……とジーニーが言った後、悪い話を続けて、言い出す。


「ゼイン殿下とソフィア=バシュレが婚約した。手を組むとやっかいというか、めんどくさいやつらがな」


「その二人が……」


 私は顔をしかめた。その気持ちわかるぞとジーニーが言った。

 どちらも恨み買ってるよねぇ。


 高笑いしているソフィアの顔が浮かぶのだった……。

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