ステラとマリア

 ゼイン殿下とソフィアの婚約について聞き、少したったころであった。


 リヴィオは連絡球の通信が終わると叫んだ。


「あっのやろおおおお!!」


「ど、どうしたのよ!?」


 えーと、久しぶりにカムパネルラ家から連絡あったのよね?私は話を聞くのも悪いと思い、隣の部屋に居たのだが……。


「オレは今すぐ王都へ行く!」


 転移魔法を描き出し、消えようとするリヴィオにちょうど手元にあった試作品、カミナリドンのぬいぐるみをパコンと当てた。デンデンデデン!と音が鳴る。

 

「説明を求めます……何があったの?」


 よしよしごめんねー、とカミナリドンを拾う。我に返ったリヴィオが言う。


「マリアが社交界デビューしたんだが、ソフィアとその取り巻きにいじめられてるそうだ」


「カムパネルラ公爵家の娘を!?いじめるですって!?」


 ……ソフィア、それはマズイわ。私は額に手を当てる。カムパネルラ公爵家と言えば女王陛下の信頼も厚く、今、貴族の中でもっとも力のある家じゃないかしら。


 ゼイン殿下の後ろ盾があるといえど、カムパネルラ公爵家を敵にまわすのは決して得策ではない。


「わかったわ……私も行くわ。ちょっとドレスや靴を持っていかないとだめね」


「乗り込むつもりか?」


「当たり前だわ。マリアが心配……だけじゃなくて、ソフィアを止めないと、カムパネルラ家VSバシュレ家になっちゃうわ」


 私は素早くメイドに夜会のセットを頼む。リヴィオもそうだなと自分の正装を用意しに行った。


 ……あ、でもカムパネルラ公爵は王家と対立することを避けてるから、そんなことにはならないかな。


「うちの可愛いマリアが泣かされただとおおおお!!戦だ!剣を持てっ!」


 そうでもなかった。


 カムパネルラ公爵家についた途端、大騒ぎしている現場に出くわした。

 カムパネルラ公爵家の当主たるハリーが激怒している。


 王家と不都合があった場合……うんぬんと私に言っていたが、これはどうみても王家に反逆1秒前。

 ハリーは間違いなくリヴィオの父であると確信できた。似てるわ。


「落ち着いてくださいよっ!」


 アーサーが必死で止めている。


「父さん、やべーな。キレちゃってるなー」


 先程まで怒り狂っていたリヴィオがスーーッと冷静になる。ドン引きというやつだ。


「あの……カムパネルラ公爵!お久しぶりです」


 私が挨拶するとバッとこちらへすごい勢いで近づいてきた。リヴィオがそれ以上は近寄んなよと足で蹴る仕草をしてガードする。


「すまない。ひどいところを見せてしまったね……しかし、君の実家の妹さんはいったいどういうつもりなんだ?」


「セイラを責めるなよ?セイラだってひどい目にあってんだ!」


 リヴィオがイラッとした口調で言う。無論、私も困る。バシュレ家に物申せるなら良いが、縁を切ってる状態なので、どうしようもない。


 こんな時、お祖父様がいてくれたら。


「私も社交界へ潜入し、ソフィアがどういうつもりなのか問いただしてみます。公爵は落ち着いて公務を行ってください」


 『公務』と聞いて、ハッ!と我に返る。この国の宰相。ハリー。


「取り乱したところを見せて悪かった」


 リヴィオがホントだよと半眼になっている。


「ここはわたくし達にお任せくださいな」


 階段の上から優雅に降りてくるオリビアとアーサーの妻シャーロット……。


「女性の問題は女性達で解決いたしますわ。あなたはさっさとお仕事へ行ってくださいな。ほんっとにマリアの事となると目の前のことしか見えてないのですわ。ごめんなさいね」


 言い方は優しいが上から見下ろす視線は冷たい。ハリーの取り乱しように怒っているようだ……。それを察してハリーは慌てて、そ、そうだなっ!と言って逃げるように王城へと行った。


 客間で作戦会議を行う。


「午後より王城でお茶会がありますの。それに出席いたしましょう」


 オリビアが招待状を出してくる。


「王家主催でステラ様からのお誘いですわ」


「手頃な会ですわね!」


 シャーロットがそう言う。私はあまり出席したことがないので、そうなのか……と頷く。

 オリビアは青い目をキラリと光らせる。やる気十分らしい。……リヴィオの好戦的な性格はどちらに似ても貰っちゃってるなぁ。


「助けるのは今回一度きりですわ。カムパネルラ家の一員ならば身にかかる火の粉は自らが払うべきなのですわ」


 ピシャリとオリビアがそう言う。


「セイラさんは責任を感じることは一ミリもありませんわ!社交界ではよくあることですもの。わたくし、ハリーと結婚する時なんてどれだけイヤガラセを受けたか忘れられませんわ。でも社交界ではあることですもの。マリアはきらびやかで優雅な一面のみを憧れていたのでしょうけど、女としての政治が社交界にはありますのよ」


 公爵家を取り仕切るオリビアは強かった……シャーロットは素敵ですっ!と陶酔している。


 さて!まいりますわよとオリビアが言う。シャーロットが行きましょ!やっちゃいましょう!と手を叩く。シャーロットまで乗り気である。


 お茶会には親衛隊のジーナやフリッツも控えていて、私にお久しぶりですと笑顔で挨拶してくれた。

 ステラにマリアが挨拶に行く。年の頃が同じくらいでどちらも………かわいい!!


「本日はおまねき頂きありがとうございます」


 ドレスのすそを持ち、優雅に挨拶をするマリア。さすが公爵家の教育を受けているだけあって、完璧なお辞儀。ステラはニッコリとマリアに微笑みかける。


「わたくし、マリアさんに会えること、楽しみにしておりましたのよ。同じくらいの齢でしょう?会話も合うんじゃないかしら?」


 ……なるほど。ステラはソフィアとマリアの一件を知っているとみた。


「はい。わたくしで良ければ……」


 こちらにいらして。とステラは自分に一番近い椅子を勧める。マリアと並んで会話を始める。

 シャーロットとオリビアは顔を見合わせて笑う。


「大人が出る幕ではなかったですわね」


「本当に……」


 王家とて、カムパネルラ公爵家を敵に回すことは絶対に避けたいであろう。賢いステラは兄のやらかしている事柄に対し、常にフォローし、先手を打とうとしている。


 しかしそのことを察することのできない人間もいるのだ……。


「ホホホホ!遅れてしまいましたわ!ステラ様、ごめんなさいね。ちょっとドレスを選ぶのに手間取ってしまいましたわ」


 ステラ王女は絶対零度の冷ややかな視線をソフィアにおくった。しかし彼女はひるまない。


「流行のドレスを作りたいと言ったら、なかなか仕上がらなかったのですわ。あら?珍しい顔がいるじゃない?」


 取り巻きが数人ソフィアの周りに集まってくる。私に気づいたらしい。やれやれと私は表情が出ないようにパラリと扇子を開いた。


「お久しぶりね!セイラ!相変わらず地味ね。黒々しくて、ほんと!カラスのようだわ」


「ソフィア様は上手におっしゃいますこと」


「ホホホホホ」


 笑い出す、ご令嬢たち。金髪碧眼の美しいソフィアはそれこそ華やかで、黙っていれば花のようである。


「そうね。ソフィアはいつでも美しいわね。ゼイン殿下と婚約したと聞いたけれど、おめでとう」


 こちらは冷静に対応しよう。カムパネルラ家に害が及ぶとか申し訳なさすぎる。

 

「ありがとうございます……ちょっとセイラ、いいかしら?」


 テラスへ行くわよと言う。取り巻きには来ないでと指示するソフィア。嫌な予感。

 よく晴れているが、この季節のテラスは少し肌寒い。


「なにかしら?」


 先程の表の顔を消して睨むソフィア。憎しみすらこもっている。


「なにかしら?ですって!?とぼけないでよね……どうせ自分が捨てた男をわたくしが拾っていい気味と思ってるんでしょう?」


「す、捨てた!?私、殿下とそんな関係ではないわよ!?!?」


 それは勘違いってやつでは?


「セイラのくせに!公爵家と婚約してなによ!」


「公爵家だから婚約したとか好きになったとか……ではないわよ?」


「少しばかり世の中に認められてきたからって生意気なのよ。口答えなんかするんじゃないわよ!」


 ソフィア……こじらせてるなぁと扇子で表情を隠しつつ困った。


「ま、まぁ……とりあえず、カムパネルラ家へのイヤガラセはやめてほしいのよ。公爵家を敵に回すのはバシュレ家にも及ぶわよ。王家に入るならば、そのへんの勉強も……」

 

 バシッとソフィアの手に持っていた扇子が私に叩きつけられる。私は扇子でクルリッ飛んできた扇子を絡め取り、何事もなかったようにキャッチした。

 驚くソフィア。


「淑女たるもの……物を投げないわよ」


 私は目をスッと細めてソフィアに近づくと、扇子をスッと差し出して返す。受け取ろうとしたその手を引いて、私の体に引き寄せてソフィアの耳元で言った。


「いいこと?私が嫌いで攻撃するならば、私だけにしなさいよ。じゃなければ……叩き潰しにいくわよっ!」


 バッ!と慌てるようにソフィアが私から離れた。顔は青ざめ、唇が震えている。私は不敵にニヤッと笑ってみせた。


「な、なにを!!」


 私は手に持っていたソフィアの扇子を片手でバキイィとへし折った。パラパラと落ちる屑。


「ヒイィィィ!!」


 悲鳴をあげるソフィア。


「今まで、我慢してたけど、ソフィア……あなたがそのつもりなら受けて立つわよ?私のすべての力を使うわ」


 覚えておきなさい。と私は冷たくそう言い捨て踵を返す。言葉がでないソフィア。


 …………やってしまった。ま、まあ、殴ってないからセーフだよねっ!?

 淑女のように平和的解決を試みようと思ったけど話の通じない相手にはこれが一番だと判断した。

 

 大丈夫だった!?とオリビアとシャーロットが私を心配する。ちらりと目を外にやると……ソフィアは恐怖で放心し、テラスから来れないのであった。


 お茶会の席ではステラとマリアがキャッキャッと話が弾み、楽しそうにしている。気があったようだ。どちらも賢いしなぁ……あんな風に私とソフィアも姉妹になれたら良かったのにと少しばかり寂しさが残った。

 

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