【若旦那の1日】
「よっ!若旦那おはよーございます」
「朝から頑張ってますね!」
リヴィオが庭の掃き掃除をしている。木々の紅葉が始まり、葉が落ちてくるのだ。
ザッザッザッザッと竹箒の音を立てて、良い手付きで葉をかき集めている。
「若旦那とかいうなーっ!」
ムキになるリヴィオ。
「いいじゃないですか!お嬢様と両想いおめでとうございます!」
スタッフにからかわれている……私は現場を目撃しつつ、掃除ありがとうとお礼を言って旅館に入った。
『花葉亭』と書かれた紺色の法被まで羽織っていた。意外と似合ってた。
「いらっいませ。花葉亭にようこそお越しくださいました。アンバー様は以前もいらしてくださいましたね」
「そうです。妻がここの温泉に入ると足の痛みがとれるというので……」
「よく、皆さんおっしゃいます。効果あるんじゃないかと思います。ゆっくり湯に浸かってくださいね。奥様、足は大丈夫ですか?」
そっと庇うように歩いているため、私は手をそっと差し出して、支える。助かるわと言う奥様。
……ん?あれは?
売店の前を通るとリヴィオが大きい箱を抱えて入っていく。
「若旦那!ありがとう!ちょうど足りなかった!」
売店のお土産や雑貨を棚に入れて、補充している。足りない物を見て、テキパキと手早く並べている。
その様子を横目に私はお客様の案内を続ける。
午前のチェックアウトやチェックインの忙しさも少しすぎた頃だった。
「きゃあああああ」
何事!?悲鳴に驚いて、私は玄関ホールに行った。
「虫、こわ~いっ!」
「飛んでるーっ!!」
女性客2名が玄関から入ってきた虫に怯えている。リヴィオがスタスタとやってきて、冷静にヒューンと飛んでいるトンボをジイイイイっと見る。
トンボなら虫あみがいるかな?と私が取りにいこうとしたが、リヴィオの動きの方が早かった。
金色の目が獲物を捕らえた。
シャッ!と手を伸ばして羽の部分を器用に掴んだ。信じられない動体視力である!!
えええ!?トンボ捕まえた!?
トンボの飛行速度は時速60キロから100キロと言われている。飛行技術も昆虫界ではトップクラスなのよ!?さ、さすが『黒猫』っ!!
窓のところへ行き、外へ逃してやっている。
獲物を仕留めた『黒猫』はクルリと振り向き、営業スマイルで女性客にむけて『もう大丈夫ですよ』と言って、微笑んで、去っていく。
「素敵ーっ!今の人誰!?」
「えええ!若旦那さんですか!?」
「婚約者持ちなの!?ざんね~ん」
「もう一度会いたい〜!」
ざわめく女性客達……リヴィオ、いつの間に営業スマイル覚えたのだろう!?
そして出るタイミングを失い、私は影から見ていたのだった。
次に出会ったのは廊下だった。
脚立を持ってきて、明かりの壊れたところを修理し、取り替えている。
「よく気づいてくれたわね」
「最近、ここの廊下暗いなと思っていたんだ」
そう言って、キュッキュッと明かりを取り替えてくれている。
スタッフルームで今日はお弁当だ。リヴィオも料理長が作ったお弁当を開く。……私ではないことは言っておく。ちなみに私のお弁当も料理長が作ったものだ。好物の野菜の肉巻きが入ってるー!美味しそう!
……人が作ってくれたもののほうが美味しく感じるのはなんでだろうか。
「お茶飲む?」
「ああ……」
リヴィオの分のお茶を渡した。
「今日は午後から雨になるそうだ」
「そっかー。最近、朝晩寒くなってきたよね」
「体に気をつけろよ」
「ハイハイ」
スタッフが私とリヴィオの会話を聞いていて、遠慮がちにそっと言う。
「あの……老年夫婦みたいな会話ですよ?」
……え!?それは会話に若さとか初々しさがないってこと!?
甘い卵焼きを私は食べて、そうかなぁと首を傾げた。
午後から本当に雨が降ってきた。冷たい雨。ふと窓の外を見る。雨がシトシトと屋根に木々の葉に落ちてゆく。
あれは?窓を眺めていた私は旅館の向こう側から歩いてくるリヴィオをみつけた。群青色の傘をさして、もう片方には袋を持っている。
タオルを持ってわたしはリヴィオに駆け寄る。
「どこ行ってたの?はい。タオルで拭いて…傘さしてるのになんで濡れているのよ」
ワシャワシャと髪の毛を拭いてあげる。猫の手入れに似ている……。黒髪から水が滴っている。
「こっち守ってたんだ」
肩をすくめるリヴィオ。
「アイスクリーム?アイスクリーム屋さんに行っていたの?」
「旅館には季節限定のアイスクリームはないだろ?お客さんがサツマイモ味のアイスクリームを食べたいっていうから、行ってきたんだ」
私は一瞬、目を丸くした。リヴィオがおつかい的なことをするなんて!?!?
「そ、そっかぁ。ありがとうね。届けたら、お風呂に行ってきたら?風邪引くわよ」
「このくらいでひくわけねーだろ?鍛え方が違う!……でも一回サウナしてくるかな」
言い返した後にサウナを思い出して行きたくなったらしく、ご機嫌で去っていく。
……なんか、リヴィオ仕事してるなぁ。背中を見送る。今までもしていたのだろうか?どうだっただろうか?
おっと……そろそろ私は料理長と夕食の献立チェックの時間だわと調理場へと急ぐ。
夕食の時間になり、リヴィオもお酒を持ち、お客さん相手に注ぎ、アハハハと声をあげて笑いながら歓談している。
「一番街の帽子屋さんに詳しい人がいるとは!」
なにやら、紳士風のおじさんのお客さんに感心されている。
「あそこの、店主のこだわりが良い。流行に流されず質のいい物を作ってらっしゃる。今度、採寸をしてオーダーメイドを作ると良いですよ。被り心地がまったく違います」
「ほおおお!今度試してみます!お値段は高くなるんですかね?」
「値段も店に並んでいる物と大差ないですよ」
「なるほど……いやぁ、あの帽子屋の話ができる人がいるとは!驚きました。」
「あそこの店主とは顔なじみですから…」
話が弾んでるなぁ。そうだ忘れかけるけど、リヴィオお坊ちゃんだし……王都生まれだった。お客さんの前に出ることや営業スマイル、営業用の会話をしている姿にもちょっと驚きつつ、私はおかわりの飲み物を取りに行った。
今日の仕事を終えて、屋敷に帰り執務室に寄ると、リヴィオが机に向かっていた。
「お疲れ様ー!何してるの?」
「んー?事務だ。最近、ジーニーは忙しいからな」
私は温かいお茶を注いでリヴィオの横に置く。
「あ、悪いな」
パラパラと伝票をめくっていく。さすが手早い。
「『若旦那』さん、仕事頑張ってくれてるのね。なんだか最近、旅館の方、すごく頑張ってくれてるわよね」
フフフと笑いながら私は言った。リヴィオが顔をあげた。
「婚約者となったからにはしかたねーな」
「そ、そういう理由だったの!?」
「他になにがあるんだよ?」
「婚約者って意識して、頑張ってくれてるのね……」
リヴィオが当たり前だ!と言う。意外な一面だった。
「セイラの仕事も含めて、オレは……な、なんで笑ってんだ?」
「嬉しくて笑ってるのよ。ホントは接客、苦手なのに頑張ってくれて、ありがとうね」
リヴィオの顔が赤くなる。私はじゃ、仕事頑張って!と言って邪魔にならないように執務室の扉を閉めた。
「今の笑顔は反則だろおおおおお!」
扉の向こう側から声が聞こえたが、もう一度扉を開けることなく、私はクスクス笑って、歩いて行ったのだった。
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