リンゴ祭り

 私は朝からソワソワしていた。


 こういうときこそ、温泉である。朝風呂が最高だ。温かいお湯に入り、気持ちを静め、精神統一には良い。目を閉じる。


 ……などと、修行僧のようなことを思っているが、今日はリヴィオが帰ってくる日なのだ。


 はっ!と一場面を思い出し、いたたまれなくなって、バシャバシャと私はお湯を叩く。飛び散る飛沫。   


『話したいことがあるの』

 なんでそんなこと言っちゃったかなあああ!?

『帰ってから聞く』

 リヴィオの声がリフレインする。


 湯気の中で私は一人焦っていたのだった。

 暴れたら、暑くなった……お風呂上がりにコーヒー牛乳でも飲んで落ち着こう。


 今日は旅館も臨時休業。


 わかっている!わかっているのだ!自分の容姿が人並みであることくらい。学園時代の歴代彼女らしきリヴィオの連れていた名前も知らぬ女性の色気溢れる美女達が今になって存在感出てきた。

 

 しばらく悩みに悩んだが、いつもと同じような服になってしまった。部屋に散らばる服。並べてある靴。女子力無い自分を恨みたい……。


 せめておしゃれ着のなかでもお気に入りのシンプルな形だが、リボンが付いている紺色のワンピースを選ぶ。


 髪の毛は編み込みをし、まとめてもらう。髪飾りやアクセサリーの類もつけようか迷っている間に、髪の毛セットしてくれたメイドがテキパキと選んでくれた。


 お化粧まではいいですと断ったが、メイドがにっこり微笑み、目の奥は笑わずに私に言う。

『絶対!だめです!』……と。

    

 今日はみんなで楽しめるイベントを用意しているので、白のエプロンをつけて、屋敷の料理長のところへ行く。


「おや?お嬢様、今日は可愛らしい感じに……」


「き、気のせいよ。いつもと一緒よっ!仕込みやっちゃいましょう」


 ハイハイと苦笑された。


 午前も半ばの時刻になり、馬車が数台来た。荷物を大量にのせている。


「よっ!ただいま!」


 馬車から出てきたリヴィオは近所の知り合いの家でちょっと遊んできたわーくらいのノリで出てきた。


「おかえり……なさいっ!」


 駆け寄って行けず、私がモジモジしていると、何してんだ?これ見ねーの?と荷物を指差すリヴィオ。


「このために行ってきたんだから見るだろ?……あ!トーマス!コレ野菜の種だ!」


 リヴィオは種の一つ一つにメモを書いてあり、トーマスに説明する。す、すごい!!とトーマスが目を輝かせているところを見ると期待大ね!私も新しい野菜にワクワクしてくる。


「これが米の種?とか言ってたな。こっち食うなよ。こっちが米」


 私はうわぁ!!と声が出た。大量の白く輝くお米!当分ありそう!!  


「ゼキ=バルカンが米の需要があるのなら、これから航海行ったときに定期的に輸入するって言ってたぞ」


「それはお願いしたいわ!お米の生産も頑張ってみるけど……あのっ……リヴィオ……」


 話しかけた瞬間、バァーンと馬車から双子が飛び出てきた。

  

「トトとテテにもお土産なのだーっ!」


 馬車から、ワッショーイとピカピカの工具セットを出してくる。


「ジーニーには本だな。……なかなか向こうの大陸の歴史、魔法も面白い。似て非なるところがある」


「へぇ……それは研究してみたいね」


 ジーニーの目が光る。私も興味がある。今度貸してもらおう。

 

「リヴィオ様、無事でなによりです。今日はおかえりの会を兼ねてリンゴ祭りの用意をしていたんですよ」


 クロウがそう言うと、皆がそうだった!と笑う。


「今年はリンゴが豊作だったんですよ!大きな嵐はありましたが、リンゴの木は耐えてくれましたよ」


 トーマスが嬉しそうにそう言う。


「屋敷の庭の方で用意しておくから、まずリヴィオは温泉に入って、疲れをとってきたら?今ならりんご風呂を楽しめるわよ」


 傷のついたりんごをお風呂に浮かべているのだ。限定風呂。


「そうだ!サウナ入りたかったんだよなぁ!りんご風呂!?それも試してくる!」


 やっぱりサウナだよなぁー!と言いながら嬉しそうに温泉へと行く背中を見送り、私達はリンゴ祭りの準備を始めた。


 秋晴れの空が気持ちいい。

 リンゴを使った料理がテーブルの上へどんどん運ばれていく。


「サウナの後にこれはうまいなーっ!」


 まだ髪が濡れてるリヴィオは久しぶりの温泉を十分堪能してきたようだ。シュワシュワしているリンゴサイダーを飲んでいる。


「トトはこれ食べるのだ!お菓子みたいなのだっ!」


 リンゴのピザを一口食べて驚くトト。旅館の担当シェフがそうでしょう!美味しいでしょう!と嬉しそうに言う。

 テテはリンゴのプリンを食べて甘いのって幸せな気持ちになるのだーとニコニコした。


「はーい!焼けたわよ!」


 ローストビーフを私は切り分け、赤身の見える部分にトロリとリンゴのソースをかけた。


「パンにのせても美味しそーっ!」


「アップルパイも食べたーい!」


 きゃー!すごーい!と仕事を終えたメイド達や旅館のスタッフたちもやってきて、リンゴ尽くしの料理でテンションが上がる。

 

 サクサクとしたアップルパイを切り分けると中から甘く煮たとろりとしたリンゴがみえる、その横にバニラアイスを添える。

 ジュワジュワとお肉を炭火で焼く。肉汁が炭火に落ちて音をたてる。すりおろしリンゴに漬け込んでおいたお肉だ。


「これもどうですかーっ!」


 料理長が焼きりんごにバターをのせて持ってくる。ジーニーが1つ貰っている。


「シナモンの香りがいいな!」


 焼いて甘さが増したリンゴの上から溶け出すバター。甘酸っぱい良い香りがする。

 さらにリンゴを刻んで上にのせたトマトソースのスパゲティも大皿にいれてテーブルに置く。トマトとリンゴのハーモニーが意外と合う。


「美味しいし、楽しいわねー!」


「こっちのりんごケーキも甘さ控えめでいいわね」


「アップルタルトもあるわよ!」


「お嬢様も食べてくださいよー!」


 リンゴのジャムと生クリームをのせたパンケーキを手渡される。端っこがカリッとしていて生クリームが熱で溶け出す。


「美味しいわ!ありがとう」

 

 リンゴの紅茶と一緒に頂く。幸せーと頬が緩む。

 

「ジュース製造機なのだー!」


 傷のついたリンゴをトトが機械にいれてジュースを振る舞う。一瞬で絞り出す機械に『すごいー!』とみんなから拍手を送られている。

 

「みんな、変わってないな。まあ、半年くらいだけどな」


 リヴィオが手にリンゴと煮た豚肉を持って現れる。さっきまで旅の話をクロウとしていた。


「そうね。リヴィオはどうだった?隣国の様子はどんな感じなの?」


「なかなか興味深かった。……オレ達が倒した鳥の魔物がいただろう?あっちではあれを一撃で倒せるやつがいるらしい」  


 そ、それはすごい。


「やはり魔力の差があるのね」


「大国トーラディムはすごかった。民たちを魔物から闘う神官たちが護っている。今のトーラディム王は温和で優しい方だったよ。ウィンダム王家代理人のゼキ=バルカンの話を聞きながら、ウィンダム王国に必要と思われる物を用意してくれた」 


「そんな大国から侵略や利用される心配はないの?」


「トーラディム王国はあちらの大陸の大戦時代でも中立国を保った国らしい。外へ領地を広げる野心的な様子はないが、その時の王にもよるだろうな。魔物がいるうえでの国の統治は難しいんだなと感じた……後、デカい神殿があったぞ。あちらは鳥の姿をした神だったな」


「へえええ。すごいわね!異国の地、ちょっと見てみたいわ」


 リヴィオがその言葉に顔をしかめた。


「船から落ちなければな……」


 思い出さないでほしい……頬に一筋の汗が流れる。


「おかわりどうですかー?」


 リンゴサイダーとジュースをメイドがグラスに注いで行ってくれる。

 よく見たら、少し日焼けしたリヴィオは私を見て言った。


「今日、帰ってくるまで本当に夢だったんじゃねーのと思って不安になることがあった。ほんとに……生きてて良かった」


 それで?オレに言いたいことあったんだろ?とリヴィオはニヤリとした。


 えーと、あのーと赤面している私にリヴィオはポケットから何かを出して、私の髪にパチっとつけた。


「えっ!?これは!?」


「髪飾り失くしてしまっただろ?新しいやつだ」

  

 髪の毛に触れると硬質の手触りを感じた。


「ありがとう……あの、私、死にかけた時に後悔してて……」

 

 うんうんと優しく微笑みながら聞くリヴィオ。みんなの賑やかな声が遠くに感じる。


「あの……私もリヴィオのことを……………かなぁ?って」


「えーと、聞こえねーんだが……」


「だから………だってば!」


「なんだって!?」


「好きなのっ!!」


 私の声が思いの外、大きく出てしまい、皆がこちらを向いた。


 ハッとして私はやらかしたことに呆然とした。


 リヴィオがアハハハと爆笑した。


「き、聞いた!?今、お嬢様が!!」


「とうとうセイラ様が!!」


「長い道のりだったなぁー」


「よっしゃー!賭けに勝ったぞーっ!」


「くそぅ!今かよー!負けた!賭け金があああ!」


 メイドやスタッフ達が大騒ぎしている。盛り上がる周囲の声。


 トトとテテも満足げに笑っている。


「やっと答えをだしたのだ!」


「リヴィオ、良かったのだー!」


 ただ、ジーニーだけは笑っていなかった。


「あーあ……やっぱりリヴィオか」


 そう呟いていたのだった。


「アハハハ!もーちょっと色気ある告白できねーのかよ!」


 いつまでも笑ってるリヴィオにムッとする。


「もうっ!いつまで笑ってんのよーーっ!」


 恥ずかしくて、ベシッと小さく彼の肩を叩く。


「イタタっ!いや、だって、悪い!悪かったって!…………ありがとう」


 リヴィオは心底嬉しそうに金色の目を輝かせて笑ったのだった。


 人知れず、涙を拭っていたのは……幼い頃から見守っていたクロウであった。お祖父様にご報告したいですとしみじみ言っていたのであった。

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