【月夜の怪盗】

 最近、王都ウィンディアで『怪盗ムーンウルフ』なるものが出るらしい。


 新聞をパラリと私はめくった。お客様のために何種類かの新聞を定期購読しており、私も世の動向を知るために読むのが日課になっている。


「怪盗ですって!怖いわねぇ」


「でも義賊って話じゃない」


「背が高くて、赤いバラが似合う方らしいわよ!」


「きゃー!ステキー!」


 ここ花葉亭の休憩室でも噂話が出始めた。


「どんな怪盗なの?何を盗ってくの?」


 私はなんとなく興味が沸いた。新聞から顔をあげ、会話中のスタッフに聞いてみる。  


「あまり評判の良くない貴族からお金や金目の物を巻き上げて、病気や貧乏な家にそっと置いていくそうです」


「へええ。良い人ね!……でも私、狙われたらどうしよう」


 私も一応、貴族の端くれ……。悪いやつかもしれない。フフフと悪い笑い方をしてみるが、スタッフ達が苦笑する。


「セイラ様は大丈夫でしょう!」


「そうですよ!富を独り占めしてもいいのに、人が良いってセイラ様のことでしょう!どんどん学校や病院とかの設立にお金使ってるでしょう!?」


「たまにドレスでも買って、着飾っても良いと思いますよ!」


「もうすぐリヴィオ様も帰ってくるのでしょう!?」


 なにげに言った言葉に倍返しされる。女性スタッフ達にさらにもっと女らしくしたほうが良いだの自分磨きにお金を使えだの言われたので、逃げるように私は退散した。


「な、なんかひどい目にあった気がする」


「何、独り言を言ってる?」


「あ、ジーニーは怪盗ムーンウルフって知ってる?」


 たまたまお風呂に来ていたジーニーと廊下で出会う。ホカホカと湯気がでそうな顔である。ゆっくり温泉に入ってきたんだなぁ……。


「………知っている。実は困っている」


「え!?なになに!?なんかあるの?」


 声をひそめるジーニー。


「エスマブル学園出身かもしれない」


「なんですって!?」


 気になって調べていたんだがと前置きする。


「まず魔法が使える。学園出身者の体術には癖がある。身のこなしがそれっぽいな。そして何より……制服を使っている。手袋と黒のブーツ、あれはエスマブル学園のものだ」


「あー、わかる気がするわ。手袋とブーツ、使い心地いいよね!私もいまだに愛用してる時があるわ」


 例えて言うならば、中学校ジャージの着心地の良さに高校生になっても使うとかいうやつである。


「……いや、エスマブル学園の装備品を褒めるより、セイラは買えよ。もう少し身なりにお金かけろ!」


 使いやすいんだって!とムキになってしまう私。先程、スタッフたちにも言われたので顔が赤くなる。


 そんなに地味かなぁと自分の服装や髪型を振り返る。


「で、今度、狙われたところへ見に行くことにした。怪盗だけあって、ちゃんと予告状を出すらしい」


「私も会ってみたいなー!」


 じゃあ……今度誘う。と言われ、そこで会話は途切れた。


 私は今日のお客様をお出迎えするため、玄関ホールに立つ。


「いらっしゃいませ。ようこそ……ん?」


 3組目のお客様に挨拶した瞬間だった。上からヒラヒラ~と赤色の薔薇の花びらとともにカードが落ちてきた。私はカードを空中でキャッチする。


『今宵、あなたの大切な物を奪いにいきます』


「……ムーンウルフっと……えええええ!?」


 私の声が玄関に響いたのだった。

 その後は大騒ぎだった。


「大事なものってなんですかねえ?」


 ナシュレの刑事さんたちが集まっている。


「…さぁ?うーん…なんですかね?領地の権利書とか?」


「え!?そういうのは換金出来ないし、もらってもどうしようもないものだと思いますよ。狙われているのは宝石とかお金とか……」


 別に持っていっても構わないものばかりの気がするが……お金はほぼ銀行だしなぁ。宝石より岩盤浴の石や魔石に興味のある私はそんな素敵な物は持っていない。


「なに、ほしいのかなぁ……さっぱり見当がつかないわ」


 警備してくれると言うが、お客さんがびっくりするし、物もわからないから辞退した。ある程度なら自分の身は守れる。


「今夜は一緒にいてやる」


「トトとテテもー!」


「皆でワクワクするのだー!」


 ……野次馬がてらの戦力もいるしね。相手がエスマブル学園出身ならばこのメンバーで十分勝算はある。負ける気がしない。


「と、いうか……よくこのメンバーに喧嘩売ろうと思うエスマブル学園出身者がいたもんだな」


 ジーニーがそう言った。リヴィオがいないからちょろいと思われたのかもしれない。


「網、噴射機セット!」


「釣り糸セット!」


「トト、テテ……そのセットはもしや?」


「主の釣り用!完成形なのだ!」


「こんな時も便利なのだ!」


 あ、うん。どんな時よ?あんまり使う機会ないよね?トトとテテは最近、刺激が少なかったのだー!とはりきっている。


「新作!ネバネバガン!!」


「バラバラ光線銃!」


 バラバラとマキビシのようなものやガムみたいなものが床に落ちた。


「はりきっているけど、掃除が大変なのはやめてよ?」


 私の要求にトトとテテはえー!と不満げだ。後から掃除するメイドたちが困るわ……。


「お祖父様のコレクションとかかしら?」


 執務室にある趣味の物だが……でもそんな高くはなさそうだしなぁ。


「何がほしいのかしら?」


 首をかしげる私にジーニーは怪盗に直接聞けばいいだろうと笑った。


 月が昇り、夜も更けてきた頃……トトとテテは半分眠りかけている。私は読書。ジーニーはお茶を飲んでいる。


 ……私はピクッと鼻を動かす。ジーニーもバッと咄嗟に腕で口を塞ぐ。


「トト!テテ!起きなさい!痺れ薬の匂いよ!」


 二人もすぐに反応した。エスマブル学園でよく使う薬品は何種類かある。その1つだ。


 姿勢を低くして私は空気の入れ替えをするためにドアに向かって走り、全開にした。そこから飛び出す細い針を私は床にゴロゴロと回転して避ける。


 針が飛んできた方向にトトが新作ネバネバガンを撃つ。

 何本か針がからめとられるが、ドアにも張り付く。……これメイドに怒られるーっ。

 ジーニーが針を手刀で冷静に落として、短く言った。


「出てこい!」


 部屋の明かりが消えた。……ずいぶん用意周到ね。バリバリバリと雷の魔法が炸裂。

 私達4人は結界の魔法を発動させて防ぐ。

 この戦い方は戦いやすい。エスマブル学園での演習の流れに似ているからだ。次になにが来るのか予測できるのだ。


「エスマブル学園出身者が何をしている!学園長として命じる!さっさと出てこい!」


 ジーニーが大声でそう言うと、黒い影が窓から現れる。黒いマスク、黒ずくめの姿。風が起こり、同時にザアアアと大量の薔薇の花弁が舞った。手を腰にやり、堂々とした登場だ。

 月の明かりで見えるのが助かる。魔法の明かりを灯しても良いが、無粋というものであろう。


「私の名は『ムーンウルフ』!月の夜に世間を欺く者たちに正義の鉄槌を!」


 おーっ!これが怪盗ムーンウルフかー!思わず私とトトとテテはパチパチと拍手した。ジーニーは睨んでいる。学園長としてエスマブル学園出身者がこのようなことをしているのが許せないのであろう。


「人が知る!月が知る!己の行いにやましいことはなかったか、胸に手を当てて、考えてみるといい!」

 

 『天知る、地知る、我知る、人知る』って感じのことを言いたいのかな?

 私は腕を組んで、考える……うーん……やましいこと??


「とりあえず、なにがほしいのですかー!?」


 呼びかけてみた。


「シン=バシュレの遺産だ!」


「おー!なるほど!!お祖父様の………もう無いです。使っちゃった」


 いまだに祖父の莫大な遺産があると思いこんでる人がいるんだなぁ。


「な、何だと〜!この金遣いの荒い悪女め!」


「なにいってるのだっ!セイラは遺産で世のためになるものを作ったり……」


「学校や病院や図書館を領地に建てたりしたのだっ!」


 トトとテテが怒る。相手がやや怯む。

 いきなり、黒いマスクに青い低温の炎が燃え、アチアチ!!と言って、マスクを脱ぎ捨てる怪盗ムーンウルフ。


「さっさとその顔を見せろ」


 ジーニーの魔法の炎だった。リヴィオがいると温厚に見える彼だけど、あまり変わらない。けっこう手荒いコンビだ。

 

『お、おまえは!』


 トトとテテの声がハモる。ジーニーが額に手をやる。頭痛がすると言いたげだった。


「クラスメイトは変人ばっかりだな」


 そこに私ははいるのでしょうか?とジーニーに尋ねたくなる。いや、それよりも……


「えっ!?クラスメイトなの!?」 


 ……同じ教室にいたかなぁ?


「セイラはやはり覚えてないか」


 怪盗ムーンウルフは悪びれるどころかアハハハと笑いだした。なんと仮面の下は女性だった。長身だったのと、低い声音で話していので、てっきり男かと思っていた。赤褐色の髪を纏め上げ、グレイの目をしていて目鼻立ちのしっかりしている美女だ。

 

「最近、エスマブル学園長が諜報員を使って、調べていただろう?だから挨拶がてら来てあげたのよっ……ちょっ!ちょっと待って!?」


 ジーニーがスタスタスタと歩いて行き、ゴンッと頭にゲンコツを落としたのだった。


「イターイ!何するのよーっ!」


 ………テーブルについて一緒にお茶を飲む。怪盗ムーンウルフとお茶を飲むとかなかなかできない体験ね。


「セイラ=バシュレ、遺産でそんなに羽振りが良いのかと思って勘違いしていたわ。失礼したわね」


「クレオ、なんで怪盗なんかしてる?たしかおまえは……」


「学校の先生をしているわ」


 怪盗に似合わない、堅い職業だった。


「なんで怪盗なんかしているのだ?」


 トトが聞くとグレイの瞳を伏せる。


「趣味ね。世間から注目を浴びたいという……ちょ、ちょっと!怒んないでよ!ジーニー!」

 

 テテは使い切れなかった道具をつまらなさそうに手で弄んでいる。


「もう少し楽しみたかったのだー」


「あなた達の本気とか付き合いきれないわよっ!」


 クレオが拒否。もともと本気でやり合う気はなかったようだ。

 私はお茶を一口飲んでから話す。


「……で、お金はどのくらい必要なの?」


「セイラ、本気か?」


 ジーニーはそういうが、たぶん彼女は……。


「本気で私達に勝てるとは思っていなくて、話し合いに来たのよね?……寄付するわよ」


「ありがとおおおおお!」


 両手をクレオに掴まれる。トトとテテが呆れたように私を見る。


「説教くさくて、ごめんなさい。先にそう言っておくわ。……あなたに差し上げるお金は私、一人で稼いだものではないわ。旅館、家電、アイスクリーム、農園、ナシュレの人たちの税金……そういうものが詰まってると思って大事に使ってちょうだい」


 私は銀行の小切手にサインした。


「こんなに!?」


 クレオが目を見開く。


「一度きりよ」


 嬉しそうに彼女は紙切れを手にする。


「何に使うんだ?」


 ジーニーが尋ねると彼女は何も言わずに、微笑んだ。


「これだけあれば怪盗は辞めれるわ!」


「王都の人達が残念がるでしょうけどね」


 ちょっとした王都の風物詩みたいなものになっていたのに、いなくなると寂しいだろう。


「男爵は捕まったのだから、あまり思い詰めないことね」


 ガチャン!とクレオがソーサーを落としかけた。


「な、なんで!?わかるの!?セイラ=バシュレ……怖すぎっ!調べたの!?」


 なんなのだ?とトトとテテが聞く。


「怪盗が出る直前に王都で男爵家のカジノ事件が起こったわよね。けっこう新聞を賑わせていたわ。そのカジノは公認されているものではなかったのよね」


 新聞を日にち順に記憶を辿っていく。


「……男爵に騙されて、大事なお金を渡したけれど戻ってこなかったというところかしら?」


「ご、ご明察です。……仕方ないじゃない!わたしはあなた達のように裕福な貴族出身ではないもの!魔力があったから、エスマブル学園に運良く入れて、必死で勉強して就職して、孤児院に恩返しをしようとしたら、お金を貴族にとられちゃうんだもの!」


 確かに身分制度があるし、平等ではない。でも人に羨ましがられる私ではなかったと思うけどなぁ。クレオの目に私はどんな風に映っていたのだろうか。


「男爵のカジノでお金を増やせると聞いたから渡したのに!あのバカ息子が使い込んでしまったのよっ!孤児院を立て直そうと思ったのよ……けっきょく間に合わなくて潰れたけどね」


 男爵の息子のことだろう。彼もカジノにハマっていたと記事に書いてあった。


「私、学校の先生を探してるのよね。孤児院を再建したら、ぜひナシュレに来ない?」


 …それは匿うという意味でもあった。


「セイラ!人が良すぎるぞ」


 ジーニーが忠告する。


「そうでもないわ。私もいろいろ考えてることがあるのよ」


「あ、りがと……」


 部屋にすすり泣く声がした。


 怪盗ムーンウルフはそれ以来一度も姿を見せることがなくなったのだった。


 後日、私の執務室の棚に飾ってある『あなたのハートいただきました!  ムーンウルフより』というカードをリヴィオが見つけて驚くという事件があったことだけ記しておく。

  

 





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