鉱山夫婦と奇術師
「ようこそー!」
明るくお出迎えする私。あれから鉱山には時々行っていたが、最近は忙しくてなかなか行けず、久しぶりに二人に会う。
「セイラー!お招きありがと!こんなりっぱな宿にいいの!?あたし、なんだかドキドキよ〜っ!」
「岩盤浴も出来上がったし、鉱山温泉を建設していくにあたって……まず体験してもらいたかったのよ」
「楽しみ〜っ!」
はしゃぐ若妻ミリーとは対照的に相変わらず仏頂面のメイソン。
「ごめんなさいね。これでもウキウキしてる表情なのよ!」
ぷにーとメイソンのほっぺを伸ばす最強のミリー。
「や、やめろ!」
慌てて振り払っている。アハハと明るく笑われている。
「まあまあ。お部屋にご案内いたします」
こちらへどうぞーと私は歩く。
「わぁ!すごい!よくわからないけどオシャレ!」
廊下を歩いているが、インテリアを眺めて楽しそうだ。
「いちいち扉にまで感心するな!」
「えー!すごいじゃなーい!」
横にガラガラガラと開けたり閉めたりするミリーにメイソンが子どもか!と言う。
冬の茶菓子は雪うさぎのおまんじゅうだ。
「かーわーいーっ!!これ、鉱山の皆へのお土産にしちゃうわ!」
「うん?うまいな」
「意外に甘党なのよー!見えないでしょ?」
メイソンの反応にミリーが説明するといちいち言うな!と叱られている。なんか良いコンビである。
「お風呂の用意をしますか?」
「うわぁー!入る!岩盤浴してみるっ!メイソンもしてきなさいよ」
「そうだな。掘った鉱石をどのように使ってるか興味がある」
タオルと着替えを持ち、二人は大浴場へと向かう。
思ったより長い時間、帰ってこなかった。気にいったのかな?
「ほのかに香るアロマの匂いと流れてくる自然音が最高に癒されるぅ〜」
「ええと……飲み物飲んだほうがいいわ。どうぞ」
「あ、ありがとー!ジワジワーとくる、温かさハマりそうだわ」
ホカホカ〜と湯気がでそうなくらいの赤い顔に私は驚いて冷たいお茶や水を勧める。
しばし時間をおいてメイソンがきた。
「……すごいやつに会った」
「え??」
「岩盤浴の鉱石の効能を知り尽くしている!!アドバイスももらってしてみたが……最高に気持ちが良かった!」
……スタッフかしら?勉強してくれたのかな?興奮気味のメイソン。
「じゃあ、堪能できたのですね」
良かったですねー!とにこやかに言う私にメイソンの強面がやや柔らかくなった。
「石にあんな使い方があるとはなぁ」
「ねーっ!まだポカポカしてるわ」
大浴場の前で話していると男湯の暖簾をパラリと手で避けて出てきたのはリヴィオだった。……ま、まさか!!
「あっ!さっきは……」
メイソンが言うとレモン水を片手にリヴィオが片眉をあげて言う。
「あー、サウナで会った……どうだ?」
「日々の肉体労働の疲れがとれて、体が軽い!いい感じだ」
そうだろうとリヴィオは頷いた。……いつの間にこんなアドバイザー的なまでに岩盤浴に詳しくなっていたのだろうか?
「心身の流れを感じ、精神統一にも良いぞ」
リヴィオの説明に確かにと顎に手をやるメイソン。
岩盤浴………なにかの修行ですか?
「この岩盤浴を鉱山温泉のメインにしようと思うの。山のお湯も柔らかくて水質も良いし、ちょっとした秘境の宿を味わえるわ」
フンフンと真剣な顔で聞いているミリー。リヴィオがホイッとメイソンにもレモン水を手渡す。すまんと言って受け取り、一気に飲み干した。
「……で、採掘し終えた所をなんかするって言ってなかったか?」
「そうね。ふふふ。お楽しみに!きっと素敵な観光スポットになるわよ!」
「ほぅ……なんだろな。山の民は山の民でしか理解しあえないと思っていたが、おまえと話していると……そうでもないと思わせてくれる」
メイソンがジッと私を見る。イヤイヤと照れる私。
「私は私のしたいようにしているだけよ」
「そうか……」
お食事もどうぞと食事会場に案内した。もうすでに他のお客様たちが楽しそうに食事をしている。
「楽しそうーっ!」
ミリーがワクワクしながら席についた。メイソンも柔和な表情になっている。温泉は気持ちまでほぐしてくれたのだろう。
「これも、ちょっとお試しなのですが……」
料理長と相談して作ったのは『石鍋』だ。熱々の石を木製の入れ物にいれた。ジュワーといい音をさせ、エビ、ホタテ、魚、野菜たちがグツグツと煮えていく。
「これ、肉をいれて、昔……じーさんがしてくれたな」
メイソンがポツリと言う。ミリーは初めてだわ!すごい!と感動している。
「焚き火で石を熱くして放り込んで食った!……これは上品でうまいがじーさんのもそれはそれで、うまかった」
「へえ!楽しそうね!」
ミリーは二杯目へいっている。熱々のままだわ!と美味しそうに平らげていく。
「鉱山温泉、全面的に協力しよう」
メイソンがそう言った。
花葉亭第2店舗が決定した。
「それでね!メイソンは嫌がったんだけど、猛アタックで落としたのよ」
食後にお酒が入ったミリーは饒舌にメイソンとの馴れ初めを話していく。やめろとお酒のせいかミリーの話のせいか顔が赤いメイソン。
「いーじゃないのぉ!」
本日の余興が始まった。奇術師の一行がきていて『ぜひ、舞台を!』と言われ、楽しそうだったので許可した。この世界には魔法があるから奇術師とか流行らないのかと思いきや、そうでもないらしい。
ピエロが出てきて、わざと転び皆を笑わせる。ミリーもお酒が入っているせいか笑いが止まらない。
「アハハ!おもしろーい!」
ヒョイヒョイと黒マントと仮面をつけた男がマントの中から赤いバラを出していく。お客さんにプレゼントしていき、女性客はきゃーと歓声をあげている。
「本日のメイン!……そうですねぇ。女将さんに手伝ってもらいましょうか?」
わ、わたし!?
舞台に手招きされる。やや恥ずかしいが、ここは余興だ。
「は、はいっ!」
どうすればいいのか?
「では!この黒い箱に入ってくださーい」
あー、これはわかったわ。日本の奇術師でもよくあるあるなやつよね。私はニコニコして中に入った。……ただ入るだけでいいのかしら?
「みなさーん!数を数えてくださーい。ワン、ツー、スリー!でお願いします」
『ワン!ツー!スリー!』
皆の声がした。その瞬間……こ、これは!!黒い箱の中に魔法陣の紋様。転移魔法の魔法陣。一介の奇術師が使うような魔法ではない!
私の体が淡い光に包まれて……視界が変わった。
ついた瞬間に私はすぐに周囲を見回して状況を把握する。
……ここは!?豪華な天蓋付きベット。お茶会でもするの?というくらいにテーブルには果物とお菓子とお茶が並べられ、大きいクローゼットに窓。
ハイ。把握した。
「……ったく、クソ忙しいのに」
私は悪態をついた。
「ヤダねぇ。そんなこと言わないでほしいよ。君のために後宮でも1番の部屋を用意したのに……」
「ゼイン殿下……暇人ですねぇ」
なかなかしつこい人だわ。長い黒髪の前髪をかきあげてフッと笑う。ジリジリ近寄ってくる。アイスブルーの目が私を捉え続ける。
「会いにきてくれると言ったのに、理由をつけてなかなか会えなかったね」
ヤバい空気を感じとり、私は間合いをとる。
「近寄らないでもらえます?」
私の一言に傷ついた顔をするゼイン殿下。
「今まで女性にそんなこと言われたことなかったよ。セイラは恥ずかしがりやだね」
「いやいやいや。何度もお断りしてますよね?私は仕事が忙しいので、そろそろ帰らせてもらいます。」
私は転移魔法の魔法陣を描き出す……が、発動すると思いきやシュッと紋様が霧散した。
「え!?」
「この部屋は君のために……と言っただろう?魔力封じをしてある」
なっ!?そこまでする!?
「この労力、他に使えるとこあると思うの……」
「リヴィオが今、すごーく慌てて探してるだろうね!ゼキ=バルカンにも君が後宮にいることを知らせてやる!」
ゼイン殿下は愉快そうにフハハハと笑う。プライドを傷つけられた殿下の恨みが深い。
「まあ、とりあえず、その地味な服を着替えて淑女になることからだね。」
じ、じみっ!?淑女ー!?さりげなく失礼じゃない?
「お言葉ですけど、私にはこれが合ってます!それに後宮なんて私には無理です!」
スッと目に冷たいものが宿る。先程とは別人。
「いいかい?君が合う合わないを決めるんじゃない。賢い君ならわかるだろう?ナシュレ領を難癖をつけて奪ったっていいんだよ?」
人質ならぬ領地を持ち出されては私は返答に困った。横暴すぎる。
「わかったんだね?さすが、いい子だね〜。じゃ、またね〜。僕に相応しい女性になるべく綺麗にしてもらうんだよ?」
ゼイン殿下が去っていくと入れ替わるように侍女達がなだれ込んできた。手にはドレス、靴、宝石の数々……。
……はぁ……どうなるの?
私は頭を抱えたのだった。
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