紳士淑女は踊らない

 はぁ……と深いため息が出た。一晩たってしまった。

 

 私はいまだかつてないほど飾られていた。


 豪華絢爛な最上級の青いドレス、靴はヒールがついているのに履いたことのないくらい履き心地がいい。ネックレスには大きな宝石が輝いている。髪には煌めくティアラ。普通の女子ならすごく喜ぶだろう。センスはすごく良い……。

 

 リヴィオの髪飾りは隠し持っている。私の持ち物といえばそのくらいだし、いつでも脱出できるようにチャンスを狙う。


 しかし立場を悪くしないようにだ。ナシュレ領になにかされては困る。


「私じゃなぁ……」


 ジーニーなら、こんな時、最善の策をたてる。いやいや……私もできるはずだ!大事なのはタイミングだろう。

 

「朝食をお持ちしました」


「ありがとう」

 

 侍女を突き飛ばして逃げるとか……?ふとそんな考えが浮かび、顔を見る。にっこりと侍女は優しい笑みを私に向ける。


「お加減はいかがですか?お困りのことがあったらなんでもおっしゃってください!」


 お茶を注ぎ、果物をきれいにとりわけ、熱々のベーコンを出してくれる。焼き立てパンをかごから取り分ける。


 ……めっちゃ良い人!できるわけない!!


「い、今のところ……なにもないわ」


 そうですか~とほんわか笑う。この人選わざと??


「私以外にも後宮には誰かいるの?」


 首を横にふる。


「えええ!?いないの!?意外だわ……たくさんの女性を侍らかしているのかと思ってたわ」


「ゼイン殿下はワガママにみえますでしょうけど…本当は悩んでいらっしゃるのです」


「え?」


 私の言葉に語りだす。


「本当に王になりたいのに、周囲は優秀なステラ様を望んでいるのです」


「なるほど……」


 そういえばステラ王女が花葉亭に来た時に何か言っていた気がする。


 いや、でもこんな私の捕獲計画立てる労力を考えたら、王になるために努力できるわよね?頑張る方向が違う。


 侍女は喋りすぎると怒られますっ!と慌てて口を抑えた。


 朝食を終えて暇な時間が過ぎる。大きい窓から景色を眺める。満潮と干潮の潮の満ち引きが見える。王都が遠くに見える。幻創的だわ。


「失礼する」


 ガチャッと音をたてて部屋に入ってきたのはホワイトアッシュの髪をした美青年。騎士団長だ。以前ゼイン殿下と来ていた。


「何かしら?ここから出していただけるのかしら?」

  

「そんな姿をしていると淑女に見えるが、セイラ嬢の目はリヴィオを彷彿させるな。なにかしてやろうとしているだろう?」


「おわかりになりますか」


 ホホホと優雅に笑っておく。否定しないんだなと苦笑する騎士団長。


「ゼイン殿下の手荒い歓迎に申し訳なく思う。だが、あなたに関してはこちらとしても良い条件を出せる」


 事務的に話していく。


「まずはバシュレ家の資金援助」


「あー、それはけっこうですわ」


 なんで私がバシュレ家の財源にならなきゃいけないのよっ!


「ナシュレ領に3年の税の免除、セイラ嬢に伯爵の称号……」


「どれも辞退いたしますわ。ナシュレ領の税の免除をすればどこかの領民がその分を背負いますわ。貴族の称号も私には必要ないですわ。バシュレ家より上のものを用意されたのでしょうが……」


 嬉しくないわ。


「まぁ……貴方をこんなもので懐柔できるなんて思ってません。なにせシン=バシュレ殿の孫娘で今の当主よりも貴方の方が彼の血を濃く受け継いでいるようですしね」


「祖父をご存知なのね」


「……幼い頃見ました。皆を惹きつける何かがある方ですね」


「あなたも大変ね……ゼイン殿下のお守りで……」


 なんとなく察する。しかし本来ならばもう少し周囲が殿下の行いを諌め、殿下もそれを受け入れる度量があればいいのだが。


「これが仕事ですから。あの方も悪い方ではないんです」


「そう言ってくれる人は少なくないのになんであんなにワガママ放題になってるの?」


「なんでも、手に入るのに本当に欲しいものは手に入らない。だから欲しいと思うものに執着するんです」


「本当に欲しいのは王座?」


 美青年の騎士団長は私の質問に返さず、困ったように笑った。

 

「僕からのプレゼント!気にいってくれたかな?」


 バーンと扉を開けて入ってきたゼイン殿下。


「辞退されるそうです」


 そう告げられると顔をしかめた。


「やれやれ…そういうと思ったよ。じゃあ仕方ないね!イーノっ!」


「殿下!それはお待ち下さい!!」


 黒フードの王宮付き魔道士であろう。この人も前に殿下と一緒に来ていたよね?


 私の傍にきてグッと腕を掴む。振りほどこうのしたが思ったよりも力が強い。


「なに!?」


 フードの下から覗く赤い目にゾッとした。この人は喋らず、口がきけないのかと思ったが、魔法の呪だけはハスキーな声で紡いでいく。


「……呪いの類」


 出だしの呪文で私はすぐに気づく。さすがだねーと笑う殿下。青ざめている騎士団長。

 

「痛い……っ!!」


 右腕に刻まれる黒い紋様。どんどん染み込むように増えていく。熱い…まるで火傷をしているような痛みに私は苦痛の表情を浮かべた。


「おやめください!イーノもやめろ!」


 騎士団長が止めようとするがゼイン殿下は笑う。


「だって、こうしないと彼女は危険すぎて部屋の外に連れていけないよ。学園時代の魔力の高さや能力は調べてある」


 ようやく術が終わる。私の額に汗がじんわり浮かぶ。痛む右腕を抑えてうずくまる。黒い紋様がまるで模様のように浮かんでいる。


「あー、その腕を隠すためのドレスを作らせなくちゃね。残念だけど紋様は消せなかったんだよね?」


 静かに頷く黒フード。こ、こいつ、絶対後からやり返す!私は睨みつけた。先程の呪いは本で読んたことがある。記憶の底から呼び起こす。どんな類いだった?解呪の方法は!?


「私の魔力封じをしてどうしようっていうの?」

 

「逃げられないように一つずつ要素を潰していっているだけだよ。普通の淑女なら魔力なんていらないよね?」


 ……普段、あまり意識しないが、この大陸には魔法を使える人と使えない人がいる。私やリヴィオ、ジーニーが百年に一度の逸材と言われたのはその魔力の高さもある。貴重なのだ。


「その淑女にするような仕打ちかしらね?」


 腕の痛みが少しずつ消えていくと同時に黒い紋様は私の腕に馴染んだ。自分のいつもあった魔力が感じられない。


「普通の淑女なら、今ので泣き出すところだけどね。まぁ、淑女のために今夜は夜会がある。一緒に参加しよう」


「泣くより殴りかかりたいわねぇ」


「勇ましいねぇ〜。気の強い女性も嫌いじゃないんだ」


 私が夜会なんかに参加したくない!嫌だと言っても発言権はいっさい無さそうだ。忙しいからまた夜にと愉快そうに笑って去っていく殿下。


 今日は何組、予約のお客様がいたっけ?こっちも忙しいわよっ!とイライラする。 


 午後からは飾り立てるために忙しかった。軽くお湯浴びをし、ドレスを着る。侍女が私の黒い禍々しい紋様を見て息をのむが、それ以上は何も聞かなかった。


「お美しいですわー!こういっては恐れ多いのですが、女王陛下にも似ていらっしゃいますわ!」


「それは髪の色とかじゃ……」


「そんなことありませんわ!」


 侍女が褒めてくれるが、逆に申し訳なくなる……。褒め過ぎだよ……。恥ずかしくて両手で顔を覆う。


「さあ!用意はできたかな!?」


 殿下が意気揚々と迎えに来た。私はあからさまにめんどくさい表情をした。


「なかなか美しく仕上がってるな」


 ありがとございます!と侍女が嬉しそうに言う。殿下は王子らしく私の手をとり、自分の腕に添えさせて歩く。


 夜会の会場は賑やかだった。ゼイン殿下と私が部屋に入るとざわめいた。


「その美しい方は誰ですか?」


 話しかけてくる貴族。


「僕の婚約者だよ」


「なった覚えはないわね」


「恥ずかしがらなくていいんだよ?」


 だめだ。通じない。


「ささやかな諍いも可愛らしいですなー!ハハハ!」 


 貴族は笑っている。


「なっ!なんでセイラが殿下とーーーっ!?なに!?その格好!?」


 この声は!?まさか!!目をやるとそこにはソフィア、サンドラ……父もいた。王家主催の大きい夜会なのかもしれない。


「バシュレ家の皆さん、ようこそ」


「お招きいただき、ありがとうございます。殿下……これはいったい?」


 父が眉をひそめる。そりゃそうだろう。地方で温泉地を開き、家電で世間を圧巻してると思ったらいきなり王家主催の社交場にいたのだから。


「ゼイン殿下説明していただけますか?」


 カムパネルラ家の当主がやってきた。あまり良い顔をしていない。リヴィオから色々聞いているのだろう。女王陛下の信頼している宰相ということもあり、ゼイン殿下はやや警戒しながら話す。


「セイラ=バシュレを婚約者にしたい。今夜はお披露目というわけだよ」


「それは彼女の同意を得ているのですか?」


 ピリッとした雰囲気がハリー=カムパネルラから感じられる。王家の中枢を守る彼の強さが垣間見える。


「君の息子が彼女にご執心というのは知っているよ。だけど王家に求められたら引くのが臣下だろう?」


「それは時と場合によりますでしょう?」


 宰相がいらだちを隠せなくなっている。ややリヴィオにそういうところが似ている。


「私はまだ同意しておりませんわ。しかし今夜はどうしてもパーティに同席してほしいと仰るので来たのですけれど……せっかくのパーティの空気を悪くしては申し訳ないわ。どうぞ、このへんにして楽しみましょう」


 にっこり微笑む。暗に大丈夫ですから……と宰相に目配せする。カムパネルラ公爵家に迷惑をかけられない。


 ……何の打開策もないけど。とりあえず安心させてみた。私に打開策はないが、それは外からいきなりやってくるものだと思うのだ。タイミングをはかる。


「セイラ、久しぶりだな」


 父が話しかけてくる。あああ……めんどくさい。望んでいない人が現れる。


「そうですね」


「鉱山をうまく操っているそうじゃないか?」


 サンドラが心底おもしろくないと言わんばかりに扇子の影でコソコソヒソヒソ他の女性客たちと陰口をこちらを見て言っている。嫌な雰囲気だわー。


「以前、ソフィアが失礼したな」


「いいえ」


 私は父にかける言葉はもはやない。私は避けるようにその場を離れる。ソフィアの悔しげな顔を横目に……いや、私的にはぜんぜん羨ましがるような状況じゃないのに恨み買ってるし。


「いやー、王宮って広いのだー」


「迷子になるかと思ったのだー」


 ………待て?打開策は確かに外からくると思ったけど、この声は!?この二人が来るのは予想外だわ!


「フォスター家の双子ちゃんよー!」


「可愛いすぎるーーっ!」


 ざわめく会場。ええええ!?しかもトトとテテは人気者なの!?


「ちょっ!ちょっとー!めずらしいわ!リヴィオ様よ!」


「ジーニー様もいらっしゃったわーっ!」


 キャー!と女性達の声。総出で来たんですか?私は驚いて目を見開く。


 四人がスタスタと迷いなくこちらへ歩いてきた。


 バッと前へ出て騎士団長と黒フードの男が私とゼイン殿下を守るように自分達の背後へやる。


「どくのだ!兄様っ!」


 パサッとテテが黒フードの頭を取り、トトがヒョイッと脚をひっかけて、ひっくり返す。事もなげに二人はやってのける。


「相変わらず……運動神経ゼロな兄様なのだ」


 黒フードの彼はトトとテテによく似た顔立ちの青年だった。


「に、兄様ーーっ!?」


 思わず私は驚きの声をあげた。狼狽する男。


「や、やめろ!このバカ妹たち!」


 リヴィオがどけ!と騎士団長に静かに低い声音で言う。威圧感がすごい。互いに睨み合う。


 しかし……その緊張感を崩す明るい声が響く。


「いやいや〜。久しぶりの社交場だね☆いつも招待状は捨ててるんだけどねっ☆」


 ゼキ=バルカンまで!?ゼキの登場には夜会どころではなく、ダンスをやめ『コロンブス』との繫がりを持ちたい貴族たちが群がる。


「あー、ごめんね☆今日は……セイラを助けにきたんだっ☆誰かなー?『コロンブス』を敵に回したい人はー?」


 大男のハリトも正装して現れ、目を光らせている。


「家で待ってろと言ったのに……こいつら……」


 額に手を当てるカムパネルラ公爵。


「お兄様!どういうつもりですの!?」


「ステラ様が関わるとややこしくなりますからーっ!」


 ステラ王女が一瞬、会場に顔を出したが、ズリズリとフリッツとジーナに連れて行かれた……。


「どうします?殿下……これだけの者をセイラ=バシュレは動かせる。あなたのしていらっしゃることは危険です」


 ジーニーが青ざめているゼイン殿下にそう言う。大人しくセイラを返すならよし!返さないなら実力行使だと言わんばかりの面子。ゼキは明らかにニヤニヤと笑って、こちらを見て反応を楽しんでますが。


「くっ!……手を出せば王家への反逆罪とみなすぞ!」


 ざわめく室内。せっかくの夜会が一瞬にして危険な場となる。


「ゼイン殿下、そろそろ退き際ですわ」


 プライドが高い殿下は首を横に振り、私の腕を掴むとその場から立ち去ろうとした。リヴィオが動く!だめ!カムパネルラ家に迷惑が……。


「おまちなさい」


 優しいがよく響き、強制力のある声がした。ピタリと殿下の動きもリヴィオも止まる。


 あ!あれは!!


「コパン様??」


 私が首を傾げると笑う老夫婦。


「おじいさま!おばあさま!!どうしてここへ!?」


 はい!?ゼイン殿下の言葉に私は理解するのに数秒かかった。


「先代の国王陛下です」


 騎士団長が耳打ちしてくれる。コパン夫妻=先代国王夫妻……ってことなの!?


「シン=バシュレには返せぬほどの借りがある。セイラ=バシュレに手を出さぬように!!いつもありがとう。温泉を楽しませてもらってるよ」

 

 ゼイン殿下は私から手を離す。先代国王陛下は優しいがやり手であったという人物で、いまだに国民にも人気がある。


「すまないね。どうもうちの孫たちは辛抱が足りなくて…」


「ほんとにねぇ。忙しくてなかなか構ってやれずにいたからかしらー?」


 ほのぼの~とした雰囲気であるが、私に2人が近寄ってくるとサササッと皆が避けて頭を自然と下げる。


「また旅館へ行っていいかな?」


「もちろんです。お待ちしてますわ……ええ……お帰りをお待ちしております」


 私の言葉に二人は嬉しい顔をしたのだった。

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