『黒猫』は遊び心で戦う

 木枯らしが吹き始めた頃、私とリヴィオはゼキ=バルカンのいる王都の『コロンブス』本部へと行った。


 クリーム色のどでかい建物で、周囲の貴族の屋敷にも匹敵している、厳重な門。警備兵は見当たらないが……忍び込もうとする者はいないだろう。


 なにせ『コロンブス』は腕利き揃いの精鋭集団。喧嘩を売る人もいない。


「やあ!」


 そんな集団のトップにいるゼキ=バルカン自らが陽気に迎え出てきた。相変わらず老年と言っていいのにハツラツとした若さがある。後ろにはハリトがしっかり控えている。こちらはこちらでリヴィオが周囲に気を張り巡らせているが……。


 バチバチと出会った瞬間から二人の火花が飛ぶのを感じる。


「みーんな、待ってたよ☆なにせシン=バシュレが溺愛してたという孫娘だからね☆社員たちも興味津々さ☆」


「えっ!……すいません、平凡で……」


 さらに申し訳なくなってきた。ゼキ=バルカンは目を丸くして笑った。


「アハハ☆平凡?平凡なんて言ってるのは君だけじゃない?この2年ほどの間に名前が知れ渡っているよ☆流行はセイラ=バシュレが作ると言われてる☆」


 ……し、知らなかった!照れてしまって、何も言えなかった。長い廊下を歩きながらゼキは話を続ける。


「今はシーズンオフだから、『コロンブス』内も静かだけど、春になると賑やかになる。この大陸のみの定期便だけなら穏やかに過ぎていくよ……」


 いつになく真面目な顔をして言う。


「『外』の海の魔物は凄まじい。この大陸は黒龍の守護で守られていると言われているが、神話なんかじゃない。それを実感できるよ。皆、この大陸から出ないから平和を享受しているけれどね。シン=バシュレとわたしは真実を見たかった。この世界の真実に触れたかったんだよ」


「真実?それは??」


 リヴィオが興味を持って口を挟んだ。


「さあ……今となっては、それはわからない。シン=バシュレしかね。とりあえず隣国があるとわかっただけだね。リヴィオ、興味を持ったかな!?君も一度『外』へ一緒に行かないかい?君ほどの力を持つものならば我々も助かるんだけどなぁ☆」


「オレ?……オレは興味なんて……」


 リヴィオが言いかけた時、ハリトがボソッと口を挟む。


「こんなやつ、実戦になるとたいしたことがない」


「何だとーっ!!やるか!?」


 私はやれやれと二人のやりとりに肩をすくめる。話を聞いていると……少し私も見てみたい気持ちになる。祖父の血が騒ぐのかもしれない。それに気づいたのか、ゼキが私の顔を覗き込む。


「フフン☆やっぱりシンの孫だね。セイラは行ってみたくなったのだろう?」


 ニヤリとした。


「ま、まぁ、ちょっと不思議なことに興味はあります……」


「シンの部屋を見たら、たぶん、君はもっと行きたくなるよ☆」


 ここだよと扉を示す。鍵を差し込む。重たそうな扉が開いた。


「こ、ここは!」


 ニホンだ!和室!凄すぎる。どうやって作ったのだろうか?ここ、ニホンですか!?


 畳、障子、和紙を貼り付けたオシャレ感のあるライト、掛け軸には『遊び心を忘るべからず』と墨で書かれている。そこは初心忘るべからずとか童心忘るべからずとかじゃないの!?と思う。


 何だこれ?とリヴィオは招き猫を持っている。私はちょんちょんと指で コケシと赤ベコをつついてみる。棚の上にはダルマもいる。


「こ、こんなものまで!?作るとか……」


 呆れてしまう。クールでカッコイイ祖父のイメージが崩れそうだ。


「これがシンのレシピノートだよ☆」


『レシピノートNo.1』と書かれたノートを戸棚から出してきた。戸棚も懐かしい雰囲気を醸し出している。おばあちゃんの家にあり、おやつが入っていそうな木製の棚だ。


「カレーライスの作り方書いてあるよ☆」


「あ!ありがとうございます」


 ワクワクしながら受け取り、大事に両手で持った。3冊ほどある。


 ゼキは床をガチャッと開けて、地下室へと案内する。それほど広くはなく、ワインセラーのようになっている。


 米、醤油、味噌……など書かれた樽が貯蔵されている!すごい!

 

「手作り!?」


「たぶんそうだね。確か、いきつけの店のシェフと作ってたよ☆」


「それはどこですか!?誰ですかっ!?」


 後で教えてあげるよーとゼキがニコニコして言う。私はレシピノートを開く。かなり詳しくメモってある。この世界の食材で近いものが作れないだろうかと四苦八苦してるのが読み取れる。


「シンはけっこー楽しんで作ってたよ☆料理が好きだって言ってて、そのへんのシェフに負けない腕前だったな☆また食べたいなぁ☆」


 遠い目をしながらゼキが言う。


「この食材やレシピノートは頂いてもいいのでしょうか?」


「構わないよ。孫娘である君の物であることは間違いない。……あの息子にはやりたくないけどね☆君なら活用してくれそうだし、シンも喜ぶよ☆」


 私にも日本の料理を食べさせてくれればよかったのにな…と思う。かなり細かく書かれている。


『日本の味噌、醤油、豆腐は同じ豆から作られる』


 ほんとにねぇ。とお祖父様のメモをみて思わず頷く。大豆はすごいわよね。しかも畑のお肉と言われるくらい有能なのに……さらに変化されて、いろんなものになる。よく考えたものである。日本人は食へのこだわり凄すぎる。


「おい。読みふけるな。後からにしろ」


 ハッとリヴィオの声で我に返る。


「えへっ。ついつい、食べ物のこととなるとね!ちゃんとリヴィオにも食べさせてあげるわよ」


「そりゃ、楽しみにしてる」


 やれやれと呆れ半分になりながらリヴィオは階段を登った。お祖父様の部屋は日本の懐かしい空気を感じられ、離れ難かったが、また来ようと思いつつ出た。


 扉の前に3人ほどの男たち。ゼキが、あー、バレちゃった?と笑う。


「酷いじゃないっすかー!シンさんの孫娘を俺たちも見たかったのに!」


「そうだ!こっそりとしてたでしょう!?はじめまして、お嬢さん!」


「俺らはシンさんのことは……ほんとに尊敬してたんです!すごい人です!」


 まだまだシンさんのこと好きな奴らはいるんスけどね!とりあえず俺らも抜け駆けッス!と屈託なく笑いながら言う。


「はじめまして、セイラ=バシュレです。普通でごめんなさいね。期待はずれだとおも……」


「そんな事ないっス!握手お願いします!」


「おまえ!ずるいぞ!俺も!」


 アイドルか?私に似合わないシチュエーションに驚く。そして……こんな私で申し訳ない気持ちになる。もっと美女とかならよかったよね……。


 リヴィオがスッと間に入る。


「悪いが、接触は控えてくれ」


 パッと顔色を変える3人。


「なんだぁ?こいつ!」


 凄まれるがリヴィオはサラリと流す。


「オレはセイラの護衛だ」

 

 その一言にワイワイとからかい出す男たち。


「護衛!?こーんなヒョロっこいのに!?」


「ガキがいきがってるだけだろ」


 ヤバい……リヴィオが金色の目をスゥッと細める。危険信号だ。


「強いかどうか試してやろーか?」


「演習場があるから来いよ」


 さらに煽る男たち。面白がっている。


「おまえらよりは強い」


 ハッキリキッパリ言い切るリヴィオ。


「まぁまぁ、こんなところじゃなんだから、演習場行こうか?腕試しといこうじゃないか☆」


「いえいえいえ!そろそろ帰りますっ!」


 ワクワクしてゼキまでそんなことを言いだす……私は慌てて辞退しようとするが、男たちとリヴィオの熱は止まらない。


「こっちだ!ついてこい」


 演習場まで連れてこられてしまった……円形状の演習場は相撲場のような造りになっている。これもお祖父様の案なのだろうか?


 リヴィオはポイッと黒いコートを私に渡す。


「手出しするなよ」


 そう言うけどさ……。


 ゼキが心配している私に笑いかけて言う。口調は真面目だった。


「ここで手を出したら、リヴィオのプライドも傷つくし、その必要あるかな?少し信用して様子を見るといいんじゃないかな?」


 演習場に他の人達も集まってくる。シーズンオフで暇なんだとゼキが説明する。


 リヴィオは真ん中に立つ。先程の男たちもいる。


「魔法は禁止でいいな?建物の破壊すると俺らの給料から天引きなんだ」


「構わない。3人まとめてかかってきてもいいぜ」


 淡々とリヴィオはそう言う。苦笑する男たち。リヴィオの強さは私もわかっている。


 だけど……実戦を積んでる男たち相手に勝てるだろうか?


「クソ生意気だな!」


「来いよ」


 冷笑してリヴィオが相手に応答した。


 振り下ろされる拳を流れるように避けて、相手の腕を取る。慌てた男が蹴りを入れるが軽く横へ跳躍して避け、その動きの流れを利用して体を低くし、相手へ鋭い蹴りを入れた。ヒットし、吹っ飛ぶ男。


 次の男がコノヤロ!と飛びかかっていく。それを猫のように軽やかな動きで避けるとパシッと音をさせて男の顔に手の平を押し当てて、体の重みを上からかけて倒れ込ませた。


「はー、さすがだね☆」


 ゼキがボソッとそう言う。


 その間にも三人目の男が襲いかかるが、リヴィオに触れることすらできず、横から肘で打たれて床へ倒れた。あっという間だった。


 ……学園の時より遥かに強くなっている。


 好戦的な彼は私とゼキの後ろにいるハリトに声をかける。


「そこで隠れてねーで、来たらどうだ?」


 なんで煽ってんのよおおおお!と私は汗が流れる。


「ゼキ様、少しよろしいですか?」


 ハリトさんはヤバい!あいつ喧嘩売ったぞ!とざわめく場内。


「いいよ☆ハリト!やっちゃって☆」


 ゼキ=バルカンがそうノリノリで言う。ハリトが降りていく。なんとなくムッとした。リヴィオの方が強い……はず!!


「リヴィオ!頑張って!負けないでよっ!」


 リヴィオがニヤリと私を見て、好戦的に笑った。ハッ!つい私まで煽ってしまったわ!!この場の熱にやられた。


「君らってさ……どのくらい強い?セイラはあいつより強かったのかい?」


「戦闘術はリヴィオが段違いに強いです」


 ゼキの疑問に答えて、すぐに視線は演習場の中心へ戻す。


 こうなったら、応援!応援するしかない!グッと両手の拳を握る。


 周りの人達はハリトやっちまえー!と熱くなっている。


「こないだの借りは返す」


「青二才が調子に乗るな」


 ピリピリとした雰囲気に場内が静まりかえった。タンッとリヴィオが床を蹴る。右から仕掛けた。ハリトはでかい体躯をずらして避ける。


 それを読んでいたリヴィオは流れるような動作で足払いをかける。後ろへ跳んで避けるハリト。間をおかずにリヴィオの拳がハリトの中心へ吸い込まれる。受け止めるが、思いの外、強打だったようだ。足元がふらついた。


 それを見逃すわけがなく、リヴィオは蹴りを入れた。……が、足を掴まれ、身体ごと、投げられる。空中で一回転し、軽やかに着地する。


 『黒猫』の二つ名は伊達ではなく、軽やかでしなやかな戦い方をする。


「おい……あいつ、なかなかやるな」


「ハリトさんとやりあえるやつがいるとは……」


 場内が少しざわつく。リヴィオはハリトのなかなか動きにくい巨体のデメリットを利用して、素早く動くことで相手の動きを封じている。ハリトはそれに気づき、舌打ちする。


 ハリトは攻撃のスピードをあげた。リヴィオは拳を受け止めないように流して下から攻撃を放つ。ハリトの顎にヒットした!ぐらついて倒れるかと思いきや、リヴィオの腹へと蹴りを放った。リヴィオはグハッとくぐもった声をあげたが、後ろへ数歩下がって踏ん張る。腹を押さえている。


「リヴィオ!!」


「おおー!!」


 私の叫ぶ声と周囲の歓声が重なる。


 リヴィオの金色の目が相手を睨みつける。


 間髪入れずにハリトが鋭い蹴りを入れる。両腕で足を止めて弾き、素早く、足の下をくぐって、ハリトの体へ入ると自分の体ごとぶつけていく。ぐらつくハリト。中にはいったリヴィオは拳を放つ。巨体が吹っ飛ぶ。その動作の一つ一つが早い。


 決まった!私はよしっ!と声をあげて、拍手した。


 ハリトが膝をついている。リヴィオは肩で息をしている。


「………ッノヤロ!」


 まだまだ余力がありそうなハリトが飛びかかろうとした時だった。


「そこまでだよ!」


 鋭い声がした。ゼキ=バルカンの声と気づいたのはだいぶ経ってからだった。普段の明るさがなく、そこには覇気があった。


 その声だけで周囲は静まった。


「ゼキ様!なぜですか!」


 ハリトが珍しく語気を荒げる。ゼキはやんわりと言う。


「それ以上したら、どちらかが大怪我する。それはお遊びの域を越える。遊び心を忘れるなんて野暮だよねっ☆」


 リヴィオはこれ以上戦う意思はないらしく、あっさりとその場を離れて、私の方へ帰ってきた。ハリトはかなり渋い顔をしている。


「ほんとにスカウトしたいよ☆戦う気持ちプラス魔力もあるとなると『コロンブス』向けだと思うんだけどなぁ☆どうだい?遊び心で一度でいいから航海してみないかい?」


 リヴィオを誘う。彼は苦笑した。


「セイラが乗りたいと言うならば、そのときについて行く」


「なんで、私なのよ?」


「あぶなっかしいからに決まってるだろ。食材探しに行くなよ!?」


 思わず無言になる私。ほらな!とリヴィオが言う。


「やっぱり考えてただろ!?おまえ、食材のこととなると目の色変わってるぞ!」


 嫌な予感だと言う。そして彼は冗談か本気かわからないことを満面の笑みで言った。 


「オレはそんなに多くを望んでいない。セイラの傍にいられて、サウナがあれば充分だ」


 『黒猫』の才能……持て余してるのは私の方なのかもしれない。

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