黒龍の女王陛下

 私とリヴィオ、ジーニーは王都ウィンディアの公爵邸にいた。


 リヴィオの母、オリビアが私のドレスや髪型などをアドバイスしてくれた。社交界に出ているので流行のファッションには詳しい。流行りに疎い私はとても心強く感じる。


「ウフフッ。どうかしらー?」


 私は濃いブルーの繊細な柔らかい生地のドレスに真珠を使った髪飾りとネックレス。髪は流行らしい編み込んでまとめて、少し残した髪を横に少し垂らしてある。


 オリビアのほうが綺麗でしょう!と自信たっぷりに笑う。私は地味な自分の容姿に自信がないので、笑えなかった……用意を終えて暇そうにリヴィオとジーニーが言う。


「良いんじゃねーの?オレ、社交界の流行りとか、わからねーけど、いつもより着飾れてるんじゃねー?」


「そこは素直に綺麗になったとか似合ってるなどと褒めるべきだろう?」


 ジーニーの問いにリヴィオはしばし考えて……

 

「そんなに変わるか?」


「まぁ、中身は変わらんな」


 ……この男二人、グーパンチしていいかな?


「もう!もっと言い方あるでしょう?貴方達は女性になんですかっ!」


 オリビアに怒られて肩をすくめるリヴィオとジーニー。良いんです。私より美人はいっぱいいるし、別に褒め言葉を期待してたわけではないし……そう思いつつ半眼になる私。


「王宮へ行けばハリーもいるから、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。表情が硬いわよ」


 私はハイ……と頷いた。緊張が顔に出ていたようで、励ましてくれるオリビア。ハリーとはリヴィオの父で公爵家の当主。この国の宰相を務めている。


「いいこと?リヴィオ、王宮に行ったら公爵家の人間らしく振る舞いなさい」


 母親らしくオリビアはヤンチャ三男坊と称すリヴィオを諭すが、当の本人はわかってると適当に返事をしている。


「ハリーにも王宮で働いてるアーサーにも迷惑かけることになるんですからね!」


「王宮で会えるかどうかはわからねーが、アーサーってのは長兄だ。次期公爵でめちゃくちゃ愛想悪くて現実主義者だ」


「リヴィオーっ!聞いてるのーっ!?アーサーのことはどうでもいいでしょう」


 リヴィオの説明にオリビアにさらに怒られている。ジーニーはオレは夏休みに遊びに来たときに会ったことあると補足した。


「公爵夫人、大丈夫ですよ。僕がついてます。女王陛下に失礼のないようにします」

 

 丁寧すぎる物言いとキラキラした笑顔をオリビアに向けるジーニー。作り出す好青年オーラ。


「そうねぇ。ジーニーが同行するなら安心ね。頼むわね」  


 オリビアはニッコリ笑った。ジーニーは真面目な分、信頼を得ている。すごいな。


「はい。おまかせください」


 そしてクルリと私とリヴィオに向き直り小声で言う。


「いいか?信頼感を失わせるな。言動に気をつけていくぞ」


 ……好青年オーラどこいった?この変わり身の早さはなんなのか。リヴィオが『騙されてる』とブツブツ言っている。それでもとりあえず公爵夫人を安心させることができたようだ。


 女王陛下の住む王宮は王都から望むことができる近距離の小さな島に建てられており、周りは海で囲まれている。

 満潮の時は水上に浮かぶ幻想的な城で、干潮時には干潟に波が作る模様が綺麗に残る砂の道ができる。

 満潮と干潮の潮の満ち引きは魔法のようだ。

 この国を守護する神である黒龍がここに城を建てるように言ったという神話が残されている。


「水上の城と知っていたけど、実際に渡ってみると素敵だわ」

 

 馬車の窓から景色を呑気に眺める私にジーニーは淡々と言う。


「満潮と干潮の時刻を測らないと、潮の流れが早いため、すぐに満ちてきて死ぬ」


「ちょっ、ちょっと!もう少しこの自然の凄さに浸らせなさいよっ!」


 リヴィオは騎士団にいたので何度も渡っているため感動が薄く、馬車の揺れで眠い顔をしている。

 ……情緒もなにもない。


 王宮の中へ入ると、すぐに案内係がやってきた。謁見時間まで控室で待機するよう言われて待つ。その間もゼイン殿下こねーだろうな!?とリヴィオは金色の目を細めて警戒しまくっていた。……さすがにあれから音沙汰もないし、飽きたんじゃないかと思われる。なにせ王子という立場で、数多の美人な花嫁候補はいるだろうから、忘れてさえいるだろう。ましてや……リヴィオへの恨みでからかいにきただけだったのだから。


 静かに待っていた室内にコンコンッとドアのノックする音が響く。


「女王陛下の準備ができました。どうぞこちらへ」


 緑色の制服の人が案内してくれる。静まり返った廊下。謁見室の大きい扉の前には騎士が2人立ち、こちらを、見据えている。

 さすがに私は緊張している。ちらりと両隣の二人を見るとジーニーは普段通り真面目な顔をしているし、リヴィオは私とピタッ目が合う。その瞬間、緊張してんの?と言わんばかりに、ニヤリと可笑しそうに口の端をあげた。なんか悔しい。


「入りなさい」  


 室内から朗々とした女性の声がした。扉が開いた。天井から美しい布と宝石のように輝く石が吊るされており、王座を飾っている。

 また滝のように流れる水に鮮やかな緑の植物が生けられ、水の音が心地良い雰囲気を作り出していた。

 これが玉座の間なのねとあまりキョロキョロできないが、私は視線だけ動かして見ていた。


「頭をあげよ」


 頭を垂れていた私達3人に声が降ってきた。

 女王陛下は見たことないくらいと言っていいほどの、美女である。長い漆黒の髪は流れる水のように艷やかで美しい。髪の所々には輝く星のごとく真珠を散りばめている。首にはいくつもの宝石が煌めくネックレス。手首には金の腕輪をはめていて、シャラシャラと動かす度に音がする。目の色はガーネット。その紅い目は王者たる強い光を放っている。足を組み、こちらを見ている姿はまるで黒龍の化身のようだ。


 ホゥと私は感嘆の溜息が出る。同時に同じ女性として羨ましい気持ちにもなる。


「そなたがシン=バシュレの孫娘か」


 その一言にハッと我に返る。慌てて挨拶した。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。お初にお目にかかります。セイラ=バシュレでございます」


「アハハッ!よく似ておるわ!」


 いきなり笑いだした。そして先程の威圧感は薄れて、気さくな雰囲気になった。


「そんな緊張せずともよい。そなたの祖父には世話になった……言葉にできぬほどにな」


 な、なにをしたんだろう?私は知らない。


「そ、そうなのですか?えーと、こっちの二人は……」


 リヴィオとジーニーを紹介しようとしたらパタパタと手を振る。


「あー、そっちの二人は知っておるから紹介は不要じゃ。エスマブル学園長とカムパネルラ公爵家の問題児であろう」


 リヴィオがムッとしていると女王陛下が冗談だとニヤリと形のいい唇で笑う。どうやら、からかったらしい。


「嘘じゃ。知っておる。妾のバカ息子が悪かったの」


「いいえ、家の愚息にもったいないお言葉です」


 リヴィオが口を開こうとした瞬間、スッと後ろから出てきて、先に言葉を放ったのはリヴィオの父であった。


「そなたが望むのならば騎士団に戻れるようにしてもいいのじゃぞ?」


「せっかくの申し出ですが、お断りします」


 リヴィオは即答した。小さくブツブツとあのバカ王子と一緒に過ごしたいかよと言っている。


「あのっ!女王陛下にお願い申し上げたいのですが……」


 イラーっとした雰囲気のリヴィオを隠すように、さっさと話を本題にもってく。


「巷で人気の物のことであろう?妾もドライヤーというものを使ってみたが、毎夜愛用しておるわ!便利じゃのう。……許可をする」


 ……はやっ!も、もう少し考えないの!?


「えっ!随分と早い決断ですね」


「許可をするのは決めておったわ。ただ妾がシン=バシュレの自慢の孫娘を見てみたかったのだ!孫娘の休暇に間に合わない……とよく慌てていたのでのぅ」


 初めて知った。……私が一人で過ごす休暇中の学園での孤独をお祖父様は知っていてくれたようだ。一緒に過ごした休暇は忙しい中で作ってくれた暇だったのだ。

 一瞬言葉に詰まるほど胸がジーンとした。私は女王陛下に感謝を込めて言う。


「私が知らない祖父の姿を聞くことは、とても嬉しく思います」


「そうか」


 紅い目が優しく細められた。


「国民の生活様式を変えてしまうことになりますが大丈夫ですか?」


 ジーニーが問うと女王陛下は宰相でもあるカムパネルラ公爵と目を合わせる。


「妾は国民の生活が心地よく快適になれば良いと思うのじゃ。それゆえ前向きに考えておる」


 カムパネルラ公爵も女王陛下に続けて言う。


「女王陛下と学者達と臣下である我々が話し合ったのだが、流通させることで国民生活が楽になる、余暇も生まれるのではないかという結論に至った……エスマブル学園長はどうだ?」


「僕としても賛成です。セイラ側なので公平な意見を述べられるかはわからないので発言は控えていましたが、時代によって、生活も進化していくものでしょうし」


 女王陛下がウムと鷹揚に頷いた。

 

「そういうわけで、許可する」


「ありがとうございます!」


 私は礼を述べる。


「この話とは別なのじゃがのぅ。そなた、面白い宿を経営しておると聞いたのじゃ!今度お忍びで行ってもいいかの?」


 じょっ、女王陛下を!?招く!?まさかの申し出に驚いた。

 

 ……誰がお客だろうと平等におもてなしをする。それが信念でしょうと私は動揺を隠して、ニッコリ笑顔で返答した。


「もちろんですわ。花葉亭でお待ちしております」


 すると少女のようにワクワクとした表情になり、女王陛下はカムパネルラ公爵に言う。


「ほれ!良いと言っているではないか!」


「きちんと仕事をしてからならばよろしいです……終わらせてくださいよ」


「ううっ……わかっておるわ」


 この少女のような性格が本来のもので、神秘的な雰囲気は王であるために身につけたものなのであろう。

 扇をパラリと開き優雅に笑う。


「もう少し話したかったが、残念ながら、そろそろ時間じゃ……そなたら3人は面白い組み合わせじゃのう。ホホホ。また会おうぞ!」


 こうして謁見は終わった。

 控室に戻って、ハーーと私は息を吐いて椅子に座り、足を伸ばす。やはり、こんなお上品なのは合わないわー。ドレスも慣れなくてやや着崩れてしてきた。リヴィオはソファに寝そべり、ジーニーはお茶を飲み、ひと息ついている。


 ガチャッとノックも無しに扉が開いた。不意打ちされて、やや行儀悪い現場を見られた。相手は青い目で冷たく私を見る。その黒髪の青年は端正な顔立ちをしていて、無表情で淡々と言う。


「リヴィオに似合いの女だな。淑女のマナーなどない」


 私は言い返せない。確かに気を抜いて足を伸ばしていました……。

 リヴィオがバッと立ち上がって臨戦態勢をとる。


「アーサー!何しに来たんだよ!セイラに攻撃すんな」


「黙れ。カムパネルラ家のお荷物め」


「何だと!」


 ………相手が誰だがわかった。唯一、冷静に見ていた、ジーニーがお茶のカップを置いて言う。


「リヴィオ、落ち着け。お久しぶりです。随分と喧嘩腰ですね。アーサー=カムパネルラ殿。セイラこちらがリヴィオの兄だ」


「はじめまして、セイラ=バシュレですわ」


 私は立ち上がって慌ててドレスの裾を持ち、お辞儀した。ジロジロと上から下まで眺めてくる。

 

「身なりを整えて、ゼイン殿下の元へ行け!お呼びだ。こんな娘のどこが良いのかまったく理解できん」


 はぁ!?私はポカンとした。驚いて言葉が出てこない。……殴りたい。落ち着け私。さっきからなんなのかしら?すごく、敵意を感じるわ。


「ハッ!あのバカ王子におつかいを頼まれたってわけか?断る!」


「おまえには言っていない。女一人で来いと言っていた。……リヴィオはカムパネルラ家へ帰っていろ。話がややこしくなる」


 リヴィオが炎と表現するならアーサーは氷だった。カッと金色の目に燃え上がる怒り。


「まあまあ。兄弟喧嘩はそこまでだ……セイラを一人で行かせるわけにはいかない。行かせる気もない」


「エスマブル学園長ともあろうものが、立場を悪くしていいのか?」


 ジーニーはアーサーよりも上手だった。冷たい視線をひらりとかわすようにフッと柔らかく笑った。


「何もしていないんだから、悪くしようがない。アーサー殿、我々は女王陛下の謁見のために来たのだ。つまり女王陛下の客人である。客人を無理矢理連れて行こうなどと、それこそ不敬だ。許可を得ているのか?今すぐ女王陛下にどういうことかと申しあげてもいいのだが?」


 アーサーがさらに言おうとしたところを畳みかけるようにジーニーは続けた。


「そしてセイラ=バシュレの後見人はゼキ=バルカンだ。後宮に入れたいと考えるのならば、まずはそこからお願いしてくるのが、礼儀であろう。そうお伝えしてくれ」


 リヴィオがおい!待て!と止めようとするがジーニーは黙っているように。と無言の視線で圧を与える。


 アーサーが嘆息した。


「エスマブル学園長を敵に回したくない。ここはひく。そのように殿下に言う」


「王家に逆らえない、カムパネルラ公爵家の苦労もわかる。アーサー殿、大変だな」


「………仕方ない。これが仕事だ」


 そう言ってアーサーは去って行った。ジーニーはアーサー殿は何かあったのか、イライラしてるなぁと余裕ある様子で見送る。私とリヴィオはやり取りを見守るしかなかった。


 アーサーがいなくなってから、リヴィオが口を開いた。


「ゼキ=バルカンの名前を出して良かったのかよ!?」  


「これで当分は防げる。今、ゼキ=バルカン達は王都にいないらしい。春がきて外の海へ航海中とか……それに間違ってはいない。セイラの祖父から『頼む』と言われていたんだろう?」


 広ーい意味で後見人だろとジーニー。私とリヴィオは顔を見合わせる。

 ウィンダム王国、この大陸随一の学園でエリート育成している学園長はなかなかのやり手だ。


「ジーニー、よく意表を突かれた襲来にそこまで頭が回るわね……私は驚いて言葉が出なかったわ」


 ゼイン殿下がまだ執着していたとは思わなかったのだ。


「策略家だろ?オレは学園の時に、このジーニーを何度か見たぞ」

 

「えええっ!私は知らなかったわよ!」


 ジーニーは私とリヴィオをマジマジと見て言った。


「二人だけで来させないで、心底良かったと思う」


 真面目な彼は疲れて、温泉入って疲れを取りたいと片手で肩をもみながら言ったのだった。

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