久方の光のどけき春の日に

 病院と学校は建設できたものの、医者、先生など人手不足だ。


 学園のツテがないかな?とジーニーに頼んたが、相応の人数確保は難しいようだ。地方だもんね……人の多い王都で求人してくる必要がある。


 そして一般家電製品の流通をさせるため、王家に伺いをたてたのだが……一通の手紙がきた。私は重々しい溜息を吐いた。


 手紙の印にはウィンディム王国の龍の印が押されている。流麗な文字で、『女王陛下は拝謁することを望む』と書かれていた。


「あー、行きたくないなー」


「陛下だと代理人というわけにもいかない」


 ジーニーは冷静にそう言う。


 リヴィオは王宮にはあいつがいる!とゼイン殿下のことを警戒している。猫のように毛がシャーッと逆だってる幻が見える。


「今回は一緒に行こう」


 えっ!?と私とリヴィオが驚く。


「女王陛下、ゼイン殿下、バシュレ家、ゼキ=バルカンのいる王都ウィンディムに二人で行かせるにはリスクが高い」


「作戦本部長のジーニーがいたら心強いけど、学園は新学期なのに大丈夫?」


「もちろん新学期だから、あまり長居は出来ないが、二、三日ならば大丈夫だ。なんだ?その作戦本部長とは……?」


「気にしないで、えーと、公爵家に……」


 お世話になるのも悪いしと言いかけたがリヴィオがすかさず言う。


「空き部屋腐るほど有るからいいぞ。護衛する面においてもゼイン殿下が公爵家に乗り込んで来ることは、まずない。クソ親父だけど、公爵家当主は女王陛下の宰相だから、そこはありがたく利用しようぜ」

 

 利用するとか人聞き悪いことを……。そろそろ王都にも皆が使えるような家を1軒買おう。出張行ったときに、他の人使えるから便利よね。


 毎回公爵家に頼むのも悪いし……王都ですることメモに家を探すことを追加した。


 三人でしばらく作戦会議のような話をしたが、事件がおこらないことを祈りたい。せっかく鉱山を手に入れたのだ。女王陛下に許可をもらい、流通させていきたい。


 旅館の春は桜が見所だ。去年、植えた桜が少しだけ花を咲かせた。山桜であるから、白っぽいがニホンを思わせるので、山から移植したのだ。


 桜を見るとなぜか儚い気持ちになる。


 夜、露天風呂に浸かりながら、風に散らされてお風呂に浮かぶ花びらをお湯と一緒に両手ですくった。揺れる水と花びら。手の中のから少しずつこぼれ落ちた。


 目を閉じる。前世の記憶が桜と共に鮮明に思い起こされる。桜の花が咲く学校の門で、父母と写真を撮ったこと、自転車を漕いで桜の木のトンネルをくぐって学校に通った道。


 高校のある程度の時期まで来ると記憶の時計の針は止まる。やけに不安に駆られる。思い出したくないと無意識に焦燥感のようなものが沸き起こる。


 何があったのか未だに思い出せない。


「なんでだろう…」


 そう一人呟いて問いかけるが、もちろん答えはない。


 ぼんやりとしながら、私はあごの先まで温泉に浸かった。春は来たけれど、まだ夜は寒く、お湯の温かさが嬉しかった。


「花、桜……そうだわ!」


 ザバッとお湯から勢いよく出る。


 一人で儚げだと桜を愛でるのも、良いけれど、皆で賑やかに桜を見るのも悪くはないわよね。


「お花見をしよう!」


 花の命は短かくて……よ!ということで翌日、お花見を開催した。


「唐突に思いつくな」


 朝から準備している私を見て、リヴィオは半ば呆れていた。


 桜の花が綺麗!散ってくのも素敵!なんて言っていたのは、皆、最初のほうだけだ。


 今、注目を一番浴びているのは……肉だ!


「こっちお肉焼けたよー!」


 私は甘辛いタレがポタポタと滴り、ジュワジュワと音を立てているスペアリブを網から持ち上げる。


「食べるのだ!」


「お肉最高なのだ〜」


 トトとテテがお皿を持ってくる。大きくてはみ出しそうな肉をのせてもらい、ルンルン浮かれた足取りだ。


 花見しようよ!と提案したら……バーベキューになってしまったのだった。


 お花見弁当作ろうとしたが、トトとテテの『肉!ニーク!ニーク!肉!肉を食べたいのだ!』とお肉コールが始まり、こうなった。


 美味しいからいいか〜と私も快く了承した。肉、私も嫌いじゃありません!


「こっちの串焼きもいいですよー!」


 トーマスが野菜と肉を交互に挟んだ串焼きを焼いてくれている。リヴィオがアチッと言いながら、ポタポタ肉汁の出る串焼きにかぶりついている。


 料理長が包み焼きをしているものを、そっと開けてみて、ヨシッ!と言う。


「こっちもチーズのせパン焼けました!お嬢様、発案のピザというやつです!」


 私というか、イタリア料理かな……。


「うわ!なんだこれ……美味しいな……」


 真面目なジーニーの顔が崩れた。ハマったらしい。一口齧ると、熱々で伸びるトロッとしたチーズ。


 トッピングはトマトソース、ベーコン、オニオン、コーン、じゃがいも、キノコ、バジルなどの種類がある。


 クロウがどんどん焼けますよーっとイカと海老、焼きガニが焼き上がってきたことを知らせる。


「新鮮でプリプリしてる!蟹が甘い!」


 私は香ばしくて柔らかなイカ焼きを口にした。海老も身が引き締まっていて炭火で焼いたので炭の香りがほのかにする。焼いた蟹の白い身は甘さが感じられる。


「お、おい、すげーテンションあがってるな」


「海鮮最高ーっ!」

 

 リヴィオがやや引き気味になっている。


 ニホン的なところがあるのか、私は海鮮が大好きだ!肉も好きだけど、こちらは肉料理が多いので、たまに魚や甲殻類が食べたくて食べたくてしかたなくなる。……いずれ探したいのは米。


「お酒もどうぞー!」


 メイド長が冷やしたお酒をサービスに持ってきてくれた。飲みすぎないでくださいよ!と念を押す。待ってましたー!とグラスに注いでいく。


 カンパーイと近くの人たちとグラスを交わす。お酒も入って、春の陽射しの優しさに皆、気分が盛り上がる。


「あ!花びら入った〜」


 私のグラスにスッと落ちる花びら。風流だーと少し酔ってフワフワする頭で言う。


「なんか可愛いのだ!」


 トトも欲しいと木を見上げてこぼしそうになりながら花びらをグラスに入れようとする。それがおかしくて皆が笑う。


 お花見といいながら、花より団子だわ。


 それでも風が吹き、花びらが散らされ舞うと皆の視線を桜が奪う。


「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ……ね」


「それなんなのだ?」


 テテが尋ねる。


「えーと、詩のようなもので、こんなにのどかな光さす春の日なのに桜はせわしなく散っていくって感じ……だったような?」


 誰、作だっけ?……うろ覚えだわ。へー。とさして興味なさげなトトとテテ。


「その詩、お嬢様のお祖父様が作られたのではありませんか?口ずさんでいたのを聞いたことあります。誰の詩ですか?と尋ねますと、『これ好きなんだ』と笑っておいででしたよ」


 私はハッとしてクロウを見た。同じニホンの前世の記憶を持っていて……有名なこの和歌を口ずさんでいても不思議ではないだろうけど、これは偶然なの?


「いえ……これはお祖父様が作ったものではないわ」


 絞り出すように声を発した。


「お嬢様、どうなされました?」


 私はなんでもないわと、ぎこちなかったかもしれないが、笑った。


 春の優しい日差しの中で宴会は続いた。


 夜桜を一人見に来た。賑やかだった昼間の光景とは打って変わって静けさがある。 


「夜に一人で出歩くな。何してんだよ」


「リヴィオ!?なんでわかったの?」


 私は驚き、振り返る。暗闇に浮かぶ人影が近づくとリヴィオとわかる。


「たまたま窓から人影が見えた」


 言うならば、今、このタイミングかもしれない。


 私のことを知っててほしいと思うのは私の身勝手な思いなのかもしれない。前世の記憶があるということをずっと言えずにいた。


 私は意を決して口を開いた。変なやつと言うだろうか?それとも……。


「ちょっと夜の桜を見たくなったのよね。……ねぇ、私に前世の記憶があるって言ったら、信じるかな?」


 驚くだろうと思った。しかしリヴィオは平然としている。


「フーン。卒業後にその前世の記憶があるんだろ」


 さも当然のように言われる。


 予想していなかった返答に私は動揺して、そ、そうよと頷く。


「驚かないの?」


「驚かねーよ。ジーニーに護衛を頼まれて会った時、セイラはどこか変わったなと思っていた。で、最初はセイラを誰が変えたんだ?と思った」


「この世界にはいないわねぇ……」


「いねーな。一緒に過ごしてみて、わかった。それならば、セイラの内から何かが起きたということだろ?」


「す、すごい!考察ね」


 リヴィオを侮ってて、ごめんなさいと心の中で謝っとく。


「正直、恋人でも、できたんじゃねーかと思ったぞ」


 それはない。と私はキッパリと言い放つ。傍にいたから、わかってるとリヴィオは肯定する。


 まぁ……記憶が戻るきっかけとなった溺れる事件の前に助けに来てくれる白馬の王子様でも良かったんですけどね?そんなロマンチックな展開にはならなかったな。


「ニホンという国の温泉旅館の跡継ぎ娘だったのよ。ジョシコーセーで学校へ通ってたわ」


「温泉旅館をした理由はそれか!……もしかしてアイスクリーム、家電と呼んでる製品もニホンのものなんだな?」


 ご明察よと、私はパチパチ拍手した。


「あの国では魔法を使えない人でも、魔法のように自分で火が使えて、馬も無いのに長距離を移動できて、いつでも冷たい飲み物が飲めて、学校も行けるし、病院で治療も受けれる」


「すげーな」


「ウィンディム王国でも魔法が使えない人が多いわ。ニホンのような道具があれば良いんじゃないかなぁと思ってたわ。でも私、立派なことを言いながらも自分がしてみたいと思った旅館経営してるだけで……その副産物みたいなものなんだけどね!」


 あまりリヴィオは驚いていない。初めて聞いたとは思えないくらい、当然のような顔をし、頷きながら聞いている。


「えーと……私、前世の記憶について話す決心がつくまで、けっこう悩んでたんだけど、驚かないのね?頭おかしいだろとか言わないの?」


「話している内容には驚いてるぞ。でもセイラがしたいことをして、自分らしく生きれるなら、オレはなんでもいいと思う」


 え……?と私はリヴィオを見る。金色の目がじっとこちらをみつめる。


「学園時代のおまえには戻るな。今、良い顔してる」


 いつも飄々とした表情をしているリヴィオなのに今は優しい顔つきをした。そう言ってもらえ、私はホッと安心した。


「リヴィオ、ありがとう」


 私のお礼の言葉に顔が赤くなっている。暗闇でもわかった。プイッと照れ隠しのように背を向ける。


「さっさと屋敷に入れ!オレは眠い!」


 さっさと歩いていくリヴィオ。私も後ろから歩き、屋敷に帰ることにする。

 風が吹き、一度だけ、ふと振り返ると夜桜が静かに散っていた。

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