鳥の声が告げる、春

 朝、私は鏡の前でしばし考える時間ができてしまった。


 リヴィオに髪飾りを貰った時からだ。


 嘆息する。それがどんな嘆息なのか自分でもわからない。


 どんな意味だったの?リヴィオにとって、この髪飾りは……どんなつもりでくれたの!?


 リヴィオの性格的にプレゼントを軽くあげるタイプではないこともなんとなくわかる。


「深く考えない……考えない……」


 私はそう呟いて、髪飾りをパチリと留める。

 ジーニーがこの髪飾りを見て、察したらしく、ただ一言だけ『リヴィオだな』とだけ……それを言われて、何故か赤面した自分を殴りたい。


 今日は鉱山へ行く。予想通り、父は『何も出ない山などくれてやれ!』と契約書にサインして来たので、山の権利書と共にもらう。


 ……権利書が本物かどうかまで調べた。念には念を入れ、お金を渡すとバシュレ家は何も言ってこなくなった。


 執事によると、父はガックリきてやつれているらしい……でかい買い物が失敗すれば誰でもそうなるよね。


 しかし私とて、このままにしておけば借金がかさむだけだ。……このままならばね。


 動きやすい黒の服に着替える。白い手袋、マントをバサリと羽織る。私のスラリとした体格には意外と男装っぽい格好が似合う。


 ドレスより合ってるよねと男らしい自分の姿が鏡にうつる。髪飾りだけは女性らしくキラキラしている……いや、意識しない。見ない見ない。


 執務室に行くとリヴィオも待機していた。ジーニーとその隣には……。


「お久しぶりですっ!セイラさん!」


 小柄なメガネ男子。栗色の巻毛で童顔の十代にも見える。


「えっと……誰かしら?」


「同じクラスだった、鉱石オタクのレインだ。忘れたのか?」


 忘れたというより記憶にない。私とジーニーのやり取りにオドオドしだす。小動物みたいな動きだ。


「良いんです…ボクは影が薄いので……」


「大丈夫だ。セイラはあまり学園の人間を覚えてない。『歌姫』すら知らなかった」


 ジーニーが言うと、ええっ!?『歌姫』を知らないんですか!?とレインが驚く。


「レインが鉱山について調べてくれていた」


「ありがとう。調べるの大変だったでしょう」


「いえいえ!」


 レインは私のお礼の言葉に慌てて手を振る。


「卒業後にこんな事していたなんて知りませんでした。良いなぁ。楽しそうですね」


 レインが私、リヴィオ、ジーニーの顔を眺める。


「レインは何していたの?」


「ボクはいろんな山に行き、鉱石や地層を調べてました!」


「自分の好きなことしてていいじゃねーか」


 リヴィオがそう言うが、レインは肩をすくめる。


「名門校を出たのに就職もせず、フラフラしてて、怒られてました。そこへ、ジーニーさんからセイラさんの所で働いてみないかと誘われまして、ちょっと見てみたいと思ってきました」


「良かったら就職してほしいわ。人手はすごく欲しいから大歓迎よ!」

  

 私に歓迎されたが、いえいえ、自分などお役に立てるか、どうか……と控えめなレイン。


 さて、送ってやると言って、ジーニーが言う。3人まとめて転移魔法は片道ならいける!と言う。それでもけっこう大変だが、私とリヴィオの魔力は温存したほうがいいとの判断だ。


「行ってやりたいが、卒業式が近くてな。気をつけて行って来い」

  

 呪を紡ぎ出すと青い光が満ちる。魔法陣の文字が浮かび、私達3人をすみやかに鉱山へと送ったのだった。

 山歩きとかしなくてすんでありがたいー!


「いやー、さすがに転移魔法は早いですね!使えることもすごいです」


 レインが言う。転移魔法は誰もが使えるわけではない。クラスでも私、ジーニー、リヴィオくらいだった。ある程度の魔力が必須の魔法はいくつかある。


「おい。ここでいいのか?」


 リヴィオがキョロキョロとする。


「あっ!はい!この辺に村の入口があります。今、採掘している場所が村になるのです。だから山の中を転々としています」


 質素な小屋がいくつも並んでいる。雨風をしのげればいいだろうという、すきま風が入りそうな家々。周りは岩だらけで共用の井戸がある。井戸では女性たちが洗濯しながらおしゃべりを楽しんでいた。

 ふと、顔をあげた一人の女性が私達に気づいた。


「ああっ!もしかして新しい山の持ち主になった人!?」


「ホントだねぇ。旦那を呼んでおいでよ」


 最初に気づいた人が長の妻らしい。若く、私と同じくらいの年齢に見える。わかったわ!と駆けていった。


 私はリヴィオに言う。


「言い忘れてたわ。今から、私はいつもと違うかもしれないけど驚かないで。そして何があっても口を挟まないで見ていてね」


「お、おう??」


 首をかしげたが、返事をするリヴィオ。私は息を深く吸って吐く。やるぞー!


 長と呼ばれた人は30代後半の男性だった。黒髪で口元に無精ひげを生やしておりエメラルド色の目は石のように冷たい輝きをし、こちらを一瞥した。それに反して横にいるポッチャリ系の可愛らしい若奥さんはニコニコしている。


「バシュレ家の当主はどれだ?」


「バシュレ家の当主はこの山を持て余し、私に売ったから、現在の持主はこの私、セイラ=バシュレよ。よろしく」


 男が驚く。そして心底嫌そうに言う。


「女が雇用主だと!?ふざけふるな!!」


「ふざけてないわ。男がどうとか女がどうとか決めつけるなんて、まさか、そんな心の狭いスタンウェル鉱山の山の民ではないでしょう!?」


 私は手を腰にし、堂々とした強い声音で話す。


「さあ!皆を集めなさい。これから雇用条件の話をしましょう」

 

「か、勝手に話を進めていくな!」


 私は無視して広場の方へ歩いていく。


 これはお土産よと若い奥様にアイスクリームを渡すと、あらあら〜お気遣い、ありがとうございますと受けとってくれる。


「アイスクリームは溶けるから、話を聞きながら食べたほうがいいわ」


「ホントですねぇ。みなさ~ん!差し入れでーす!」


 なんだ?なんだ?と屈強な男たちが集まってくる。

 

「ん?メイソンどうした?…そこのやつら誰だ?」


 長はメイソンと言うらしい。怒りでプルプル震えていたのを仲間に見られる。


「新しい俺たちの雇用主だとよ!」


「へー!あんちゃんが?育ち良さそうだが、目つきが悪いな」


 リヴィオと私を間違えている。

 目つき悪いと言われてムッとした空気が私の横から放たれる。


「そっちじゃない!女のほうだ!」


 メイソンが怒鳴る。


『女ー!?』


 その場にいた人の声がハモる。私はニッコリ微笑み返す。


「話にならん!」


「女に使われてたまるか!」


 ワイワイと言い出す。


「女というけど、じゃあ、その女の私のどこが悪いわけ?」


 メイソンがハッと鼻で笑う。


「強い山の男が弱い女子供に扱われてたまるかっ!」


「ふーん、たぶん、私のほうが強いわよ?やってみる?」


 腕組みをしてそう言い放ち、クイクイと手で来い!と挑発した。なにをっ……!!とリヴィオが私を止めようとしたが、約束を思い出したらしく、グッと堪えた。


「なんだと!やるのかよ!」


「おもしれー、オレからやる!」  


 私はマントをポイッと脱ぎ捨てて、さあ!かかってきなさいよと不敵に笑った。

 一番体のデカイやつが前に出てきた。


「やれー!クソ生意気なやつをやっちまえー!」


 周りが煽りだす。ボキボキ指を鳴らしている。


「おい!オレが代わりに……」


 リヴィオに私は言ったわよね?と鋭い目で睨みつけ、制した。ここでシナリオを変えるわけにはいかない。


 ブンッと拳が音を立てて私に向かってきた。力が入りすぎていて、大振りでよく流れが見える。魔法強化した手で弾いて流れるように男の体の内側に入り込み、グッと服を掴んで投げ飛ばした。柔道の型だ。ドサッと地面に叩きつけられた男はギャッと悲鳴をあげた。


「えっ!?おい!今、何が起きた!?」


 ざわつく周囲に私は静かに言った。


「柔よく剛を制す!」


 私はかっこ良く名言を口にした。ニホンの体術を参考にしてみた。


 ……でも、魔法で自分の体の一部を強化してるという狡さ。


 そして名言を言ってみたかったのよ!わかる人はいないから単なる自己満足である……ちょっとムナシイ。


「こ、こいつ!!」


 次の男が焦りをみせながら、殴りかかってきた。私はパンッと内から外へ足を払って、体勢を崩したところを、服の胸ぐらを持ち、投げ飛ばした。ドスッと地面に背中から落とされて、二人目もグエッと声をあげた。


「お、おい。どういうことだ!?」


 2回技を見せた。相手は動揺している。


 この辺が潮どきだ。


「私は喧嘩しにきたんじゃないわ。あなた方にとっても、良い雇用条件を持ってきたわ。少し話を聞きなさい!」


 ピシャリと言い放つ。メイソンが片手をあげて、皆に言う。


「くだらん話なら追い出すぞ。話してみろ」


 こんな荒事、日常茶飯事なのだろう。アイスクリームおいしーねー。と子供達が私と男の対決を見ながら冷静に食べている。


 リヴィオに投げ飛ばした二人の男の手当てをするよう頼むと私は風の魔法を使い、皆に声が聞こえるようにする。

 

 演説を始める。


「まずは今の給料を2倍にするわ!」


 うおおおお!と歓声があがった。


「そして魔石を掘り当てた人には給料✕2倍のボーナスを出すわ」


 なんだとー!とザワザワザワ。


「この山の村に学校と病院を用意するわ」


 ええええ!良いわね!と女性陣。


「さらに……ここが一番重要だと思うの。採掘し尽くした鉱山は衰退していくばかり。それゆえ魔石を掘ることをためらう気持ちもあると思う!そこで私は約束するわ!この地を見捨てたりしないと!」


 メイソンが静かに言う。


「……口では簡単に言うが、鉱山に住む山の民は資源が無くなれば、貧困しか待っていない。残されるのは田畑の出来ない、荒れた山だけだ」


 だから掘るを必要最低限生活できる分だけの計算をし、採掘量を調節していたわけだ。他の鉱山でも貧しい山の民たちがいることを聞いているが、これが問題なのだと思っていた。


「ここにはまだ良いものがあるじゃない?お湯が湧いているでしょ?レイン!」


「はっ!はい!!調べたところ、3箇所はありました」


 レインが調査報告をする。


「お湯って……あの皆で使ってるお風呂のこと?」


「サルも入ってるわよ」


 ヒソヒソと話し声。


「鉱山温泉を作って、観光地にするわ。そうすればあなた方も働く所があり、もし魔石が採れなくなったとしても食べていけるというわけよ!」

 

 シーンとする人々。口を開いたのは意外にもメイソンの若奥様だった。


「素敵だわー!……いつ魔石が採れなくなるか不安があるもの。なにか他にもあるといいなぁって思ってたの!」


「そんなうまい話があるか?こんな女、信用できん!」


 メイソンが言うと若奥様はバンッと背中を叩く。あまりの強さに2歩ほど前のめりになるメイソン…。


「なによぅ!あたしの人を見る目は確かよ!あなたを結婚相手に選んだでしょう?」


 アッハッハ!そうだそうだ!と周りの女性達と男性達が囃して、笑い出す。


「いーじゃないの。話にのってみないことにはわからないじゃないの!」


「女だからと心配しなさんな!わたしらを見てみなよ!」


「アンタらよりも逞しいわ」


 ドーンとした女の人達の貫禄に圧倒されている。屈強な男たちはグゥの音もでない。


「働く人達の組合を作り、年に一度話し合う場を作ること、勤務時間を決めて夜は働かない。休みはとる。……ってことも付け加えるわ。勤務体制をしっかり作りましょ」


 鉱山の仕事はブラック企業だ。私の提案にそれはいいなと賛成する人達。


「メイソン、そんなに心配なら、一度私の作った旅館に招待するわ。鉱山温泉のモデルになるところよ」

 

 私が言うと……静かに頷くメイソン。


「未来のことまで心配してくれていた雇用主は今までいなかった。ありがたく思う」


 私は手を差し出す。メイソンも手を出してきた。グッと握手をかわした。ようやく対等になれた。


「メイソン=グルーバーだ。このスタンウェル鉱山を……鉱山の未来を頼む」


「セイラ=バシュレが引き受けたわ」


 うわああああ!と歓声が山に響き渡ったのだった。


 レインはそのまましばらく残り、現場監督として頑張ってくれる。また鉱石の解析や採掘場、採掘量なども調べてみたいということだった。


 皆に手を振り、見えなくなった頃、リヴィオが私の肩を掴む。


「痛っ!」


「だろうな……無茶しすぎだ」


 怒気を込めた声音であったが、すぐに回復魔法を施してくれた。バレていたのか。


「魔法で強化はしてたんだけど……っ!」


 リヴィオが肩を掴んだまま離さない。


「なんでオレを使わなかったのかはわかる……わかろうとしたいが……もう二度とこんな真似をするな!」


 殴られそうと思うほど怒っている。私もまた心配してくれたのだとわかってはいるが……。


「学園の時だって、これくらいの戦闘術はしてたじゃない。一般人にはさすがにやられないわ。勝算あると思ってしてるわ」

 

「学園のは演習だ!……まだ今の奴らはふざけ半分だったから良かったんだ!!」


「でも、必要だったのよ。強い者にしか、従わない人たちもいるわ。私の名声なんてまだまだだし、信用してもらうためには力を示すことが………怒ってる?泣いてないわよね?」


「なんでだよ!泣かねーよ!そんなこと言われずとも、わかってる!……あの場でどれだけオレが我慢したか!」


 顔を手で覆ったので心配になって覗き込む。


「はぁ……セイラといると調子が狂う。オレ、こんなに心配性だったか?」


 自問自答してるのだろうか?私はさぁ……どうだったかなぁと首を傾げる。


 リヴィオと私の言い合いが終わると、春をつげる鳥の鳴き声が聞こえた。

 

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