鬼が来たりて

 もうそろそろ、節分。……というのはこちらの世界にはないが、豆を撒きたくなるのはなんでだろう。

 それもそのはずかもしれない。鬼=父の執事が来訪してきて、執務室の机の前に立っている。


 鬼はーそとー。福はーうちー。と心の中で呪文のように唱える。もう嫌な予感しかしない。


「なんの用事で来たのか、聞かなくてもわかるわ」


 後ろからピリピリとリヴィオの殺気を感じる。


「どの面を下げて来れるんだ?セイラにしたこと思い出させてやろーかー?なあ??」


 オラオラと凄むリヴィオ。こっちが悪役みたいじゃないのと私の頬に一筋の汗。


 クロウが横から控えめに、申し訳なさそうに口を挟む。

 

「あの……ここはわたしの顔に免じて話だけでも聞いていただけませんか?執事見習いのときの先輩でお世話になっていたのです」


 直立不動の髪の毛をぺったりと撫でつけてある執事を見る。表情を変えない。


 私が酷い扱いを受けて居たときも知らぬ存ぜぬ、冷たい目で使用人達と同じ扱いをしてきたやつだ。今も無言で立ち、私に頭など下げることは無い。

 

「どうぞ、用件を話して。私、忙しいのよ」

  

 椅子に座ることすら勧めない。さっさと帰ってほしいのだ。


「では、お話をさせて頂きます。今回、来たのは聡明なセイラ様ならばすでにわかっておいでのようですが、お金の話です」


 これ嫌味だね!褒めてない。ハイハイと半眼になって聞き流しておく。


「今年の冬はとても寒く、領民達は十分な薪も買えず、寒さに震えてすごしました」


 税を上げたからでしょうが!!と怒りをぶつけたかったが言葉を飲み込み、続きを聞く。

 

「ナシュレ領の羽振りの良さは他の領地にも噂が伝わっており、実際に移住してきた者も多く、人口流入が少しずつされていると言うことですが本当ですか?」


 把握してるか?と言いたいらしい。クロウがもちろんですよ。空き家なども探して提供してますと口を挟む。領地経営の事務の方は私もしているが、クロウが主にしてくれている。


「つまり、こちらの豊かさが盗まれていっているということです」


 え?そういう理屈??言いがかりでしょ。


「バシュレ家の当主を怪我をさせた罪などもあり、訴えると言ってます」


「はあ!?」


 リヴィオが意味わからねー!と怒りを表し、前に出ようとしたのを手で制した。


「したかったら、お好きなようにどうぞー」


 私はやる気ナシと言う感じにみせるため、わざと机に頬杖をつく。動じない私にムッとする執事。

 

 駆け引きはもう始まっている。


「学園では法律も勉強してきたわ。いいわよ?やる?法廷で私とやりあってみる?法学はトップだったわよ。脅しにならなくてよ」


 ニッコリ微笑んで返す。私は家に帰らないと決めてからは迷いはない。そっちがやる気なら私のスペックすべてを利用して、うけてたつ。


「屋敷にいた頃のセイラ=バシュレだと思ったの?良いこと?あなた方の領民は移住してはいけないという法律でもあるの?そして私に怪我をさせたことを忘れたの?」


 机を私はトントンと指で叩いてから更に言う。できるだけ高圧的に相手に見えるように心がける。


「セイラ様と様をつけるならば……相応の態度を示しなさい!」


 執事の顔色が変わって無表情が崩れた。バッ!といきなり床に膝をつく。


 えっ!?な、なにかしら?これ?

 私の方が鬼のようなの!?鬼役がこちらに回ってきた。


「………お祖父様の姿にそっくりです。本当に懐かしい。似ておいでです」


 涙声。……やめて。涙で訴えるのは反則じゃない?リヴィオをチラッと見る。察して小声で私に言う。


「おい…涙に負けるとか言わねーよな?」


 はい。心を鬼にしてます!

 

「そうは言うけど、私はあなた方の主ではないの。ごめんなさいね。どーしよーもないわ」 


「わかっております!……が、使用人達は我慢の限界なのです!お嬢様にしてきたことを考えると助けを求めるのは間違っていると思うのですが」


「そうね。バシュレ家当主にどの程度の頭があるかはわからないけど、お荷物になっている鉱山を私が買うわ。ただし、購入金額の半額でね」


「そ、そんな!」


「鉱山の事業がうまくいってないことは知ってるわ。私が半額でも買えば、借金も返せるでしょう?経営できないもの、見込みのないものを無理矢理買わないことね」


 サラサラッと私は書類を書き終え、印を押して渡す。


「これにサインして持ってきて。そしたらお金は払うわ」


 リヴィオがおい……大丈夫なのか?と言う。説明は後だ。


「いい?採算合わない鉱山を手放して、領地経営をしっかりすれば元に戻るわ。もともと豊かな土地を王家から貰ってるのですもの。領地経営を当主と一緒にしてるあなたならわかるでしょう?3年ほど倹約して過ごせば大丈夫でしょう」

 

 さっさと帰って相談しなさいと命じる。バシュレ家の執事は何度もお辞儀して出ていく……私はハーーッと長い溜息をついて、クロウに言う。


「演技ね。最初の姿があの執事の本性でしょ?」


「わ、わかっておりましたか。執事は一人の主を決めたら勤めあげるものであります。バシュレ家当主優先ですから…」


「人の本当の姿は立場が弱い時こそ見えるわ」

 

 使用人達の冷たい視線、義母たちと一緒になって笑っていた者もいた。しかし私が溺れた時に助けてくれた下男もいた。

 私の顔が険しくなったのだろう。クロウが慌てて謝る。


「申し訳有りません!軽々しく通してしまいました」


「いいのよ。まだ執事で良かったわ。そろそろ来る頃だと予想はしてたの。これがあの三人だったら……話にもならなかったわ」


 父や義母たちだったら、こんなふうに話は進まなかったであろう。しかし借金もあり、お金の出どころもない以上、私に売るしかないだろう。何も出ない山など買う人もいないし。


「お金というか、鉱山なんて買って経営できんのかよ?なにも出てこない山だろ」 


「まさか私が下調べ無しに購入したと思ってるの?お人好しに買ったとでも!?」


 リヴィオが少し上を向く。思ってたのね……。


「まぁ……そういうことも以前の私ならしてたかもしれないけど、領民や雇ってる人達のことを思うと、無茶はしないわ」

 

「わかったぞ!ジーニーか!?」


「正解です。ジーニーが引き続きバシュレ家を調べてて鉱山についても情報を得てたの」


 学園の卒業間近な時期なので、ジーニーは最近忙しく、顔をあまりみないが、仕事はきっちりしてくれてる。

 

「鉱山的には悪くないわ。私もいずれ鉱山は欲しかったわけだし」


「宝石じゃなくて、魔石狙いか?」


 さすがリヴィオも学園出身者だけあり、頭が回る。


「わかる?」


「家電製品には魔石がいるからな。だいぶ売り上げているから、そろそろ自分のところで魔石を発掘したほうが……利益もデカイな」


「そのとおりよ」


 家電製品の伸びによるが、さらなる計画がある。リヴィオが続ける。


「一般人用の家電も売り出すんだな?」


「トトとテテが小型化とコスト削減で一般家庭用のスペックのものを作ってくれたから、そろそろ家電製品部門のお店を出すわ!」


 もちろん、旅館にも利点がある。小型冷蔵庫を各部屋に置き、冷たい飲み物をいつでも飲めるようにする予定だ。


 しかし一般家庭に流通させるとなると王家の方に許可を貰っておく必要がある。問題アリのゼイン殿下が言っていたが、たしかに人々の生活様式を変えていき、社会にも影響があるだろう。いち領主である私は王家のご不興を買いたくない。王宮へ挨拶へ行かなければだめか?ゼイン殿下に会いたくないな…。

 いや、それだけではなく、王都で病院と学校のスタッフの求人もしなきゃなー。建物がこの春には出来上がる。

 

 さて、もう1つ先に行くところは……。


「鉱山へ一度出向くわ」


「だめだ」

 

 リヴィオがスパッと短く言い放つ。


「お、お嬢様!!いけません!鉱山は荒くれ者の集まりです!お嬢様が行く場所ではありません」


 クロウは絶対的に反対する。……当たり前の反応である。


「必要なら、オレが行く」


「労働者に会いに行くのは雇用主として普通のことよ」


「ダーメだ!」


 聞き分けない子供相手のようにリヴィオが絶対譲らねーぞ!と私を見据える。


「リヴィオがついているから大丈夫でしょう?強いんだし頼りにしてるわ……ねっ?」


「うっ……いや、待て。誤魔化すな!」


 うんと頷きかけてリヴィオは慌てて横に首を振る。ちっ……惜しい。  


「危ないことはしないわ。どうしても一度行きたいのよ。お願い!」


 絶対、嘘だろと半眼になってるリヴィオは私の性格を捉えているな……と感じた。


「はー…わかった。ただし危険だと判断したら、速攻で転移魔法で逃げることを約束してくれ」


 かなり渋々のリヴィオにわかりましたと頷いた。クロウがまだ心配している。


「まぁ、大丈夫よ。無策で行くわけではないわ」


 ニッコリと心配する二人を安心させるように笑顔を向けたのだった。


 まずは父がサインをするところからだが……どうせあのサンドラとソフィアの二人が倹約することもなく、父が何かで稼げるわけでもなく、バシュレ家の家計状況からして鉱山を手放すのは確定だろう。


 鉱山の場所がある地図を開き、ワクワクしながら、鉱山攻略の策を練るのだった。私のほうが鬼かしら?と思ったが、優しいほうだよね……。


 リヴィオがふと、私の机の上の紙を見て、疑問を口にした。イラストを指差す。

 

「なんだこれ?」

 

「カミナリドン」


「はぁ!?」

 

「サニーサンデーにはサニーちゃんというキャラクターがいたでしょ?家電部門のキャラクターにどうかしら?カミナリ………ドン!」


 ネーミングセンスいまいちですか?リヴィオの表情が微妙だったので、反応にちょっと迷いが出る私。

  

「変な角がある小僧??カミナリドンっていうのか?……可愛くねーな」


「履いてるパンツはトラのパンツよ」


「そこ、聞いてねー!」


 私の絵が下手くそなのだろうか?カミナリ小僧をカワイイ感じに描いたつもりなんだが、不評。


「テーマソングも一応、あるのよ?」


「そもそもボツだろ!?なんでもう歌まであるんだよ!?」


 コホンッと咳ばらいし、私は軽く歌う。


「デンデン♪みんなのまちにやってきたー!デンデ♪デンデン!くらしのおたすけまん!カーミーナーリードーーン!!」


 リヴィオが額に手をやる。あれ!?やはりだめだったかなあ?カワイイ子鬼イメージで作ったんだけどなあ?


 しかし一見だめかと思われたが……この後、カミナリドンが若い女子の間で『キモカワイイ!』と評判のキャラクターになる運命とは今の時点では誰も知らない。


 どの世界でもジョシコーセー世代で何が流行るのかはわからないものである。


 


 


 

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