第5話
僕はその日ぐっすり寝て、朝日と共に目覚める。
13、3インチのノートパソコンを開き、水を飲む。
小説を執筆して投稿サイトに投稿するのが僕の趣味だ。
1年以上投稿を続け、最近は月に1万円ほどの稼ぎが出るようになった。
執筆と言っても執筆している時間より、考えている時間の方がはるかに長い。
いかに面白い展開を考えるかが執筆作業の中心になる。
何度もストーリーを考え、考えが浮かばなければ違う事をして戻ってきてまた考える。
それでも思いつかなければ次の日にまた考えてそれでも案が出なければ不完全な状態で小説を執筆しつつ展開を考える。
そして執筆を始めていい案が思いつけば、今までの案を大きく修正したり消したりして、意地でもアイデアをひねり出す。
それでも案が出なければ違う作品のストーリーを考えるのだ。
アイデアさえ出れば、執筆はただの作業で、そこまで苦は無い。
アイデアを出すまでが大変なのだ。
そう言った理由で、僕の執筆アイテムは小さめのノートパソコン1台で十分なのである。
数十分パソコンとにらめっこし、気分を変える為にコーヒーを淹れてパソコン作業に戻る。
作業に没頭した。
「もう少しで玉ねぎ剣士の時間だ」
僕は執筆作業より、玉ねぎ剣士とパンク修理で多くのお金を得ている。
父さんも母さんも従業員を雇わず、出来るだけ僕に手伝いをさせる教育方針なのだ。
そして、父さんに株式のインデックス投資の教育も受けた。
僕は自分の証券口座を持ち、全世界とアメリカの投資信託を定額で毎月買い、貯金に余裕が出来ると追加で投資に回している。
なぜみんなが同じことをしないか疑問だったが、父さんに聞くとすぐ答えが返ってきた。
『皆金の勉強をしない。してる奴でも、怖くて投資を出来ないやつが多数派だ。だが俺は、リスクを取って投資をする方がいいと思っている』
僕は父さんの教育方針通り、本を読んで投資の勉強をし、周りの人には投資をしている事もお金を持っている事も言わない。
今では自分の意思で納得して投資をしている。
父さんの言葉や本の影響もあるけど、僕は自分の意思でモブで居る道を選んだし、株式投資をしている事は皆には言わない。
僕の父さんも母さんも一見苦労しそうな飲食業と自転車屋で、実は大きな利益を上げている個人事業主だ。
自分の環境は恵まれていると思う。
その裏返しで、自分で、自分の力で自活したいという思いが僕は強いのかもしれない。
僕は小説の執筆・玉ねぎ剣士・自転車屋の手伝いを今日もこなす!
食事を摂ってホールに向かう。
「あら、今日は早いのねぇ。でも助かるわあ。今日は開店してすぐにお客さんがたくさん来てくれたから、最初に接客をお願いね」
「任せてよ」
僕は笑顔で接客した。
笑顔で執事をイメージしつつ接客する。
学校・飲食店の接客・玉ねぎ剣士・パンク修理・自転車屋の対応、全部キャラをイメージしているのだ。
接客が終われば玉ねぎ剣士だ。
僕は絶好調で飴色玉ねぎを作った。
「あらあら、いっぱい作ってくれたのねえ。もうお昼過ぎだから終わりよ。ご飯にしなさい」
やり切った充実感を感じる。
適度に筋肉が張り、筋トレにもなっている。
少し遅れた昼食は空腹感もあり食が進む。
「んん、旨い」
こうして食事とコーヒーブレイクが終わると、自転車屋に向かう。
「お!来たな、洗車とパンク修理を頼む」
「すぐ終わるね」
「余裕だろ?」
「まあね」
僕はお客様が来ると笑顔で挨拶をし、自転車のパンク修理を終わらせる。
メイがきゅうを近くに置きながら僕をスケッチする。
また新しいお客さんが来て僕は内心驚いたが、笑顔で挨拶をした。
「いらっしゃいませ!」
「あ、ユヅキ先生だ!」
そして通り名は桃のユズキ。
本人が知ったらどう思うだろうか?
先生はタイツのようなおしゃれなサイクリストの恰好をしており、体のラインが目につく。
くびれとお尻にどうしても目が行ってしまう。
そして、いつも学校ではポニーテールだが、今は髪を下ろしてセミロングの髪が汗で少ししっとりしていた。
メイが先生に近づく。
メイは男は苦手だが、同性とは仲良く話をするのだ。
「山田さん?こんにちわ」
「えへへへ」
そしてユヅキ先生は僕を見た。
「山田君?」
「はい、山田サイクルの山田です!」
僕はどうとでも取れるように言った。
「そうじゃなくて、メイさんのお兄ちゃんのシュウ君よね?」
「そうだよ。お兄ちゃんだよ」
「いつもと雰囲気が違うわね」
「接客業で失礼な恰好は出来ませんから」
「学校でもそうすればいいのに」
僕は話題を変える。
「それより、何かトラブルですか?それとも自転車の試乗でしょうか?」
「タイヤの空気を入れたくて」
「すぐにチェックしますね!」
「ユヅキ先生はサイクリング中なの?」
「そうね、この学校に来たばかりで、この辺の地理が分からなくて、周りを走ってみたいのよ」
メイとユヅキ先生が話をして盛り上がる。
僕はユヅキ先生のクロスバイクを店内に入れる。
イタリアの自転車メーカーの自転車で女性に人気のチェレスカラー(青と緑の中間色)だ。
僕もこの色は好きだけど、女性じゃないと乗りにくい感じがする。
「チェレステカラー、いいですよね。女性に人気です」
「山田君、シュウ君もこの色の自転車に乗ってるの?」
ユヅキ先生は『山田』と言った瞬間にメイが反応した事で、僕を名前で呼ぶ。
「いえ、僕は地味な色に乗ってます」
「クロスバイク?それともシティサイクル?」
「僕はシティとクロスとミニベロとロードです」
専門用語が出て何を言っているか分からないかもしれない。
出て来た単語は全部自転車の種類の事だ。
シティサイクル=ママチャリ
クロスバイク=ハンドルが一直線の棒のようにフラットな自転車
ロードバイク=下にハンドルの持ち手が曲がったガチのスピード競技で使われたりする自転車
ミニベロ=タイヤが小さくておしゃれな自転車
乱暴に言うとこんな感じだ。
「シュウ君は自転車が好きなのね」
「はははは」
僕は作り笑いをした。
自転車は好きだが、これは父さんの罠だった。
僕は父にただでプレゼントしてもらい最初は喜んでいた。
でも、その自転車は試乗用としても使い、場合によっては修理中の代車として使う父さんとの契約になっていた。
そしてすべてのメンテナンスは僕が行うのだ。
僕はメンテナンスと代車の用意係になっていた。
実質プラスマイナスゼロである。
「ミニベロには興味があったのよ。後で乗せて欲しいわ」
「シュウ、丁度今試乗できるよな?」
父さんがにやにやと笑う。
「そう、だね。ユヅキ先生、空気のチェックは終わりました。ミニベロに乗ってみませんか?買わせたりとかそういうのは無いので安心してくださいね」
「そう?お願いしようかな」
僕は奥から畳んであるミニベロを持って来た。
ミニベロは小さく畳まれ、1ルームの玄関にも置こうと思えば置ける。
見た目が可愛く、女性に人気だが、家で扱っている自転車は価格が10万近くする。
僕はユヅキ先生の前で折りたたんであるミニベロを組み立てた。
「シュウ君の手は器用なのね」
「あははは、子供の頃からいじるのが好きで、慣れてるだけですよ。サドルの高さを合わせますね。ユヅキ先生、片足のかかとをペダルに乗せてサドルに跨ってください」
僕は先生の体を支えながらミニベロに跨ってもらう。
先生の体に密着する形となり、顔が赤くなってしまう。
「はい、降りてください。もう少しサドルを上げますね。跨った時に丁度かかとがペダルに届く程度に合わせます」
「ありがとう。シュウ君は丁寧なのね。自転車に乗るのは好きだけど、メンテナンスはさっぱりだから助かるわ」
こうして僕はドキドキしながらサドルの高さを合わせた。
「乗ってみましょう。今日は夕方までお店は空いているので、たっぷりと楽しんでくださいね」
「ありがとう。遠慮なく乗らせてもらうわね」
ユヅキ先生の後ろ姿を見送る。
サドルに乗った先生のお尻に目が行ってしまう。
あー。ドキドキした。
店の中に戻ると、父さんがにやにやしていた。
「シュウ、あんまり先生の尻を見るなよ。先生にバレていたぜ。気を使ってくれる大人な先生で良かったな」
「お兄ちゃんの恥ずかしがってる顔の絵を書けたよ。見せてあげようか?」
「いや、いいよ」
メイはつるっとした顔で表情が無い。
どういう表情?
この顔はわざと表情を消している。
僕は無言で自転車を整備した。
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