二. 変化をし続ける者

  二.変化をし続ける者


 父さんが珍しく患者を家に招き入れた。公私混同はよくないよ、と言ったものの、僕はそれを受け入れる準備があった。父さんの患者といえば純粋人に限定されているから、会話をしていてとにかく楽しいのだ。どんなに話が下手でも、わかりやすい感情がそこにあるから。


「一義、こちらは三上春菜さん。私は一応医院に戻るから、暗くならない内に駅まで送っていってあげなさい」


 父さんが背を向けると、三上さんはまじまじと僕の顔を見た。無遠慮気味ではあったけど、僕は気にしない。僕の方も少女らしい、あどけない顔を見つめていたし。


「わあ、本当に親子だあ……」


「似てるでしょ? 僕も最近よく思うんだ。まあ、そのうち追いついて追い越して置いてくけど」


 くすくすと笑う三上さんも、同じようなことを両親に話したことがあるらしい。それで返ってきたのは絶対零度の冷たい返しだったそうで、いやはや、なんとも冗談が通じない世の中だ。


 居間のソファに落ち着いた三上さんからは、はじめ少し大人しい印象を受けたが、どうやら明るい性格をしているようだ。話しがいがあっていい。


「三上さんは普段何をしてるの? 十五歳だったら自由学習課程だよね」


 コーヒーを出しつつ目線を送った壁掛け時計は、十五時を差している。まだ講義まで六時間はあるから、ゆっくりと話せる。


「私は本の虫ってやつでして。色んな物語に原書で触れるためにまずは英語をちゃんと勉強しようと頑張ってます」


「しようと頑張ってます、ってことは?」


「……まだつまずいてる感じで、えへへ」


 話をすると、無性に楽しかった。モニター越しに通話する相手は何人かツテがあるけど、やはり音声を生で聞くと響きが違う。耳だけでなく、肌で空気の震えが感じられて心地よい。別に父さんたちじゃいけないわけじゃないけど、中身の年齢が近い方が話も合った。


 やっぱり大昔になる二〇〇〇年代の音楽はよかっただとか、それでもゲームの進歩はすごいだとか、文学が衰退し始めたのは悲しいだとか。取り止めもなく喋っていると、窓の外が夕暮れに染まってきた。


「そろそろ送るよ。あまり暗くなるとどこも僕らには危険だから」


「あっ、本当だ。道理でお腹が空くと思った!」


「はは、三上さんめちゃめちゃ正直で本当に面白いなあ」


 頬を赤らめる三上さんだったが、目だけは再びじっと僕の顔に定まった。


「あれ、何?」


「いや、親子でも笑顔が違うんだなあって。真田先生のはもう少し、こう、知的? な感じが」


 僕は思わず姿勢を前のめりにした。


「父さんが笑ったの?」


 事情を聞くと彼女にとってはそう見えるだけであり、本人の表情が変わったわけではないそうで、少々肩透かしを食らった気分だったが、それでも何かが嬉しかった。何せ、僕のことを話している時に困りつつも笑ったように見えたと言ったのだ。そういう表情が示すところはもう十八を目前にするとわかる。言葉にすると恥ずかしいが、愛情ってやつだ。


「真田先生のこと愛してますか」


 藪から棒に凄い切り込み方をされたので、さすがに僕も戸惑った。未成年の男子がそんなこと訊かれて即答できるわけないじゃないか。


「私、真田先生のこともっと知りたいなって思いました。愛するに足る素晴らしい人だと思いました。家族以外の変化人にそういうことを感じたのは初めてなので、なんだか不思議な気持ちですが、ちょっと胸の奥が熱くなります」


 三上さんの目は真剣だった。非常に熱っぽく愛を語るので、いくらなんでも世間擦れし始めた僕にはむず痒い話だ。でも、そういう話は変化人とはできないので、貴重な体験でもある。


 彼女を駅まで送る前に、医院の受付で牧村さんにその旨を伝えた。五十七歳の彼女の黒い瞳は、奥深くに数多の秘密を隠しているように感じる。人生経験の差だろうか。僕や三上さんとは人類種が異なるからだろうか。僕には想像もつかないところで、牧村さんたちは人生を送っている。


「一義さん。私の方で車を出すこともできますが」


「だってさ。どうする、三上さん」


 笑顔の三上さんが親指を立てて拳を握った。やっぱり明るいなあ、この子。


 燃料電池駆動の車が静かに道路に出ると、法定時速を守ってゆっくりとタイヤを回転させる。真田医院最寄りの私鉄はこの時間から少しずつ本数を減らすので、国鉄の通っている藤沢駅まで送ってもらうことにした。舗装のなされた道中には国営コンビニがあるので、僕は久しぶりに買い物──買い物なんだろうか、まあいいや──をしていこうと提案した。


「三上さん、晩ご飯までお腹もたなさそうだし」


「それは、まあ、そうですね」


「わかりました。では私はタグなしですので車内で待っています」


 自動ドアをくぐると、気迫のない男性店員が、ぼんやりとこちらに視線を送ってから会釈をした。言葉はなし。もうずっと実店舗なんていうものは意味がほとんどなくなってしまっているから、仕方のないことなんだけど。


「こんばんは。賞味期限切れてないおにぎりと、まともに冷えてる無糖の紅茶ありますか?」


 そういった細かい指定がないと、変化人である相手は動きを固めてしまう。そもそも陳列棚に物があまりないので、倉庫から出してもらう必要があるわけで、不便さが際立つ。これでよくコンビニエンスストアと呼べたものだな、と思ってしまうほどに。


「一義さん、コーヒーもブラックですよね。苦くないですか」


「ああ、僕甘いのあまり得意じゃなくて。それにおにぎりと無糖の紅茶って実はすごく合うんだ」


 のらりくらりと裏から戻ってきた店員が両手に指定されたものを持ってきた。でも、一つずつだ。しまった、個数指定をしていない。


「お手数なんですが、もう二つずつお願いできますか。あと、おにぎりの片方は肉の入ったやつを」


 返事もなく、ゆっくりとした足取りで店員が行って、戻って、会計を求めた。ビニール袋は廃止されて久しいので、二人で商品を手にしてから、タグを括った右手首を前に出した。カウンターのセンサーがタグを認識して、支払い免除を示す高い電子音が三度鳴った。


「すみません牧村さん、お待たせして。これ牧村さんの分」


 車のパワーウィンドウ越しに声をかけると、牧村さんは目線を緩やかに僕の抱えた物に向けた。それから、ひとつ瞬きをして首を横に振る。


「私はそれを受け取れません。支払い減免は純粋人の特権です。必要な分はお給金で賄えますので」


「あー、それじゃあ車の運賃ということで一つ」


 しばし食い下がると、渋々といった空気を滲ませた牧村さんが「それでは」と手を出した。すると、不意に三上さんが少し笑った。


「どうしたの?」


「牧村さんが感情隠してきれてないのがおかしくって。今、すごく困った風な嬉し顔してる」


 えっ、と僕は牧村さんを見つめた。表情がまるで変わっていないのに、しかし、彼女は顔を少し逸らした。重ねて僕は同じように声を上げた。


「すぐ出発しましょう。もう暗いので」


 運転席から前を見据えたまま、牧村さんは言った。僕がいつもと変わらぬ横顔を見つめていると「置いていきますよ」と言い放たれて、さすがの僕にも怒った表情が想起された。


 駅に到着すると三上さんが車を降りる前に、忘れてた、と言って個人用通信機のアドレスを交換することになった。タグを軽く触れ合わせるだけで済むことなのに、会話に夢中で僕も忘れていた。


「また火傷の経過診てもらいに来ますね」


「うん、それじゃあ、頑張って」


 何を、と言いかけた三上さんが答えに行きついて、英語で「頑張ります」と言った。僕の方も英語で「無理のない範囲で、着実に。何より楽しんで」と続けて言ったが、半分も理解されなかった。そこですぐさま牧村さんが日本語訳を入れてくれた。顔はハンドルの先をまっすぐ見据えたままだ。


「ええっ、二人ともなんでそんなに英語が喋れるんですか」


 牧村さんの方を少し見て、あちらも目線だけこちらに送ったのを確認してから、自然と同時に言った。


「必要だったので」


「二人とも、もう少し得意げにしてもらわないとなんだか立つ瀬がないんですけど……」


 しょんぼりとする彼女が改札口をくぐるまで見送ってから、僕は牧村さんの待つ車に戻った。


「面白いお嬢さんでしたね」


「僕もそう思います。というか、なんだかすごくまっすぐで、気持ちがいい」


 移動し始めた車内で、僕はほとんど一方的に三上さんと会話した内容を伝えた。僕は牧村さんといるとどうもやたら口が回るようになる。胸の内にあるものを思い切り伝えて、反応を見て、共感してくれることを期待してしまう。彼女の表情はとても硬いし、相槌も素っ気ないので、興味がないのだと感じていた。でも、三上さんがその状態の裏事情を垣間見せてくれた。


「今、笑いました?」


 答えがないので肯定だと受け取って、僕はそのジョークを掘り下げて説明しようとしたが、その時点で到達していた以上に気分が空回りしそうだったので、やはり止めた。相手が苦笑いも見せてくれないので、一方的な会話がダダ滑りしていても気づけないのだ。


「……どうしたのですか」


「ああ、いえ。母さんと話していた時のことをふと思い出して。僕は頭悪かったから、相当困らせたんだろうなって。だから謝りたかったんです。母さんが出て行った直後は、見つかるはずもないのに捜して。牧村さんに出会った日もそうでした。馬鹿ですよね」


 急にブレーキが踏まれた。法定時速でなければフロントガラスを突き破るような勢いを感じたが、シートベルトが体を留めてくれた。


 肩から胸にかけて食い込んだベルトに痛みを覚えていると顔を、ぐい、と片手で運転席側に向けられた。牧村さんがいつもと変わらぬ平坦な口調で言う。


「一義さん。貴方は優しく聡明です。お母様のことは存じ上げませんが、ご自身のことを疎ましく思われていたなどと考えてはなりません。幼いことを理由に疎ましく感じることが、我々変化人にないとは言いません。ですが、子が親を想う時、それは伝わります。親も子をそれ以上に想っていて、いつも見つめているからなのです」


 ここまで一度に多くを語る牧村さんは初めてだったので、僕は正直言葉に困った。彼女から出てきた情報量はそう多くない。理解できないほどではない。なのに、ずっしりと胸に重く、手先が震えるようだった。


「貴方は優しく聡明なのですから、あまり過去に囚われてはなりません」


 ふ、と牧村さんが柔らかい表情を見せた気がした。おそらく、限界まで表情筋を緩めて僕を安心させてくれようとしたのだろう。その心遣いに、年甲斐もなく涙腺が緩んだ。十八にもなるって頃に何泣いてんだろうな、僕は。


「ティッシュはダッシュボードにあるのでご自由に」


 車が夜の町を抜けていった。僕は、その晩の講義に出席のチェックを入れる瞬間、ぼんやりと牧村さんのことを考えていた。時間が来て、医療倫理の講義音声が流れるまで僕の耳には彼女の優しい言葉がこだましていた。


 日付が変わって講義が終わると、僕は少しヒヤリとした自室で印刷した資料を手にベッドに横になった。部屋の照明を消して、デスクからの明かりだけで英文を読む。しかし、目が滑って仕方がない。同じ行を三回も辿っていた。時計を見れば夜明けまであと三時間だ。うまく文章を拾えない理由を眠気のせいにして、僕は軽くシャワーを浴びてから毛布をかぶった。


 昼の十二時ちょうどに起き出すと、キッチンから包丁を扱う音がしていた。父さんが料理をしているのだ。毎日自分が食べないのに、僕のためだけに申し訳ないな、と思いつつドアを開けた。そして、僕は固まった。


「一義さん、こちらお借りしています」


 牧村さんがエプロン姿でエプロン姿だ。つまり、エプロンを前にかけているんだ。この思考の停止具合は相当なもので、僕は口が阿呆のようにパクパク動くのにも気づかなかった。


「先生が往診に出ていらっしゃるので、お昼は私が用意しました。確か、ニンジンが苦手だとおっしゃっていたので」そう言って、食卓にバターやらの混じった甘ったるい香りを放つニンジンの山が皿ごと、どんと置かれた。「こちらを用意しました。たくさん召し上がってください」


 ニンジンに怯んだことは否定しないけど、この十年、異性がエプロン姿でキッチンに立つことなどなかった。ましてや身近な女性である牧村さんがそうすることを想像しなかったので、身がよろめく自覚を持ちつつ移動し、洗面所で顔を洗うことにした。タオルで水気を拭うと、鏡に写った自分に、相当動揺している顔を思い切り見せつけられた。


 状況を整理しなくてはならない。牧村さんはとても若い外見の美女ではあるが、もう老齢だ。だから母親以上の年齢になる。父さん以上に歳上で、これくらいのことで何か特別な意味を感じてはならない。そう、父さんの希望で昼食を用意してくれただけだろう。まとまった。何も問題はない。


 少し深呼吸をしてから僕はダイニングに向かった。


「なんというか、これは、その」


 食卓に並んでいたのは僕が苦手とする食材ばかりだ。ニンジン、シイタケ、ピーマンその他が山盛り。美味そうな彩りではあるが、ほとんどの食材に箸をつけられる気がしない。


「豪勢な」


 捻り出せたのはそれだけで、牧村さんは僕が着座するのを待っている。冷ややかな視線が僕から椅子へと移り、そして、料理へ。貴方は、早く座って、食べなさい、と言外に伝えている。もはや拒否することもできないし、僕のための食糧であるのだから、消費しないわけにもいかない。


「召し上がれ」


 立ったまま、つい、と掌を差し出す牧村さんが、背筋を伸ばして待っている。僕が着座しても姿勢は変わらず、箸を手にしてしまった後には逃げようもない状況だった。しかし、どこから手を出したらいいのかわからないので、手始めに白飯を頬張った。初手から逃げ腰だ。


「あれ、かためで美味しい」


「先生から好みは伺っておきました。白米なら少し水加減を控えめに、だそうで」


「あ、はは。うん、美味しいです」


「それより」牧村さんの目が上から鋭くこちらを射る。「いただきます、の一言がないのはいけません」


「……はい」


 結論を先にまとめると、副菜は半分も食べられなかった。主菜は豚の角煮であったので、付け合わせも丸々平らげたのだが、ニンジンがまるで減らない。そして、ピーマンを半分に割って焼き目がつくまで炙ったものに関しては一個目でギブアップした。シイタケの入った煮物は、本当に美味しいは美味しいんだけど、裏のヒダが視覚的に非常にしんどい。


 感想を伝える前に、ごちそうさまでした、と言って水で口の中に残ったニンジンの香りを流し込んだ。


「なるほど」


 牧村さんはそれだけ言うと、エプロンのポケットからメモを取り出し、すいすいとペン先を走らせた。


「何を?」


「次回は分量や調理法を改善できると思いまして」


 少し間を置いて、僕は声が裏返るのを承知で言った。


「次回?」


「ご迷惑でなければ。では、午後の診療時間が近いので洗い物をします」


 それから牧村さんは無言で余った料理をタッパーに詰めて冷蔵庫に入れ、皿を片した。その背中に見惚れていると、軽くゲップが出てニンジンの香りが鼻に抜けた。んん、やっぱりちょっと見惚れるどころじゃなくなっちゃうな……。


 それから平日は毎日、牧村さんが僕に昼食を用意してくれた。初回に飛ばしすぎたと感じたのか、二回目からは僕が食べられる量で、しかし、確実に苦手を克服させようと料理を繰り出してくる。その表情から、調理をしてくれる真意が看破できなかった。僕が食べている時は食卓の横に立ったままで、瞬きすら数えるほどしかしないのだから感情を気取る方が難しい。


「ご、ごちそうさまでした」


「お粗末様でした。いかがでしたか」


「もう少し量を減らしていただいても」


「承知しました。では洗い物をしますので」


 要点しか話をしないので何がなんだかわからなかったが、その点を掘り下げて訊ねて答えが得られるとも思えない。なので、診察のたびに家へ遊びに来るようになった三上さんに話を通すのは控えた。ざわつく胸の内が言葉に整う気がしなかったからだ。


 牧村さんランチの二週間目がすぎる頃に僕はようやく味について感想を伝えた。


「これ、すごく美味しいです。これならシイタケも食べられる」


 牧村さんは頷くと、メモ書きに丸を書き込むように手を動かした。しかも、多分あれは花丸だ。


「牧村さんって以前は何をされていたんですか」


「小学校の教諭を十年。退職後は一時期アメリカに移住していました。それからしばらくして帰国。今に至ります」


 会話がばつんと途絶えるので、僕は次なる質問をしてみることにした。


「どうしてアメリカに?」


「夫がそちらに転勤になりまして。すでに故人ですが」


 粛々と答える牧村さんからは何も察することができない。火傷が完治した後も我が家に定期的に訪問している三上さんが来るのはもう少しあとだ。頼む、今すぐどんな表情か教えてくれ。牧村さんが淡々と事実を伝えているだけなのか、それとも亡き夫を悼んでいるのか、僕には分からないんだ。そして、僕はそこへ踏み込んでいいのか分からないんだ。


 その日、三上さんがやってきたのは昼食から二時間後で、ついに心境を吐露した僕の言葉を聞くと少し唸ってから、口元に手を当てて言った。


「間違っていたらごめんなさい。一義さん、牧村さんが好きなんですね?」


 僕はコーヒー入りのマグカップを唇の五センチ前で止めた。


「どうしてそういう話に」


「私は変化人の表情読み取れますけど、純粋人だともっと深読みしてしまって。それで、目線の行く位置とか、気づいたところとか、気になったところとか、情報を統合すると一義さんの感情が『恋愛感情』であるということになるんですけど。あっ、でも文学からの知識なので、間違っていたら赤面モノです」


 すでに赤面しつつ言うから僕は強く反論することもできない。


「恋とか愛とか、僕には分からないよ。それに相手は歳上だし──」


 もう三年もしないで活動限界になる女性を好きになったら苦しいだけじゃないか。


 そう考えて瞬時に、しまった、と思った。三上さんにはこんな考え、筒抜けもいいところだ。


「私も、同じ立場ならそのように考えてしまいます。あ、いえ……同じ立場なので、そう考えています」


 僕らは少しだけコーヒーをすすって沈黙を間に寝そべらせた。まんじりともしない空気を僕から破ったのは、数分後だったと思う。


「……それ、踏み込んでいい話?」


「ちょっと気まずいですが、訊きたければどうぞ」


「相手は?」


 予想はしてた。僕に会いに来るのは口実だっていい加減気づいていた。火傷なんてもうすっかりよくなっているのに、健診だなんだと医院を経由してこっちに来る意味なんて知れている。僕だって気づいていたよ。


「真田先生です。一義さんの、お父さん」


 二人で少し見つめあってから、マグカップを置いて頭を同時にかきむしった。


「どうしよう! 言っちゃった! 顔熱い、顔熱い!」


「言葉にされると重いなあ! クッソ!」


 でも、不思議とそこからの会話は心地よかった。さすがに僕も認めた。牧村さんをただ人として好きになったのではないということを。どうしたって横に並んで星空を見上げたり、風の心地よさを確認し合ったり、少し肌に触れることを言外に許可されたりすることを求めていることを。


 ああ、もう、面倒くさいなあ。僕らってどうしてこんなに面倒なんだろう。

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