第14話 夢幻

 悲鳴が響く―――


 それは囚われた者の魂が崩れゆく音。

 その原因は、自分が発している黒霧にある。

 四方から苦悶が聞こえてくるが、不思議と罪悪感は感じない。

 それどころか、高揚感すら感じている。

 

(まずはあの狼から狩るか)


「馬鹿ねぇ…視覚を奪ったってこっちには感知に優れた奴がいるのよぉ」

「それはどうだかね~」

「えぇ…どういう意味ですか?」

「フェンリル、ヨルムンガンド。彼とペルセポネの気配を感知できるかやってみて?」

「はい……そんなバカな…!!周り全てから反応が!?」

「おい駄犬。まじめにやってんのか?俺が代わりに見つけてやるよ……はぁ!?こんなことがあり得るのか⁉」


 ヨルムンガンドとフェンリルの焦った声が聞こえた。


「この霧そのものが彼の肉体として感知されていてペルセポネの反応が掻き消されてる。しかもそれに追い打ちを掛けるように囚人達の悲鳴で聴覚でも感知できない…違う?」

「…その通りです」

「滅茶苦茶な能力ねぇ…」

「彼が僕の予想する通りの能力を持っているなら可能だろうね~」


 冷静に分析するロキに不気味さを感じる。


(妙に落ち着いてるな…でも相手が感知できない以上、こちら側が有利。だったらチャンスは今しか無い……!!)


 不思議なことに、黒い霧包まれてにいるのにも関わらず視界はハッキリしており、敵の姿はしっかり視認できる。


「第二段階に移行する」


 次の瞬間ロキとその子供たちは、地形操作によって分断された。


(フェンリルを転移させます!!)

「了解」


 ペルセポネの合図とともに勇輝の目の前にフェンリルが姿を顕わす。


 一瞬の出来事で戸惑うフェンリル―――


 その隙に両手に握るナイフをフェンリルの両耳に突き立てる。


 "Uoooooooooooooooooooooooooooo!!"


 その瞬間、獣の咆哮が囚人の悲鳴とともに鳴り響く。

 フェンリルはナイフを突き立てしがみ付く勇輝を振り払う。


「キサマ―――」

「痛いだろう…聴覚が優れてるってことは神経もたくさんあるだろうからなぁ」

「コロス!!人間風情ガ調子ニ乗リヨッテ!!」

「殺されるのはてめぇだよ!!」


 強く踏み込むと同時に勇輝は腰の鞘から剣を引き抜く。


 そして―――


「これで止めだ!!」


 噛み付こうと牙を剥き出しにするフェンリルの口から脳天を突く。


「次」

(予想通りヨルムンガンドがすごい勢いで接近しています。方向は…勇輝さんの左斜め後ろです!!)

「了解」


 その方向を向くと同時に霧を払い、ヨルムンガンドが牙を向ける。

 牙は毒を帯びており、避ける間もなく勇輝は噛み千切られた。


「フェンリルを殺った割には大したことは無かったな」


 ヨルムンガンドは目の前の屍に溶解毒を吐き掛け、一瞬にして屍は形を失う。

 それを確認しヨルムンガンドは勇輝だったモノに背を向けた。


 その時だった―――


「———ッ!?」


 振り向いた瞬間、既にヨルムンガンドの頸に剣が触れる寸前だった。

 しかし、攻撃が当たる直前に身をよじり回避する。


「再生したのか⁉だが確かに今死体を処理したはずだ!!」

「俺を殺した幻でも見たんじゃないか?お前は俺の前に来た瞬間大人しく頸を斬られただろ」

「———は!?」


 次の瞬間、ヨルムンガンドの視界は地面を映す。

 気が付かないうちに頸を斬られていた。


「アリ得ナイ!!コノ俺ガ何モ出来ズニ———」

「生命力が高いんだな…。頸を切っても死なないなんてな…」


 目の前で喚く頸だけの大蛇を剣で貫く。


「これで二つ―――すまない咄嗟に加護を使っちまった」

(今のは仕方ありません。それより気を付けてください!!ヨルムンガンドの来た方向からヘルが接近しています!!)

「みたいだな」

「フフッ—――見ぃつけたぁ」


 霧が晴れた場所にはヘルの姿があった。


「面白いことするわねぇ坊や」

「あんたこそよくここまで来れたな」

「あのおバカさん達が暴れてくれたおかげで霧が晴れたからねぇ。それに、ペルセポネの転移能力は事前に知っていたわぁ。だから対処するのはカンタンなこと」

(事前に予想はしてたが…やっぱりバレてたんだ)

(やはり露見していたみたいですね。すみませんが私はロキの足止めであまり手助けができません)

「大丈夫。事前に打ち合わせた通りヨルムンガンドとフェンリルの死体だけ転移させくれ」


 そう言うと同時に二体の死体は姿を消す。


「あらぁ、残念。あのおバカさん達をおもちゃにしようとしてたのに」

「あんたの〘屍傀儡スラブスダッド〙を使われたら困るからな」

「よく勉強してるのねぇ。まぁいいわぁ…それより坊や、さっきしたわよねぇ?」

「!?」

「その様子だと図星みたいねぇ」

(しまった…顔に出てたか…)

「お父様には殺すように命令されてるけどぉ…坊やの成長が気になってきたわぁ」


 ヘルは妖しい笑みを浮かべ、透けるように姿が消す。

 警戒を解かず剣を構え、辺りを見まわす。


(一体どこに―――!?)

「だから今回はぁ…これだけにしてあげる」


 ヘルは突如背後に顕れ、首筋に噛み付く。


(いつの間に―――!?でもこの距離なら―――)


 振り向きざまに剣を振るう。

 だがその一撃は軽々と素手で受け止められる。


「いい一撃ねぇ。あのおバカさん達を倒しただけはあるわぁ。でも相手が悪かったわねぇ」

「クソっ!!」

「安心して、今回は本当にこれだけよぉ」


 そう言って素手で握る刀身を心臓に突き刺す。


「———え!?」

「さようなら坊や。またどこかで会いましょう。その時は私のコレクションに加えてあげるわぁ」


 目の前でヘルは力なく崩れ、その亡骸は灰になって消えた。

 急な出来事に混乱したが、一つだけ確かなことがある。

 ヘルは生きていて、今回は見逃したということだ。


「これは―――」

(少しの不安要素はありますが、今は相手が撤退したと考えてよしとしましょう)

「それよりロキは何処に?」

(何とか第三層の入り口付近で足止めはしています)

「ロキの背後に転移出来るか?」

(出来ます。ロキの背後に転移させますね)

「頼む」


 転移すると四メートルほど離れた位置にロキの姿を確認する。


「我が子ながらいざという時に使えないねぇ~。どこ行っちゃったかな~」


 独り言を言いながらロキはのらりくらりと第三層を彷徨っているようだった。


(———これで終わりだ)


 気配を殺し剣を振り上げ、首元向けて振り下ろした。

 ドサッという鈍い音とともにロキの首呆気なくは地面に落ちた。


「終わった……」

 

 無理をした体は安堵によって力が抜けた。

 それと同時に霧が晴れた。


「お疲れ様です」


 隠れていたペルセポネが座り込む勇輝に手を差し伸べる。


「サポート助かった」

「こちらこそ、勇輝さんが力を貸してくれなかったら死んでましたよ。怪我の方は大丈夫ですか?」

「加護の使用前のフィードバックで腹の辺りが痛むだけだ。そんなことより下層部の方の増援に行ってくれないか?ここから先は俺一人で戻れるから」

「わかりました。くれぐれも無理はしないでくださいね」

「了解」


 ペルセポネは足早に冥界下層部に向かった。


「さすがに噛み千切られたら痛いな~」


 戦いは終わり、ゆっくりと上層部に向けた歩き出した。

 

 その時だった―――


「いや~、厄介な加護とスキルだな~」



 ロキが死体とは逆方向の上層部の階段から歩いて来た。


「え……な…何……で……!?」


 あまりの絶望感に声を詰まらす。


「いや、何って。これ人形に決まってんじゃん」

 (人形……嘘だろ……)

 

 連戦の疲労から動かない体、そしてまだ体力の有り余っているロキ。

 状況からして勝ち目が無かった。


「ちく…しょう……」

「残念だったね~」


 ロキは勇輝から剣を取り上げ振り上げた。


「いや~、なかなかに楽しいショーだったね~。でも、これで終わりだよ♪」

「クソ……」

「さようなら」


 ロキは剣を首に目掛けて振り下ろす。

 しかし、ロキの握る剣は不意に飛んできた矢に吹き飛ばされ、続けざまにロキ向けて矢が飛んでくる。


「おっと⁉」


 ロキは体を仰け反り、不意に飛んできた矢を避けた


「ギリギリセーフみたいだな」


 ロキの視線の先には頭に二本の角が生えている男が立っていた。


「おいおい。誰だか知らないけど戦いに水を差すのかい?」

 

 ロキは苛立ったような声を上げた。


「警告だ。今すぐに失せろ、じゃなきゃ次は必ず射殺すぞ」


 男は弓に矢を継がえ、ロキを権勢した。


「いや~男同士の決闘に水を差すとか神族として恥ずかしくないの~?」

「人間と神族同士の戦いは最早決闘とは言えないと思うがな」


 ロキは男をしばらく睨みつけた後、気味の悪い笑みを浮かべた。


「いや~、鈍った体で君に勝てる気がしないから、ここは引かせてもらうよ。さよなら少年。次会うときは必ずその首はもらうよ」


 そう言ってロキは空間に穴を開け、その穴の中に消えていった。

 それを確認すると、安心したのか自然に瞼が閉じていく。


(やべぇ…もう歩ける気がしねぇ)

「おい大丈夫か?」


 助けてくれた神族(?)の男が声を掛けてくれているが、その声が段々遠退いていく。


(起き上がれねぇ。すまないがもう寝させてくれ)


 暗い視界の中で、オーディンやハデス、ペルセポネが心配する声が微かに聞こえる。

 そこで意識は完全に途絶えた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(ここは何処だろうか?)


 状況が理解できず周りを見回すと、そこは草ひとつ無い大地だった。


(死んだのか…?つまり此処は……霊界!?)


 だがハデスから聞いていた話と噛み合わない。


(確か冥界内だと…ハデスの権能で生き返らせれるんじゃなかったか?じゃあここは夢の中?)


 振り向くとそこには神殿があった。

 次の瞬間、吸い込まれるように神殿に向かって歩き出していた。


「寂しいところだな…」


 神殿内部は寂れた感じが漂い、胸が締め付けられる。


(何なんだこの感じは……?)


 何故だかわからないが、一歩一歩内部に足を踏み入れる度懐かしさを感じる。

 しばらく神殿の中を進んでいくと、七つの玉座のある部屋にたどり着いた。

 その瞬間、目から涙が零れ落ちる。


「え……何で!?」

(此処は俺にとって仲間との大事な思い出があるところだからな)

「誰だ!?」


〘思念伝達〙を使った時と同じように頭の中に直接声が聞こえる。


「何で俺があんたの思い出の場所で泣いてんだ?」

(そんなことより仲間が待ってるぞ。早く行ってやれ……)


 その言葉とともに引っ張られるようにして意識が覚醒した。

 目を開けると、そこにはペルセポネがいた。


「良かった…、気がついたみたいです」


 その言葉を聞くと、その背後にいたハデスはこちらに近づいて来た。


「俺は寝てたのか?」

「その様子だと…大丈夫みたいだな……」


 ハデスは目が覚めたのを確認すると胸を撫で下ろす。


 さらに背後からオーディンが申し訳なさそうな様子でこちらに向かって来た。


「勇輝……、ロキアイツの相手をさせて悪かった…本当は俺が責任を持って相手しなきゃならねぇのに……」


 そのオーディンの姿を見て逆にこちらが申し訳なく思った。


「謝んないでくれ!!何なら俺は見す見すロキを倒し損ねて殺されるとこだった…。そんなことより…冥界の状況は?」


 ハデスは難しい顔を浮かべながら淡々とことの現状を話し出した。


「ロキと多くの囚人は、謎の協力者によって脱獄……。冥界第三層の囚人は戦闘で使用した〘■■■霧grade 1〙で全員が狂懐……今回の事件で…冥界に壊滅的な被害が出た……」

「あぁ…三層のことはすまない…」

「謝らなくていい…あの状況であれば私も許可していた……」


 自分の無力さを思い知り、悔しさのあまり歯を食いしばった。


「そんなにお前さんが悔しがることねぇと思うぞ~」


 不意に背後から声がして振り向くと、先程ロキの前に現れた男が立っていた。


「お前はロキに秘策を使わせたんだ。それだけでも十分誇ってもいいと思うがな」

「秘策?」


 するとそれを聞いて横からオーディンが説明を始めた。


「ロキが使ったあの秘策人形は、あいつが殆どの神族に秘匿している権能〘現身人形マイドッペルゲンガー〙だ。その権能は、自分と全く同質の分身を作ることが出来るってもんだ。ロキは戦闘に特化した神ではないが、弱いわけでもない。そんな奴の分身をお前は倒した。つまりお前はアイツを倒せるだけの実力は持ってるってことだ」


 それに付け加えるように男は言った。


「実質お前はロキを倒したってことであって、敗北したわけじゃない。それにペルセポネの協力があったとしてもフェンリルとヨルムンガンドを倒すことはすげぇことなんだぜ。それはもう自慢していいほどの武勲だよ」

「それより貴方は一体……?」


 男は驚いた様子で硬直した後、納得した様子で話し出した。


「そういや名乗ってなかったな……。俺はケルヌンノス、ケルトの狩猟の神にして冥界最下層の守護者だ」

「先程はありがとうございました」


 それを聞くと照れたように首の後ろをかいた。


「良いってことよ。それより、浮かねぇ顔してるな。やっぱロキのことか?」

「はい……。どんな理由があっても、やっぱりロキに逃げられたことは悔しい。それに今回の戦いで俺は、自分が無力だってことを思い知った。だからこそもっと強くなりたい。いや…大切なものを守るためにも強くならねぇといけない。だからオーディン。もっと戦い方やこの世界のことについて教えてくれ!!そうじゃなきゃ俺の気が済まない!!」


勇輝はよろけながら立ち上がると、オーディンに深々と頭を下げる。


「……覚悟は出来てるみたいだな」

「もちろんだ!!」


 オーディンはその姿を見て、いつになく改まった表情で言葉を発った。


「お前の意思、この北欧の主神オーディンがしかと聞き入れた。この修行の果てに、お前を一騎当千いっきとうせんの英雄にすることを約束しよう!!」

「応!!」


 この時、もう一つこの世界で生き続ける理由が生まれた。

 それは漠然としているが単純なもの。


 ―――大切なものを守ることだ—――















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King of tale アダスター @adastar

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