第13話トリックスター

 冥界最下層―――

 それは神々に反逆し世界を滅亡させる可能性を秘める者達の地獄


 オーディンとハデス、現場に居合わせた守護者は、突如最下層から解き放たれた囚人たちの鎮圧に追われていた。


「クソっ!!次から次へと―――!!」

「気を緩めるな…次が来るぞ!!」


 オーディンとハデスは背中を預け合い、間髪入れずに迫りくる軍勢に槍を振るう。


「キリがねぇな!!」

「何とか食い止めてはいるが…このままだとこちらの兵も直に押される……」


 そこに追い打ちをかけるが如く、オーディンに業火を纏った巨人が向かってきている。


「我が業火をもって、今こそ貴様ら神族に終焉を!!」


「あいつも脱獄してんのかよ!!」


 巨人の巨剣から放たれる業を焼く終炎しゅうえんは敵味方関係なく全てを燃やし尽くした。


「ハデス!!」

「わかってる!!」


 オーディンとハデスは別方向に跳び、間一髪のところでその攻撃を躱す。

 先程まで二柱の神がいた地面は炭化し黒ずみ、その周辺には多くの亡骸が積み重なる。


「野郎…好き放題しやがって!!」

「だが幸い…巻き込まれた奴は殆どが脱獄者だ……」

「ハデス、こいつの相手は俺がする。その間に他の奴らに加勢してやってくれ」

「了解……」


 ハデスは小さく頷きその場を後にする。


(この戦況で一番危険だとすれ守護者がいない場所だが―――)


 高所から混沌とした戦場の中に視線を向ける。

 しかし状況はハデスが考える最悪を遥かに超えるものだった。


(守護者が壊滅だと……)


 封印シールエリアのいたる所で意識を失った守護者達が倒れていた。


(マズいな……)


 ハデスは即座に意識を失った守護者達を比較的に安全なところに移動させる。


(守護者ほどの実力者をいったい誰が?

 まさか他のエリアの守護者も―――)


 権能で冥界にいる守護者の反応を確認して、ハデスはその感覚を疑う。


 四つ―――


 ハデスが確認できた反応はそれだけだ。

 冥界の管理に関わる神々である守護者は、そのほとんどが主神や戦神に匹敵する力を有している。

 そのため滅多なことが無い限り倒されるということは無いはずだった。

 しかし現状動いているのは四つの反応だけ。

 さらにそれはペルセポネと守護者でないオーディンを含んだものであり、実際に今動ける守護者はハデスを含めた三柱のみ。

 冥界が監獄としての役割をし始めてからこのような状況に陥ったことは一度と無かった。


(もはやこれは冥界内だけで解決できる問題では無い……。最悪の場合オリュンポスに―――)


 そう考えたその時、ハデスの視界に怪しげな影が映る。


(此処にいる地点でただの侵入者では無いか……)


 侵入者は肩から足首ほどの丈のあるポンチョコートを着ており、フードの隙間から見える顔の部分から奇妙な仮面を覗かせていた。

 ハデスは気付かれぬよう相手の背後に回り込む。

 そして―――


(此処で仕留める!!)


 ハデスは相手に悟られぬように手に持つ死誘槍バイデントに自らの権能を込めて外敵に放つ。

 しかし、不意打ちに近い形で放った一撃をは軽々と回避した。


「おやおや…この状況下で私に気が付く者がいたとは、驚きましたね。」

「これでも”冥界”の管理を任された身だ…。それで…貴様は何者だ!!」


 侵入者はハデスの発言に対してせせり笑いながら手に鉤爪を装備した。


「ただの通りすがりの魔人ですよ」

「その言い分が通ると思うか……?」

「無理でしょうね。この格好では」


 黒いコートの見た目からはわかりづらいが、血の匂いが染みついている。


「まぁ名乗るとすればそうですね~。…崇敬の意を込めてフランシス・エインジェルと名乗らせていただきましょう」

「冥界の管理者として…貴様を放置することは出来ない……」

「そんなお偉いさんの冥界の管理者がこのような惨事招いてしまうとは…皮肉なものですね」


 そう言うとフランシスと名乗る男はハデスとの間合いを詰め、首元に向けて鉤爪を下段から振り上げた。


「———っ!!」


 その速さにハデスはついて行くことで精一杯だった。


「やはり守護者を襲撃したのは貴様か…!?」

「ちょっとした暇つぶしに付き合ってもらっただけだよ」


 ハデスがどう対応するのかを楽しむように男は素早く鉤爪を首元や心臓、頭に向けて放っていた。


「第四世代の神もなかなかに面白いものですが、やはり……原初の世代プロジェニー・デオルム程ではありませんね」


 男は失望したかのように声のトーンが下げ、ハデスが反応出来ないスピードでハデスの首を切り落とした。


 ハデスの首は地面に落ち、それを追うかのように体も地面に崩れる。


「所詮この程度かぁ」


 男はハデスの屍に背を向けた。

 その時だった―――


「程度で俺が死ぬと思っているのか……?」

「ん?」


 男が振り向くと同時に矛先が頬を掠める。


「ほぉ、これは…」


 ハデスは男の頬を掠めた矛先をさらに薙ぎ払う。

 だが大人しく攻撃を受けるはずも無く、軽々と間合いを取られた。


「俺は展開した領域内では死んでも生き返る……。ましてや、ここは俺の管理する冥界内だ……。簡単に殺せるとは思うなよ!!」

「面白い権能ですね」


 ただならぬ気配を感じたのか、再びオーディンも合流する。


「何だこいつは?」

「恐らく今回の元凶だ……」


 主神クラスの二柱の神が姿を現す。

 しかし男は気圧されるどころか不気味にも、開けっ放しの笑い声を上げる。


「何が可笑しい?」

「いや~すみません。冥府の主に加えて北欧の主神まで来るとは、久しぶりに楽しめそうでつい……」


 その気味の悪さにオーディンとハデスは思わず顔を顰めた。


「ハンデとして二人掛りできてください」

「余裕そうだがそう簡単に俺らが倒されると———っ⁉」


 その時、オーディンは上層からよく知る嫌な気配を感じた。


(ハデス……、ここは任せていいか?)


 オーディンからの〘思念伝達〙でハデスは状況を察し静かに頷いた。

 そしてオーディンは離脱しようとして百メートル程離れる。

 その時間は一瞬にも満たなかった。

 しかしオーディンは突然後ろから強い力で引っ張られて、オーディンは忽ちもといた場所に戻される。


「一応計画に貴方達の足止めも含まれているんで、大人しく相手してもらいましょうか」


 どうやらオーディンは男の腕から出てきた触手に引っ張られたらしい。


「どうやら…助けに行くにはこいつを倒す他無いらしいな……」


 ハデスにそう言われてオーディンはグングニルを構える。


「自称魔人が…俺たちを敵にしたことを後悔させてやるよ!!」

「さぁ、始めましょうか!!」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ロキは子供たちを引き連れ、上機嫌で下層に向かう。

 勇輝は隙を狙い、陰に潜む。


(あと十メートル…)


 罠の仕掛けた場所にロキが近づく度、剣の握る力が増す。


「本当に奴らは下層に向かったのでしょうか?現在混乱状態の下層に行くのは得策でないと思うのですが?」

「間違いなく下層に向かったよ。さっき一瞬の隙にペルセポネにマーキングを付けたからね~。それとも僕の感覚が間違っているとでも言うのかい?」

(あと七メートル…)


 巨狼の方を向き、ロキは立ち止まる。


「いえ。ただ冥界を脱出した方が得策だと思ったので」

「そう言えば君たちはペルセポネのことは知らないのか。彼女は今の時期冥界から出られ無いんだよ」

「そうだったのですか」

「そう言うことだよ」

(五メートル…)


 再びロキは歩き出す。


「テメェは心配性過ぎるんだよ。この駄犬が」

「デカさしか取り柄の無い蛇風情が調子に乗るなよ」


 口論を始めたことで、ロキと子供たちの距離が少し離れる。


(三メートル…)

「また始まったわぁ。どうにかしてくださいお父様…」

「仲間内で揉めるのはいいけど殺し合わないでよ。君たちは一人一人が僕の大切な存在だからね~。それにそろそろ戦闘が始まると思うしねぇ」

(———今!!)


 罠が発動したのと同時に、潜んでいた勇輝は、ナイフの射出部の逆方向から飛び出す。


「早速来たみたいだね~」


 ロキは投げナイフを手に持つ短剣で振り払い隙が出来る。

 刺突はロキの心臓に当て、仕留める手筈だった


「いろいろ策を練ったみたいだけど、残念だったね~」


 しかしその瞬間、剣は心臓に刺さったまま固定され抜けなくなった。


「は⁉」

「さようなら」


 ロキは短剣を逆手に握り直し、勇輝の脳天に向けて振り下ろす。

 しかしその攻撃が当たると直前に再び姿を消した。


「そう来たかぁ~」


 ロキは少し離れた場所にペルセポネの反応を確認して、状況を理解した。


「少し前のめりに成り過ぎです。少し慎重に動いてください!!」


 隠れたペルセポネの場所に勇輝は転移すると、注意を受ける。


「悪い。次はロキの頭上に転移させてくれ」

「わかりました」


 勇輝は転移が完了すると、ロキの頭に剣を振り下ろす。

 次は固定される前に剣を戻し、距離を取るが―――


「なっ!?」

「どうしたんだい?まるでこの世のものでないものを見たような顔してさぁ~」


 気が付けば、勇輝が付けた傷が回復していた。

 

(急所を二回も攻撃したんだぞ…どんなからくりだよ⁉)


 ペルセポネの協力で転移と攻撃を繰り返すが、ロキは即座に傷は回復する。

 しかし同じような攻防は続き、相手もその戦法に慣れてくる。


 そして―――


「後ろがガラ空きだぞ!!」


 ロキの不気味な現象に気を取られている隙に背後から気味の悪い笑い声を上げながら巨大な蛇の襲いかかってくる。


「クソっ!!」


 不意打ちで片腕は毒の牙によって肉を抉られ、勢いよく地面に身体は叩きつけられた。

 その時ペルセポネの〘思念伝達〙が勇輝に届く。


(事前に予想した通り、ロキの権能が適応しました。ですので第二段階に移行してください)

(了解)


 ロキに加えその子供達を相手しているうちに体力は奪われ、立つこともやっとだったが、勇輝にとってまたとないチャンスが訪れる。


(ペルセポネの予想が当たってるなら、ここで―――)


 ロキが第三層現れる直前、ペルセポネはロキの権能について言及していた。


「私が知っているロキの権能に〘混乱災害トリックスター〙があります。」

「それはどんな権能なんだ?」

「その権能は相手使用したスキル・権能や技術アーツを分析、適応の後、最善の回避行動や相手のスキル・権能の無効化を行う権能です」

「それって…」

「はい。時間を掛ければ掛ける程、強くなる権能です」

「つまり早期決着が望ましいってことか?」

「そうですが、今の勇輝さんと私には不可能です。ですので〘混乱災害トリックスター〙を利用しましょう」

「どうやってそんなことを?」


 ペルセポネは少し黙った後続ける。


「これはロキが〘混乱災害トリックスター〙以外の権能を持っていない、または使わないことが前提の作戦です。ですがロキは〘混乱災害トリックスター〙を過信する性格なのでそこは問題ない筈です。しかし―――」

「何だ?」

「勇輝さんに途轍もない負荷を掛け、尚且つ〘■■■霧grade 1〙を利用した不確定要素の多い作戦です。それでも構いませんか?」

「問題ないそれでその作戦って言うのは」

「まず勇輝さんがロキの近くに転移し、攻撃を仕掛ける。その後ロキと子供たちは必ず反撃しようとします。そこで私の権能で私の所に再転移させて攻撃を回避します。それを繰り返すことでロキはそれを防ぐために〘混乱災害トリックスター〙を使ってくる筈です」

「でもそれじゃあ適応されて詰むんじゃ…。それにわざわざ転移しなくてもお前の加護で…」

「加護と私の権能の両方を適応されてしまえば、それこそロキの思う壺です。なので作戦第一段階では加護と〘■■■霧grade 1〙を使用しないでください」

「〘■■■霧grade 1〙と加護を?」

「〘■■■霧grade 1〙の能力として今現在判明しているものに、精神汚染、認識阻害がありますが、まず精神汚染を利用して視界以外の感知能力が高い子供たちを混乱させ、仕留める。その後認識阻害が効果的なロキを霧の中で止めを刺します」

「その間に即死級の攻撃を食らった時の対策としてお前の加護が役に立つと」

「その通りです。つまりこの作戦は加護と〘■■■霧grade 1〙が決め手です」


 ペルセポネ自身やれることはやった。

 つまりここから先は賭けだ。

 勇輝の持つ〘■■■霧grade 1〙の能力と、ロキの隠しているかもしれない権能次第では、この勝負は確実に負ける。

 スキルボードを開き、再度スキルの能力を確認した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 ■■■霧grade 1

 遽?峇蜀?↓荳?黄縺ョ髴ァ繧堤匱逕溘&縺帙k縲

 ※荳?黄縺ョ髴ァ···髴ァ繧貞精縺?セシ繧薙□蟇セ雎。(閾ェ霄ォ繧

 医j繝ャ繝吶Ν縺ョ菴弱>)縺ォ蟷サ隕夂憾

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 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


(相変わらず読めねぇな)


 ピンチにも関わらず、思わず笑みが零れる。


「やるしかねぇな……」


 スキルボードを閉じ、間合いをじわじわと詰めて来る相手に向き直る。


「死ぬ覚悟が出来たのかい?」

「いや…俺はまだ成すべきことも、俺の存在理由もわかってない。だからまだ死ぬわけにはいかない」

「じゃあどうするの?この四対二の不利な状況でどうやって生還するつもり?」

「俺にもわからねぇよ。だけど今は…自分が出来ることをただやる。それだけだ!!grade 1グレードワン!!」


 その言葉と同時に、再び冥界は黒い霧に包まれる。

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