第12話 兇変(2)

 冥界から発つ日程が決まった。

 ハデス曰く、本来はあと一週間程長く滞在する予定だったそうだ。

 だが冥界の守護者達に勇輝の存在が露見したため、これ以上滞在期間を引き延ばすことは出来なかった。

 それ故に日程が決まってからは怒濤のスケジュールが組まれていた。


「明日には出られそうか?」

「多分大丈夫だ……。彼は例のスキルをある程度はコントロールできるようなっている……。この調子なら……」


 勇輝は〘■■■霧grade 1〙を一定の範囲内に短時間だけの使用が可能になった。


「お゛え゛え゛ぇー!!」


 だがある一定以上の時間使用すると吐物キラキラ


「でもこれじゃあ実戦では使えないな~。やっぱりこれ以上は使えねぇか?」

「無理…これ以上は無理…」


 現状コントロールが可能なのは一分、持続可能なのは三分が限界であった。


(このままじゃ俺は……)

「おーい?難しい顔してどうしたんだ?」

(やばっ…顔に出てたか)


 表情を誤魔化すように勇輝は両頬を叩く。


「いや…何でもない」

「あまり気にするな……」

「え…⁉」

「お前がスキルのことを気にしているのはわかっている……。だが今の段階でコントロールできるだけいい方だ……」

「あぁ、わかってる…」

「まぁそれはそうと、出発までには自傷しない程度の加減を覚えろよ」

「好きで嘔吐してるんじゃあ―――」


 突然冥界全体が大きく揺れだし、それと同時に冥界全体に鐘の音が響いた。


「え…こ、これは⁉」

「”警告の鐘”の音だ……」


 鐘の音を聞くと自然と強張った表情を浮かんでくる。


「俺のスキルの一部が漏れたんじゃあ⁉」


 急な出来事に戸惑いながらも辺りを見回す。

 しかし何処にも黒い霧は視認できない。


「漏れてる様子は無い……つまりこれは……」

「冥界の最下層で何かしらの問題が起きたってことだ」


 ハデスとオーディンの交わる視線に緊張が走る。

 そこへ慌てた様子でペルセポネが走ってきた。


「オシリス様から報告です!!最下層にて全ての囚人が脱獄した模様!!大至急で部下をこっちに回して欲しいそうです!!」

「わかった…すぐに増援とともに向かう……」

「俺もハデスと最下層に援護に向かうから、お前は勇輝を連れて冥界の外に退避してくれ」

「わかりました。行きましょう」


 ペルセポネはこちらを振り向き、勇輝の手を引く。

 ハデスは一瞬こちらに目を向けた後、オーディンとともに”冥界”の最下層に消えていった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「冥界の最下層の封印シールエリアが内側から壊れることってあるのか?」

「そんなことは私が知る限りではありません。ですが―――」

「ですが?」

「出来る可能性がある存在に心当たりはあります…」


 場の空気は状況と相まってさらに重くなった気がした。


「すまない。不安にさせるつもりは無かった…」

「構いません…。それよりも早く神殿の方に向かいましょう」


 上層に向かって冥界を走り抜け、しばらくしたところで冥界の門が見えるところまでやって来た。


「そろそろ神殿に到着します。勇輝さんは神殿に到着したらその場で待機するように」

「あぁ、わかった」

「ここまで来れば―――」


 ペルセポネが安堵の表情でこちらを振り向いたその時、身の毛がよだつような殺気を感じた。

 それは森で戦ったキマイラの野性的な殺意とはまた違う、研ぎ澄まされた殺意だ。


「危ない!!」

「えっ⁉」


 油断しているペルセポネを咄嗟に突き飛ばす。


 ドスっ


 鈍い音が体の内側で響いたと思った途端、脇腹に鋭い痛みが伝わる。


「これは…⁉」


 左脇腹を見ると投げナイフが深く突き刺さっていた。


(あと少しズレてたら―――)

「あれ~可笑しいな~。気配は消したつもりだったんだけど」


 声の主の男は飄々と岩陰から姿を現す。

 服装はいかにも怪しい道化ようなものだった。


「お前…何者だ!!」


 男は奇妙な笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。

 ペルセポネはその男を見て咄嗟に魔術を発動しようとするが―――


「相変わらずわかりやすいねぇ~」


 術は発動する前にペルセポネの手の平で解除された。


「咄嗟にヘルメス直伝の伝令魔術を使うのはいいけど。僕が簡単に助けを呼ばせてあげると思ったかな~?」


 そう言って男はゲラゲラと笑った。

 目の前の男はまるでペルセポネを知っているかの様に馴れ馴れしかった。


「ペルセポネ、こいつのこと知ってんのか?」


 それを聞くとペルセポネは苦い表情を浮かべながらも答えた。


「はい…。彼は私たち神族を裏切り、外界の存在に寝返った大罪人。邪神ロキです……」

(コイツが例の)

「ですが本来彼は冥界の最下層の封印シールエリアに拘束されている筈ですが―――」


 刺さったナイフを引き抜くと剣をロキに向ける。


「いや~にしても。義兄さんの弟子だけあってタフだね~」

「生憎だがオーディンやハデスに結構鍛えられてるからな。そう簡単に倒せると思うなよ」

「ハハハ!!僕を倒そうと息巻くのはいいけど僕は相手するつもりはないんだけどな~」

「―――っ⁉」


 その瞬間背後から異質な気配が感じられ、すぐに振り向く。

 視線の先にはすでに勇輝に食らいつこうと口を開いた巨狼こちらに突っ込んできていた。


(しまった⁉)


 虚を突かれ、死を覚悟した。

 しかし、巨狼の牙が勇輝の体を貫くことは無かった。


「なっ⁉」


 気が付けば勇輝は離れたところにいたはずのペルセポネの隣に移動している。


「怪我はありませんか?」

「おかげさまで。で今のは?」

「私の権能で私のもとに勇輝さんを私の隣に転移させただけです」

「助かる」

「それよりあれは―――でもそんなことが―――」


 先程まで勇輝がいたところには瘴気を纏った三体の異形の怪物の姿があった。


「何なんだアイツらは―――」

「あれはかつて神に反乱を起こしたロキとともに神族に敵対したロキの子供たちです…」


 ペルセポネは目を見開いたまま震えている。


「君の相手は僕の自慢の子供達だよ~」

「いつの間に…」

「勇輝さん…今すぐ逃げてください!!」

「はぁ⁉」

「いいから私の指示に従ってください!!」


 ペルセポネの焦りようから危険な相手だということだけはわかった。


「今の勇輝さんでは絶対勝てず殺されます。私が数秒間だけ時間を稼ぎますからその隙に逃げてください」

(数秒間って…その後こいつはどうするつもりだ⁉)

「いいですか。私の合図とともに門の外まで―――」

「断る」

「え…何を言って―――⁉」

「断るって言ったんだよ」

「死ぬ気ですか⁉」

「それはこっちのセリフだよ」


 此処で囮をすると言うことは自殺をしに行くようなものだということは相手の感じからして明白だった。


「そろそろ話は済んだ~?」


 ロキは気味の悪い表情で笑いかける。

 その表情からは余裕が垣間見え、腹立たしさを覚えた。


「あんたを囮にして逃げるつもりはない」

「でもこのままでは―――」

「後方支援を頼む」

「え?」

「相手は俺より格上だ。一撃一撃が即死級の攻撃かもしれない。出来る限りはヒットアンドアウェイ行くつもりだけどもしも相手の攻撃が当たりそうになったら回避が間に合わないと思う。だからその時はさっきの権能で俺を引き寄せてくれ」

「でも私の権能が間に合わなかったら―――」

「そこはお前を信用する。もし死んだら一人で逃げてくれ」

「で、ですが―――」

「じゃあ後は頼んだ!!」


 剣を握り直すと、剣先をロキに向ける。


「話は終わったみたいだね~」

「で、お前の目的は何だ?」

「そう言えば言ってなかったね~。僕たちの目的…それは―――」


 ロキは先程までの纏わり付く気味の悪い表情から一転してその顔から笑みは消え、見透かすような目を向ける。


「———君を殺すことだ」


 ロキが言い終わるのと同時にロキの子供たちは勇輝に飛び掛かる。


冥界内転移メタスタシー:リーザ!!」


 攻撃が当たる前に勇輝とペルセポネは冥界第三層に転移した。


「冥界において私に与えられた権能は転移だけでなく地形変成もあります」

「え⁉」

「今貴方に逃げるように言ったところで、貴方は逃げずに戦うでしょう。なら私は、貴方を守るために今の私の出来る全てで貴方を支援しましょう。ですが今すぐに戦うには分が悪すぎます」

「だからって何で後退して第三層に⁉」

「あの場所からどんなに急いでも五分は掛かります。その間に貴方に私の持つ全てのの加護、強化バフ付与します」

「オーディンから加護にはそれ相応の対価、デメリットがあるって聞いてたんだが?お前の加護の場合何が対価だ?」

「対価は魔法、魔術における光魔力の使用制限です」

「それって―――」

「空属性の貴方にとっては死活問題です。ですがこの状況では生き延びる可能性を格段に上げることが出来ます」

「その加護って言うのは永続的に付与されるものなのか?」

「余程のことが無ければ永続です」

「加護を今付与しなければどうなる?」

「高確率で貴方は死にます」

「そうか…」


 絶望しかなかった。

 この状況では加護を受ける他ない。

 しかしそれは今の自分を未来いつかの自分を殺すということだ。


(でもここで生き残らなきゃ意味ねえよな―――)

「どうしますか?」

「わかった。加護を付与してくれ」


 それを聞きペルセポネは頷くと、早速準備を始める。

 その間にもロキとその子供たちは勇輝とペルセポネに迫っていた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 時は遡り―――

 二柱の神は急いで冥界の最下層に向けて走る。

 その面持ちは緊張感に満ちていた。


「ハデス、最下層の奴らの一部は体と魂を分離しているはずだよな?」

「当然だ、そうしなければ何かの拍子に脱獄されるからな……!!」

「じゃあ一体何が―――」


 ハデスの脳内では様々な思考を繰り返していた。


(まだ俺たちの知らない魂に関するものが原因なのだろうか―――それとも―――)


 魂は現存する神には完全に理解できないブラックボックスの様なものだ。

 魂を繋ぎ留める、または魂を別の媒体ものに移すのが現代の神の技術の限界であり、それさえもリコリヌスの権能から生み出したものである。

 そのため神々は魂に関わる技術を利用してはいるが魂が昇華した後のことやこの世から消滅した魂がどうなるのかを理解できていない。

 故に囚人が冥界のシステムを欺く裏技を編み出すとすればそこからしかないとハデスは考えていた。


「可能性としては二つ……一つは魂に関する裏技、もう一つは何者かが外部から働きかけたかだ……」

(後者の場合、いったい誰が――――)


 冥界は何層にもかけて様々な防衛システムがある。

 それをすべてい潜るのは至難の業どころか不可能に近い所業であった。


「ハデス、この場合を使ってもいいと思うか?」

「わからないがもし相手が外界の者であった場合は使用しても問題ないはずだ」

「なら実質使用許可は下りてるわけだ」


 この時オーディンとハデスは同時に最下層から懐かしい気配を感じ取っていた。

 しかしそれが自分たちが懐かしむ気配とは本質が違う、忌むべき存在でもあると同時に感じ取る。


「この気配は……」

「まず奴らの関係者で間違いないだろうな」

「これは面倒なことになりそうだ……」

「ハデス、ここにヴァルハラの戦士たちを招集していいか?」

「例のホムンクルスとワルキューレのことか……?」

「あぁ、あいつらならしっかりと戦力になるはずだ」

「許可する……。急にどうしたんだ……?」

「少し嫌な予感がするんだよ」


 そう言うと最下層に下る階段の前で立ち止まり、オーディンは地面にルーン文字を刻む。

 するとルーン文字周りに巨大な魔法陣が展開され、次の瞬間にはワルキューレを含むヴァルハラの戦士たちが召喚された。

 オーディンは召喚した戦士たちに透かさず指示を出す。

 その姿は戦争の神に相応しい姿であった。


「準備は出来たか……?」

「もちろんだ」


 そしてヴァルハラの戦士たちを引き連れた二柱の神は最下層に向けて階段を下りて行った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 最下層に向かう二柱の神の姿を影から監視する者がいた。


「久方ぶりに面白いものが見れそうだ」

「「本来の目的を忘れるなよ」」


 その者の後ろには複数の黒い霧の塊が立っている。


「忘れてませんよ、さすがに祭祀として成すべきこと成さずに遊ぶことはありません」

「「貴方は只我らの指示に忠実に従えばいいのだから余計なことはしないように」」

「それでは味気ないでしょう」

「「私としてはこいつに何を言ったて無駄だと思うんだがな」」

「「指示さえ聞いてくれれば俺は何しても構わないぞ」」

「その慈悲に感謝いたします」


 祭祀と呼ばれる者はフードと仮面を被ると、オーディンとハデスの後姿を見た。

 そして、仮面の下で怪しく笑う。

 何も変わったことは無い。

 だが、その者にとって久方ぶりの戦いという名の娯楽が待っている。


「次世代の神々がどんなものかお手並み拝見と行きましょうか」


 祭祀はオーディンとハデスの後を追うように冥界最下層に向けて歩いて行った。



















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