第10話 暗翳


 体の感覚が怪訝おかしい。

 体の輪郭が霧のように曖昧で、縮小(?)と拡大(?)を繰り返しているようだ。

 それが永遠にも一瞬にも感じる。

 そんな中、一人の女性が目の前に現れた。

 見た目はディアに似ている。

 だが年齢的にあり得ないのは感覚の狂った勇輝にもわかった。


「ディア…?」

「まだだよ…」


「え?」

「今じゃない。だから…またいつか……」


 ディアに似た女性が勇輝の目の前から霧が晴れるように消える。

 その刹那、女性は微笑みつつもその目には涙が浮かんでいた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 目が覚めると冥界第三層にいた。

 だが意識を失う前、立ち込めていた霧が無くなっている。


(あれ…さっきのは……夢か?)

「目覚めたみたいでよかった~!!」


 目覚めた勇輝に一人の女性が抱きつく。


(この女性は一体……?)

「こいつはヘラ……私の妹だ……」

「よろしくね」

「は、はい」


 突然の出来事に勇輝は呆気にとられる。


「いや~使い魔越しに見てたけど、やっぱり生で見るのに限るわ~」

「え゛!?」

「ヘラ…どういうことだ……!?」

「どういうことって、何が?」

「使い魔をについてだ……」

「あぁーその事ね。それならゼウスから北欧領で彼が修行するって聞いたのよ。それを聞いてどうしても見たかったから使い魔を送ってたの」


 ヘラの発言にハデスは思わず絶句する。

 勇輝も驚きのあまりその場に固まった。


「ヘラ……他の地域に干渉することは、ゼウス以外は基本的に禁止だと知っているか……?」

「えぇ知ってるわよ」

「なら何故そんなことを……」

「大丈夫よ!ちゃんとオーディンに許可取ってたから」

「ハデス様、各層の守護者から問題が解決したとの報告が…あ、ヘラ様、すみません。このような状況でしっかりとしたお出迎えも出来ず…」


 報告に来たペルセポネはヘラを見るなり、頭を深々と下げる。


「いいわよ。そんなにかしこまらなくても」

「お気遣いありがとうございます」

「相変わらず礼儀正しくて良い子ね~。という訳でハデス。ペルセポネをうちの娘に貰っていい?」

「デメテルに殺されるぞー」


 そこにオーディンが歩いてきた。


「あら、貴方も来てたのね」

「勇輝の修行のために来てんだから当たり前だろ」

「それもそうか…ってかアンタも何で”戦人の森”から移動することを言わないのよ!!」

「何で言わねぇといけないんだよ」

「だって言ってくれないと使い魔で彼を見れないじゃない!!」


 ヘラの言葉を勇輝は理解出来ない。


(何でこの神は俺の監視をしてるんだ?)

「お前に教える義務はねぇだろ…」

「あのー…」

「あら、な~に?」

「ヘラ様は何で私を監視してるんですか?」

「あら、それ聞いちゃう?」


 照れた様子でヘラは周りを見る。


「君みたいな子がタイプなのよ。という訳でオーディン。彼を持ち帰っても?」

「阿呆か。ダメに決まってんだろ」

「まぁ冗談よ。確かにタイプだけど、君にはもう…大切な人がいるみたいだしね」


 ヘラの”大切な人”というのが、誰のことかは今の勇輝にはわからなかった。

 しかしそれ以前に勇輝は、目の前の女神にただならぬ恐怖心を抱いた。


(この女神いつから俺を監視してたんだ!?)

「そんなことよりオーディン。何で彼を冥界に連れて来たの?はっきり言って修行で冥界に連れて来るなんて危ないわよ」

「勇輝が強くなりたいと思ってたから、それに合わせて内容をハードにしただけだよ」

「オーディン…それは本当に彼の意思なの?」


 ヘラの目は険しくオーディンを睨みつける。

 その圧力に困惑せざるを得なかった。

 だが当事者として勇輝は黙っている訳にはいかない。


「私の意思で此処にいます」

「そう……なら良いのよ。まぁ、”冥界下り”をさせて無いだけましね」

「冥界下り?」

「知らないの?」

「はい」

「冥界下りは文字通り”冥界”を下って、その奥底にある宝玉を取りに行く試練のことだ……」

「下るだけ?」

「聞くだけなら楽かもしれないけど、実際はそんなに簡単じゃないわ。その道中では冥界の守護者や冥界に投獄されている囚人が襲い掛かって来る。それを掻い潜り、宝玉を取ってハデスの元に戻る試練。それが”冥界下り”よ」

「当初それをさせようとしてたんだが、ハデスに却下されたんだけどな」

「当たり前だ……。今の彼には難易度が高すぎる……」

「あんた当初はさせようとはしてたのね…」


 ハデスとヘラはオーディンを呆れたように見ている。


「だって強くなりたいならそれが近道だろ!!」

(にしたってやり過ぎだろ!!)


 オーディンの狂った考え方に勇輝は驚く。

 しかし今までの修行を思い返してみれば納得がいった。


「もういいか…。それより俺に体に何が起こったんだ?」


 体から黒い霧が出た時、焦りからあまり記憶がない。


「わからない……。これは私の予想だが、疲れから君の魔力マナが漏れ出た結果かもしれない……」

「魔力が漏れるとああなるのか?」

「いや、普通だとあり得ない話だ。だが今のお前ならあり得るかもな」

「今の俺なら?」

「まぁこの後の修行でわかるはずだ」


 そう言うとオーディンは槍を持つ。


「修行を再開するぞ~」

「ちょっとアンタ!!あんなことがあった後に―――」

「だからこそだ」

「でも―――」

「大丈夫だいつでも行ける」


 勇輝は力ずよく立ち上がる。


「本当に大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です。ヘラ様…ご心配ありがとうございます。あと、ハデスも冥界を滅茶苦茶にしてしまって…すまない」

「気にしなくてもいい……」


 するとヘラは頬を膨らまし、不機嫌そうな表情で勇輝の両頬を引っ張ってきた。


「ど、どうしたんですか?」

「何でハデスには砕けた話し方で、私には敬語なの?」

「ため口でいいと言われていたので…」


 両頬から手を離し、少し考えるとヘラは悪戯な笑みを浮かべる。


「なら、今度会った時はヘラお姉さんって呼んでくれる?」

「は、はい…今度あった時は…」

「はぁ……」


 ハデスが呆れてため息を付く中、ヘラは満面の笑みを浮かべる。


「さて!!そろそろオリュンポス行きますか!!」

「この後オリュンポスで何かあるのか?」

「オリュンポス十二神に招集が掛かってるのよ」

「十二神が?」

「収集されたってことは、何かあるのか……?」

「わからないわ。まぁ、ろくなことじゃないでしょうけど」


 そう言ってヘラは立ち上がった。


「それじゃあ、またね~!!」

「お見送りいたします」


 ヘラとペルセポネは第二層に繋がる通路に消えていった。

 ヘラが立ち去ると冥界は静寂に包まれる。


「ようやく落ち着いたな」

「そうだな……」


 オーディンとハデスはヘラが離れたことに肩を撫で下ろす。


「それじゃあ、再開するぞ」

「応」

「今日からは魔法、魔術を含めた魔力操作とスキルについて教える」

「ん?ちょっと待ってくれ。魔法と魔術は別物なのか?」

「そこからか…。魔法は体外環境の魔力マナを利用した魔力操作、魔術はその逆で体内環境の魔力マナを利用した魔力操作だ」


 そう言うとオーディンの右手の上に六つの光が現れる。


魔力マナの属性について説明するぞ。まずこの右手にある赤、青、黄、緑、金、銀の六つの魔力マナについてだ。」

「色で力が違うのか…」

(実際に身体強化魔法を使った時もこの光の玉オーブが出てきたけど、よくわかんなかったんだよな~)

「赤は”火”、青は”水”、黄は”地”、緑は”風”、金は”光”、銀は”闇”といった属性を持っていて、これらを総称して基本的六大元素と言うんだ」

「基本的…?基本的って区別されるってことは、他にも特殊な魔力マナがあるのか?」

「その通りだ」


 オーディンは手のひらサイズのカプセルを取り出す。

 その中には白い光が入っている。

 しかしその光の白は、白と言っても限りなく透明に近い白であった。


「これは?」

「仮想元素”空”だ。この元素は他の元素に触れると、その触れた元素に変質する性質を持っているんだ。この属性は珍しく、空気中にある魔力マナではまず見ない」

「じゃあ何で手に入ってるんだ?」

「いろいろな奴らの協力で何とか抽出できたんだ。」

「そうか…。これらの七つの元素を操ることを魔力操作って言うんだな」

「そう。そして魔術においてその属性は重要になってくる」

「というと?」

「魔術って言うのはさっきも言ったように、体内環境の魔力操作だ。そこで問題だ。魔術の行使の際、使われる魔力マナは何処から調達される?」

「その体内と体外の魔力マナは明確に違うものか?」


 オーディンは無言で頷く。


「それなら、体内の何処かの…器官からか…?」

「正解だ。この世界の人間は魔力炉まりょくろという器官が心臓に備わっていて、そこから魔力マナが生み出される。そしてその魔力マナは最終的に魔術に利用されるんだ」

「魔術に関係する……そうか。つまりはその魔力炉で生成される魔力マナの属性は人によって異なるのか」

「その通り。呑み込みが早くて助かる」

「一つ思ったんだが、魔力炉は俺にも備わってるのか?」

「転生の際に自然と取り付けられたはずだ。というわけで、今からお前の属性を確認するぞ」

「先に質問があるんだが?」

「何だ?」

「その属性によって、戦闘スタイルは大きく左右されるのか?」

「される。ちなみに俺は基本的六大元素が使えるオールエレメンツだ」


 その言葉を聞いて勇輝の中で緊張が高まる。


(この元素属性次第で…)

「手を出せ」

「あぁ…」


 オーディンは針を空間の穴から出し、勇輝が手を出すのを待っていた。

 そして勇輝が手を出すと、オーディンは針を指に刺しすぐに抜く。

 その抜いた針の先には、少量の勇輝の血が付いている。


「こいつにお前の血を垂らせば属性がわかる」

「何だこれ?」

元素判断書エレメンツスクロールだ」


 そう言ってオーディンは勇輝の血を羊皮紙に垂らす。

 その羊皮紙には正六角形が書いており、その頂点には異なる色の点が振られている。


「六角形の頂点の色が基本的六大元素に対応してるだろ?」

「そう…だな」

「真ん中に血を垂らすと、その血が対応する頂点に移動するんだ。で、その色で属性を判断するん…だが―――」


 勇輝の血は真ん中から動かず、そのまま消えた。


「これまた変わった属性を」

「消えるってことは…」

「お前の属性は”空”みたいだな」


 オーディンは驚いたような表情を浮かべる。


「”空”属性は何かまずいのか?」

「かなり珍しい属性だからちょっと驚いただけだ」

「”空”属性を持つ者は大成しない……」

「え⁉」


 勇輝とオーディンの様子を静かに見守っていたハデスが口を開く。


「大成しないってどういうことだ?」

「過去に”空”属性も持った神々がいた……。しかしその”空”属性を持っていた神々のほとんどは、魔術を使うことを諦めたんだ……」

「何で諦めたんだ?」

「それだけ扱いが難しい属性なんだ……」

「俺が知る以上人間でこの属性を持っている奴はいないが、もし仮に人間が”空”属性と判断されたら、魔術に関してはほぼ無能だと言われるほどなんだよ」

「マジかよ…」

「さっきオーディンが言ったと思うが……”空”属性は周りの元素に触れると変質する……。それ故に放出系魔術を使おうとすると……周りの元素の影響で元素操作が出来なくなるんだ……」

「まぁ過去に一柱だけ、その性質を克服した神がいたんだがな」



 勇輝は絶望感に襲われる。

 それを見てオーディンは笑っていた。


「な、何が可笑しいんだよ…」

「いや、見るからに絶望してるなと思ってな」

「絶望せずにいられるかよ…」

「絶望する必要はねぇと思うぞ」

「じゃあどうするんだよ…」

「体外に魔力を放出する魔術を使わず、魔法を極めればいい。それにお前の師匠は俺だぞ」

「それが何なんだよ」

「俺はお前が唯一扱える魔術を、神の中で唯一知っている神だ」

「オーディン…それは……⁉」

「俺が認めたやつにしか教えない。俺が制作した魔術だ」

「何なんだそれは!!」


 勇輝は思わずオーディンに詰め寄る。


「ま、まぁ落ち着け。その魔術は指先に体内の魔力マナを集め、対象に刻み、発動する魔術。その名もルーン魔術だ」

「ルーン魔術?」

「あぁ、とても使い勝手が良くて、極めれば結構強い。だがその代わりに、習得はかなりムズイ。それでも習得したいのなら、教えてもいいぞ」


 オーディンの顔は至って真剣だ。

 勇輝は無能になるのだけは避けたかった。

 故に答えは決まっている。


「是非俺に教えてくれ!!」

「よし!!それじゃあ今後の修行は俺がルーン魔術について。ハデスがスキルについて教えるぜ!!」

「ちょっと待て…何故私が教えることになっているんだ……?」

「それはもちろん、お前が適任だと思ったからだ。引き受けてくれるよな?」

「はぁー……。わかった引き受けよう……」

「ハデス様ー!!」


 不安げな表情を浮かべるペルセポネがやって来た。


「どうした……」

「全守護者からハデス様に抗議が殺到してます!!」

「何のことだ……?」

「それが…勇輝さんのことで…今すぐにでも勇輝さんを”冥界”から追い出すようにと…」

「……わかった。勇輝…君は気にせず修行を続けてくれ……。ペルセポネ…今すぐ守護者たちを神殿の会議室に招集してくれ……」


 そう言うとハデスは足早に上層に向かって歩いて行った。

 その後ろ姿からは恐ろしいほどの圧力プレッシャーを感じる。


「十中八九さっきの騒動のことだろうな~」

「騒動?何のことだ?」

「隠しても意味ねぇよな~。さっきお前の体から発生した霧のせいで…約五十人の囚人の魂が狂壊きょうかいした」

「狂懐…?」

「精神的が狂って、魂が自壊することだよ」

「俺のせいで約五十人が…」

「まぁ気にすんな。じゃあルーン魔術の基礎から教えていくぞ」

「あ、あぁ…」


 勇輝はオーディンに言われた通り、気にしないようにした。

 しかし、勇輝の心の奥底で何かがつかえている。


(もう気にするな―――気にするな!!)


 勇輝の脳裏では、囚人たちの叫びが響き続けるのだった。

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