第9話 特異点
ハデスの修行を受け始めて一週間が経った。
「よぉ!!元気にしてたか?」
そこに一週間以上姿を消していたオーディンが姿を現す。
「おい……。一週間以上人に仕事を押し付けて何やってたんだ……」
ハデスが呆れたように聞くとオーディンは開き直った様子で答えた。
「ちゃんと別の仕事はしてたさ。まぁ、私用もあったけど」
「私用もあったのか……」
「で、でも、ここから先は俺も手伝うぜ!!」
「手伝うんじゃなくて、お前主体でやれ……」
「はいはい。で…何やってんの?すげぇ面白い状況だけど」
勇輝はこの一週間ハデスの攻撃を避ける修行をしている。
当初は開始一分以内に殺られていたが、何度も繰り返すうちに十分程の時間は耐えれるようになっていた。
「よし……、再開する……」
「応…!!」
「満身創痍じゃねぇか」
しばらくして勇輝はまた殺された。
それをハデスの権能で蘇らせる。
オーディンはその様子を面白そうに見ていた。
「何だ…これは?新手の拷問か?」
「違う……。彼に悪癖があったから直してるだけだ……」
「え…こいつ悪癖なんてあった?」
「避けず、受ける癖……」
「あー…。それ悪癖か?」
「悪癖に決まってるだろ……。お前はそれで昔フェンリルに食われかけただろ……」
「そんなこともあったな」
オーディンが遠い目をし、その横で勇輝は休憩する。
「オーディンも帰ってきた……。そろそろ次の修行に移ろう……」
「次は何するんだ?」
「次はこいつに
「え⁉そんなこと聞いてないぞ」
「魔力操作はお前の得意分野だろ……。良いからやれ……。というかお前が本来すべきことだろ……」
「はぁ~わかったよ。でもせめて明日にしてくれ。いろいろ準備することがあるから」
「わかった……。では再開する」
「応——」
今日も何度も殺され、夕食時に差し掛かる。
そしてタイミングを見図ったように、今日もペルセポネがバスケットを持ってやって来た。
「一つ気になったんだが、一週間も何をしてたんだ?」
勇輝は疑問に思ってオーディンに聞くが―――
「冥界の最深部で仕事してた。その内容はお前には関係ないことだ」
ペルセポネが持って来た食事を口に入れながらオーディンは言った。
勇輝はオーディンの顔から、そのことが嘘だとすぐ気が付く。
「俺を放置してギリシャ領に行ったことは知ってるからな」
「何でそのこと知ってんだよ」
「私が言った……。あとお前は嘘が下手過ぎだ……」
「テメェ…。あーわかったよ。ほんとのこと言えばいいんだろ。でも、”冥界”の最深部に行ったのは嘘じゃない。そことある情報を聞いたから、直接ゼウスの所に報告しに行ってたんだよ」
「ゼウス…?」
「神全体を統括、指揮する神々の王だ……。そして私の弟でもある……」
「そうなのか。つまりそのゼウスに直接伝えなければならないレベルの何かあったのか?」
「まぁ、そんな感じだ」
オーディンはそう言うと苦笑いを浮かべた。
その苦笑いに何か含みがあるように見える。
「あのさぁ、そのゼウスって名前は元いた世界でも有名だったんだけど……この世界でも女癖悪かったりするのか?」
それを聞いてオーディンは複雑な表情を浮かべ、ハデスは肩を少し震わす。
「おい勇輝…。それマジで言ってる?」
「ゼウス……向こうの世界でも……」
「え…まさか……」
「アイツは超がつくほど女癖が悪い。そのせいで自分が治めているギリシャ領の殆どの女神達に嫌われてんだよ」
「しかもゼウスは、別地域の女神達にも手を出そうとして…よく妻のヘラに半殺しにされているんだ……」
「そうだよ。俺のところの身内だとフレイヤを狙ってたからな~」
「そんな評判悪いのに、よく神々の王になれたな…」
それを聞いた途端、場が凍り付く。
(何かまずいこと言ったか?)
「運が良かったんだ……。本来ゼウスは神々の王の王位継承第二位だった……」
「王位継承第一位に何かあったのか?」
「本人に聞いた方がいいと思うが……?」
そう言うとハデスはオーディンの方を見る。
「え…お前が!?」
「確かに俺は王位継承第一位だった。まぁ継承の少し前に問題が起こってな…」
「問題?」
オーディンは無言になる。
「何なんだ…?」
「北欧領の神から裏切り者が出たんだ……」
「裏切り…。それってロキのことか?」
「何でわかった……?」
「何となく裏切り者って聞いて思い付いたんだけど」
勇輝は裏切りという言葉に、少し引っかかることがあった。
「裏切りってことは神々に敵対する勢力が存在するのか?」
「そうだな。大きく分けて二つの勢力がある。お前は前に『創世記』を読んだって言ってたよな」
「あぁ」
「一つはその中の混神歴で出てくる外界の存在だ」
「創生歴に切り替わる前に決着が付いたんじゃないのか?」
「表向きはな……実際は外界に封じ込めるので精一杯だったと聞いている……」
「外界の存在の恐ろしいところは、封じ込められても尚外界以外の別世界に干渉できる影響力だ。影響力はお前が元居た世界にもあったはずだ」
「そうなのか⁉ってか何でお前はそんなこと知ってんだ?」
「いろいろあって、様々な世界の知識を持ってんだよ」
オーディンはそう言って眼帯に触れる。
「それで本題に戻るんだが、お前の元居た世界だと一人の作家の夢に影響を与えていた。その作家の名はラヴクラフト」
「ラヴクラフトって…確か……」
「お前の元居た世界で、外界の存在について書いた『クトゥルフ神話』を生み出した張本人だ」
「外界の存在は直接は干渉してこないのか?」
「直接はプロジェニー・デオルムの力で阻止されているんだ……」
「それのおかげで外界以外の世界の人間たちは生き延びてるんだよ。まぁ、夢に干渉するってだけでも厄介だけどな」
オーディンは空間に穴を開けると一冊の本を取り出す。
気味が悪い本だ。
本の表紙は人が苦悶の表情を浮かべたような見た目だった。
「この本は?」
「
「これはロキが持っていたものを俺が複製したヤツだ。外界の存在の手先やその宗教の信者はこの本を持ってる」
「ちなみにその宗教は何て名前宗教だ?」
「オルゴス教。ヤツらの狙いは、手先と協力して俺ら神々を滅ぼし、外界の存在を再びこの世界に顕現させることだ」
「一つ目の勢力だけでもヤバいな」
外界の存在については、ディアが用意してくれた本を見て知っていた。
一つわかることは、恐怖の具現化ということだ。
(あんな奴らが復活したら世界何個滅びるんだよ…)
「もう一つの勢力は数年前から異世界召喚を繰り返し、様々な技術を取り入れて成長を続けているロムトラス連邦だ」
「ロムトラス連邦…連邦?そのロムトラス連邦は何で神に敵対してるんだ?」
「ロムトラス連邦は神の統治する世界を終わらせ、人間の世界にすると息巻いてる国だよ」
「それも建前だがな……」
「建前?本当の所は?」
「ロムトラスの本当の狙いは世界征服だよ」
(なんじゃその子供みたいな願望は⁉)
「え…マジで世界征服しようとしてるのか?そのロムトラス連邦は?」
「あぁ本気だろうな。ロムトラスが俺らを滅ぼそうとしている理由は、
「神支国家…確かゴスティルも神支国家だったよな?」
オーディンは近くに落ちていた石を拾うと、地面に何かを書き出す。
「お前の言う通りゴスティルは神支国家だ。しかもその規模はロムトラスと同等だ」
「連邦の規模ってどんな感じなんだ?」
「ロムトラスは七つの大国を支配下に置く大国だ」
「七つ―――⁉ゴスティルはそんな大国と肩を並べてるのか⁉」
「神支国家はゴスティルの他にも数多くある。それ全てを相手にするのはいくら大国のロムトラスでも困難だ。だがゴスティル以外神支国家には致命的な弱点がある」
「弱点?」
「それは、俺ら神々の後ろ盾を頼り過ぎていることだ」
「神々を滅ぼせばその後ろ盾は無くなり、いとも簡単に征服が出来るようになる……」
「ゴスティル以外を取り込んだロムトラス連邦は、圧倒的数の差でゴスティルを潰し、世界征服は果たされるってことか」
「その通り。しかもお前が元居た世界やその他の世界から大量に人を召喚して人材の確保もしてるんだよ」
「しかも厄介なことに…、その召喚された全ての人間は
「固有スキルってなんだ?」
「そのことは明日俺が教えるとして、今は只厄介なものだと考えてくれ。まぁ簡単に言えば、兵士全員が一般的な国の隊長クラスだってことだ」
「マジか…」
勇輝はロムトラス連邦の軍事力を聞いて笑うことができない。
つまり神が居無くなればロムトラス連邦はこの世界を狂わせかねないということだ。
「まぁ今のお前には直接は関係ないことだ。だから気にすんな」
「お、応」
「明日も早い……。今日はもう休め」
「わかった」
勇輝は休むために上層の神殿に向かって歩く。
その間も勇輝はオーディンとハデスの話を思い返し考える。
そのうちに勇輝は一つの結論に至る。
” この世界には神が必要だ ”
元居た世界では神がいなくても人類は存続できる事象があった。
故に神が人類の前から消えた。
しかしこの世界には神が必要だった為、本来の事象が歪曲し神が滅びる事象が消えてしまった世界だと理解できる。
(本来であればオーディンは
勇輝は神殿に用意された寝具に身を落とす。
そのまま勇輝は目を閉じる。
その時、無意識のうちに勇輝は口の端を上げていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日何故か体が重かった。
(何かしんどい)
寝具から起き上がろうと掛け布団を除ける。
すると、微かに黒い煙のようなものが布団の中から出てきた気がした。
(疲れてんのか?)
しかし今日も修行がある為すぐに動かなければならなかった。
(休みてぇー…)
勇輝は何とか力を入れ、冥界の第三層まで下る。
三層に行くとすでにハデスは来ていた。
「どうしたんだ……!?」
「何が…?」
「後ろを見ろ……」
「え⁉」
後ろを振り向くとそこは黒い霧に包まれている。
「何じゃこれ!?」
「こちらが聞きたい……」
驚き周囲を見て勇輝は気が付く。
黒い霧の発生源が自分であることに。
しかし勇輝の思考は現状を把握しきれない。
「…ハデス。一つ頼みがある…」
「何だ……?」
「一旦俺を殺してくれ」
「何故そうなる……」
「えっと…これ俺の夢だよね」
「現実だ……」
「だよな」
そんな中、霧の向こうから一人の男が近づいてくる。
「今日も何か面白れぇことになってるけどどうした?」
「俺が聞きてえよ!!」
頭を悩ませているとそこにオーディンがやって来た。
そこからさらに悩んでいると、勇輝から湧き出てくる霧で”冥界”第三層が包まれる。
「ヤバい…これマジで止まんない!!」
「視界が狭まって来たな」
すると次の瞬間
「助けてくれー!!」
「死にたくない!!嫌だぁー!!」
「すみませんすみません!!」
「「「!?」」」
第三層にいる囚人たちの悲鳴にも似た叫びが響き渡る。
「何が……⁉」
「わかんねえけど、見たところ囚人が錯乱してないか?」
しばらくしてペルセポネが走って来た。
「第三層の守護者たちから緊急伝達です!!黒い霧の発生とともに囚人たちが錯乱を起こしたそうです!!ハデス様次の指示を———⁉」
ペルセポネは霧が勇輝から出ていることに気が付き、驚きの表情を浮かべる。
「一体何が⁉」
「此処は私がどうにかする!!他の守護者たちには、少しの間囚人の魂が自壊しないように維持を頼む!!オーディン―――!!」
「わかってる俺も手を貸す!!」
オーディンとペルセポネは走り去っていく。
「落ち着いてコントロールするんだ!!」
「その方法がわからん!!」
勇輝は焦りに呼応するように霧の排出量が増える。
ハデスもそのことに気が付き、即座に第二層への通路を封鎖した。
「これで少しは―――」
その時だった―――
冥界の入口の方から爆発音のような音が聞こえ、何かが近づいてくる気配がした。
「——っ!?」
驚いていると、ハデスは上層の方を睨みつける。
「この反応は―――!!クソっ!!タイミングが悪い!!」
次の瞬間、鼓膜が破れる程の罵声が冥界中に響いた。
「ハデスぅー!!何で彼が来てることを教えなかったのよぉー!!」
その声の主は焦る勇輝の横をすり抜け、ハデスに接近する。
「今はそれどころじゃない!!帰ってくれ!!」
「あんたが大事なこと言って無かったからでしょ!!」
「緊急事態だ!!あとで―――!?」
突然霧が四散していく。
それと同時に勇輝の意識は深い闇に落ちる。
その刹那、勇輝は何故かわからないがディア(?)の顔が浮かんだ。
しかし、その姿は幼い少女の姿ではなく。
一人の女性の姿だった。
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