第8話 冥界修行(3)

 勇輝と別れてからしばらくて、オーディンは冥界の最深部にいた。

 そこには、狂気的な笑顔を浮かべる男がいる。


「久しぶりだね〜義兄にいさん。やっと許してくれる気になったの~?」

「許されないに決まってるだろ…外道が……」


 人を挑発するような態度でその男は言葉を発する。


(あぁ、殺してやりてぇ…)


 オーディンはその挑発に流されないように気を保ちながら目の前の男を睨む。


「睨まないでよ~。仮にも義兄弟だよ~」

「お前とはとうの昔に縁を切ってる。馴れ馴れしくするな」

「酷いな~。で…何の用?」


 オーディンを見ながら男はケタケタと笑う。

 その姿に気味悪さを感じる。


(何が可笑しいんだよ…)

「意味無くここに来るとは思えないからね~」

「お前に聞きたいことがある」

「なになに?聞きたいのは僕の知識?それともへそくりのありかとか?」


 男の態度を気にせず話を切り出した。


「俺の弟子の転生を妨害したのはお前だな」

「…さぁ~何のことかな~」

「お前の権能なら可能だろ」

「目星はつけてるってわけか……確かに妨害したのは僕だよ」


 そのことを聞くと男は再びふざけた態度になる。


「それで?僕を裁く気なのかな〜?」

「そんなことをしたところで俺にメリットは無い」

「じゃあ何?」

「動機を聞きに来た」

「それを素直に話すと思うの?」


 馬鹿にしたように男は笑う。

 その反応をオーディンは予期していた。


(面倒臭い……)

「馬鹿すぎるでしょ。それでも賢人グリムって呼ばれてるのかな~?」

「これを見ても同じことが言えるか?」


 オーディンは男に一冊の本を投げ付ける。


「あー…そういうことか……。これは厄介だ 」

「この本はお前の持っていた外界福音ネクロノミコンの写本だ。原本は俺が持ってる。原本を焼けばお前は」

「わかったよ……話せばいいんだろ」


 溜息をつきながら男は渋々答える。


「上から命令が下ったんだよ。義兄さんの弟子を殺せってね」

「誰の命令だ!!」

「そうだね~僕に思念を送ってきたのも仲介だったから~僕も知らないんだ~」


 男のふざけた態度にオーディンは拳を強く握る。


(止められてなきゃ、すぐにでも……)

「ごめんね~。義兄さんの期待に添えられなくて~」


 ドス黒い歪んだ笑みを浮かべる男はさらにオーディンを挑発する。


「こんな僕を殺したいでしょ~今すぐに刺殺したいでしょ~。でもザンネ~ン!!義兄さんが殺したいって思うだけじゃ他の神々は同意しないもんね~」

「余計なことを話すな」

「いいや話すね~!!義兄さんは自由に僕を殺せないのはこの平和な世界のルールのせいだって無意識のうちに気付いてる。それなのに何で犬みたいに従順にそのルールに従ってるの?」

「何が言いたい?」

「義兄さんだって思ってるんだろ……この無駄の多い世界を壊したいって」


 男の表情から悍ましい悪意が滲み出る。

 オーディンの目にはそれが形無い悪意に見えた。


「何を言ってんだ」

「義兄さんは自分のことをもっと知った方が良いと思うよ」


 箍が外れた狂人の言葉にオーディンは気味悪さを感じる。


「まぁ僕が聞いたのは、彼が死ねば神々君たちの計画を詰ませられるってことだけだよ」

「エレシュキガル……、面会を終了する」

「了解しました」


 これ以上は話を聞いても無駄だとわかり、オーディンが最下層を出ようとしたその時だった。


「白痴の魔王は未だ健在だから気をつけた方が良いよ〜。気を抜いてたら、使徒にこの星は侵食されるだろうから」


 そう言って男はゲラゲラと笑った。

 その声を背にオーディンは最下層を後にする。


「あぁー疲れた…。アイツと話してると無駄に体力を使うんだよなぁ」

「出口まで御見送りいたします。それにしてもお互い大変な兄弟を持ちましたね」

「まぁ俺の場合は義理だけどな。ってかお前の姉さんは今どうなんだ?」

「我が儘放題してると思いますよ」

「相変わらずだな…」

「はい。また最下層に閉じ込めたいくらいです」

「ははは…」

「それより先程話を聞いていたのですが、妨害の件を上に報告するのですか?その場合は私が代わりに報告しておきますが?」

「いや、自分で行くから大丈夫だ。あとこのことはハデス以外の冥界の奴らには言うな。余計な混乱を招くから」

「わかりました。それでは私はこれで」

「応。ありがとう」


 事態の深刻さをオーディンは理解した。

 自分達に残されている時間が少ないことを。


(先生……アンタの理想は、俺が生きてる内に絶対叶えるから。近くで見ててくれよ)


 オーディンは現状を報告をする為、冥界を発つのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「終わったぁー!!」

「お疲れ……」


 三日の間に勇輝はハデスの指示通り”冥界”第三層までクリアした。

 体には疲れが溜まり、その疲れから勇輝はその場に座り込む。


「これで”冥界”での修行は終わりか?」

「いや…次は私と模擬戦をしてもらう……」

「oh…マジか…」

「食事を持ってきましたよ」

「でも…今日はここまでだ……」


 そこにペルセポネがバスケットを持ってきた。

 バスケット中には干し肉とパン、林檎、水筒が入っている。


「”冥界”の物じゃないから安心してください。」


 ペルセポネが優しく微笑むと同時に、ハデスは肩を少し震わす。

 そのハデスの様子に勇輝の中で疑問が生まれる。


「え…”冥界”の物を食ったらなんかヤバいのか?」

「あー知らなかったんですね。”冥界”の物自体は人体に悪影響はありません。ですが、食した者を”冥界”の管理者の一人にしてしまうという性質を持ってるんですよ。」

「ペルセポネ…そのくらいでこの話は―――」

「その性質をハデス様が知らないまま食べさせたから私は此処にいるんですよ」

「本当にすみませんでした……」


 勇輝の横でいつの間にかハデスが土下座している。

 その姿に勇輝は驚きを隠せない。


(まさか…ハデスって―――)

「顔を上げてください。私は怒っていませんよ」

「でも……君の母親は―――」

「当時はとても怒ってました」

(ペルセポネの尻に敷かれてる⁉)


 二人の間にある空気感から勇輝は居心地が悪くなる。


(やばい…この空間から逃げたい!!)

「はいどうぞ」


 そんな中ペルセポネから食事が差し出された。

 その顔は笑顔だが、妙な恐怖を覚える。


(女性って…こえー……)

「そう言えばオーディンはどうしたんだ?三日間も姿を現してないけど」

「急用でギリシャ領に向かった……」

「マジか…俺放置されてる感じ?」

「多分な……」


 連れてきた張本人が真っ先に”冥界”を出てることに不満を覚えながら勇輝はパンを口に運ぶ。


(何でだよ…)

「まぁ仕方ない……。あいつは、元々多忙な奴だからな……」

「多忙ってどういうことだ?」

「アイツは北欧領の主神でありながら別地域の神の手助けもしてるんだよ……」

「マジか。そんな風には見えなかったな」

「食事が終わったら、上の神殿にある温泉に入っても構わん……」

「神殿にそんなもんがあるのかよ」

「三日間休みなく行動し続けたんだ……。今日はしっかり休んで明日に備えろ……。明日からはもっと厳しくするからな……」


 勇輝はその後食事を終えると”冥界”の入り口の神殿のある上層に向かう。

 その間この三日間のことを振り返っていた。


(俺はまだ人間なのだろうか?)


 死者の魂とはいえ、勇輝は何人もの人間を殺した。

 だが、そのことに一切の罪悪感を感じない。


(”冥界”にいる地点であの囚人たちは生前罪を犯した罪 人だ。だから殺されても仕方のない人間だと言われて当然の奴らだ。だけど…普通そんな相手でも、殺したら多少罪悪感は感じるんじゃないか?なのに俺はその罪悪感が湧かない)


 そうしてるうちに温泉にたどり着き、早速入浴する。


「俺って歪んでんのかなー…」


 一人しかいない温泉内にその言葉が響く。

 その言葉は反響して再び勇輝に突き刺さる。

 それを聞いて、勇輝は自分が歪んでいるとより一層感じた。


(このまま人に手をかけ続ければ俺の心は、人間じゃなくなるかもしれないな…。怖いなぁ…)


 人間の心でなくなることに恐怖が少しあった。

 そのことを勇輝は忘れないよう、頭の片隅にその恐怖を刻みつける。

 しかし皮肉にも、その恐怖が自身の本質であることをこの時の勇輝は気が付いていなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ”冥界”での修行四日目———

 ハデスは槍先が二叉になった槍を持って、”冥界”第三層で勇輝を待っていた。

 その雰囲気はいつもと変わらない。


「来たか……」

「応。」

「早速だが……模擬戦のルールを説明する……。まず勝利条件は殺すことだ……」

「ちょっと待てそれじゃあ俺が負けたら―――」

「次にスキルと魔力マナの使用は戦闘後の私のスキル以外は原則禁止とする……」

「え、ちょ―――」

「最後に……地形の特性を生かした自由な戦いをするように……」

「あ、あのー⁉」

「さぁ……殺す気でかかって来い!!」


 今までの脱力した感じから一変して、身の毛がよだような覇気を感じる。


「来ないのか…?」


 ハデスから発せられる覇気は勇輝に死を連想させる。


(ヤバい……どんな攻撃を仕掛けても殺される気しかしねぇ…)

「そちらから来ないなら……こちらから行くぞ!!」


 次の瞬間、目で追えない速度でハデスは攻撃範囲まで接近してくる。

 そして流れる動きで勇輝の心臓に向けて槍を穿つ。


(クソっ!!)


 槍先が当たる寸前で勇輝は剣身の腹で瞬時に攻撃を受ける。

 その勢いで勇輝は後方に大きく飛ばされ、鉄格子に叩きつけられた。


「っ――!!」


 よろめきながら勇輝は何とか立ち上がろうとする。


「なっ―――!!」

 鉄格子の中から無数の刃物が勇輝を突き刺す。

 振り返ると視線の先では、昨日倒した囚人達が笑みを浮かべていた。


「何で⁉」

「私は言ったはずだ……地形の特性を生かした戦いをするようにと」


 勇輝は即座に鉄格子とハデスから距離を取る。


「逃げてばかりじゃどうしようもないぞ!!」

(何とか虚を突かねぇと……殺される!!)

「どうした……早く来い!!」

「言われなくても!!」


 勇輝は低い姿勢で走り出しハデスの懐まで接近し、手首を斬り上げる。


 はずだった―――

 

「遅い!!」


 トップスピードで放った斬撃はハデスにいとも容易く対処され、槍で薙ぎ払われる。

 勇輝は再び鉄格子の方に飛ばされた。

 しかし勇輝は飛ばされる最中に態勢を整え、鉄格子を蹴る。

 勇輝の足には過度な負荷が掛かり軋む。


(今ので多分骨折れたな……)


 だがそのおかげで鉄格子から出てくる凶器は回避できた。


「危ねぇな…」

「だがその足は折れてまともには動かないだろ」

(全部お見通しってか…)

「次で終わりだ」

「最後まで足掻かせてもらうぞ」

「ほぉ……ならやってみろ!!」


 勇輝は一つ気が付いたことがあった。

 ハデスは無意識のうちに、光る鉱石を避けるように戦っている。


(多分壊したらヤバいんだろうな…でも!!)


 次の瞬間勇輝は、後方にある鉱石に向かって全速力で駆け出す。

 足を地面に着ける度に突き刺さるような痛みを伴う。


「一体何を……まさか……⁉させるか!!」

「うおおおおおおおーッ!!」


 ハデスは勇輝の目的に気が付き、槍を勇輝に向けて投擲する。

 その槍は勇輝の脇腹に刺さった。

 しかし勇輝は止まらない。


 そして―――


「これで―――どうだ!!」


 出せる力を振り絞り、鉱石に剣を振り下ろす。

 その鉱石にひびが入り、その隙間から強力な光を放ち爆発する。

 さらに他の鉱石に誘爆し、”冥界”第三層は火に包まれた。

 勇輝の体も爆発に巻き込まれ焼け焦げている。


「これで…巻き添えくらいは…」

「残念だったな……」


 背後から槍で勇輝の焼け焦げた体は貫かれる。


「え…」


 背後には傷一つ付いていないハデスが立っている。


「マリエル鉱石……。こいつを攻撃するとはな……」

(ヤバい……死んだ……)


 ハデスが腹から槍を引き抜く。


 すると―――


「え……⁉」


 勇輝の火傷から刺し傷まですぐに消えた。


「すまない……。説明していなかったが……お前が何度死んでも私の権能で何度でも蘇生する……。だから安心しろ……」

「安心できるかよ…!?」


 ハデスの権能に勇輝は呆気にとられる。


「不意を突く考えはよかった……。だが君には一つ…悪癖がある……」

「え、あー…それは何だ?」

「攻撃を避けないことだ……。基本君は、避けれる攻撃でさえも受け流す…もしくは受ける姿勢を取っている……。それは状況によっては命を落とす結果を招くものだ……」

(確かに俺は避ける判断はあまりしない。やっぱりわかる奴にはわかるのか)

「そこで私から提案がある……」

「何だ?」

「しばらく武器を持たず修行する方法だ……」

「それ一方的に俺がやられるだけじゃないか?」

「そうだ……幸いここは”冥界”だ……。傷ついても私の権能でどうにかなる……。回避をすると言う判断ができるようになれば……君の強みが活かせる……」

「俺の強み?」

「君にはオーディンとの修行で磨かれた技術と打たれ強さがある……。そこに回避能力を加えられれば君は……持久戦に持ち込まれても対応ができるようになるはずだ……」

「そうか…」

「どうする……?」

「わかった。よろしく頼む」


 勇輝はハデスに剣を手渡す。

 それを受け取ると剣はハデスの手から消える。


「修行がある程度進むまで預かっておこう……」

「任せた!!」


 ”冥界”修行四日目———

 勇輝の成長は加速し始めた。


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