第7話 冥界修行(2)

「眠い」


 狼(?)の背中の上で揺られながら勇輝は、朝日が昇る街道で呟く。


「寝不足か?」

「そうだよ…」

「何で少し怒り気味何だ?」

「明日出発するって聞いてたのに、実際は深夜に叩き起こされたんだぞ…。眠くねぇわけないだろ」

「嘘はついてない。零時は回ってた」

(クソが…)

「そういえば、ゲリの背中の乗り心地はどうだ?」

「乗り心地は問題ないけど……」


 勇輝は現在一匹の狼の背中に跨り、冥界の入り口まで移動している途中だ。

 普通に考えれば可笑しなことだろう。

 本来は、馬みたいに狼が人を乗せて走ることは大きさ的に出来ない。

 しかしオーディンの飼いならしている二匹の狼、フレキとゲリは規格外だった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 遡ること三時間前―――


「どうやってここに行くんだ?」


 オーディンが突如冥界に行くと言い出したが、冥界の入り口があるのは元居た世界だとトルコ西部に当たる。

 それに対して戦人の森があるのは元居た世界のスウェーデンの北部に当たる為、歩いていける距離ではないことが明白だった。


「こいつらに乗ってくんだよ。」

「え⁉」


 そう言ってオーディンが指を鳴らすと、空間に穴が開きそこから二人フードを被った少年少女が出てくる。


「右にいるのがフレキ、左のがゲリだ。どっちか好きな方に乗れ」

「まてまてまてまて!!サラッと召喚したけど、こいつら明らかに乗れないだろ⁉」

「ん?どういう意味だ?」

「どういう意味だじゃねぇよ!!どんな考え方したら人間に乗って行くって話になるんだよ⁉非人道的すぎるだろ!!」


 それに対し二人の子供はクスクスと笑い出す。


「は?」

「おい、悪戯はそこまでにしてやれ」


 オーディンの言葉に無言で二人は頷くと、灰色の煙が二人を包む。


 すると―――


「な、何だ!?」


 勇輝の目の前にいた二人は、巨大な二匹の狼に変化した。


「こいつらは⁉」

「俺の使い魔みたいなもんだ。」


 その二頭の狼の姿に圧倒されたが、それよりも気になったことがあった。


「狼に乗ってもこの距離は流石に遠いだろ」

「こいつらなら大丈夫だ」


 馬で移動しても何日もかかる道程を狼が数時間で着くとは到底思えなかった。


「大丈夫、まぁ乗ってみな」

「そこまで言うなら」


 勇輝は促されるままゲリに跨り、その横でオーディンもフレキに跨る。


「じゃあ出発するぞ!!」


 オーディンの言葉とともにフレキとゲリは勢いよく走り出す。

 その勢いは勇輝を振り落とさんばかりの勢いだ。


「ちょっ、え⁉」

「しっかり掴まってねぇと振り落とされるぞ」

(走り出す前に言えよ!!)


 こうして勇輝とオーディンは冥界に出発した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「おっ、見えてきたぞ」

「あれが……」


 前方を見るとそこには神殿が見えた。


「あれが冥界の入り口だ」


 神殿の前まで来ると、フレキとゲリの動きが止まる。

 そしてフレキとゲリはオーディンの出した空間の穴に戻って行った。


「やっと着いた…」

「何でお前は死にかけなんだ?」

「あの二匹の移動速度…速すぎるだろ…」

「おかしいな、あれでも速度抑えた方なんだが」

「マジかよ…」

「お、そうこうしているうちに出迎えが来たみたいだぞ」


 神殿の中から一人の女性が出てきた。

 勇輝はその女性に見覚えがある。


「よぉ、ペルセポネ。久しぶりだな!!そういえば今は冥界にいる時期だったな」


 そこには転生の時に立ち会った女性の姿があった。


「はい、お久しぶりです…。そ、それでは私はこれで―――」

「え、もう行くのか?」


 ペルセポネの顔から滝のように汗が流れる。


(あの人、絶対俺のこと覚えてるな)


 勇輝は足早に離れようとするペルセポネの肩を掴む。


「お久しぶりです~。その節は

「お、お、お久しぶりです…」

「そういえば勇輝の転生を担当したのはお前だったな」

「はい…」

「危うく殺されかけたけどな」

「ん?どういうことだペルセポネ?」

「そ、それには深いわけが…」


 ペルセポネは視線を泳がせながら話す。


「何で転生した座標がどうして空中だったのか説明して貰いたいんですが?」

「空中ってどういうことだ?」

「転生した直後に俺は聖臨の森の上空に転移させられたんだよ」

「それなのですが……すみません!!何故か、勇輝の転生する座標を指定する際に外部から妨害があったんです!!」

「「妨害⁉」」


 ペルセポネはそう言うと深々と頭を下げた。


「勇輝の転移の際にそんなことが。そのことは上に報告したのか?」

「報告はしました。今は、各方面が原因を探っているそうです」


ペルセポネは視線を逸らすと、気まずそうにオーディンに説明する。


「勇輝さんがご無事でよかったです」

「俺の方こそ事情を知らず…何かすいません」


 その場の空気は重いものへと変わる。


(やべぇ…この空気どうすんだ…)

「まぁいろいろとあったみたいだが、切り替えていこうぜ」


 オーディンの一言が重い空気を破った。

 それを聞いてペルセポネも気持ちを切り替えたのか、表情が穏やかになる。


「ペルセポネ。悪いんだがこいつの修行を早いとこ始めないといけないんだ。アイツはもう準備できてるんだろ」

「すみません。それではこちらへどうぞ。」


 そう言って彼女は先に神殿に入っていった。


「さぁ、行くか!!」


 ついて行くとペルセポネは神殿内部の厳重に錠の掛けられた門の前に立ち止まった。


「それでは開門しますが、用意はできていますね?」

「応」

「大丈夫です」


 ペルセポネは勇輝とオーディンの返答を確認すると、重厚な門を開ける。

 門が開くとそこには、自然に形成された巨大な洞窟があった。

 洞窟は所々にある光る鉱石(?)のおかげか、予想以上に明るかった。

 また洞窟内の窪みには鉄格子が嵌め込まれており。

 その一つ一つが牢獄として機能しているようだった。


(ここが…冥界⁉)

「おっ、いたいた」


 勇輝がオーディンの視線の先を見るとそこには、顔を全面覆う形の兜を被った男が立っていた。


「久しぶりだなハデス!!」

「あぁ……」


 オーディンに気が付き、ハデスと呼ばれる男はこちらへ歩いてくる。


「君が勇輝か……。私はこの冥界全体を管理させてもらっているハデスだ……。よろしく……」


 勇輝にハデスは静かに手を差し伸べる。

 その感じは明るいオーディンとは正反対な印象を抱かせる。


「ハデス。俺はちょっと別の用事があるから、その間勇輝のことを頼む」

「勝手にしろ……」

「すまんな。あと勇輝。こいつにはため口で話していいぞ」

「え⁉」

「構わない……」


 オーディンは飄々とした態度でハデスに話し、そのまま冥界の奥へ歩いていった。

 だが勇輝は、オーディンが奥に向かう瞬間一瞬だけ表情が険しくなったことに気が付く。


(急にどうしたんだ?)

「まずはこの冥界について説明させてもらう……」

「お、応…」

「この冥界は四層フロアからなっている…。そしてそのエリアは第一から三層は監獄ジェイルエリア、最下層の四層は封印シールエリアとなっている…」


 ハデスは小さな声で説明を始める。


「あのー…一ついいか?」

「何だ……?」

「オーディンの方から冥界の説明は一通り聞いてる…。それを踏まえた上でだ。霊界ってどういうところなんだ?」

「霊界か……。そうだな…簡単に言えば死んだ者の魂が生まれ変わるまでの待機所と言うべきか……。それ以上は私を含めた殆どの神はわからない……」

「何でわからないんだ?」

「魂という概念もの自体、未だわからないことが多い……故に把握できていないんだ……」

「じゃあどうやって冥界のシステムを成立させたんだ?冥界は訳ありの魂を拘束する場所って聞いてたんだが、魂についてわからないなら拘束なんてできないんじゃあ…」

「プロジェニー・デオルムの一柱であるリコリヌスが確立したものを、そのまま使っているだけだ……」

「そのリコリヌスから情報を受け継いでないのか?」


 ハデスは無言で頷く。


(つまり俺が死なない限り、霊界についてはわからないのか)

「でも……行ったことがある神は知っている……」

「霊界に?」

「あぁ……そいつの名前はイザナミ……。大和領の神だ……。だから聞くにしても彼女に聞いた方が良い……」

「じゃあイザナミに会えば霊界についてわかるのか?」

「そうだな……だが残念なことに、彼女は八十年程前から行方をくらましている……」

「つまりワンチャン死んでる可能性もあるのか?」

「それはない……」

「何で言い切れるんだ?」


 そう言うとハデスは髪留めをどこからか取り出す。


「これは?」

「これは、行方をくらます直前に会った時に預かったものだ……」


 ハデスの持つ髪留めにはめ込まれた宝石が光を放っている。


「この髪留めに付いている宝石は命石めいせきと言って、その持ち主の生存を確認できる……」

「つまり、この宝石の光が失われた時にイザナミは死んだと確認できるのか」

「神族間で命石を預け合うことはよくある……。私の命石はペルセポネに預けている……」

「じゃあ、ハデスはペルセポネとイザナミの二人の命石を持ってるのか?」

「いや、ペルセポネの命石はあいつの母親が持っている……」


 兜で表情は見えないが声のトーンが少し下がった。


(あ、これ何か事情があるやつだ)

「まぁイザナミの命石は、彼女が死んだ際にイザナギに渡すことになっている……」

「そうなのか」

「でも君の運が良ければ、試練最中に会えるかもしれないな……」

「だといいな」

「さぁ、開始地点まで行くぞ……」


 その会話が終わると目的のフロアまで勇輝とハデスの間で全く会話がなかった。


「着いたぞ……」

「此処が―――」


 五分くらい歩くと目的のフロアに着いた。

 勇輝の視線の先には無数の鉄格子が嵌め込められている牢獄がある。


「ここが冥界第一層、このフロアは比較的罪の軽い奴らが収容されている……。まぁ、神々から見て軽い罪なだけだがな……」


 鉄格子越しに無数の視線を感じる。

 勇輝に向けられるそのすべての視線が殺意の視線だと容易にわかった。

 そしてその一人一人が凶器を持っている。


「俺の見間違いかもしれないんだが…アイツら武器持ってね?」

「あれもあいつらの魂の一部だからな……」

「あれが⁉」

「人は罪を犯すとその魂に穢れが生まれる……。そして穢れに関係する物はその者の魂に刻まれその一部と化す……」

「つまり椅子で千人殺したら、その犯人の魂に椅子が含まれるようになるってことか?」

「その認識で合っている……」

(自分で言ってなんだが椅子が魂っていやだなぁ)

「今からこいつらを順々に出していく……。それを手際よく倒して行け……」

「応!!」

「今から出てくる奴らは容赦なく殺して貰っても構わない……まぁまず、試しに一人……」


 そう言うとハデスは近くにあった鉄格子の扉が開く。


「構えろ……、来るぞ……」


 牢の中にいる複数の人間から一人、気の狂った男が飛び出してきた。


「獲物だ!!久しぶりに殺せる!!」


 その男の手にはダガーが握られている。

 そして男はそのダガーを躊躇無く勇輝の喉元を目掛けて振るう。


 だが―――


(遅い―――)

「は?」


 勇輝はすぐに反応し、男のダガーが当たる前にその首を斬った。

 次の瞬間、男の首元から血が噴き出る。


「あが…な゛…んで……」


 男はそのまま力の無く倒れ、その体は原型を失い再び牢獄に吸い込まれていく。


「さすがだな……」

「オーディンのしごきよりずっと楽だからな」

「この調子で連戦だ…いけるか……?」

「もちろんだ!!」


 勇輝の言葉を聞き、ハデスは新たに鉄格子の扉を開けた。

 それから勇輝は、ハデスが牢獄から出した囚人と戦い続ける。

 勇輝はその中で様々な相手と戦い繰り返すたびに、感覚が研ぎ澄まされていく感覚を味わう。


(次はもっと速く!!)


 凶器を払い、無防備な体に剣を振るう。


(もっと先を読め!!)


 鎖鎌の分銅の動きを読んで接近し、鎌を持つ手を切り落とす。


(一撃で仕留める!!)


 屈強な相手の首を的確に突く。


「ストップだ……」

「え…⁉」


 しばらくするとハデスの制止が入る。


「どうしたんだ?」

「周りを見ろ……」


 ハデスに促され、勇輝は周囲を見回す。

 周囲にいた殺気立っていた囚人は数人を残して殆どが地に伏せている。


「あれ?」


 勇輝は気が付かないうちに冥界第一層にいる殆どの囚人を狩りつくしていた。


「君はオーディンの下で修行を始めてどれくらい経った……?」

「ざっと一か月くらいかな?」

「一か月か……」


 それを聞いてハデスは難しい顔をする。


「俺に何か問題でもあるのか?」

「いや…問題は無い……」

「じゃあどうしたんだ?」

「今のお前の実力だと冥界に来る必要は無いと感じた……」

「それはどういう―――」

「俺の見立てだとお前は……すでに第二層を容易にクリアできるだけの能力がある……」


 ハデスの予想外の言葉に思わず勇輝は固まる。


「ちなみにその一か月の間どんな内容の修行をしていた……?」

「そうだな~。魔力とスキルの使用を禁止された状態で実戦とか―――」

「その実践の相手は……?」

「主にオーディン…時々魔獣だったけど…」

「オーディンは何で冥界で修行をするのか言っていたか……?」

「経験を積む為だとは聞いてる」


 それを聞いてハデスは黙り込む。


(顔は見えねぇけどすごい考えてんだろーな…)

「そういうことか……」

「何が⁉」

「何でも無い……第二層に行くぞ……」


 ハデスはそう言って奥に向かって歩き出す。

 勇輝もハデスに置いて行かれないようその後を足早に追う。


「このまま続けるのか?」

「あぁ…お前には三日以内に冥界第三層まで攻略してもらう……」

「急だな~」

「まぁ君は…深く考えず、目の前の戦いに集中してくれ……」

「了解!!」


 そうして勇輝とハデスは冥界第一層より奥に、姿を消すのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 オーディンは一人冥界の最下層に向かっていた。

 その目的はただ一つ、過去の汚点と向き合うためだ。

 しばらくて、オーディンは”冥界”第四層の最深部に到着した。


「お久しぶりですね、オーディン」


 最深部入り口に着くとそこには、最深部の管理人の華奢な少女が待っていた。


「ご苦労さんエレシュキガル、前に会ってから何年ぶりだ?」

「ざっと千五百年程でしょうか。」


 表情を変えず淡々とエレシュキガルは答える。


「それよりオーディン。何故また急にと会おうと思ったんですか?」


 エレシュキガルは突如現れたオーディンに目を細める。


「アイツに聞かなきゃなんねーことがあってな」

「そうですか」


 オーディンの威圧感プレッシャーを微動だにしない様子でエレシュキガルはオーディンの前を歩く。

 そしてエレシュキガルは多くの鎖や南京錠で固く閉ざされた鉄格子の扉の前で立ち止まる。


「こちらです。」


 その牢屋の中では原初の鎖につながれた男が笑みを浮かべて待っていた。

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