第2話 ゴスティル
「やっと出れた~!!」
あれから二日、勇輝は歩き続けてようやく森を出ることに成功した。
(あの泉で水を確保して無かったら、どうなってたことやら)
水だけで飢えを凌いでいたからか、体は疲労で鉛のように重かった。
また、水では腹を満たすことが出来ず、勇輝の腹は音を鳴らす。
「情報収集のためにも町に行くか」
死体から拝借した地図に従い街道を見つけると、勇輝は黙々と歩く。
だが、町がいつまでたっても見えてこなかった。
(この地図、縮尺間違ってない!?)
地図の通りならば、もう町が見えても怪訝しくなかった。
しかし、地図を見てその違和感に納得する。
(古い地図だからまぁ、仕方ねぇか…)
「お困りのようね」
声に驚き背後を見ると、深くフードをかぶった女性が音もなく立っていた。
(いつの間に!?)
本能的に危険性を感じ、そこから離れようと試みる。
だが女性は離れようとする勇輝の腕を掴み、その場に留まらせた。
勇輝は女性の手を振り払おうとするが、女性の力が強く振り払えない。
「もう、そんな逃げようとしなくても~」
微笑みを浮かべる女性からは恐ろしいほどの圧力が感じられる。
(何この人!?メッチャ怖い!!)
すると女性は勇輝の腕を片手で掴んだまま、もう片方の手に持つ袋を差し出す。
「こ…これは?」
「お困りの貴方に、私からのプレゼントです」
「こんな怪しい物、貰うわけ―――」
「プ レ ゼ ン ト です」
「あ…はい……ありがとうございます」
「それでは、また会いましょう」
そう言うと女性は、勇輝の行く先とは反対の森の方へと歩いていった。
(二度と会いたくねぇー!!それより中身なんだろう?)
袋の中を確認すると、通行書手形のようなものと林檎が三つ入っていた。
「この先の町で使えるのか?まぁ、それより―――」
袋から取り出した林檎を眺める。
(毒とか入ってないよな……でも、状況的に背に腹はかえられない!!)
恐る恐る勇輝は渡された林檎に噛り付く。
すると口の中に仄かな甘みが広がり、その果実に含まれる水分が口の中を潤す。
初めは疑いを持っていたが、気が付けば食欲のままに袋に入っていた林檎を全て食べてしまっていた。
(ヤバい…久しぶりのメシで泣きそう)
勇輝は食べ終わった後、少し街道の端で座り込み心を落ち着ける。
(転生してから食事を取って無かったとはいえ、ここま で理性を失いかけるとはな…)
冷静に考えて一日一個で三日は凌げたはずだった。
しかし、飢えによってあっという間に完食してしまっ
た。
「終わったことにとやかくは言えないしな…次は気を付けるか…」
そして勇輝は再び歩みを進め、太陽が頭の真上に来たところで市街地の検問所にたどり着いた。
そこでは、移民や荷車を馬に引かせる行商人、装備を付けた冒険者の一行など、様々な人が列を成す。
また、その検問所を通過する誰もが通行所手形を門兵に見せていた。
(これを見せればいいんだな)
そう考えながら袋から手形を取り出し、手に握る。
「次」
勇輝の番になり、門兵に周りと同じように手形を見せた。
しかし、その手形を見て門兵は通行を許可することは無く、その場で硬直する。
「も、もしかして貴方が⁉」
「え?」
「すみません!!少々ここでお待ちください!!」
そう言って門兵は走って何処かに行ってしまった。
「え、ちょっ、持ち場放棄してますよー⁉」
しばらくして門兵とともに豪華な馬車を操縦する兵士が現れ、勇輝の前で止まった。
「お迎えが遅れて申し訳ございません。これ程までにお早く到着すると思っていなかったもので」
「はい?」
訳がわからず勇輝の思考が停止する。
(お迎え?)
「さぁどうぞ、お乗りください」
(お乗りください?)
勇輝は訳もわからないまま兵士に促されるまま馬車に乗り込む。
しばらく馬車に揺られているうちに勇輝の思考能力は回復する。
(手形を見せただけでこの待遇って―――あの女性、結構高貴な人なのか?
いや…それより俺今……マズくないか⁉)
勇輝は事の重大さ気が付き、その額から冷汗を流す。
人から貰った手形———
その手形を見せた場合の待遇———
そこから考えられることは一つしか無かった。
「この人達、あの女性と俺を勘違いしてるー!?」
「あと少しで王都に到着致しますので、もうしばらくお待ちください」
(到着しなくていいですー!!)
勇輝が心の中で叫び散らしていると、馬車の外に高い城壁が見えてくる。
それにより、勇輝の焦りのボルテージはさらに上昇する。
(今のままじゃ俺、あの女性から手形盗んだ挙句不法入国した犯罪者じゃん!!
で、で、でも俺悪くないよね!!
手形は無理やり押し付けられたし、勘違いしたのはコイツらだし、これで裁かれたら可笑しいだろ⁉)
「王城に着きましたらすぐに王様に謁見できるように手配しますので、勇輝様はお寛ぎください」
(寛げるかぁー!!ってか王に謁見って、そんなに高貴な人だったのぉー!?)
そんなことを考えているうちに馬車は停止した。
(もう終わった……正直に話そう…)
馬車の外を見るとすでに王城の門を抜けていた。
「到着致しました」
そして馬車から降りた少し先に、五人の騎士を引き連れたの屈強な男が立っていることに気が付く。
その男はゲームなどで見る、いかにも騎士団長のような佇まいだった。
するとその男は、勇輝に気がつきこちらに向かって尋ねてくる。
「貴方が勇輝殿ですね」
「え…あ、はい」
「国王陛下がお待ちです。こちらへ」
(あれ……勘違いじゃない…のか?)
目の前の騎士の反応に思わず拍子が抜け、勇輝はその場に立ち止まる。
そのことに気が付き、目の前の騎士も歩みを止めた。
「どうかされましたか?」
「いや…何で僕が国王に呼ばれたのかわからないのですが…あのー誰かと人違いしてません?」
「面白いことを言いますな~!!」
騎士は目の前で腹を抱えながら笑い出す。
それを見て勇輝は、恥ずかしさから下唇を噛む。
「失敬、私はこの
(あぁ…恥ずかしすぎて空気になりたい…)
「それでは行きましょう」
「はい」
スターキスの後ろをしばらくついて行くと、豪華な装飾の施された両開き扉の前で立ち止まった。
「こちらで国王がお待ちです」
スターキスがそう言うと、扉の両端に立つ兵士が扉 をゆっくりと開け始めた。
その先には大きな広間があり、正面には玉座が置かれている。
そしてその玉座に一人の男が待ち構えていた。
男は勇輝を見るなり玉座から立ち上がる。
その瞬間、その場の空気が変わるのを感じた。
「よくぞ遠路はるばるおいで下さいました。私がこの国を治めている国王のビシュク=ゴスティルというものです」
「私は神無勇輝というものです」
「えぇ、名前は存じ上げていますよ」
国王の一挙一動から威厳を感じる。
その威厳から、勇輝は自然と気が引き締まった。
「私はここらで失礼します」
「こちらこそ別任務で忙しい汝に任せてすまなかったな。もう大丈夫だ」
それを聞いてスターキスは一礼し、退室した。
そして国王は重厚な扉が閉まるのを確認した後、話し出した。
「貴殿は何故此処に呼ばれたのかわかるか?」
「そのことに関してはよくわかっていません。私が検問所で見せた手形も、知らない通行人の女性に押し付けられる形で貰った物なので」
それを受けて国王は少し考えた後、勇輝から視線を外し頷く。
それと同時に柱の傍に控えていた少女は国王の横まで歩み寄る。
(いつからにあそこに⁉あの恰好からしてこの国の王女様かな?)
そう思っていると国王は話を再開する。
「貴殿にはこれから一か月、この国で最低限の用意をして、このゴスティルの北部にある”戦人の森”に向かってもらいたい。そこに行けば、貴殿の知りたいことについてもわかるはずだ。準備については彼女が手助けしてくれることになっている」
国王が話し終わると、少女は勇輝に頭を下げる。
「私は第三王女ディア=フレサリー=ゴスティルと言います。以後よろしくお願い申し上げます」
「何でも困ったことがあれば彼女を頼ってくれ」
「お言葉に甘えさせて貰います」
勇輝は頭を深々と下げた。
その途中、勇輝は妙な違和感に襲われる。
(初対面だよな?)
ディアという少女に、謎の懐かしさを感じた。
しかし、生まれて十七年間の人生で彼女ほどの美人に会ったことが無かった。
(気のせいか)
「それでは客間に案内します」
ディアはそう言うと扉の前まで歩いて行った。
すると、それを察したかのように扉は開き、一礼して玉座の間から退出した。
その姿を見て、後を追うために勇輝もすぐに一礼し、玉座の間を後にする。
玉座の間の外には、ディアの使用人が待機していた。
「こちらです」
「あ、あぁ…うん」
無機質な声でそう言うと、付き添いの使用人とともにディアは勇輝の前を歩く。
(このくらいの子がこんなに感情を殺すことがあるか?)
疑問を抱きつつも声には出さず後を追い続ける。
そしてしばらく廊下を歩くと、ある部屋の前で立ち止まった。
「こちらです」
「案内ありがとうございます」
「それでは私はこれで。御用がありましたら使用人を通して私を呼んでください」
そう言って彼女は部屋を去って行った。
多くの疑問を抱えつつも、体の疲れから瞼がゆっくり
と落ちていく。
(いろいろ考えたいことはあるけど…今は寝る―――)
勇輝は客間に備え付けられているベットに横たわる。
その意識は横たわるのと同時に途切れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(やっちまったぁー!!)
目が覚めて外を見ると月が高いところまで昇ってた。
「多分もう飯の時間過ぎてるよなぁ…」
林檎を食べたことで多少はマシだったが、空腹には変わらなかった。
(今の時間に誰か呼ぶのもなぁ。まぁ、諦めるか)
しかし、何となく外の空気を吸いたいと思い、恐る恐る客間の外を見ると、そこにはメイド服を着た若い使用人がいた。
そして部屋から顔を出した勇輝を見て、慌てふためきだす。
「す、すみません!!お食事時にお呼びしたのですがその時反応が無かったので、そ、その―――」
「大丈夫ですよ。それより、外の空気を吸いに行きたいのですが、何処に行ったらいいでしょうか?」
「それならこの廊下をしばらく行ったところの階段を下りた先に中庭があるのですが、ご案内しましょうか?」
「自分一人で行きますから、大丈夫です」
勇輝は使用人が離れていったことを確認すると、用意されていた
そして使用人に言われた通り廊下を歩く。
(我ながら何で急に外の空気吸いたいと思ったんだろ?)
何気ないことを考えながら歩いていると気が付けば中庭に出ていた。
中庭をしばらく歩き、真ん中の噴水に近づいた時、その方向から不意に女性の罵声が聞こえた。
「貴方は第三王女なのだから少しは姉である第一王女の私の顔を立てるべきでしょう!!貴方が客人の相手をする役目を引き受けなければ、次に国王から声を掛けられるのは私だった!!それなのにあなたは!!」
見るからに修羅場だ。
罵声を浴びているのは昼間に客間まで案内してくれたディアだった。
頬は強く叩かれたのか、赤く腫れている。
だがそれよりも気になったのが、罵声を浴びているディアの目だった
罵声を浴びるディアは何かを見透かすように第一王女を睨む。
その目の奥には眩い光が秘められていた。
「お姉様の言いたい事はそれだけですか?」
「何ですって!!」
ずっと押し黙っていたディアはついに口を開いた。
「私は国王陛下に任されたから引き受けただけです。ですからお姉様の言う能力をひけらかすと言うことの方が間違いだと思いますが」
少女は毅然とした態度で言葉を発していた。
「
そう言うとその女性は手を振り上げた。
その瞬間、勇輝の中で過去の自分が兄に暴力を振られた記憶がフラッシュバックする。
そして気が付けば勇輝は、反射的に第一王女と身構えているディアの間に滑り込み、代わりにそのビンタを食らっていた。
「何⁉なぜこのような曲者がここに⁉誰か!!すぐに来なさい!!」
勇輝の前で第一王女は困惑している。
(曲者―――?あぁ、今の俺の服装は―――)
そこに、たまたま通り過がったであろうスターキスがやって来た。
「どうかされましたか…⁉」
スターキスはこの現場の様子を見て驚いていた。
「スターキス!!すぐにそこ曲者を捕らえなさい!!」
スターキスは慌てた様子で応答した。
「リスティーナ様!!この方が王が直々に招待なさった客人ですぞ!!なんてことを!!」
それを聞いた途端、
そんな中で現状を一番理解できない勇輝は、唯々事が大きくならないことを祈るだけだった。
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