第3話 失ったもの

 あの後すぐにリスティーナとディアは護衛たちによって連れて行かれた。

 そして彼女たちが連れて行かれた後、勇輝はスターキスによって医務室へ案内された。


「勇輝様、この度は私の不手際によってお怪我をさせてしまい本当に申し訳ございませんでした」

(謝らせてなんかごめんなさーい!!)


 申し訳なさそうにスターキスは勇輝に頭を下げた。

 その姿を見て、責任を負わせたことを申し訳なく感じる。


「別に大丈夫ですよ。そんなことよりも第一王女に叩かれていたディア王女は大丈夫でしたか?見た感じ頬が結構腫れてましたけど…」


 それを聞くとスターキスの表情が暗くなった。


「ディア王女のことですね。それでしたら治療を受けて、今日はもうお休みになられたと思います」


 彼女は目上の第一王女のリスティーナと言い争っていたが、立場的に大丈夫なのかが少し気掛かりだった。

 彼女ことは初対面でよく知らないが、不覚にも聞いてしまった会話の断片や毅然とした態度から見るに、昼間の彼女の無機質な話し方はその本質を抑え込むためなのだろう。


「スターキスさん……。ディア王女はどのような人なんですか?」


 心の底で勇輝は、何故ディア王女が”孤児みなしご”だと言われていたのかが気掛かりでならなかった。


「ディア王女は国王様の兄君である先王フレサリー王女の娘なのです」

(ディアの名前の”フレサリー”はミドルネームだったのか)


 話すスターキスの顔には悔しさと怒りが入り混じったような表情が浮かべられていた。

 その表情から只ならない過去があることを理解した。

 しかし、その過去に踏み込まなければ、勇輝もディアも後悔する結果になるような気がした。


「失礼ですが……そのディア王女のご両親はどうして亡くなられたんですか?」

「……前国王は十二年前、魔獣の侵攻からこの国を守るために前線で戦い、その戦いが原因でお亡くなりになりました。その当時、女王様はディア様を身篭っていましたが、体の弱かった女王様はディア様を産んですぐに先王の跡を追うようにして亡くなりました」


 スターキスは話しながら背を向ける。

 たが、その震える肩を勇輝は見逃さなかった。


「そうですか……。だからディア王女は、”孤児”だと言われてたんですか」

「はい…。先王様と現国王様はとても仲が良かった。それもあって、ディア様を見捨てる事の出来なかった国王様は、ディア様を養子として迎え入れることにしたのです」

「リスティーナ王女が、ディア王女に対して当たり強いのはもしかして…」


 スターキスは頷き、話を続ける。


「リスティーナ様は、その事が気に食わなかったのでしょう。だから、リスティーナ様はディア様にあの様な態度を……」

(ディア王女がいることで、自分の立場が危うくなるかもしれないと、少なからず感じてるんだろうな)

「勇輝様、私は職務がまだ残っておりますので、これで失礼いたします」

「お話しいただき、ありがとうございました」


 勇輝に対し小さく頷くと、スターキスは先に医務室を後にした。

 そして勇輝は一人、客間に戻るためにその途中の中庭まで戻ってきた。

 すると視線の先のベンチに一人の人影が映る。

 その人影は泣いているように見えた。


「だ…大丈夫ですか?」


 見て見ぬふりが出来ず、気が付けば勇輝は歩み寄り声をかける。

 そして人影の正体は月明かりによって露になった。

 月明かりに照らされる人影に、勇輝は見覚えがある。

 紛れもなくその姿は第三王女ディアだった。


(やばい…俺今、やべぇタイミングで声をかけた⁉)


 流れるように声をかけたことを少し後悔する。

 それは普段は本当の感情を押し殺してでも強くあろう

 とする少女の、弱味のようなものを見てしまった気がしたからだ。


「すみません。このような見苦しいところをお見せしてしまって…」


 焦った様子で第三王女ディアは涙を拭いながら謝罪を口にする。


「こちらこそ、ディア王女がお独りで休まれているところをお邪魔して…すみませんでした」


 こんな時に重苦しい空気感から脱する為に何か話そうにも、謝罪の言葉以外何一つ思いつかない自分の思考を呪いたくなった。


「ディアで構いません。あと、国王様から貴方が大切な客人だということは伺っていますので、そんなに緊張なさらないでください」

「あ、あぁ、わかった…」


 落ち着いた様子で礼儀正しく彼女は話し出した。


「私は貴方に敬われるほどの価値はありません。ただ、故人の栄光で此処にいることを許された、厄介者に過ぎません」

「厄介者ねぇ~。君が厄介者なら俺は疫病神な気がするんだが…」

「それはどういう意味ですか?」


 そういうと先程の暗い表情からディアはぎこちなくも微かに笑顔を見せた。


「いやーだって、今の君くらい年頃の俺は君みたいに冷静じゃなかったもん」

「え…!?」

「ん…?」

「勇輝様は私より…年上なのですか?」

「あ゛……」


 勇輝はその一言で、今の自分の身に起こっている問題を思い出す。


(体が小さくなってんの忘れてたー!!)

「あー、ごめん。多分同い年」


 不信感を抱かせるようなことを言ったことを後悔し、苦笑いを浮かべると、彼女は疑問そうにこちらを見た。


「勇輝様と話していると、年上の方と話している気分になります」

(図星過ぎる)


 鋭い観察眼に勇輝は苦笑した。

 それと同時に、礼儀の正しすぎるディアの対応に少しむず痒さを感じる。


「それより俺のことも様付けじゃなくて、勇輝って呼んでくれない?」

「え、ですが―――」

「俺堅っ苦しいの苦手なんだよ」


 その言葉に、ディアは少し悩んでいるようだった。

 それもそのはず、客人を敬称で呼ばないことは王族である彼女にとって考えられないことだ。

 しかし少し考えた後、ディアは渋々頷く。


「わかりました…」

「うん。それじゃあ改めて、よろしく!!」


 勇輝がそう言って勇輝は手を差し出すが、その瞬間ディアの表情が曇る。

 そしてすぐさま申し訳なさそうに視線を逸らす。


「どうかしたの?」

「あの…そのことなんですけど……」

「何か問題でも…?」

「あの、そうじゃなくて……もしその件で、私より姉のリスティーナ王女に任せたいと思うなら、無理に私に頼まなくていいですよ」


 顔は最初に会った時の様に、暗く後ろめたい表情になっていた。

 その表情から、ディアの周りに見えない呪縛があるように感じられる。


(これも両親の死が関係してるのか?いや、それにしてもここまで自尊心が無くなるものなのだろうか)


 様々な考えが脳内で渦巻く。

 しかし目の前にいる少女に対して、今言うべきことが何なのかはわかっていた。


「じゃあ、手伝いは君にお願いする」

「え、でも―――」

「普通に考えて、裏表の無い君に頼むのが一番信用できるからな」


 そう言って勇輝は再び手を差し出す。

 その目の前でディアは驚いた表情を浮かべる。


「本当に私でいいんですか!?」

「君が信用できると確信ができたからね」


 それを聞いて、ディアは恐る恐る手を前に出す。

 勇輝はそのディアの手を透かさずしっかりと握った。


 そして―――


「これからよろしく」

「全力で頑張ります!!」


 ディアが手を握り返した瞬間、勇輝は何故か懐かしさを感じていた。


(またこの感じだ…何でこんな気持ちになるんだろう?)

「それじゃあ私はこれで失礼します」

「あ、あぁ…じゃあまた明日」

「おやすみなさい、勇輝」


 二人は挨拶を交わし、それぞれの部屋へ戻る。

 その最中、勇輝はとふとあることを考えた。


(俺って、死んだんだよな……向こうのみんなは、どうしてんのかな?)


 そんなことを考えながら部屋まで戻り、ベットで横になる。

 目を閉じると、その意識はすぐに落ちていく。

 こうして長い一日は終わりを告げ、静かに物語の幕は上がった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 あれから二日が経った。

 急なことで何が起こったのかわからなかった。

 二日前の九月十四日———

 神無勇輝は自殺した。

 そのことだけを耳にし、今日に至る。

 勇輝の葬式には友人や勇輝の祖父母が出席しており、多くの人がその死を悼んでいた。


「何でだよ……なんでお前が……」


 陽介は未だに信じることが出来なかった。


「陽介、大丈夫?」


 陽介の彼女の百合ゆりと、その友達の星凛あかりが心配そうにこちらを見ていた。


「何でだよ…あいつが自殺なんて有り得ないよなぁ。だってあいつは、誰にでも好かれてたしさぁ………いつも誰かを笑顔にしてたんだぜ。そんな奴が自殺する理由なんて見当たんねーんだよ」


 事故当時、勇輝は自ら誰もいない横断歩道に飛び出したらしい。

 しかもそれは、陽介と別れてすぐのことのようだ。

 しかし、別れるときの勇輝は顔は普段通りだった。

 これから自殺しようとする人間が、あんな顔をするだろうか。

 陽介の中でその疑問が留まり続ける。

 そこに勇輝と仲の悪かった 迅翔 はやとが近づいてきた。


「まぁあいつは、よくわからんやつだったし仕方ねえよ」

「お前は悲しくないのか!?」

「俺はアイツのことは好きじゃねーし。死のうが生きようが知ったことか」


 そう吐き捨てるように言うと、 迅翔は陽介の近くから離れていった。


「何アイツ、葬式に来て何てこと言ってんの」


 感じの悪い迅翔に対して、百合は怒りを露にすると迅翔の後姿を睨みつける。


「もういいよ百合……この場で言い争いをすることをアイツはきっと望んでないだろ。すまないけどちょっと席外す」


 遺体の損傷の激しさから棺に蓋がされ、姿の見えない親友の遺体の存在を前に、吐き気にも近い息苦しさを感じる。

 陽介はその息苦しさに耐えられず、外の空気を吸いに葬儀場の外まで出てきた。

 陽介の心の中で未だに心の整理が出来ない。

 それは勇輝が自殺をするような人間じゃないと確信していたからだ。


(俺が勇輝あいつの心の奥の苦痛に気付いてなかっただけなのか?でも、そんな感じは一切無かった筈だ)


 勇輝の自殺の理由を思い浮かべても、最終的にはあり得ないという結論が頭を過る。


「何で死んだんだよ」

『貴方は真実を知りたいと思う?』

「え!?」


 声が聞こえ陽介は俯いていた顔を上げたが、周りに人の影は無かった。

 奇妙に思い周囲を見回す陽介に対し、生ぬるい風が肌に吹きつけるだけだった。


(幻聴まで聞こえてくるとか…重症だな)


 そう思いながら葬儀場に戻ろうとした時、葬儀場に三人の人間が入って行く。

 その中の一人だけは、生前の勇輝が見せてくれた写真で見たことがあった。


(あの女の子は、確か勇輝の妹の……ってことはあの二人は―――)


 考えられるのは勇輝の義父と義兄だった。


「何でアイツらが?」


 陽介は疑問に思った。

 勇輝から、父と兄とは仲が悪いと聞いていた。

 しかも最終的に、二人から家追い出されたという話は聞いていた為、その二人がいる葬儀にことに不信感を抱いた。


(何で今になって…?)


 そしてそんな疑問を残したまま葬式は執り行われた。

 しかしお経が読み終わったところで、勇輝の義父と義兄が妹を残し、静かに部屋を退出したのが見えた。

 その様子が気になり、便所に行く振りをして陽介も退出した。


「父さん、何であの無能の葬式に俺たちが出なきゃなんないんだ?」

「あんなやつでも家族だからな。一応世間体的に出る必要があるんだ」

「死んでからも、無能の分際で貴重な時間奪ってんじゃねーよ」


 会話の内容は勇輝を悪く言うものだけだった。

 それを聞き陽介の中で怒りが湧き上がる。

 そして次の瞬間、陽介は感情のままに勇輝の父親と兄を殴っていた。


「君、何をするんだ!」


 勇輝の父親は怒鳴ってきたが陽介は怒鳴り返した。


「てめぇらみたいな屑が調子に乗んな!!勇輝のことを見捨てた挙句迷惑ってどういう意味だ!!それでも家族か!!」

「君には関係のない話だ!!」

「うるせぇ!!」

「何をしてるんだ!!」


 その声に周りが気が付き、陽介はその場で取り押さえ

 られる。

 そして陽介は控室に連れて行かれた。


「何やってんのよ」


 控室でしばらく待機していると、百合がやって来る。

 百合は陽介を見るなり勢いよく陽介の頬を叩いた。


「陽介君も親友の勇輝君が亡くなって辛いんだからそれくらいに…」

「それは星凛も一緒でしょ」

「それは……」


 それを気弱な星凛は何とか宥めようとするが百合も引かなかった。

 その隣では迅翔が呆れた様子でこちらを見ていた。


「お前はバカか」

「だってあの屑野郎…親友をバカにしたんだぞ……許せるわけねぇだろ!!」


 その場の空気は益々悪くなってきた時。

 突如控室の扉が開く。

 そこに勇輝の妹がいた。


「君は…⁉」

「あ、あの…神無勇輝の妹の、山本未来みくと申します。先程は…父と兄がすみませんでした!!」

「いや、君が謝るのはおかしいだろ」


 勇輝曰く、未来は家を追い出されてからも連絡し合うほどの仲だったそうだ。

 故に、陽介は未来に何かを言う気にはならなかった。


「あ…あと失礼かもしれませんが、そちらで兄がどういう様子で生活をしてたか、最後に会ったときにどんな様子だったかを教えてくれませんか?」


 それに対して勇輝の妹は辛そうな面持ちで続けた。


「私自身兄が心配だったのもありますが、体が悪く入院していてに参列できない母が、ずっと心配していたので…」

「そうか…」


 嘘をついている様子は無かったため、陽介は話し出そうとした。

 その時だった。


「どうなってるんだこれは⁉」


 勇輝の棺がある方から声が聞こえる。

 控室にいたメンバーはその声に驚き。

 すぐさまそこに向かうそこには蓋が開き、中身が空の棺があった。


「何があったんだこれ⁉」


 陽介が状況を聞くと、近くで見ていたが友人が慌てた様子で話し出す。


「みんなの手紙を棺に入れるために、スタッフの人に棺を開けてもらったらこうなってたんだよ!!これを見てスタッフの人たちも慌ててどっか行っちまったよ!!一体何が起こってんだよ!?」


 周囲にいた人は騒めき驚く。

 しかし陽介の視線の先の二人は、恐ろしいほど冷静で動じていない人物がいる。

 その人物は勇輝の祖父母だった。


(何で…あんな顔が出来るんだ⁉)


 二人の表情は余りにもこの場の空気に場違いで、気味の悪いものだ。

 その表情から、陽介の心の奥底にある疑問は揺さぶられていくのだった。




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