第4話 信頼
ゴスティルでの準備期間が始まって二日が経った。
この二日間、世界で広く一般的に使われている
例えば、日本語がこの世界では大和領という特定の地域言語であることや、この世界の地図が元いた世界とよく似ていること。
またこの世界では地域ごとに神が管理していること。
つまりこの世界では神は未だ健在だということだ。
(神が残ってる世界ねぇ~。つまり神話ごとにある神が消える事象が無くなってるってわけか)
静かな中庭のベンチで考え込みながら、勇輝は現状を整理していた。
その日はディアに頼み休日にしてもらっていた為、現状を整理する時間を設ける。
しかし考えれば考えるほど意味がわからない。
転生の際にあの女神から何を頼まれたのか。
何故自分に任されたのか。
(やっぱりその何かがわからない事にはどうしようもないかな)
「どうかなされたのですか?」
「えっ⁉」
声に驚き顔を上げると、そこには本を持ったディアが立っていた。
「いつの間に⁉」
「図書室から必要な本を取って自室に戻ろうとしてたのですが、とても悩んでいたようだったので…」
「そんな顔に出てた!?」
「はい…とても悩んでいるように見えましたけど」
それを聞いて勇輝は少し恥ずかしさを感じ、俯きながら目元を覆う。
「あの、邪魔でしたか?」
「いやそうでもない…かな…」
何かを思い付き勇輝は顔を上げ、まじまじとディアを見つめる。
この二日間、様々なことをわかりやすく教えてくれたのは、目の前にいるディアだった。
そのことからディアに相談する方が良いのではないかと勇輝は考える。
しかし―――
(——異世界から来たって言って通じるのか? …まぁ聞いてみるか)
「異世界人ってわかる?」
「それは転生者のことですか?」
「多分その転生者のこと」
「はい、転生者はこの世界とは別の世界で生を終え、この世界に新たに記憶を保持したまま生を受ける存在です。その力は転生者一人で一国を壊滅させる程と言われています」
勇輝はそのことを聞いて、一つ引っかかった。
(おかしいな…そんな大それた力を貰ってないけど⁉)
「もしかして、勇輝も転生者なのですか?」
「まぁそうかな…?そんな大それた力は持ってないけど…」
「死んだ直後に誰かと会いませんでしたか?」
「女神らしき人にはあったけど…」
それを聞きディアは少し考えた後、元来た方向に歩いて行こうとする。
「急にどうした?」
「少し思い出したことがあるので、もう一度図書室に―――あと明日は、図書室の方に来てください」
「あ、あぁ…わかった」
そう言ってディアは足早に戻っていった。
再び中庭に静けさが戻り、鳥の
(風みたいに行ちゃった…)
その日の夕食時、食堂にディアは姿を見せなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日、ディアに言われた通り図書室に行く。
そこには既にディア(?)がいた。
しかし、ディアは本を開けたまま寝てしまっている。
その恰好は普段の正装ではなく、寝間着のドレスだった。
(どういう状況⁉)
その光景に驚きを隠せず、その場で固まっているといると、そこに剣を腰に差した少女が現れた。
「あ!!やっぱりここにいた。あれほど無理をしないように言ったのに」
そう言って少女はディアの近くに駆け寄り、抱きかかえる。
そして少女は立ち尽くす勇輝に気が付き声を掛けた。
「そこのお前、そんなところ立ち尽くしてないで、お嬢様が出した本を片付けろ」
「え、俺⁉」
「お前以外に誰がいるんだ!!この城に仕えている者である以上、しっかりと職務を全うしろ」
少女は勇輝のことを使用人と勘違いしたのか、そう言ってディアを連れて行く。
「やっぱり俺には風格が無いのかなぁ…」
勇輝は机の上の二箇所に置かれた本を片付けようと、手に取ろうとした。
そこに置かれた全ての本に付箋が貼ってあることに気が付いた。
勇輝は付箋が気になり、付箋が貼られたページを開く。
その内容は転生者や神について言及されたものが殆どだった。
「これを全部…一人で!?」
机には辞書の様に分厚い書物が七冊置かれていた。
その中には本だけでなく新聞なども含まれている。
(しかも大事なところは付箋に印がつけてある⁉)
その丁寧にまとめられた資料に、勇輝は驚き目を見開く。
「それは、ディア王女が昨日の昼頃からまとめた資料です」
すると不意に声が聞こえ隣を見ると、そこには十歳にも満たない少年がいた。
しかしながら少年は、その見た目からは想像ができないほど大人びた雰囲気を出している。
「あ、貴方は?」
「すみません、申し遅れました。私は、第一王子のドリューカフ=ゴスティルと言うものです。あと、敬語で話さなくても大丈夫ですよ」
(つまりこの子が次期国王か⁉)
「ディア王女は夜通し本を捲っては、大事なページに付箋を貼るという作業をしていました」
「どうして、彼女はそこまでして―――」
「それは勇輝様が転生者だからでしょう」
(転生者だから?)
「転生者はこの世界の運命を幾度となく変えてきました。あるものは人々を希望へと導き、あるものは人々を恐怖に沈めました」
「でも俺は…大した力を持っているわけじゃ…」
「転生者は力があるが故に運命を変えるわけではありません」
「えっ⁉」
「転生者はその存在故に運命を変えるのです。この世界に生きる人間は、あくまでこの世界のルールに縛られています。しかし転生者は、この世界のルールに属していません。だからこそ
ドリューカフはそう言うと一冊の本を手に取る。
「この本に記載されている転生者がいい例です」
その本は『英知の旅人』という題名の本だった。
「この本は、約二百年前にケルト領に召喚された転生者について書いた本です。この本で語られる転生者は、大それた力こそ持ってなかったものの、自分の持つ知識で文明を大きく発展させました」
ドリューカフは手に持った本を勇輝に渡すと、他の本に目を向ける。
「何でディア王女様が寝る間も惜しんでここまで調べ たのか。それは、勇輝様に希望を見たからだと思いますよ」
「俺に希望を?」
「はい。そうでもなければ、ここまで無理はしないと思いますよ」
「こっちの本は―――?」
そこには先ほどの本とは違い、神についての記載された本だった。
勇輝が手に取った本は『外界のものたち』という題名で元の世界では、『クトゥルフ神話』と言う名で書かれているものが書いてあった。
ゲームでも目にする有名なものから、マイナー過ぎてわからないものまで記されている。
「この本は創作物なのか?」
「いえ、その『外界のものたち』に書かれている存在は、実際に創生歴以前にこの世界にいたとされています」
「…創生歴って何?」
「この世界の歴史は大きく分けて
(この世界だと『クトゥルフ神話』も実在するのか⁉)
次に手に取った本は『創世記』のようだった。
その本には見慣れない名前の六柱の神について書かれている。
「この”ディアクリア”って名前の神は、創生の神々の一柱であってる?」
「はい。ディアクリアは世界と
「プロジェニー…デオルム?」
「ディアクリアが最初に生み出した五柱の根源神のことです」
「そのプロジェニー・デオルムは具体的にどんな神なんだ?」
「本を貸してください」
勇輝は言われるまま本を渡すと、ドリューカフはその本を捲る。
少しして該当するページを見つけたのか、ドリューカフはあるページを勇輝に見せた。
「ここに書かれているのが始祖の五大神です」
「これが―――」
そのページには挿絵があった。
挿絵には、武器を持ち一柱の神を囲むように跪く五柱の姿が描かれている。
「右から、時と開拓を司るアストロメポス、空間と絆を司るバーベリア、生と愛を司るマリゾルア、死と進化を司るリコリヌス、そして知識と言霊を司るクレマリッジです」
「すごい…挿絵見ただけでわかるの?」
「それぞれの神には特徴がありますから」
勇輝は積み重ねられた本を見てため息を付く。
(ディアのサポート無しで、ここにある本全部読むのはキツイなぁ)
「ドリューカフが良ければ、まとめられたこの書物にて解説してもらえない?」
それを聞くと先程の大人びた雰囲気から一転して、無邪気に目を輝かせてこちらを見てきた。
「僕でよければ是非!!」
「お、応…」
頼られたのが嬉しいのだろうか、一人称までもが変化していた。
(そんなにうれしいことなのか⁉)
「あ……コホンッ…失礼しました。では、精一杯努めさせていただきます」
そう言ってドリューカフは、書物に書かれたことについて解説を始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その日の夕暮れ時、図書室から客間に向かって勇輝は歩いていた。
(ディアに感謝しないとな)
そう思いながら夕日の差す廊下を歩いていると、視線の先で窓の外を眺める国王の姿があった。
その目は何かを懐かしむように何かを見ている。
「やぁ」
「すみません、こちらにいると思わなかったもので」
「構わない、それにここは公の場じゃないのだから、そう緊張しなくていい」
国王はこちらに気が付き、優しく微笑む。
「少しいいかい?」
「はい」
勇輝が国王の横に行くと、国王は少しだけ肩の力を抜いた気がした。
そして国王は落ち着いた様子で話を始める。
「ディアは貴方の役に立てていますか?」
「はい、とても助かっています。むしろ私のせいで彼女が無理していないか心配な程です」
「そうか………。彼女は私も羨んでしまう程の才能を持っているからね。でもこのままでは、彼女の才能を無駄にしてしまうかもしれない」
「それは、ディア王女が本当の子供ではないことが関係していますか?」
国王は暗い表情を浮かべ、勇輝に視線を向ける。
「知っていたのか…」
「スターキスさんから聞きました。そのことがディア王女に負い目を感じさせていることも」
「そうだったのか…ならば君もわかっているだろう。彼女を今後苦しめるのは先代ののフレサリー王とそのエレナ前女王の子供であるという事実だ」
「確かにその御二方の子供であるという事実は、革命などの火種にしようとすれば出来ますからね…」
「あぁ、はっきり言ってディアの存在はこの国の重鎮にとって邪魔な存在だ。故に彼女がこの国の王室にいる限り幸せになることは無いだろう」
「では、何で養子として迎え入れたのですか?」
国王は再び中庭に視線を向けた。
その表情は何処か切なさを感じさせる。
「ディアがあの二人にとっての、宝だったからだ。エレナ前女王が死んだあの日、私は生まれたばかりのディアを引き取る判断を下した」
「ディア王女を孤独にしたくなかったからですか?」
「あぁ…でも今考えれば、私が怖かっただけなのかもしれない」
「ですがそれは、国王様がディア王女を大切に思ってのことでは」
「だがその判断が今の状況を生み出してしまった」
国王は後悔の表情を浮かべていた。
「あの…国王様はディアが此処に居続けることに不安を持たれているのですよね?」
「あぁ」
「ならば時が来れば私がディア王女を連れだせばいいのでは?」
「それはどういう」
「私は転生者です。そして今朝、ドリューカフ王子から転生者についての話を聞きました。」
「そうか…君は」
「はい。この考えはあくまで私からの提案です。国王様が拒むのであれば、私は強制しません。ですが私は、彼女がこの国にいてその才能が発揮されないのであれば、誰かがこの国から連れ出すべきだと考えます」
勇輝の言葉を聞き国王は真剣な表情を浮かべる。
その顔の表情は、勇輝の知らないものだった。
(そうか…これが子のことを真剣に考える父親の表情なのかもな)
生前知ることの出来なかったその表情に、勇輝は羨ましさを感じる。
(ディアはある意味、幸せ者なのかもな)
「国王様、すぐに決断しなくても構いません。最悪、私が信用できなければ他の者に――――」
「よろしく頼む」
「え…」
「いつか君が…あの子をこの
国王のその目には一切の迷いはなかった。
「そうですか…」
「私は貴殿を信じよう」
「その信頼に応えれるよう努力します」
外の夕日は沈み、廊下の壁につけられたライトが付く。
そのことでようやく勇輝と国王は、時間の経過に気が付いた。
「すまない、長い時間引き留めてしまって」
「大丈夫です。それでは私はこれで」
勇輝が客間に戻ろうと身を翻した時だった。
「最後に、君の本当の年齢はいくつだい?」
「え⁉」
突然のことに驚き勇輝は、後ろを振り向く。
「気が付いて…いたんですか…」
「何となく雰囲気からね」
「…十七です」
「十七か…。若い君に重要なことを任せてしまってすまない。」
「いえ、自分自身で決めたことですから」
その日勇輝にこの世界で生き続ける理由が生まれる。
それが今後の勇輝の運命を大きく分ける判断だったことを、今の勇輝は知らなかった。
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