第一幕:The gates are open
第1話
気弱そうな少女が足早に階段を駆け上がり、緊張した面持ちで立ち入り禁止の張り紙がある屋上の扉の前で立ち止まった。
「
少女は辺りを見回す。
「誰も見てないよね…」
少女が静かに屋上の扉を開けようとしたとき、不意に後ろから肩を叩かれる。
「ひゃあ!?すみません別に屋上に入ろうとしたわけじゃなくてその―――」
「俺のこと探してたんでしょ?」
「え…あ、
少女の後ろには不思議そうな表情を浮かべた青年が立っていた。
「
「今日までの提出物が神無木君だけ出てなかったので確認に…」
「え、何の教科?」
「世界史のノートなんですが…」
「今日までだった!?ごめんすぐ持ってくるから待ってて!!」
そういうと青年は走って教室の方に戻っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(提出間に合ってよかった~)
勇輝は安堵表情を浮かべながら教室を後にする。
「勇輝!」
正面では爽やかな雰囲気の青年がこちらに手を振っていた。
「よう
「ちょっと委員会の用事でね。それより勇輝も今から帰るところ?」
「そうだな、忘れかけてた提出物を提出してきて今から帰るところだ」
「なら一緒に帰ろう」
「俺はいいけど…いいのか?彼女をほっといても……」
そう尋ねると日向は校庭の方を見る。
「あぁ、
日向の視線の先では陸上部の生徒が練習をしていた。
「なるほど」
「それに
「星凛ちゃん?誰のこと?」
「宮浦さんのことだよ。人の名前を忘れるのはやめた方がいいよ」
「記憶力に自信ねぇからなー。そういえば一週間前にも提出物のこと宮浦さんが教えてくれたっけ」
「なおさら忘れないであげてよ」
ちょうど一週間前にも同じようなことがあった気がする。
しかし何故だかわからないが記憶が曖昧だ。
「…まぁそんなことより帰ろうぜ」
「そうだね」
しばらく日向と雑談をしながら、いつもの場所に向かう。
「そう言えば日向は今どんな感じよ」
「どんなって何が?」
「彼女さんの…えーと……ともかく彼女さんとどうなのかって話だよ」
「勇輝………」
「何だ?」
「絶対名前忘れたよね」
図星過ぎて顔を思わず反らす。
いつものことだ。
何故か人の名前や顔が記憶出来ない。
厳密にいえば、余程のことが無い限り忘れてしまう。
目の前にいる
忘れてしまう理由が何なのかはわからない。
だが少なくとも、今までそれで困ったことは無かった。
多分これからも――――
「
「そいつは良かった。俺みたいなクズのために時間を割いて、お前が彼女さんに嫌われたら大変だからな」
「百合は君のことをクズだとは思ってないよ」
「マジか。俺みたいにすぐに人のことを忘れる奴に対して優しすぎねえか?」
「そんなことで人をクズだとは思わないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。この感じだと今日もあそこに向かっているんだよね」
「うん…そうだな。可能性があるならな」
いつもの場所―――
それは警察署だ。
「ここまでで大丈夫?」
「ありがとな。いつもこんなところまで付いて来てくれて」
「友人として当然だよ。じゃあまた明日」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日も進展はなかった。
毎日のように通っているが、進展は一向に無い。
いつも通りだ。
そんなことを考えながら帰路につく。
いつも通り―――
不可解だ。
何故、日向はいつもこんな自分に付き合ってくれるのか。
(あいつは何で俺なんかにも気を使ってくれるのかねぇ)
幼馴染の
容姿端麗。
文武両道。
親子仲は良好。
人望は厚く、彼の周りにはいつも人がいた。
「それに比べて俺は…なんもねぇな」
実父は生まれる一か月前に行方不明。
実母は再婚の後、二年前に他界。
実母の再婚相手との親子仲は最悪で、高校進学と同時に家を追い出され、今は母方の実家に住まわせてもらっている。
人付き合いも悪く、日向以外で寄り付く人は滅多にいない。
比較しても正反対としか言えない。
烏賀陽日向を持つ者とするなら、神無木勇輝は持たざる者だと言えるだろう。
(そんなこと考えても意味ないよな。それより今日のメシ何かな~。煮物があったらうれしいんだが)
何気ないことを考えながらふと顔を上げると、赤信号にも関わらず横断歩道の真ん中には、中学生くらいの一人の銀髪の少女が立っていた。
(あんな美少女この辺に住んでたんだな。てか何やってんだあんなところで)
だが周りには見えていないのか、少女に誰も声をかけようとしなかった。
そこにトラックにトラックが走ってくる様子が視界に入った。
(おいおいおい!!あれはマズいだろ!!)
しかし、少女は何を考えているのか虚ろな目でただ勇輝を見て立ち尽くしていた。
「危ない!」
次の瞬間、勇輝の体は少女を押し飛ばしていた。
だがその刹那、少女は勇輝を見て笑みを浮かべる。
その笑みは不気味にも悪意のない優しい笑みだった。
勇輝の体はアスファルトに打ち付けられ、同時に体は焼けるような『熱』を帯びる。
(あぁ…熱いなぁ。それに体が動かない…一体何が起きているんだ?)
アスファルトには血の池が広がり、視界は深紅に染まる。
(トラックに撥ね飛ばされただけでも、こんなに血が出るもんなんだな)
身体の感覚は消え去り、かわりに身体は燃えるような『熱』に支配されていく。
『熱』の出所に何とか視線を向け、自分の置かれている状況を何となくだが理解した。
轢かれただけではなく、跳ね飛ばされた先の工事現場のクレーンに吊られた鉄骨が落ちてきたらしい。
鉄骨は勇輝の上半身と下半身を引き裂くように腹の上にあった。
潰された腹からは燃えるような『熱』を感じ、死期を悟ったのか様々な考えが頭の中を駆け巡る。
それは死への怒りや生への渇望だった。
そんなことを考えているうちにも死は刻一刻と迫りくる。
「まだ何も出来ていないのに…ふざけんなよ」
最後に吐き出した言葉は、普段の自分であれば情けないと思うだろう。
しかしいざ死に直面すると、情けないことしか口に出来ない。
「ありがとう――グ―――ス、いえ―――キ、―――てごめんなさい」
その時、少女の鈴のような優しい声が聞こえた。
「痛いよね…でも今は耐えて…」
(誰―――?)
混乱する中、轢かれる直前のことを思い出す。
(そうか…俺はこの子を助けようとして…)
意識が遠退いていく中、助けようとした少女が無事だとわかると痛覚が和らぐ。
何故か救われた気がする。
(ずっと待っていた。何故だかわからないがそんな気さえする)
「――――おかえりなさい」
その言葉を最後に、意識は暗闇に落ちていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
死んだはずだった。
しかし不意に意識が覚醒する。
「は……ここは?」
「目が覚めたようですね」
勇輝の目の前には玉座に座る女性がおり、その容姿は絵にかいたように整った顔立ちで、神聖な感じを漂わせていた。
「あのー……貴方はいったい?それに俺は死んだんじゃあ……」
「はい。貴方は残念ながら死にました。そしてここは死と現実の狭間です。貴方はこれから今まで貴方がいた世界とは違う世界で再び生を受けて貰います」
「……はい?」
理解ができず思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ですので今から貴方を転生させます」
その女性はそう言うと指を鳴らす。
すると勇輝の足元に魔法陣のようなものが現れ、突如として光を放つ。
(もしかして……異世界転生ってヤツか⁉)
ようやく理解出来たが新たな疑問が生まれる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!何で急に俺は転生させられるんだよ?それに他に説明は―――」
「それは私からは言うことは出来ません」
「は!?」
女性は毅然とした態度で勇輝を見る。
「それでは、後は頼みますね」
「え……頼みますって、何が―――――!?」
その続きを言う前に勇輝は突然、空中に投げ出される。
「なっ――何でぇぇぇぇー!!」
急な出来事に勇輝は焦り、思わず叫び声を上げた。
「こ、こ、こ、このままじゃ―――」
視線を下におろすと森がある。
(ワンチャン森の木の枝に引っ掛かって―――
でもこの勢いじゃ枝が―――)
焦りから思考がまとまらない間にも、地上は刻一刻と迫る。
そして―――
「死ぬ!!」
勢いよく勇輝は森の木の枝に落下する。
だが運が良かったのか、服が枝に引っ掛かっていた。
「……はぁ~助かったぁ~」
意識もしっかりしており、安堵から肩を撫で下ろす。
「何で転生してすぐに死にかけてるんだ俺は…」
木から降り、辺りを見回す。
「ここはどこなん…だ?」
恐ろしいことに、引っかかっていた木の幹には大きな爪痕があった。
その瞬間、安堵は警戒心に変わった。
「これって…マズくね…」
本能的に此処にいてはいけないと感じ取り、森の出口に向かうべくすぐに歩き出す。
しかし、しばらく歩いていたが一向に出口は見つからない。
「ヤバい……喉が…………」
森から出るために動き出したはいいものの、しばらく動き回ると喉の乾きで意識が飛びそうになる。
(あれ…そういえば……水分取ってねー!!)
何とか水を得るためにも歩くが、勇輝の視界には川や池などは見えなかった。
(やべぇ意識が………)
意識が途切れそうになり、足を滑らす。
さらには運悪く自然にできた落とし穴に無様に落下した。
(何で今日はこう……何度も落下するかなぁ…)
意識を保ちながら落とし穴から這い上がり、再び歩みを進める。
絶望感———
それが脳内埋め尽くし、自然と視線は下を向く。
そこに追い打ちを掛けるように周りには霧がかかる。
(何で俺がこんな目に―――)
思い返すとロクでもない十七年の人生だった。
物心ついた時には母の再婚相手の継父に疎まれ、その連れ子にはストレスの捌け口に。
挙句の果てに母は死に、家からは追い出され、母方の実家に預けられていた。
そこに至るまでに夢も本来掴むことが出来た未来も仕方がなく捨ててきた。
(何でいつも……俺が………!!)
怒りが湧き上がる。
理不尽にも不幸はいつも付き纏う。
だが幸運にも、今はその怒りが途切れそうな意識を何とか繋ぎ止めていた。
「クソ………クソッ!!」
不満を叫びながらも歩みを止めず進む。
そしてついに―――
「ようやくかよ……」
視界の先の開けたところに泉が現れる。
それを見て思わず泉に向かって駆け寄った。
その水が衛生面的に大丈夫かどうかは考えず、ただ我武者羅に掬い上げた水をに口運ぶ。
そのようにしているうちに喉の渇きは収まる。
落ち着きを取り戻したことで、揺らいでいた水面も落ち着き、木々の隙間から差す朝日によって鏡のように周りを反射する。
「何……で…………」
水面に映る自分自身の姿を見て、驚きを隠せない。
その水面に映るのは、十七歳の青年の姿ではなかった。
そこには十一、二歳ほどの少年の姿が映る。
(まさかこの水のせいか⁉)
だが身に着けている麻製の服はその幼い体に合ったサイズだった。
「まさか……あの時に⁉」
魔法陣(?)で転移した際、服装が今着ている麻製の物に変化していた。
そのことから、体の若返りが起こったタイミングはそこしか考えれない。
(あの女神…!!次あったら覚えとけよ!!)
次の瞬間、何かの気配のようなものを感じる。
「誰だ!?」
気配の方向を見るとそこには、木に寄り掛かっている白骨化した死体があった。
そしてその死体の横には、生前持ってきていたであろう荷物が置かれている。
一縷の望みに賭け荷物を漁る。
しかしその荷物の中に食料は無かった。
その代わりに地図や空の水筒、少量の貨幣が入っている。
「すまない……使わせてもらうな」
持ち主への謝罪の言葉を思いながら拝み、荷物から地図と
水筒を取り出す。
そして水筒を水で濯いだ後、新たに水を水筒に汲ん
だ。
「これで数日はどうにかなるかな……」
だがここで一つ気掛かりなことが思い浮かぶ。
それはこの目の前の死体の死因がわからないことだ。
(もし他殺だとしたら、気を付けねぇとな)
先ほどの爪痕といい、この森に凶暴な生物が生息していることがわかる。
「ここはいったいどこなんだ?」
頂戴した地図には、アルフィシアという国の”
また、”聖臨の森”から近くの町に流れる川があることがわかり、その水源がおそらくこの泉だと地図からわかる。
(この地図が正しければ、川沿いを歩ていけばよさそうだな)
目的地を定め川沿いを歩き出す―――
―――その旅路に希望があると信じて
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