学年一の美少女と付き合えたのはいいけど、知らないうちに俺の生活は盗聴器で監視されていたらしい

そらどり

俺のラブコメにクーリングオフは適用されますか?

裕也ゆうやくん! わ、私と付き合ってくれませんか!?」


高校二年の春、体育館裏に呼び出された俺―――佐藤裕也さとうゆうやは告白されていた。

相手はまさかの学年一の美少女―――梅原楓夏うめはらふうか

全男子生徒誰しもが付き合いたいと願う存在からのプロポーズに、裕也は驚きを隠せずにいた。


「(え、ええ!? なんで俺!?)」


自らを大した取り柄のない一小市民だと思う裕也。

成績が芳しいわけでもなく、スポーツが得意なわけでもなく、顔もまあ人並みと呼べる。

そんな中央値の塊とも称される裕也にとって、全てにおいて超越している彼女に好かれる要素が全く見当たらなかった。


「あ、あの梅原さん。どうして俺に告白を? 梅原さんみたいな可愛い人なら他にもっと良い人がいると思うんだけど」


本心からの疑問を投げかけると、楓夏は首を横に振って否定する。


「そんなことない! 私には裕也くんしかありえない! 裕也くんしか考えられないの!」

「そ、そんなに……?」

「そうなの! だって裕也くん優しいし……この間だって私が落とした消しゴム拾ってくれたでしょ?」

「確かに拾ったけど。でもあれくらい誰だってする―――」

「あんなに優しくされたのは初めてなの! こ、心から堕とされちゃったの!」

「消しゴム拾っただけだよ!?」


遠巻きに見ていた時の凛々しい姿とは似ても似つかぬ様相。

ぐいぐいと懐まで侵入してくる楓夏の勢いに気圧されてしまう。


「他に好きな人がいるってこと? だから私の告白を受け入れてくれないの?」

「いや、そうじゃないけど……」

「なら付き合おうよ! ほら、最初はお試し感覚でいいから!」


え? そ、そんな軽い気持ちで付き合っていいの?

彼女なんて今までいたことないから分からないけど、普通のカップルってもっとこう……厳格な手順を踏むものだとばかり思ってたのに。


「でもやっぱり告白を受け入れるならこちらも相応の覚悟が必要だと思うし今からでも梅原さんの身辺調査をするべきなんじゃ……いや先ずは梅原さんを良く知る生徒たちに聞き込みをして少しでも彼女を知る努力をする必要が―――」

「そんなどうでもいいこと考えてないでさ……ほら!」

「うひゃあッ!?」


思案している最中、突然楓夏に身体を押し付けられる裕也。

右腕に絡まる彼女の両腕と豊満な双丘。そして柔らかい女性の香り。

女性に対する免疫が一切ない裕也にとって、それは余りにも刺激的だった。


「ね? 付き合おうよ?」

「は、はい……」


楓夏の上目遣いが決定打となり、オーバーヒートした頭で朧気にそう答えてしまう裕也。

学年一の美少女と付き合えるなら、そんな甘い誘惑に乗ってしまったのである。


「(つ、遂に俺にも念願の春が……! しかも相手は噂で聞く絶世の美女、梅原さん……! こ、これって一生分の運を使い果たしたのでは……でも、それでいい!)」


夢心地に耽るまま、裕也は感涙の涙を人知れず流した。

が、裕也は後にこの不意打ち的選択を酷く後悔することになる。そう、彼はまだ彼女を知らなかった。


梅原楓夏がとんでもない地雷女だったということを――――――







「裕也くん、おはよう!」

「……え? なんで俺ん家知ってんの?」


昨夕の告白を経た翌日。玄関を出てまず飛び込んできた姿に、裕也は驚きを隠せずにいた。


「なんでって……そんなの尾行したからに決まってるでしょ?」

「は!? び、尾行!?」

「うん。裕也くんはいつもこの時間帯に玄関を出るから予め待機してたの。でも今日はいつもより三十秒早かったね?」


そう言うとニコリと淑女スマイルを見せる楓夏。

その純粋無垢な眼差しに、裕也は背筋を凍らせてしまった。


「(悪びれる素振りもなく“尾行した”って堂々と言ったぞ!? な、何を考えてるんだこの人!? てかさっき“いつも”って……まさか今までずっと見られてたの?)」


目の前の少女に一種の恐怖を覚えてしまうが、偶然通りがかった犬に吠えられてハッとする。

取り敢えずこの動揺を隠すことが先決、そう決めた裕也は平生を装って言った。


「う、うん、そうなんだよ~。梅原さんと付き合えたからか身体の調子がとても良くってさ~、早く学校に行って梅原さんに会いたいなって思ってたんだ~」

「え、そうなの!? 嬉しい……! じゃあこうして登校中に会えたのも運命なのかも!」

「(どこが運命だよ。思いっきり出待ちしてたじゃん……)」

「ん? 何か言った?」

「ん~何でもないよ~?」


心が読まれたのかと驚くものの、なんとか誤魔化す。

「(怖!? 梅原さんって人の心読めるのか!?)」と内心ヒヤッとしたのは秘密だ。うん、秘密だ。

そんな恐怖に耐え忍んでいると、楓夏は急にソワソワと落ち着かない様子を見せ始める。

少し躊躇うものの、意を決した楓夏は、肩に掛ける鞄から何かを取り出して見せてきた。


「……あのね? 裕也くんに渡したいものがあるんだけど」

「え? 何その包み物」


疑問を投げかけると、楓夏はおもむろに包みを解いて手渡してくる。

木製の玉手箱のような形をしたモノ。これって……


「お弁当箱?」

「裕也くんっていつもコンビニ弁当でお昼済ましてるでしょ? でもそれだと栄養バランスが偏っちゃうから……」

「え? なんで俺がいつもコンビニ弁当食べてるって知ってるの? クラス違うよね?」

「ひじき煮と卵焼きと梅干しと……あとは裕也くんの大好きな唐揚げも入れておいたからね? ちょっと量が多かったかもだけど、裕也くん丁度食べ盛りだから全部食べられるよね?」

「あれ無視? 一応質問したんですけど俺……」

「あ、具材被りは気にしなくていいよ? ちゃんと昨日の晩御飯はチェック済みだから」

「もっと気にしてほしいところがあるんだけど!? ……ってえぇ!? なんで俺ん家の内情まで把握してんの!?」


堪らず声を荒げて抗議するが、楓夏の耳には入っていない様子。

いや正確にいえば、片側の耳からもう片側の耳へと筒抜けになっているようだ。何とも都合のいい耳をお持ちで。


「(ってかちょっと待て! 嘘だろ!? まさか俺ん家に盗聴器でも仕掛けられてんのか!?)」


てっきり漫画やドラマの世界の話だと思っていた。もし本当なら、俺ん家の個人情報が全て筒抜けってことか。


「ふふふっ」

「(怖……急に笑い出したぞ、この人)」


前言撤回。絶対仕掛けられてるな、この様子だと。


「まあ、軽い雑談はこれくらいにして……」

「軽い……?」


聞き捨てならないセリフを述べると、楓夏は制服のポケットからスマホを取り出す。

何度かのタップを経て、開かれたメッセージアプリをこちらに見せながら提案をしてきた。


「はい、これ私のアカウント。まだ交換してなかったもんね?」

「ああ、そういえば」

「昨夜電話しようとした時にやっと気がついたの。『あ、裕也くんとアカウント交換してない~っ!』 ……って」


わざとらしい慌て具合で当時の再現をする楓夏。

その様子に一瞬パジャマ姿を連想してしまうが、頭を横に振って煩悩を払いのける。

妄想反対、と一人菩薩を目指しながら自らのスマホを取り出し……と、そこでふと気がつく。


「(……これ、交換したらマズイのでは?)」


現時点で感じている恐怖や畏怖に引けを取らない、いや遥かに上回る怪奇現象が起こる予感しかしない。

今でも十分ヤバいのに、下手したら刑務所の囚人みたいな監視生活が始まるのでは――――――


「なにボーっとしてるの? ほら貸して」

「あ、ちょっ!?」


油断した隙にスマホを取り上げられ、目にも止まらぬ速さで友達申請を進められる。

そして事が済んだ頃には既に遅く、


「……はい、返すね」

「あ……」


ずっしりと重く感じるスマホを手渡しされると、裕也は緊張した面持ちで楓夏の横顔を覗く。

ニヤっと笑みを溢し、両手でスマホを包む楓夏は、その笑みを覗かせながら、くるりと裕也に振り返って囁いた。


「―――これでいつでも一緒だね? 裕也くん?」


本当に恐怖を感じた時、どうやら人は声を上げることさえできないらしい。

青ざめた表情を包み隠せず、裕也は切実にこう思った。


「(は、ははは……た、助けて……)」







「……それで昨日からずっと怯えてるってわけね」


翌日の教室でのこと。裕也の前の席に座る女子生徒―――桐栖秋菜きりすあきなは呆れ口調にそう囁く。

紙パックに入ったイチゴ牛乳をストローで吸い出しながら、気怠そうに頬杖をついていた。


「昨日だけで着信履歴が百件に個人メッセージが五十通……しかも全部内容が違うんだよ。もう怖くて既読しないようにしてるけど、寝てる間も着信音が鳴り止まなくて……」


そう言いながら両手で枕を作り、一人項垂れるのは裕也。恐怖を植え付けられた影響か、薄っすらと目元にクマができていた。


「てかさ、もう別れちゃいなよ。そんな女は大抵地雷だから」

「でも一昨日付き合ったばかりなのにすぐ別れを切り出すのって、梅原さんに失礼なんじゃ……」

「真面目か。相性が悪いならさ、早いうちに別れた方が尾を引かない分まだ楽だよ?」

「で、でも俺がまだ梅原さんの良いところを知らないだけだと思うし……一部分だけ見て見切りをつけるのはやっぱ失礼というか……」

「はぁ、こういう奴が狙われるんだろうな。とんだカモだこいつは。最早お買い得商品だわ」

「ひ、酷い……」


辛辣な言葉を吐かれ、裕也はさらに落ち込んでしまう。

秋菜とは家が隣同士ということもあり、小さい頃から慣れ親しんだ、謂わば幼馴染という関係だ。

そのせいか言葉回しに少々棘があり、容赦がない。


「(もう少しオブラートに包んでくれても良いじゃんか……)」


秋菜への不満を言ってしまいたい気持ちはあるが、今はそれ以上に息をひそめていたい。

楓夏から散々逃げ回ってようやく手に入れた安息の時間を手放すような真似だけはできない。

呼吸しただけで今にも監視者に居場所を特定されてしまいそうで、もはやデスゲームのようだった。


「……私と付き合えばいいのに」

「え? なんか言った?」

「はあ!? べ、別になんも言ってないしっ!」

「そう? ならいいけど……」


ボソッと言われたせいでよく聞き取れなかったが、まあ本人がそう否定するならそうなのだろう。

でも今、確かに“付き合う”って聞こえた気が――――――


――――――プルルルルルルッ


「ひぃッ!?」


突然ポケットから鳴り響く着信音。

刻まれた恐怖が全身に伝播していく。


「ちょちょっ!? いくらなんでもビビりすぎだって……!」

「秋菜はあいつを知らないからそう言えるんだよ! ヤヤヤバいってぇ……! 奴が来るぅ……ッ!」


そう言いながら秋菜の背中に隠れる裕也。

「ちょっ、シャツ引っ張らないでよ!」と慌てる秋菜に構う余裕などなく、刻一刻と迫る足音に全神経を注ぐ。

目を見開き、頬を伝う汗など気にせず、息を呑んで廊下の足音が去って行くのを待ち続けていた。


「……行ったか?」


静かになった廊下へそろりと顔を出す。

左右確認し、姿が消えたのを認めると、ようやく息を吐くことを許された。


「(あぁぁぁぁぁぁ~~~良かったぁぁぁぁ~~~!)」


ようやく解放された。マジで助かった。これで本日四回目の災いから逃れることができた。


「ありがとう秋菜……って秋菜?」


感謝をしようと振り返ると、なにやら秋菜の様子がおかしい。てか凄く顔が赤い。

両腕を深く組み、まるで何か大事なものが落ちないよう支えているような……


「裕也、マジであんた何考えてんの……?」

「へ?」

「~~~ッ! 無自覚が一番最悪なのよッ!!」

「いっぐうぅッ!?!?」


みぞおちをピンポイントに殴られ、あまりの苦痛に悶絶する。

地面でのた打ち回る裕也を蔑みながら、秋菜そのまま教室を出て行ってしまった。


「(い、痛えぇえええ……ッ!?)」


五度目の厄災はどうやら回避できなかったらしい。







「……げ」


その日の放課後、自宅までの帰り道を一人歩いていると、目の前に楓夏の姿が見えてしまった。

しかし、よく見ると何やらお取込み中の様子。コンビニ横の路地で複数人の男子生徒に囲まれていた。


「(急に着信が途絶えたと思ったら……梅原さん、他に用事があったのか)」


確かに彼女は学年一の美少女なのだから、自然と彼女の周りに人が集まるのも頷ける。

現に今だってそう。男子生徒から何かを迫られて――――――


「…………」


別に正義感が急に沸いた訳ではない。

もしかしたら自分の勘違いかもしれないし、彼女が必要としていないかもしれない。

けど、このまま放って置くのは自分を裏切るようで……だからこれは、ただの自己満足だ。


「―――ああ、梅原さんこんなとこにいたのか。結構探したぞ?」


意を決すると同時に囲いの中に潜り込み、彼女の手を掴む。

当の本人は「え……?」と驚いて目を見開いていたが、それも一瞬。パァっと顔を明るくした。

それにドキっとしつつ、裕也は彼女の手を引っ張り、


「じゃあ皆様すみません~。ちょおっとばかし彼女をお借りしていきますね~」

「あ? なんだお前? こっちは野郎になんて興味は――――ってちょっと待てよ!?」

「ではでは~」


小走りでその場を後にする二人。取り残された男子生徒らは有無を言わさずの状況でポカンとしていたが、裕也はそんなことをつゆ知らず。息を切らしながら、追手を撒こうと躍起になって走り続ける。


「(…………)」


その後を必死についていく楓夏。手を握ったまま先導する裕也の後ろ背中を、彼女はただ見ていることしか……

そして気がつけば二人は立ち止まっていて、示し合わせたわけでもなく膝に手をついて酸素を貪っていた。


「いやぁ……何とか撒いたな……」

「う、うん……」


笑顔でおどけた様子を見せる裕也に、楓夏は安心感を覚える。

さっきまでの恐怖が薄れ、次いで溢れてくる想いが身体中を優しく包み込んでくれた。


「でもどうして……? ずっと連絡取れなかったからもう帰っちゃったと思ってたのに」

「いやあれはその……まあ、ちょっと色々とね? てかそんなことよりさ、なんで上級生に絡まれてたんだよ? 梅原さんの知り合い……って感じには見えなかったけど」

「うん、合コンに来ないかって勧誘されてた……」

「……そっか」


そう言うと、裕也は気まずそうに目を伏せる。

頭を掻きながら、「怖かったろ」と申し訳なさそうに言った。


「……ぷっ、ふふ」

「な、なんだよ急に笑いやがって……」

「ふふっ、ご、ごめん。だって裕也くん何も悪いことしてないのにすごく申し訳なさそうにしてるから……っ」

「~~~っ!、くっ、心配して損したよ!」

「あっははは! ごめんて……!」


悔しそうに顔を歪める裕也に思わず笑みを溢してしまう。

眉をしかめる彼をよそに、満足するまで笑い続け、ようやく収まると楓夏は目を細めて囁いた。


「でもカッコよかった」

「お、おう……」

「やっぱり裕也くんは優しいよ。また惚れちゃったもん」

「そ、そうか……」

「うん、惚れた。昨日よりも裕也くんが好きになったよ」

「…………」

「あ、照れた」

「~~~っ! う、うっせぇ! もう帰るからな!」


アスファルトを強く踏みながら裕也はその場を離れていく。

彼の自宅までは数百メートル。今日はここでお開きだと思い、楓夏は踵を返そうとした。


「……好きかって言われるとまだ分からないけど」

「え?」


しかし、彼の足取りが突然止まる。振り向くと、彼は恥ずかしそうな表情を浮かべて立っていた。

視線を泳がせるものの、意を決したのか、こちらを真っ直ぐに見つめ、


「でも、昨日よりは梅原さんの良いところを知れた……と思う」


背後から差し込む夕焼けに中てられて、彼の頬はとても赤く見えた。


「……そっか。じゃあもっと好きになってもらわないと」

「だから好きってわけじゃ……」

「今晩も電話するからね? 今度はちゃんと出てよ?」

「うっ……!? そ、それはその……少しだけ加減してもらえると助かるというか……」

「ふふっ、今晩が楽しみだね?」

「あ、またスルーしやがった!」


窮屈に思える世界の片隅で、楓夏はにこりと笑う。

自分だけを大切に生きている人たちで溢れかえる世の中で出会えた、彼女の愛しい人へ、


―――好きだよ、と呟いた。







――――――プルルルルルルッ


「…………」


――――――プルルルルルルッ


「……」


――――――プルルルルルルッ


「…」


――――――プr

「あぁああああああ―――ッッ!!?? 今何時だと思ってんだあいつはぁああああ―――ッ!!??」


深夜四時。住宅街のとある一角で叫び声が聞こえると、警察に通報があったのはまた別のお話である。

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