二章 夢の羽音
二章 夢の羽音1
おかしな夢を見た朝の寝ざめは最悪だ。胸の奥が渇き、熱砂の嵐が吹きあれたようにザラついている。
かつて自分は一度、この夢を見たことがあるという感覚のせいだ。
この夢が続けば、嫌なものを見ることになるであろうことを、すでに知っている気がする。だが、それでいて、涙が出るほどなつかしい。
(あの女だ。おれの運命——)
ワレスに呪いをかけたのは、まちがいなく、あの女。
あの女以外を愛してはならないという呪いを。
(そうだ。おれは、いにしえの世で、シリウスという男だった。おれたちは出会い、愛しあい……そして、どうなったんだっけ?)
幸福になれた感触は、さっきの夢からは感じとれない。思いだせそうで思いだせない。いや、思いだしたくないのかもしれない。
しかし、問題は過去ではない。現在、それに続く未来だ。
ワレスは嫌な予感をおぼえながら、異国の安宿のベッドをおりた。旅装を整えて外へ出ると、ちょうど、レリスが宿に到着したところだった。
王都で女王を暗殺し、仕事は終えたが、かわりにレリスは友人を一人亡くした。
いつものパターンだ。追手がかかる前に逃げださなければならないのに、なげき悲しむレリスは弔いに三日もかけた。業を煮やして、ワレスはひと足さきに国境の宿まで来ていたのだが……。
予感は的中だ。
レリスの顔を見たとたん、ワレスは言い知れぬ諦観を味わった。
(こいつだな。あの夢の女)
どおりで初めて会った瞬間から、強烈な懐古の念を感じたはずだ。レリスはグローリア。数千年前に愛した女の生まれ変わりなのだ。
(くそッ。よりによって、このやっかいなジャジャ馬が、それなのか)
何がやっかいと言って、レリスは人を愛することができない。愛するという心を持っていない。それは感情がないという意味ではない。ふつうに笑うし、怒るし、悲しむ。だが、恋や愛情を感じる心だけがないのだ。旅のあいだに極度に勘のいいワレスだけが気づいた。
レリスは七歳より以前の記憶がない。おそらくそれほど強い恐怖を感じたせいだろう。そのため、ほんとの意味では他人を信じることができず、いつも不安をかかえている。したがって、他人を愛することができない。彼が心をゆるせるのは、故郷に残してきた妹だけだ。
それならそれで冷血一点張りなら、あきらめもついた。が、彼は基本的に善人だ。なので、自分が人の想いに応えられないぶん、自分を愛してくれる者たちに負いめをおぼえる。
ことに自分をかばって死なれでもすると、もうダメだ。死者への償いをはるかにこえる無償の奉仕を際限なく開始する。自分の命の危険すらかえりみない。おかげで、いつもワレスとは口ゲンカだ。
(初めて結ばれたのは、北タウロスの宿。というか、おれが襲ったよな。あいつがいつまでも死んだ山賊のことでグダグダ言うから、むかっ腹を立てて)
そう。あの山賊。グラノアではトール。北タウロスで再会した幼なじみ。王都では、レリスをかけて、ずっとワレスと争ってきたテラウェイが。
死すことや、それに劣らぬ窮地に立って、レリスの心をかき乱した。そのたびに、レリスは混乱し、ワレスの愛を足蹴にする。
ズルイじゃないか?
おれだけが、おまえを運命の相手だとおぼえているのは。
おれはおまえと何か約束をして、そのせいで、おまえ以外の人を愛せない呪いをかけられた。なのに、おまえは昔のことを忘れ、おれのことなど見むきもしない。
数千年前の約束なんて、さっさと無効になってしまえばいいのに、自分ときたら、それでもやはり、生まれ変わりの彼に首ったけ。なんだか理不尽に自分だけ重い枷がかけられている。
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