叫んで五月雨、金の雨。
湊咍人
白驟雨
視界を埋め尽くす車両前面部を、虫食いみたいに水滴が食いつぶしていた。
ホームから降りた際に右足首を捻ったようだ。金属質の冷たい雨の中、そこだけが妙に熱を持って気持ち悪かった。
金切り音が、電車を待つ乗客が散乱するホームを木霊する。
女の悲鳴にも聞こえる、無機質なブレーキ音。対照的に、私の口からは乾燥した笑いが零れるだけであった。
おもむろに振り返れば、そこには多くの感情があった。
無理解。驚愕。恐怖。
皆が目を背ける中、私は1人の少年と目が合った。
彼は、私が線路上に佇む姿を心底不思議そうに見つめていた。
「なんで、そこにいるの?」
時間にして、1秒もなかったはずの猶予。その中で、私の耳は確かに彼の言葉をとらえた。
何故。
私が、大きなミスを犯し取引先との関係を打ち切られたことか。
私が、ミスの後処理を失敗し会社を傾けたことか。
私が、責任を取る形で退職せざるを得ない状況にしてしまったことか。
私が?
私は心を病んでいるらしい。
既に今月の生活費の大半をギャンブルに費やしてしまったらしい。
妻は実家に帰る準備をしているらしい。
そんなことは知らない。
私が悪いのだろう。
運が悪いのだろう。
間が悪いのだろう。
何が悪いのだろう?
ただ、全身が数十トンの死に押しつぶされる瞬間。
私の脳裏には、目が合った少年と同じくらいの年齢の娘だけが───
◆
賠償金は、1500万円にも上った。
母子家庭となった私たちに払えるわけがない。既に年金生活を始めた私の両親も、愚かな男の両親にも返済能力はない。
私たちに選択肢はなかった。
あっけないほど簡単に、自己破産手続きは終了した。
「おとうさんは?」
ただ、何も理解できぬまま問う娘に、何と答えればよいのか。
そちらのほうが、比較にならぬほどに難しかった。
あんな、父親だっただけの肉塊を見せられるわけがない。
自己破産の事も、自殺の事も、この子に話すのは随分と先の話になるだろう。
或いは、知らせないままのほうが幸せなのかもしれない。
「おとうさんは、お仕事に行ったの」
「そっかぁ、さみしいね」
「......うん」
へにゃりと眉を下げ、舌足らずに囁く娘を強く抱きしめた。
私は逃げない。この子を守る。そう強く誓えた。
あの日の叫びも、涙も、血も、金も。
全て、雨が洗い流してくれたから。
叫んで五月雨、金の雨。 湊咍人 @nukegara5111
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます