探偵を殺すのは、

滝杉こげお

制限時間は5分間! 爆弾の起爆を阻止せよ!

 建ち並ぶビルは朽ち、コンクリート敷きの道路は大きくひび割れ、苔が辺りを覆う荒廃した街。

 かつての放射能汚染により文明から見放されたこの場所へ集められたのは、百を超える人間だ。


 しかもただの人間ではない。


 政界に属し金と権力の力で国家転覆を企てた政治犯。

 愛用のナイフ一本で数十年に渡り数百の罪を重ねた殺人鬼。

 国家中枢の機密情報から核兵器のパスコードまであらゆる情報を盗んできたハッカー。


 そんな度し難い犯罪者達が一同に集められているのだ。

 当然その理由は碌でもないものだ。


「探偵を殺せ、ですか」


 私は特注のケースに入れた爆弾を撫でる。

 かく言う私自身も犯罪者の一人。

 人類の浄化という崇高な使命のために活動するテロリストだ。


「使命のために、探偵には死んでもらいます」


 不運が重なり、私は犯罪者として捕まった。

 収監された先の監獄で、私はある取引を持ちかけられる。

 なんの冗談か探偵を殺せば釈放されるというのだ。


 示された書類は正式のもので、署名欄にはこの国の要人の名前まである。

 わざわざ犯罪者を使って殺しの依頼が掛かるとは、この探偵一体どんな恨みを買ったというのか。


 だが、これはチャンスだ。

 使命を再び果たすため。

 探偵を殺すのは、この私だ。




 廃墟となった家屋の屋根の上。

 私達を見下ろすようにトレンチコートを羽織る長身の男が姿を表す。


 間違いない。あれがターゲットの探偵だ。

 男の纏う尋常でないオーラが私にそう確信させる。

 男は拡声器を手に、ドスの利いた声で私たちへと語りかける。


「いいか。犯罪者どもよく聞け。今からお前たちは殺し屋だ。ターゲットは俺。俺を殺せばお前らの勝ちだ」


 周りから起こるのは熱気を孕んだざわめきだ。

 しかし男は私達を無視し話を続ける。


「対戦は一対一。俺を殺す手段は自由だ。ルールは事前に渡した紙に書いてあったよな? さあ、早い者勝ちだ。俺を殺せる自信があるやつはかかってこい!」


 男は言いたいことだけ言うとその場に腰を下ろした。

 その顔には揺るぎない自信の色が浮かんでいる。


 事前に渡された紙面に書かれていたルールは以下の通り。


・挑戦者は事前に一つ課題を用意する

・探偵がその課題を達成できなければ挑戦者の勝利。探偵は死に、挑戦者には刑役の免除と賞金十億円が与えられる。

・課題は一キロ四方の会場内で完結し、挑戦者が事前に挑戦し達成したものであれば内容を問わない


 つまり自分で作りクリアした課題を探偵に叩きつけ、探偵がクリアできなければこちらの勝ちというわけだ……正直言って簡単すぎるだろう。


 探偵より優れている技能があれば、確実に勝利できる。

 あとは、探偵自身が言ったように早いもの勝ちというわけだ。





 探偵へ挑戦した人数はすでに十人を超えた。

 

 撲殺魔は屈強な肉体を武器に戦闘を仕掛けるが、独特な身のこなしで攻撃を躱す探偵相手に一撃も与えられずそのままナイフで体を切り裂かれ倒された。


 絞殺魔はロープを武器に近・中距離での戦闘を得意とする殺人鬼だが、探偵が懐から取り出した銃で撃たれ地に伏した。


 スナイパーの課題は超遠距離にあるスイッチを打ちぬかなければ首輪がしまるというもの。しかし、いともたやすくスナイパーライフルを使いこなした探偵は早々に課題を達成する。


 詐欺師は自分だけしか知らないことを問うクイズを課題にしたが、探偵に自白剤を打たれ答えをゲロする羽目になる。


 他の挑戦者達も各々の勝算を持って探偵へと挑戦したが結果は全て惨敗。

 

 そしてようやく私の出番が回ってきた。

 先を越された時は焦ったが、運良く探偵は生き残ってくれた。

 やはり私は神に愛されているのだ。

 探偵を殺すのは、この私だ。



「次は爆弾魔か」


 屋根の上から私を見下ろして探偵が姿を現す。


「爆弾魔ですと? 私は崇高な使命を抱いたテロリストですよ。仲間内からは皇帝カイザーと呼ばれています」


「へぇ。それで皇帝カイザー様はどんな課題を出してくれるんだ」


「制限時間は五分。それまでにこの爆弾を解除してみせなさい」


 私は特注のケースから自作の時限爆弾を取り出す。


「指定した手順以外で解体しようとすればこの爆弾は爆発します。抱えて移動しても水平を検知するセンサーに引っかかり爆発。解除には4桁のパスコードを打ち込む必要があります。パスコードを一度でも間違えて入力すれば同様に爆発します」


「へえ。それでパスコードは?」


「これですよ」


 一枚の封筒を投げつける。

 探偵は封筒を乱暴に破ると中から便箋を取り出した。


皇帝カイザーからの挑戦状です! あなたには暗号で勝負を挑みます」


「『Pspdi Pspdi』、ねえ。どういう意味だ。こりゃ?」


「ヒントが欲しければ町の西にある市役所跡へ向かいなさい。走れば間に合うでしょう」


 ここで相手に変にごねられるわけにはいかない。

 私はわざと挑発的な口調で探偵を煽る。


「なるほどな。探偵である俺にヒントに頼って謎を解けと? 馬鹿にするな。こんな簡単な課題、ヒントなんていらねえ」


「随分な自信ですね。精々あがいてみてください。さあ、賽は投げられた! ゲームスタートです」


 私の宣言と共に爆弾の電光表示が点灯する。

 表示される制限時間は五分。

 すぐさま探偵が動き出す。


「っ!?」


 探偵が向かうのは爆弾のもとではなく、こちらだった!

 私も慌てて逃げ出すが相手は流石の身のこなしだ。

 私との距離はすぐに詰まる。

 

「離しなさい!」


「死にたくなければじっとしていろ」


 組み伏せられた私の首に薬剤が打ち込まれる。

 おそらく暗示の類なのだろう。

 薬剤を打ち込まれた瞬間、自分が探偵からの質問に嘘を吐けなくなったことを自覚する。


「爆弾の解除なんて探偵の仕事じゃねえからな。そんな雑務は本人にやらせちまえばいい。さあ、爆弾のパスコードを吐きな!」 


 得意げな探偵の言葉。

 ……想定通りの展開にニヤリと、思わず頬がゆるみそうになる。


「パスコードですか。私自身は知りませんよ」


「はあ? どういうことだ」


 探偵の顔に疑問符が浮かぶ。

 自白剤の影響で私は嘘を吐けないのだ。

 まさか課題の制作者が暗号の答えを知らないとは探偵も予想外だろう。

 私は笑いを堪える。


 だが、まだ笑うな。

 ここで時間を稼ぐ。

 そうすれば私の勝ちだ!


「用意した暗号は私の知人に頼んで作成してもらったものです。私も貴方が読み上げるまで内容を知りませんでした。そしてこの暗号は市役所にあるヒントが無ければ解けません。つまり爆弾の制作者である私でも今の状況では爆弾を止めることはできない」

 

 私の説明に、けれども探偵は首を振る。


「甘いな。つまりお前はこの状況を予想していたということだろ? なら俺がこうするかもしれねえって予想できるはずだ」


 探偵は私を軽々と持ち上げると爆弾の元へと近づいていく。


「この距離で爆発すればお前の命もないぜ。自白の対策をしているってことは俺に捕まることを想定していたはずだ。なら当然爆弾の解除手段を用意しているよな」


「……くっ、くくく」


 探偵の物言いに堪えきれず笑いを漏らしてしまう。


「何がおかしい! さっさと爆弾の解除方法を吐け」


「ありませんよ。そんなもの」


 残り時間は残り三分。

 市役所跡まではどう走っても片道二分は掛かる。

 爆弾には傾きを検知し爆発する機構がついている。

 仮に爆弾を持って市役所へ移動しようと今度は走ることができない。

 つまり、タイムリミットだ!


「おい! 冗談を言ってる場合じゃねえぞ。このままじゃお前は死ぬ。俺に勝って釈放されても、命がねえんじゃなんの意味もない」


「私の目的は最初から賞金の十億です。私が死のうと爆弾の解除が成されなければ勝つのは私です。私はテロリスト、この十億で同士達が活動を拡大できる」


「最初から死ぬ気だったって言うのかよ」


 探偵が初めて狼狽した表情を見せる。


「その通りです。あなたが素直に市役所へ向かった場合でもこの場に残った爆弾に誤ったパスコードを私が入力する。ルールでは私自身が達成した課題であれば出題可能ということでした。私の挑戦に私自身は邪魔に入れませんからね。ルールの穴を付かさせていただきましたよ。これで爆弾は爆発し課題は失敗となる。どう転んでもあなたが敗北する私の命を懸けた課題。達成できるものならしてみてください!」

 

 使命の為ならこの命も惜しくはない。

 これで私の勝ちだ。

 探偵を殺すのは、この私だ!




「く、くくく」


 私の勝利宣言を受け、探偵が浮かべるのは敗北の悲嘆ではなく嘲笑の笑みだった。


「何がおかしいのです? もしかして気でも触れましたか」


「いや、単純に嬉しいんだよ。しょっぱい課題を出されたと思ってさっきまで俺は落胆していたんだ。だがどうだ。お前は二重三重に罠を張り、命まで掛けてみせた。俺はお前を気に入ったんだぜ? このまま死なせるわけには行かねえよな!」


 探偵はそう宣言すると爆弾に手を触れる。


「まさか出鱈目に数字を打ち込むつもりですか!? パスコードは四桁。一万通りです。当たるわけがない!」


「一万通り? 何のことだ。試すのはたったの二十六通り、いや元の文字列を弾いて二十五通りだ。三分もあれば俺なら総当りできる」


 探偵は自信満々に爆弾へ数字を入力していく。

 馬鹿な。今逃げ出せば課題は達成できなくとも命は助かるというのに……いや。

 今二十六通りといったか?

 私は脳裏をよぎった最悪の可能性に身震いする。


 探偵はパスコードの入力を終え、最後に確定ボタンを押し込む。

 私は爆発を予想し身構える、が。


「残念だったな皇帝カイザー。この程度の課題で探偵を殺すのは、不可能だ!」


 いつまで待っても爆弾は沈黙したままだ。

 私は茫然自失としたまま、自身の敗北を理解したのだった。





 全てが終わった。

 勝負に負けた私は手錠をかけられ、再び刑務所へと戻ることになる。


 警察車両に連行される私の前に探偵がフラリと現れる。

 私はどうしても聞きたかった疑問を口にする。


「どうして爆弾のパスコードが分かったんですか? 貴方は『鍵』を見ていない。暗号を解けるはずがないんだ」


 私の出した暗号は『鍵』が無ければ解けない類のものだ。

 市役所に隠したヒントがその鍵。

 探偵はそれを確認していないはず。


「種明かしが必要か? こんな力技の暗号解読は美しくねえ。あまり話したくはないんだが……推理披露も探偵の仕事だ。話してやるよ」


 探偵は口調とは裏腹に鷹揚な態度で、自身の推理を話し始める。


「今回お前が用意したのはシーザー暗号だ。与えられた文字列を『鍵』の分だけずらすことで暗号に変換される前の元の文字列を導き出すことができる」


 探偵の言葉に私は息をのむ。

 確かに暗号は探偵の言う通りシーザー暗号を使っている。

 例えば暗号文が『Jgnnq』で鍵が『2』の場合、『J』を二つ上にずらすと『H』。

 他の文字にも同様の操作を行うと元の文章は『Hello』だと分かる。


「……ですが、あなたは暗号の鍵を確認していないはず」


「そんなもの総当たりしただけだ」


「なっ、そんな馬鹿な!?」


 アルファベットは全部で二十六文字。

 元の文字列を除けば可能性がある文字列は二十五種類ある。

 探偵はメモを取った様子もない。

 三分足らずの間に文字列すべてを総当たりしたというのか?


「実際には考える必要のない文字列もあるからな。まあ、お前とは頭の出来が違うということだな」


「いや、それにしたっておかしい。どうして暗号がシーザー暗号だとわかったんだ」


「それはお前から、あれだけヒントを与えられたらなあ」


「なっ」


 まさか、バレていたのか。


「ヒントは二つ。一つはお前の名前だ。ドイツ語の『Kaiserカイザー』はもともと共和政ローマの末期に君臨した政務官、ガイウス・ユリウス・カエサルに由来する。そしてカエサルを英語読みすればだ。皇帝カイザーからの暗号と言えばシーザー暗号と推測できる。もともとシーザー暗号を最初に使った人物がカエサルだといわれていることからシーザー暗号の名がついたぐらいだからな」


「ぐっ……」


「そしてもう一つ。お前のスタートの掛け声、『賽は投げられた』。これもカエサルの有名なセリフだよな。これだけヒントを出しておいて、なぜシーザー暗号だと分かったかだと? 俺をなめすぎだ」


「……」


 探偵から人差し指を突き立てられ、私は言葉を失う。


「入力する数字は四桁。暗号文の文字数と合わない以上、暗号文は何らかの数字を表す言葉になるはずだ。それが当てはまるのは一種類。鍵が『10』、元の文字列は『Fifty50 Fifty50』。俺相手に五分五分フィフティフィフティの勝負を挑もうと思っていたのか? 図に乗りすぎだ」




「探偵をころすのは、不可能ナッシングだ」


 探偵は不敵に笑うと次なる挑戦者を求め、踵を返し颯爽と去っていった。

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