幕間 ロジャー・バロン=ウルカンの後悔1

「ロジャー卿、貴殿に頼みがある・・・我が領地の領民達を匿って欲しい」


 全てはこの一言から始まった。縁戚者ソーマイト・アール=ウルカン。縁戚といっても繋がっている箇所を探すには何世代か遡らなければならない。つまり俺にとってはウルカン違いというヤツに過ぎない。


 ソーマイトは当主になる前から王立士官学校での学生時代から活躍しており勉学も実技も常に上位を勝ち取る秀才で、同期の俺などは雲の上の存在だった。周囲の奴らからはよくウルカン違いをネタにして揶われたものだ。訳もなくヤツに対する憎しみを募らせていた。



 アール=ウルカン領は広大な領地で国境沿いに位置するため重要な拠点となる、どちらかというと伯爵というより辺境伯の領土に近い。


 一方その隣にある我がバロン=ウルカン領はアール領に比べれば狭いが、バロンとしては領土も生産力も他の同格の領地よりも優れている。これもご先祖様のお陰で我々子孫はその功績を守り続ける義務がある。



 バロン(男爵)の爵位を受け先祖の領地を賜ってから十数年後、隣のアール=ウルカン領の荒地にモンスターのスタンピードが発生したようだ。いち早く情報を掴んだソーマイトは非戦闘員である領民の避難を俺に依頼してきた。


 我が領地はソーマイトの領民達の避難民の一時的な受け入れ程度ならば問題は無い。それよりもこの状況は俺にとって好機だ。


「わかりました、ソーマイト卿の領民は責任をもって我が領地にて避難させ再び故郷に戻れるよう便宜を計っておきましょう」

「すまない、恩に着る・・・」


 ソーマイトは平身低頭の態度を崩さず礼を述べた後引き取った。広大な領地を抱えるアール(伯爵)なのに格下の俺に頼らざるを得ないとは憐れなものだ。



 ソーマイトの領民達を預かった後ゆるゆると戦闘準備に入る。「アール=ウルカン領でのスタンピードは人ごとではありませんぞ」と支度に急がせる我が家の家令を抑えて最少数の兵を同行させてアール=ウルカン領に入る。


 想像を絶する光景だった。壊された防壁にモンスターと人間達の死体・・・まさに生きているのは我々だけという状況だ。先に放った斥候からソーマイトおよびアール=ウルカン家の家臣達の戦死の報告を受けている。

 更にスタンピードで侵入してきたモンスターは領地には生存していないという事。これなら我が領地までモンスターが侵入してくる事はない。


 念のための防衛として兵士達を領地に帰還させて、俺は3人の兵士を同行させて急ぎ王城に足を運ぶ。



「・・・なるほど、貴殿が到着した際にはすでにソーマイト・アール=ウルカンおよびその家臣達は全員死亡・・・という事か」

「面目次第もありません、私の行動が遅きに過ぎました」


 御前で跪き、ただただ平身低頭し国王陛下の言葉を待つ。


「ソーマイトの後継者は確かまだ10歳ぐらいの娘一人だったと聞く・・・その様子では恐らく生きてはいまいし、生きていたとしてもその歳でアール=ウルカンの当主を勤める事は不可能だ・・・良かろう、ロジャー・バロン=ウルカンはバロンからアールに陞爵・・・既存の領地も含め隣領地アール=ウルカン領の管理の権限を与えるものとする!」


 あまりに希望通りの展開に思わず喜びで飛び上がりそうになるも必死に抑える。


「お、お待ち下さいませ!バロンの私などでは到底アールの領地までは」

「承知しておる、しかし無闇と空白地を作る訳にも行かぬ・・・それにアールの地は国境沿いだ、誰かが当主として管理せねば他国に侵入される・・・貴殿には大役を与えることになるが任せたい」


「・・・お言葉承りました、このロジャーは陛下のご期待に背くことのないよう粉骨砕身したく思います!」

「頼もしい返事だ、宜しく頼む」


 このやり取りだけで俺がずっと越えられなかったソーマイトの領地が手に入った。なぜか同席していた幼い王子が厳しい目を向けていたような気がするが考え過ぎだろう。



 翌日、家族と家臣達を連れてアール=ウルカン当主としてソーマイトの屋敷に向かう。今までよりも広い領地の上に税収にも期待できるので気分はウキウキワクワクだ。


 屋敷に着き使用人達に家財道具の荷物を運びこませてくつろぐ。やはり元我が家と違い大きい屋敷。今日からは俺のものだ。



「こちらにおわすお方はソーマイト・アール=ウルカン様が一子、マィソーマ・ウルカン様でございます!」

「この家は私のものです、すぐに返して下さいまし!!」


 突然冒険者2人組に連れられた男女2人の子供が屋敷にやってきてソーマイトの娘を名乗る。俺はソーマイトとは家族づきあいなどなかったので正直分からない。


「マィソーマ・ウルカン?そんなのは知らん!我がウルカンを騙る愚か者め!!さっさと出て行かないと憲兵隊に突きだすぞ!」


 とりあえず追い出す事にする。こんな事をいちいち認めているとスタンピードで生き残っている難民までソーマイトの子供だと名乗り出てきそうだからだ。


「あらやだ、こんなみすぼらしい子達なんて知りませんよ!冒険者まで一緒になって・・・困りますわね?」

「さっさと出てけ!ここは僕達のウチだぞっ!!」


 そばにいた妻バーバラと一人息子キースの追い打ちもあって子供2人は泣きながら冒険者達と一緒に屋敷を引き取る。


 冒険者の一人が俺を据わった目で睨んでいた。あんな目をする人間は立場を越えて何をするか分からん。ロザリスから来たと言っていたからギルド・グラーナに発破を掛けて国外退去でも命じておこう。



 屋敷を調べるとソーマイトは金をかなり貯め込んでいたようだ。これなら領地経営に頼らなくとも10年は食っていけそうだ。広大な領地からは更に巨額な税収が見込めるに違いない!


 俺の手でこのウルカン領を発展させてやる!

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