第14話 デルト・・・ごめんなさい

「ぅぐ!・・・はぁはぁ・・・」


 パルチザンは私の目の前の床に突き刺さっている。もう少しで首を切断されるところだったけどこれはチャンスだ。武器に触れさえすれば床を溶かしてすぐに持ち直せる!


「もうお止め下さい、マィソーマ・カウンテス=ウルカン・・・いえ、マィソーマお嬢様」


 そう言って脱いだローブの下には・・・すっかり顔つきの変わってしまったデルトの顔があった。あれほど澄んでいた目には光がなく見つめられていると寒気をもよおすほどだ。かろうじて昔の面影が残っているので判別できるに過ぎない。


 怖気づきそうになった心を奮い起こして尋ねる。


「デルト・・・どうしてアタシを・・・」

 

「それを聞くんですか?貴方がたが僕に何をしたのかお忘れのようだ」


「・・・覚えているわ、でもあの時は仕方が無かった・・・Aランクになるためには」


「役立たずの僕は要らない、ということでしたよね?かと言って恨まれる筋合いはない・・・とは言わせませんよ」


 私の質問に軽く答えるデルト・・・言葉にこそ恨みつらみがこもっているものの本心、というより何事に対してももはや眼中にないといった感情が声音を通して伝わってくる。


「お嬢様は僕に『アンタはぜんぜん強くなって無い』と仰いましたね?だから強くなって戻って来たんですよ、ガランドにアザヌそしてスラク・・・さすがに彼らを相手にするのは骨が折れると覚悟はしてましたけど・・・爵位をもらったお嬢様もですが冒険者の頃より明らかに弱ってましたね?これは拍子抜けだ、ハハハ」


 デルトの嘲る笑いに怒りで目の前が真っ赤になる。


「ぐっ、あの3人をバカにすることはさせない!取り消しなさ・・・ぎゃぁ!」


 目の前に突き刺さったパルチザンに手を掛けた瞬間、私の身体に衝撃が走る。


「だからさっき『お止め下さい』と言ったでしょう?力の弱い僕がそのまま武器を返すワケないですよ・・・僕の真の力はよく身体に通っているハズです」


「はぁはぁ・・・真の・・・ちか・・・ぁがぁ!」


 デルトは私の身体を蹴飛ばして仰向けにさせる。さきほど身体に流れた衝撃は私の自由を許さない。


「失礼ですが仰向けにさせてもらいました、これ以上コソコソ小細工をされるのも面倒なので・・・じゃあそろそろトドメといきましょう、ガランドを始末した技でね」


 そういったデルトは革袋にいくつかの小さなうすっぺらい鉄片のようなものを入れる。その袋は柔らかく形を変えている。


「知っての通り僕の属性は水、なので水の中の物を自在に動かすこともできるんです・・・見ての通りカミソリを仕込みましたので」


 水の中の物を操る・・・それはつまり!


「ガランドの切り傷の痕はそれが原因・・・ぁぶっ!!」


 アタシが言い終わる前に革袋の水を頭にぶっかけられる。


「ご名答!僕の水属性は弱い、だったら刃物を仕込ませておけば殺傷力は十分です・・・この状態で相手の身体に取りつけば回避は不可能、人間の弱点の頸動脈なんて簡単に切り裂けます」


「あ、ぁぐっ!ぁぁああああああぁぁぁぁあああああ!!」


 デルトのかけた水が首のあたりを這いずり回る・・・いつ首を斬られるか分からない恐怖のあまり声をあげてしまう。

 しかしいつまで経っても肉を切られる感触はなく、逆に頭が軽くなっていく。


「一度は失った身分と領地を取り返した英雄が何とも呆気ない結末だ・・・これでマィソーマ・カウンテス=ウルカンはこの世から完全に消えます・・・最後に遺言でもあればお聞きしましょう」


 嫌らしく水の這いずり回る感触の中、今までの出来事が頭の中で甦る。


 小さい頃のデルトと時にはケンカもしながら仲良く遊んでいた事。

 領地にモンスターが発生してお父様とお母様、村の大人達が戦った事。

 亡くなった大人達をアタシ達2人と2人の冒険者で埋葬した事。

 屋敷を奪ったロジャー・ウルカンから叩きだされた事。

 デルトの励ましでギルド「グラーナ」で冒険者手続きをした事。

 初めてのクエストでお互いに傷だらけになりながらも依頼を達成した事。

 パーティー「リュウコ」に誘われて参入した事・・・


 そこまで思い出したアタシはお腹に力を入れて息を吸い話し始める。


「で・・・デル・・・ト・・・アタ・・・しは」


「何ですか?僕を追放した事への謝罪なら聞きましょう・・・さぁどうぞ」


 聞き取りにくいのかデルトが動けないアタシのそばまでくる。力を振り絞って声をだす。


「アタシが追い出したアンタに・・・謝罪なんかするかぁあああ!アタシの仲間を奪い、取り返したものを奪ってったアンタは・・・アタシの敵だぁぁぁぁ!遊んでないで早く殺しなさいよぉぉおおお!!」


「・・・・・・・・」


 デルトの目が大きく見開かれている。まるで追放を言い渡した時のようだ。


「あっ・・・アハハハハハ!さすがお嬢様だ!こんな状況で戦う意思を失わないなんて・・・どうあっても引き下がらない根性、そんなお嬢様が好きだったんですよ!!」


「ぅるさい・・・!笑うな!!バカにするなっ!!!アタシはアンタのモノになんかならない!!殺せないなら自分で始末をつけてやる!!」


 意を決したアタシは舌を噛む。これ以上デルトに弄ばれるのはゴメンだ。


「ぐ・・・がはっ!!」


 瞬間、腹に鈍痛が走る・・・舌を噛みちぎるため歯を食いしばった口は開きよだれが漏れる。


「そうはさせませんよ、敬愛するお嬢様は僕の手で始末しますので・・・ではお休みなさいませ、―――」


 アタシの胸に手を添えたデルトの手から凄まじい衝撃が走る!あまりの威力に叫び声すら上げられない・・・。

 私の意識は・・・遠のいていく・・・これが「死」か。


 でもお父様とお母様の仇は討てたし屋敷を取り戻す事もできた。貴族社会では見事に失敗して王都を追い出されたけれどあんなところにもう未練は無い。

 アタシの都合に巻き込んでしまったガランドやアザヌにスラクの3人には悪いがアタシの人生に悔いはない。


 あるとすれば・・・デルトの事だ。


 小さい時からずっと助けてくれた事。

 ウルカン領が奪われた日から一緒にやって行こうと約束した事。

 冒険者となってからもより一層守ってくれた事。


 そのデルトを裏切った事はどれだけ謝罪しても決して許される事ではないし、都合よく許してもらうつもりもない。けれど死に際になってもう二度と彼と話せなくなると思えば、意地を張らず素直に言えば良かったのかも知れない。


 デルト・・・ごめんなさい。


・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

・・



―――――



「『シャンゾル王国のマィソーマ・カウンテス=ウルカン、何者かの手により暗殺

 ウルカン卿は領地・領民を顧みることなく横暴に過ごす振る舞いあり。

 更には卿の憲兵隊時代からクロン・デューク=エアド前宰相と裏取引をし敵対

 派閥の貴族家はおろか何の罪もない家にまで手を掛けてきた事は重罪となる。

 シャンゾル王国国王は当主マィソーマから爵位と貴族籍を剥奪し領地を没収し

 公開処刑を申し渡す予定であった・・・』・・・とこんなものか」


「ではこれにて・・・おい、この文面を広報局に回しておけ」

「はっ」


 従者は俺から書類を受け取ると小走りになって部屋を後にした。父上は天井を見上げてつぶやく。


「すでにクーデターを起こしたニコライ・ガルナノは亡く、宰相で政務を牛耳ろうとしていたクロン・エアドも引退・・・見事に邪魔者達が退場したようだな、所詮は跳ねっ返りの小娘に過ぎなかったマィソーマ・ウルカンはこの2人に付き合わせたようで気の毒だったが」


「いえ、あれは貴族に相応しくありませんよ・・・自分の領地を蔑ろにして派閥争いに夢中になるなど・・・とはいえ後に残っている者達に期待できるかどうか・・・その跳ねっ返りに評判を潰されたトルゴ・デューク=リードフにアーリン・マークィス=ウィンドル、ロクな人材がいませんな」


「ああ、だからこそ王国を我々の手に取り戻すのだ!クライツ、これから先が大変だぞ?」

「承知しております父上・・・ところで当主のいないウルカン領ですが」


「ふむ・・・あそこは本当に貧しい領地だ、くれてやると言っても誰も欲しがらない・・・どうしたものだろうか」

「王国直轄領で結構です、俺に任せて下されば5~6年で豊穣な農地にしてみせますよ」


「大きく出たな、普通はどれだけ早くとも10年単位は見ておかなければならぬ話だぞ?それほどいうならやってみせい、自分の公務もあることを忘れんようにな?」

「ご心配なく、よき家臣・・・いや素晴らしい友人に恵まれましたので」


「ほぅ、気難しいお主が友人とは・・・一度会って見たいものだ」

「大人しい性格ですが結果は必ず出せる男ですよ、その時にでも」

「頼んだぞ、クライツ」

「畏まりました父上・・・ハイベルク・ロイヤル=シャンゾル陛下」

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