幕間 ロジャー・バロン=ウルカンの後悔2

 避難させていたアールの領民を領地に返してから一年後、領地の収益を見て愕然とする。


「な、なんだこれは?この生産率では我がバロンの領地の方が上回っているではないか!!」

「はっ、私も正直驚きましたが何分にも貧しい領地に特産品もなく・・・無闇に税収を上げることも適いません」


 俺の苛立った疑問に答える執事、彼はアール=ウルカン新当主として領地を預かった時に新雇用した経営人なので今までの領地の収益の事は全く知らない。


 そこで俺は領地の視察に出掛ける。どこもかしこも畑には満足な作物が育っていない。こんな中から税を支払っているのは奇跡と言えるだろう。


 視察していると領民達に行きあうが誰も彼もが冷たい視線を送ってくる。領主に、またスタンピードの際に避難させてやった恩人に対して不敬な態度だが、領主になってからというものこの地に足を運んでいなかったのが原因か。



 その理由は王都で行われている貴族同士の派閥争いだ。


 一つはクロン・デューク=エアド率いる保守派、もう一方はニコライ・マークィス=ガルナノ率いる改革派。我がウルカン家はマークィス=ガルナノの傘下に入っている。

 派閥では何かと会合を催したりパーティーなどで交流を結んでおかないと中立派となり貴族社会では爪弾きにされてしまい王都での居場所はなくなる。そうなれば貴族の持つ人脈に頼れなくなり人材はおろか物流にまで影響を及ぼしてしまう。

 公爵位を持つトルゴ・デューク=リードフでさえ中立派である影響を受け貴族会議などでは発言権が弱い。


 身体は一つしかないため王都のウルカン屋敷を拠点として貴族屋敷に足げく通う始末。そして派閥運動では何かと運営資金が必要になる。しかしその資金はウルカン領地からは期待できない。


 ソーマイトの貯蓄していた財産も何年もこうして過ごしていれば底を尽きそうだ。元々のバロン=ウルカン領地からの収益を補填しなければやっていけん。


 更に始末の悪い事に俺の家族までが足を引っ張っている。


「貴方、アール=フィーレン夫人が珍しいブレスレットを持っていらっしゃって・・・私にもギルドで直接買わせて頂けないかしら?」


 妻バーバラは派閥内の貴族夫人との交流を任せているが出費が激しい。何とか口八丁で抑えてはいるがいずれ限界がくるだろう。


「すまん親父・・・またデキちまったぜ」


 息子キースは無類の女好きに育ってしまったようだ。とは言っても同じ貴族同士では付き合いにも金がいるから相手にせず、専ら平民の女達に手を出しているようだ。

 俺も嫌いな話ではないが次から次へと問題を起こしては相手の家に慰謝料を払って行くのも限度がある。いずれ騎士団に入れて性根を鍛えてもらう以外にない。



 このような実態が分かっていればソーマイトを見殺しにして領地を横取りなどしなければ良かった。つくづくそう思い始めている。

 こんな貧しい領地なのにソーマイトはなぜ悠々としていられたのだろうか?これではいっその事領地を王国に売って金にした方が遥かに有益だ。


 ふと士官学校時代のソーマイトが学校主催のパーティーで周囲の人間に語りかけていた言葉が蘇る。


---


「わが領地は代々受け継がれてきているが正直貧乏だ・・・でもそれも私の代で終わりにしてやる!親友のラートも手伝ってくれるからな?」

「あんまり期待しないでくれソーマイト、リューノもウルカン領に行く事は賛成してくれているが彼女サンはどうなんだい?」


「マィリーンか?アイツは王都にいると気忙しいと言ってたからな、ウルカン領に連れてったらのんびりできそうだと喜んでくれたよ!というワケでラートには期待しているぞ!」

「参ったなぁ・・・まぁ嫁ごと雇ってもらう以上は誠心誠意を尽くしますよ、ソーマイト・アール=ウルカン様」

「バカ、爵位はまだ受けてないから早過ぎるって!!」


---


 会場が笑いに包まれていた。そうか、アイツはこの現状を知っていたからこそ実技も学習も必死にやっていたんだな・・・悠々自適に見えていたのは何としても領地を立て直す覚悟があったからだろう。


 そしてソーマイトの横に立っていたのはラート・ミナズ、平民ながら頭が切れ勉学だけなら首席をキープしていた。ソーマイトとは親友同士で彼の領地に執事として働くため文官職からの推薦を断ったそうな。それだけ2人の友情は固いものだという事か。



 対する俺には・・・人を惹きつけるような実技や才覚はない。信頼に値する友もいない。これではウルカン領を発展させていくなんてとてもとても無理だ。


 自分の限界を悟った俺は・・・背伸びをすることを止めた。

 領地経営も派閥運動もそれなりにやっておけば何とか取り残されないで済む。場合によっては広大な領地を切り取って王家に売ってしまうのも一つの手だ。


 所詮、俺はただの男に過ぎない。


◆◆◆


「我が屋敷と伯爵家を簒奪したロジャー、今日こそ天誅を加える!!はぁああああ!」


 俺の胸板目がけて巨大な槍が突き刺される・・・まさか本当にソーマイトの娘だったとは。後悔と懺悔に潰されそうになりながらも、


「ぐふっ・・・あ、あの時追い出さずに始末しておけば・・・ぁぐっ!!」


 こんな言葉が出てしまう。もう彼女に謝罪できる状態でないのは分かっている。このまま悪党として人生を終えよう。


 ソーマイトの娘は俺を串刺しにしていた槍を引き抜いて返す刀で首を刎ねた・・・見事だ。

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