お茶を持って参りました(ハンナ視点2)

 雨が降り続いている。もうかれこれ3日間だ。


 代官様は構わず水路工事をなさろうとするも父さまが必死に留める。農作物には十分過ぎるほど水を与えているし、雨の中で無理矢理作業すればご病気になってしまうからだ。さすがの代官様も父さまの意見には逆らえず屋敷で引きこもっている。


 私も仕事がないので暇を持て余している。


「・・・だから僕の私財を・・・」

「失礼ながらそれでは焼け石に水です!大体・・・」

「しかし今やらないと・・・」


 執務室を通り過ぎると喧騒が聞こえてくる、代官様と父さまだ。


 代官様曰く「領地に相応しい農業のために学者を呼んで地質調査をしたい」そうだ。今取りかかっている水路が完成したとしても、実際に育てる作物の種類が土地の土に合わないと育たないので専門家を呼びたいらしい。


 しかし父さま曰く「とてもじゃないが学者の研究費用はこの領では賄えない」という意見だ。この領地は2代続いた悪徳領主のせいで収益はほとんどなく未だに放棄された農地も少なくない。とてもじゃないけど莫大な研究費用などは出せない。


 どちらの意見も正しい事は言い争っている2人が一番よく分かっているハズ。こんな時こそお茶でも飲んで気分を軽くして欲しいのにご用はかからない。何とも遣る瀬無いわね。


 この天気だと洗濯もできないし・・・ここは一つ屋敷内の点検でもしますか!



「げほっ・・・くぁ・・・何これ?」


 屋敷の地下室の物置を開けてみれば部屋の中はほこりっぽく白いものに覆い付くされている。どうやら大量の紙が乱雑に放りこまれて何年も経っていたようだ・・・何かの書類のようだけど?

 一枚一枚丁寧に重ねていくとそれが何かの研究結果だという事が分かる。私は騎士の娘だから文字は読めるけどこんな学術用語が書かれた文章は苦手だ。


 ひょっとすれば代官様なら何か分かるかも知れない。父さま曰く「代官様は5人分の文官と同じ能力」らしいから。



「失礼します、お茶を持って参りました・・・お2人とも一度休憩して下さいな」


 ノックをしてからカートをもって部屋の中に入り込む。その様子に争っていた2人が唖然と見ている。


「ハンナ、すまないけど今お茶は要らない」

「この大事な時に・・・早く下がりなさい!」


 またも険悪なムードになる2人。これじゃ決着は永久につかないわね。気分転換になればとあの書類を見せる。


「恐れ入ります、実は代官様に確認して頂きたいものがありまして・・・」


「何だその紙クズは!古ぼけてたりクシャクシャになったりでとても読めたものじゃない!早く始末しなさ」


「待ってハインツ!・・・これは・・・このウルカン領の地質調査の結果じゃないか!!一体これをどこで?!」

「屋敷の地下室ですわ、一か所だけ長く放置されていた物置の中に乱雑に放りこまれてまして・・・」


「地下室・・・あそこか!ハインツにハンナ!今すぐ使用人達全員でその書類を・・・いや僕もそこへ行く!2人とも手伝ってくれ!!」

「は・・・ははっ!案内しろハンナ!」

「はいっ!」



 一時間後、全ての書類は執務室に運ばれてきた。私達3人はクシャクシャになった書類を一枚いちまい広げて重ねていく。


「これはソーマイト様の業績だ・・・やっぱりあの方は父さんと一緒にここまでの事をされていたのか!ロジャーの奴らは領主様の貯蓄していた資金を使って遊び倒していたからな・・・こんな紙束はヤツラにはゴミ同然だったんだろう、よくも燃やさずに残してくれたもんだ」


 聞くところによると3代前のご領主様の名前がソーマイト・アール=ウルカン。父さまがこの領地にいた頃の領主様らしい。何でも11年前のモンスターのスタンピードでお亡くなりになったとか。


 そして代官様の仰る「父さん」とはソーマイト・ウルカン卿の執事だった方。主君と同じくスタンピードで戦死された代官様のお父様・・・だからこそこの領地の復興に情熱を傾けられるのか。


 更にロジャーとは2代前のウルカン領主。ソーマイト・ウルカン卿の後を継いでウルカン領主になったけど豪遊三昧で領地を顧みなかった悪徳領主。それが元で憲兵隊に処刑されたのはここ1年以上前なので記憶に新しい。



 父さまが関心しながら書類を確認している。


「どれもこれも抜け目なくきっちりと書かれておりますな・・・この領地はスタンピードこそありましたが領の地形や地質はそれほど11年前と変わっていないハズ、という事は今もなお有効な情報となるのでは?」


「そうだよハインツ、それにその地質に合った植物の種類までしっかりと書いて下さっている・・・これで学者を呼んで莫大な研究費用を支払う必要はなくなる!これを見つけてきてくれてありがとう、ハンナ!君は僕の・・・いやこの領地の恩人だ!」

「えっ・・・あっ!!」


 そういって代官様は私の手を両手で握りしめる・・・突然の事で習い覚えた護身術が働かず、恥ずかしくて何もできない婦女子のように涙ぐんでしまう。


「はっ!しまった、つい・・・女子の手を気安く掴むものじゃなかった、すまない!」

「い、いえ・・・突然の事でびっくりしただけですので・・・」


 代官様の謝罪を受け入れる。私を気遣っての事で嬉しくなる反面、この人には誰か想い続けている人がいるのだろうかと気になってしまう。


 そんな様子を横で見ていた父さまはニヤニヤしながら私に呟く。


「むぅ、ミナズ様もそろそろ良いお年頃だ・・・お前なら彼を支える事ができるぞ?」


 その言葉を聞いた私は顔が沸騰しそうになってしまった。


「もぅ、父さまは何てことを言うんですか!この恥知らず!」


 余計な事をのたまう父さまを殴りまくる!騎士の家で育ってきた武術訓練とメイドの心得として習い覚えた護身術が父さまを撃つ!


「ちょ・・・痛い痛い痛いって!」

「お、おいおいハンナ・・・やめろって!」


 見かねた代官様が私を止めに来る。



 それから水路が完成した村から農作物の種植えを始め、数カ月経つと見事な収穫を得ることが出来た。やはりソーマイト・ウルカン卿の残されていた研究結果が功を奏したようだ。

 お陰で本来使うハズだった資金を農夫への農業教育や支援に回す事が出来たので更に効果は抜群とのこと。


 農地が発展していく様子を見ている代官様の顔はこれまで以上に幸せそうだ。この方は領地の復興に文字通り命をなげうっている。


 デルト様の笑顔を見ているとこっちまで幸せになってくる。少しでも彼の力になれるよう私も頑張らないと。



◇◇◇



 屋敷近くの村の外れにある墓地にてデルト様が少し大き目のお墓に手を合わせている。


「遅くなりましたご領主様・・・いえソーマイト様に奥様、父さんも母さんも遅くなってゴメン・・・これでようやく静かに眠ってもらえるよ」


 三つの村の水路工事が終わった頃、11年前のモンスターのスタンピードにより戦死された先々代領主のソーマイト・ウルカン卿以下家臣達30名の簡素な墓を西の荒地から移してこの墓地に新たに建て直した。


 デルト様のつぶやきが聞こえてくる。その声は泣いているようだ?


「領主様・・・本当に、ほんとうに申し訳ありません・・・僕はお嬢様を・・・うぅっ」

「代官様!」


 その場で倒れこむデルト様を抱える。目の充血したデルト様が驚いた表情で私を見る。


「は、ハンナ・・・どうしてここに?」

「代官様はご無理をし過ぎです、体調管理も立派なお仕事です!さぁ、屋敷に帰ってお休み下さいな!」


 そう言ってデルト様の肩を担いで支える。しかしわずかに微笑んでから私の腕を優しく振りほどくデルト様。


「心配かけてすまない、格好悪いところを見せてしまったね・・・もう大丈夫だから」


 お墓を後にして振り向く事無く屋敷に戻るデルト様。その姿からは軽い拒絶を感じる・・・知らない内に踏み込んではならない事をしてしまったのだろうか。


 日を追うごとにデルト様の事が気になってしまう。この方は領地のためなら本当に自分を顧みない人だから。


 お嬢様・・・お墓に眠る領主様に対して言っていたという事は先代領主のマィソーマ・ウルカンの事だろうか?確か彼女は様々な罪で公開処刑となるハズだったところを何者かに暗殺された。それにデルト様は関わっていたのだろうか?


 でもこんなのは私の勝手な想像でしかない。ともかくデルト様には休んで頂こう。

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