マイサという女を見定める(ハンナ視点3)
代官デルト・ミナズ様が来られて二年が経とうとしている。
この方のお陰でこの領地は一年足らずで飛躍的に農業の収益を向上する事が出来た。これがもし貴族家の領地なら急激な成長は王家からの独立と疑われ兼ねない。
しかしここは以前とは違い王国直轄領、代官が不正を犯さない限り王国への反旗はあり得ない。
国内の貴族達は視察に訪れてはデルト様に領地改革のコツを聞きに来る。
「簡単な事です、ご自分の足元をみて適切な処置を行う事です・・・頑張って下さい」
この答えを聞くと貴族達は訝しみながら帰って行く。その様を間近で見ている我々使用人は笑いを堪えるのに必死だ。
代官様は当たり前の事しか仰らない。その職務への態度は真面目過ぎてご自分の身体もいとわないほど、私達使用人からすれば見ていて冷や冷やするぐらいだ。
領地があっても代官という立場ではいくら収益が上がろうとも自分のものには出来ない。貴族達にはデルト様がそんな領地で何故頑張れるのかが理解できないだろう。
「ハインツ、それで・・・あの件は?」
「まだ『その方』はいらっしゃいません、何でしたら国外まで探してみましょうか?」
「いや、そこまでする必要はない・・・とにかく関所で名前があれば教えて欲しい」
「畏まりました、そろそろお休み頂かないと」
「ああ、そうさせてもらうよ」
そんな会話が執務室から聞こえてくる。父さまが部屋から出てきた。
「父さま、デルト様は・・・」
「ああ、もうお休みになられるそうだ・・・あの方は自己管理が出来ない、我々が見張っていないと睡眠なんてしないお方だ」
「もう領地改革は成功したのだから無理なさる必要はないハズです・・・それよりデルト様の探している方って?」
「ああ聞いていたのか・・・悪いヤツだ、と言いたいところだが私にもよく分からんのだよ・・・『マイサ・カデン』という女性のようだが」
デルト様に女性?それを聞くと思わず胸が痛くなる。
「ミナズ様にも過去はある、色んな付き合いもあったろう・・・しかし『見つからなくてもいい』『来ないに越したことはない』と仰ってなぁ、想い人に対する態度ではないというか」
想い人ではない?父さまのこういう鈍感さは腹の立つ部分だ。どうでもいい人間にそんな気遣いをするワケがない、きっと並々ならない事情があるに違いない。
不躾に直接は聞けないけど会話の中で思わずこぼすかも知れない。とりあえずお部屋でのお休みの準備ができたので報告しよう。
「代官様しつれ・・・ああっ!!」
「どうしたハン・・・これは!ミナズ様!!」
執務室の机の横で倒れているデルト様。完全に気を失っているようだ。
「ハンナ、ミナズ様を寝室に!片方を支えてくれ!」
「はいっ!」
◇◇◇
翌日、クライツ王太子ご紹介の医者に来てもらい診察する事に。
「鬼力欠乏症、といったところですな・・・お役人様にしては珍しい、当分の間はご養生される事です・・・鬼力を使ってスキル使用などもっての他です」
「お医者先生、ありがとうございました」
仰向けになったままお礼を言うデルト様。如何にも何ていう事はないお顔だけど瞳に生気が感じられない。
鬼力欠乏症・・・スキルを発生させる鬼力は生命エネルギー、それを使い過ぎる事で生命活動までが危険となる現象だ。思えば水路工事に巨大なスキルを使い続けていたのだ。嬉しそうなデルト様の顔を見ているとその事を忘れてしまっていた。
医者とともに見舞いにきたクライツ王太子殿下がデルト様を叱る。
「全くこの短期間でここまでの成果を出すなんて君は働き過ぎだ!もっとじっくりやってくれて良かったのに・・・お前達もお前達だ!使用人でありながら代官の好き勝手させているなんて・・・」
「面目次第もないです、殿下」
項垂れるしかない父さまと私達。使用人は主人の意向を聞くもの、殿下の言い分はかなり無茶だ。しかし我々が主人デルト様の体調を見落としていたのも事実だ。
「殿下・・・お止め下さい、みんな僕の無茶な要求に従ってくれただけなんですから」
「ああ分かってる!自分がどれだけバカを言ってるのかもな!!・・・デルト、本日付けをもってネプトゥ領の代官職を解任する」
「で、殿下!ミナズ様は命がけでこれだけの業績を打ち建てられたのですぞ?」
「自分の管理すらできない男に直轄領を任せられるか!後任者は君ほどではないが俺が認めた者にしてもらう、さぁ、デルトを運んでくれ!王都の医療所に連れていく!」
殿下の合図で4人の兵士が入り込んでくる。デルト様を担架に担いで運ばれるようだ。なるほど王都の医療所なら最新の治療ができる。ぶっきらぼうな物言いの殿下の気遣いには驚いてしまう。
「いや、領地を離れたくありません・・・屋敷がダメなら近くに空き家があったハズ、そこに運んで下さい」
デルト様の懇願に驚いてしまう。あんなところだと満足な治療は受けられない。
「代官様、わがままを言ってはなりません!殿下のご厚意を無にするおつもりで」
「くっ・・・わかった、無理強いはしない・・・せいぜい養生する事だ、ハインツ!ただちにその空き家を十二分に掃除して清潔にしろ!」
「ははっ!いくぞハンナ!」
父さまと空き家に向かいデルト様が休めるよう徹底的に掃除を行う。その後担架で運ばれてきたデルト様を部屋に入れ安静にさせる。
「代官様、お加減はいかがですか?」
「大丈夫だ・・・殿下の心遣いには感謝しかないな、あのまま屋敷にいたら領地の事しか考えられないと思われたんだろう・・・ああいうお方なんだ・・・ところでハインツにハンナ、君達にお願いをしておきたい・・・聞いてくれるかな?」
「!!」
突然の申し出に返答できない。まるでご自分がもう手遅れのようだからだ。
「僕の死後に『マイサ・カデン』という女性が来たら・・・このネプトゥ領に住まわせて領地に携わる仕事をさせて欲しい・・・彼女自身が断るかもしれないけど」
「はっ・・・それは前々から伺っております故・・・」
「その『マイサ・カデン』という方は・・・代か、いえデルト様の恋人なのでしょうか?」
「ハンナ!そんな事いま聞くんじゃ・・・」
「いいんだ、お願いする以上ちゃんと話しておかなければ・・・彼女は恋人なんてもんじゃない、本当は僕が全てを差し置いて何よりも守るべき人だった・・・でも僕にはそれが出来なかった・・・この領地は本来あの人のも・・・」
突然デルト様のお言葉が途切れる・・・不安が胸をよぎる、けれど父さまが調べると手を横に振った。
「・・・お眠りになったようだ、今日はこのまま休んで頂こう」
「はい・・・」
一週間後、あれから目覚めることなくデルト様は眠るように息を引き取った。そのお顔には初めて会った時に見た陰が綺麗に消えてしまっていた。
お亡くなりになった事は悔しくて悲しいのに、その安らかな顔を見ていると不思議な事に涙が出ない。
デルト様は代官としての仕事をやり切った上でのご生涯だから悔いは無かったのだろう。私達使用人全員はデルト様がこの領地をどれだけ愛していたのかをよく知っているつもりだ。
このまま後任の代官の元でメイドをするつもりはない。代官補佐役を辞した父さまと同じくネプトゥ領警備隊に入ってしばらくはこの地に定住しよう。
その理由は『マイサ・カデン』という女がこの地に現われた時に、本当にデルト様の想いに値する女なのか見定めなければならないからだ。
場合によっては斬り伏せてもいい。
――――――
『先代様に会わせて頂けてありがとうございました・・・でもここにはもう二度と来ません、失礼致します』
一度は溢れた涙を拭き振り返らず颯爽と歩く・・・その強い眼差しからは罪や後悔から目を背けるのではなく、全てを受け入れている様子が見てとれた。
彼女の凛として美しい姿はまるで伝記に書かれている本物の貴族そのものだ。彼女の気高さを見ているとデルト様が亡くなる寸前まで心を配っていたのも頷ける。
『マイサという女を見定める』、所詮これは私の醜い嫉妬からくる気持ちに過ぎなかった。今のままでは彼女と並び立つなど到底出来ない。
一度マイサ様と話をしてみたい。それには彼女の隣に立てるような自分にならなくてはダメだ。本当のネプトゥ領警備隊として誇れるようにこの領地に永住してここを守り抜いていこう。
デルト様がそうしてきたように。
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