そんなお顔をみると(ハンナ視点1)
膝から崩れ落ちて声を出さす静かに泣いていた彼女・・・かすかに聞こえる呻くような嗚咽が意味するのはデルト様が亡くなった悲しみよりもデルト様への後悔、だったような気がする。
『アタシには彼の・・・これ以上先代様の恩情を受ける資格はありません』
何という女、いや女性だろう・・・見たところただの冒険者のようだから、黙って父さまの言われるままに従っていたら領地に住めてそこそこの仕事を与えられるというのに。
それに彼女が申し出を拒否する事はデルト様が予想していた答えだった。
あの方が一度だけ呟いていた「お嬢様」とはつまり・・・。
やはり私が入る余地などはなかった。彼女に対する敵意が消えてしまう。
―――――
私はハンナ・ブラート。今はネプトゥ領の代官屋敷でメイドとして働いている。
騎士の家である事から武術には心得があり、少し前まではとある伯爵家でメイド兼護衛をしていたけど、仕えていたお嬢様が他家に嫁ぐのをきっかけに辞職。実家に戻っていた。
父であるハインツ・ブラートはつい先日クライツ王太子殿下から新たに誕生した王国直轄領のネプトゥを管理する代官デルト・ミナズ様の補佐兼護衛の任を与えられた。その理由は父がネプトゥ、元ウルカン領の出身者だったかららしい。
私には関係のない話だと思っていた矢先に父さまからネプトゥ領の屋敷の仕事をするように頼まれた。実家でのんびりしていたけどやる事も特になかった私は引き受けた。
「わかぞ・・・いや代官様はよくわからん人間だ、お世話は適当していいぞ?」
この屋敷に来てすぐの父さまの言い分だった。仕事で人を呼びつけたクセに適当にしておけとは一体どういう料簡だろうか?不器用ながら曲がったことを嫌う父さまがこんな評価をする人間ならここの代官はよっぽどのロクデナシだろうか?
ともかく私は私の仕事をしなければならない。執務室に引きこもっている代官様にお茶を持っていく。ノックをして了承をもらいティーセットをのせたカートを運びこむ。
「お仕事中失礼します代官様、お茶をお持ちしました・・・」
「ああ、ありがとうございます・・・カートはそのままで下がってくれて結構です・・・せっかくだけどこれからお茶を持ってくるのは僕が呼びだした時だけにお願いします」
そう言って執務に取りかかる姿を見ているとまだ若いようだけど陰のある人だ。それに男性特有の女性に対するギラつきと言ったものが全く見られない。
大抵の男性は女性に対して色目を使ってくるものだ。使用人の立場からあからさまに反発するわけにも行かず、かといって言われるがままにしてもならない。対処の仕方は学んできたつもりだ。
父の評価から女にだらしない男を想像していたけど肩透かしを食った。
だからといって仕事に夢中、というワケでもない。職務をこなしている姿は淡々としている。ホントに良く分からないお人だ。
夕食は代官様の食事が終った後で賄い料理を頂く。貧しい領地だとは聞いていたけど庶民の家庭料理ながら味は最高だった。
お屋敷の使用人は全員食べてるのにシェフは父さまと一緒に料理は置かずヤケになって水ばかり飲んでいる。一体何があったんだろう?
翌日の昼前、仕事をしていると父さまがやってきた。
「お前、わか・・・代官様を知らないか?ベッドメイクしたから知っているだろう?」
「まだお部屋には入ってませんよ、お休みじゃないですか?」
「それが起こしに入ったらいないんだよ!くそっ・・・仕事がたまってるのにあの若造が!」
そう言って文句を言いながら向こうへ行く父さま。裏で若造呼ばわりしているといつか本人の目の前で呼びつけそうで怖い。
代官様の部屋に入ってみると確かにもぬけの殻だった。しかもベッドのシーツやガウンまで綺麗に畳んである。メイドの仕事が無くなったじゃない。
その日の夕方頃、父さまと代官様は泥んこになって帰ってきた。子供じゃあるまいし何をどうすればそんなに汚れるのやら。とにかく早くお召し物を洗濯しないと。
「代官様、早くお着換えに・・・」
「ああ、申し訳ないです・・・汚れが酷いからこれは自分が洗いますので」
一体何を言ってる??代官ともあろうお人がお召し物をご自分で??
「ミナズ様、どうか娘の仕事を取らないで頂きたい」
「は?ハインツ??・・・娘って」
やっぱりこの人は全然気づいてなかったか。名乗りをする暇もなかったから無理もないけど。それにいつの間にか父さまの事をハインツ呼ばわりしている??
「貴方の頭は計画で一杯でしょうから無理もありませんが・・・彼女は私の娘ハンナです、私同様如何様にもお使い下さいませ」
「ははは、参ったな・・・昨日来てくれたのに仕事で気が回らなかったよ・・・改めて宜しくお願いしますハンナさん」
「え、えと・・・こ、こちらこそです!」
急に挨拶されて戸惑う私。満面の笑顔ではないけど人当たりの良い顔をしていらっしゃる。まともに見返す事が出来ず顔を背けてしまう。
「おっとハンナ、その前にバスタブの用意だ・・・先にミナズ様に用意して差し上げなさい」
「僕は別に急がないから・・・」
「何を仰いますやら!いい加減ご身分を弁えて頂かないと!!」
そう言って2人は炊事場へ向かう。あれほど若造呼ばわりで毛嫌いしていた父さまの態度の変わりよう・・・何なんだろう??
その後お召し物の着換えを手伝う。どうしても泥んこになった理由を知りたいので思い切って代官様に聞いてみると。
「これですか?このウルカ・・・ネプトゥ領に農業用の水路を作っているんですよ、君のお父様にも随分手伝ってもらって・・・ありがたい事です」
それで2人そろって泥んこなのか。
「何でもっと早く言ってくれなかったんです!使用人の服ですけど動きやすいし汚しても洗いやすいのがあるんです!!毎回まいかい正式なスーツで水路工事なんてしないで下さいな!」
「そうなのか・・・じゃあ明日から用意して下さい、ハンナさん」
「承知しました、あと父と同じく敬語は無しでハンナとお呼び下さいませ」
「分かりまし・・・いや、分かったよ、ハンナ」
そう言って代官様は笑っていらっしゃる・・・最初に見た時より陰が薄くなっているようだ。そんなお顔をみると何故かほっとする。
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