第12話 私のために我慢してくれた事への感謝よ
一カ月後、護衛役のスラクを連れてシャンゾル王国王城に国中の全貴族を招集した会議に出席。もっとも派閥の中では大した地位もないので発言権はなく聞き役に徹していた。長時間のつまらない会議ながら滞りもなく終わる。
後は派閥に分かれての歓談だが。
「皆様、マィソーマ・カウンテス=ウルカンでございます」
「「「・・・・・・・・・」」」
今ではウィンドル派とでも言おうか。同じ派閥内なのに誰も私を一瞥しただけで答えようともしない、完全なるボイコットだ。
派閥の旗頭たるアーリン・ウィンドルはデューク=エアド新当主と歓談中なので無理に入り込む訳にも行かない。
エアド前当主の引退、まさかそれだけで派閥内の貴族達からここまで手の平を返されるとは思ってもみなかった。改めて貴族社会の厄介さを目の当たりにしたわね。
貴族の義務だからと参加したけど全く時間の無駄ね、会議も終わったことだしさっさと下城しよう。
部屋を出て廊下を歩いていると諍いの声が聞こえてくる。どうやら使用人同士のケンカのようだけどあり得ないわね、貴族の会議なのに。
「おらっ、立てよ!もっと痛めつけてやる!!」
「ぐっ・・・」
「やれぃやれぃ!」
3人の使用人に囲まれて一方的に痛めつけられている使用人・・・スラクだ!瞬間、私は騒ぎの場所まで駆け寄る。
「貴方達、ウチの使用人に何をしてるの?!」
「ぅ、ウルカン様・・・」
「やばぃぜ?」
「当主様・・・お構いなく」
どうやら1人の使用人が訓練用の剣フルーレでスラクを痛めつけていたようだ。後の2人はやじ馬と化していたか。こんなヤツラに痛めつけられるほどスラクは弱くは無い、つまり私の評判を傷つく事を恐れて手出しをしなかったのか。
「ちょっと生意気な態度だったので躾けてやっただけですよ女伯爵様」
「貴族でも彼の主人でもない貴方にその権限はないわね、それに無抵抗の相手に訓練用の武器を振るうのは紳士たる者のすることかしら?」
「な、黙れ!ウチの主人が言ってたんだ、落ち目の女伯爵なんざ怖くもねぇ!アンタもコイツで叩きのめしてやる!」
「お、おい止せ!この方は・・・」
「溶岩使いの・・・」
外野の2人が止めるのも聞かずフルーレを振り下ろす使用人。
「ぐはっ・・・ぅげぇ!」
相手の懐に入りみぞおちに肘鉄を喰らわせた上でフルーレを取り上げる。他2人の使用人はすっかり怯えている。まだまだ痛めつけ足りないところだけどここで我慢ね。
「弱過ぎるわね、これが使用人というものかしら?ねぇスラク?」
「はは、使用人は本来戦闘職ではありませんので何とも・・・」
こんな時まで貴族的態度を崩さないスラクに感心してしまう。
そうしていると騒ぎを聞きつけてきた貴族達が詰め寄ってきた。アーリン・マークィス=ウィンドルが悶絶している使用人を庇いながら私に怒声を浴びせる。
「一体何をしている女伯爵!態度を改めろと教育してやったのに!!」
「これはこれは・・・ようやく『こちら』を見て下さいましたねウィンドル卿、先ほどはお相手して頂けなかったので寂しかったですわ?婦女子には優しくするのが貴族たるもののマナーでは??」
「ぃ、今はウチの使用人に対して何をしたのかと聞いておる!そんな武器まで持ち込んで今度は君がクーデターを起こす気なのかね!!」
「ふぅ、これは卿の使用人様の持ちこんだものですわ?私は襲いかかってくる彼からこれを奪ったまで、クーデターを起こすのはむしろ貴方がたのほうでは?」
私の返答に対して愕然とするウィンドルとざわつく周りの貴族達。訓練用とは言え本来武器は門前で預けておくのが王城のマナーなのにこの使用人はそれを破っている。
更に侯爵家とはいえ使用人でしかない人間が貴族たる私に襲いかかるなど身分社会にあっては言語道断。主人の顔を潰すには十分過ぎる行為だ。
周囲の反応を眺めてからウィンドルの足元目掛けてフルーレを投げ刺す。
ざくっ!・・・・・・びぃぃぃぃぃぃぃんっ!!
刃先を5センチメートルほど床に突き入れたフルーレは音を立ててそのしなやかな刀身を振るわせている。訓練用の武器では城の石床を貫く事は出来ないけど、溶岩を作り出せる私の火属性をこめれば簡単だ。
「ひ、ひぃぃぃぃいいいい!!」
あわてて避けたウィンドルが無様にもコケて腰を抜かしている。
「あら、ゴメン遊ばせ・・・使用人様の持ち物をお返しするつもりが手元が狂いましたわ?何分にも格下の爵位ですのでご容赦のほどを・・・他の皆様がたにはお騒がせして申し訳ありません、帰るわよスラク」
「はっ!・・・・・・ぅぷっ」
もうスラクったら、今まで完璧にしていたのに表情が緩んでいるわよ?
胸くそ悪いヤツラの集まる王城を後にして馬車に乗る。ホントは騎馬の方が速くて便利だけど規則だから仕方ない。馬車の中で隣に並んで座る。
「スラク、大丈夫?」
「問題ありません、フルーレなので殺傷力はありませんし剣技のなってない使用人どもの力じゃかすり傷ですよ」
訓練用のフルーレなので出血は見られなかったものの、顔や手にみみず腫れが出来つつある。私のために痛みと屈辱に耐えてくれた事を考えると居ても立ってもいられなくなった。
次の瞬間、私はスラクの口を唇で塞いでいた。
「んんっ・・・?」
「ぷは・・・私のために我慢してくれた事への感謝よ、でも命を粗末にしないでちょうだい?それが私を守る事だとしてもよ」
「はっ・・・ははははははっ!こんな事で御褒美を貰えるなら何回でもやってやるぜ!!それじゃ記念にもう一回」
襲いかかってくるスラクの口を手の平で抑える。
「調子に乗らないで」
◇◇◇
私達が王城の会議に出席した2~3日の間、侍従長アザヌが暗殺されていた。
登城していた私達に代わり一部始終の報告を受けていた使用人が語る。
「侍従長は・・・ウルカン領境にて殺害されていたそうです・・・」
ウルカン領地で?私も未だ戻った事がないのにどうしてそこにいたのかしら?私達の外出中に特に用事など言いつけてなかったハズ。
遺体はウルカン家に引き取られ安置されている。再び部下を失った悲しみを堪えて私とスラクはアザヌの遺体を調べる。
アザヌは全身のいたるところが骨折していた。撲殺と言ってもいいだろう。こんな惨い殺し方をするなんて・・・。
「犯人は・・・敵対貴族?それとも同じ派閥内の貴族かしら??」
「・・・しかし貴族の差し金にしては手が込み過ぎている気もします」
スラクの言う通りね、メイド一人を暗殺するならここまで徹底的にやる必要は無い。
更に現場には鋭利な刃物でとどめを刺されたものや身体の肉をこそぎ取られた5つの死体があったらしい。遺品を調べても身元を特定できないので誰かに雇われたならず者達であると判断した。
死因から考えると彼らを殺したのはアザヌだろう。実際にカギヅメを持っていた彼女なら5人ぐらいの人間など瞬殺できる。
ではアザヌに手を掛けたのは誰だろうか?ならず者達の中の一人か??
もしそうだとすれば殺害犯は実力の低い仲間達が無惨に殺されていくのを黙って見ていた事になる。戦術的には考えられるものの殺害犯が自分を特定されるかも知れない仲間達の死体をそのまま置いていくのは不可解だ。
だったらならず者達と殺害犯は無関係という事になる。
ふとガランドの黒こげとなった遺体を思い出す。彼の火傷も徹底的に肉体を焼き尽くしたという点においてはいたる個所を骨折させたアザヌと同じ。
逆に一緒にいた警備兵達20人は軽傷だったとの事、つまり無関係な人間は極力傷つけないようにしている。
ただの当てずっぽうだけどガランドとアザヌを殺害したのは同一犯、と考えていいのかも知れない。殺害方法を考えると犯人は私達に相当な恨みを持っているようだ。次のターゲットはスラクか、あるいは私かも知れない。
ならばここにいる使用人全員を屋敷から出して複数の敵を待ち受ければいいわけだ。私一人なら存分にスキルを使うことが出来る。一対複数の戦いは得意な方だ。
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