第11話 貴族社会じゃこんな事は日常茶飯事
ウルカン王都屋敷にて。私の前で調査を依頼した密偵が跪いている。
「・・・以上が調査の報告です、ウルカン当主様」
「ふう、御苦労様・・・下がってちょうだい」
「はっ、失礼致します・・・」
あれから国外へ逃亡したニコライ・マークィス=ガルナノを捕えるべくデューク=エアドと手勢20人の兵士達、それに付き従うガランドは隣国スティバトの町ゼルベに向かったようだ。
しかし次に王城にもたらされた報告は重傷となった反逆者ニコライ・マークィス=ガルナノと宰相デューク=エアドに軽傷の20名の兵士達、それに既に事切れていたガランドの遺体が王国内に運び込まれていたという事だ。
マークィス=ガルナノは背中から受けた攻撃が原因で帰国とともに亡くなった。
更に私達と持ちつ持たれつの関係であったクロン・デューク=エアドは一命を取り留めたものの怪我の後遺症により身体機能が大幅に低下し寝たきり状態となったらしい。近々令息に公爵位を継がせる予定との事。
ガランドの遺体は黒こげとなっており死後かなりの時間が経っていたため酷い姿となっていた。確認するとわずかな水分とともに刃物で切り刻まれたような傷跡がついていた。
事件の原因はゼルベの町近郊にいた流れ者のFランクパーティーの冒険者達とトラブルになり叩きのめされたとの事。それを発見した別のパーティーがギルドの治療施設に収容したようだ。ガルナノとエアドにガランドの3人を除く他の兵士達はほとんど軽傷で済んでいたことから正当防衛とみなされたようだ。
Aランクの実力を持つガランドが初心者のFランクの冒険者達に殺されるなんてあり得ない事実だ。しかし他国のギルド「ラジム」のギルドマスターによる詳細な報告がある以上うかつな抗議は出来ない。
そして信じられない事にスティバトの町ゼルベから重臣2人が運び込まれた事件に対して国王陛下は一切を不問としたようだ。理由は彼ら2人が公式に出国したものではないとの事だが・・・これ以上の蒸し返しで貴族達が暴走しないようにフタをしてしまうつもりだ。
その証拠にクロン・エアドは宰相から罷免され、私達が城に連行したガルナノの家族は当主ニコライが起こしたクーデターの責任を取らせる形で国外追放となった。
今この場にはスラクしかいない。侍従長たるアザヌは夫ガランドが殺害されたショックで寝込んでいるようだ。数カ月前に結婚式を挙げてこれからという時に無理もない。
執事のスラクが私に問いかける。
「当主様・・・どう致しますか?犯人探しならやってみますが」
それが一番最善の方策だろう。でも、
「・・・相手はゼルベのギルド・ラジムに所属していないFランクパーティーとしか分からない、他国での事件の上に王国もこれ以上の調査をしない方針だから探しようがないわね」
スラクが不意に呟く。
「ゼルベのギルド・・・・・・まさかな?」
その呟きだけで彼の言わんとしている事が分かってしまう。しかしそれは決してあり得ない。
ゼルベのギルドといえば・・・私が1年前にパーティーから追い出したデルトが所属していた。
しかし彼の戦闘スタイルは盾による防御で暗殺向きとは言い難いし、性格上人を殺害できるかどうかも怪しい。
それにガランドの遺体から考えると相手は火属性、デルトの水属性一人では絶対に出来ない攻撃だ。それに腱にあった切り傷を見ると数人で攻撃したと見て間違いない。
「ええ、あり得ないわねスラク・・・それよりも屋敷の警護強化と出入りする人間の調査の徹底をお願いするわ」
「はっ」
家を取り戻すためとは言えこれまで何十人も手を掛けて殺してきた私だ。ロクな死に様にならない事ぐらいは覚悟している。
しかしタダで死んであげるほどお人好しでもない。後ろ盾となっていたクロン・デューク=エアドのいない今、自分の身は自分で守ってみせる。
◇◇◇
王都のウルカン邸執務室にて。見習いメイドがそばで控えている。
「ウィンドル家は欠席、フィーレン家も欠席、やはりアーモル家も欠席・・・用意した茶菓子がムダになった、後片付けをお願いね」
「・・・承知しました」
宰相クロン・エアドの引退後、新たに幾つかの派閥が台頭してきた。中にはエアドの派閥・保守派から抜けて独立した貴族達もいるぐらいだ。このままではクロン・エアドがせっかく作った派閥が消えてしまう。
派閥内を固めるべく先のご夫人3名を招待したお茶会を開く予定だったけど全員欠席。見事に肩透かしを食ったわね。
夫人達を呼べずその家の当主達と会える公的な登城はまだ先の話・・・今のうちに直接ウィンドル卿達と話をしておかないと。それとエアド家の新当主にも挨拶をしておかなければ。
急いで4通の手紙を書き終えた私はスラクを執務室に呼ぶ。
「スラク、この手紙をウィンドル卿・フィーレン卿・アーモル卿の屋敷に届けてちょうだい、その場で返事をもらってきて?」
「はっ、畏まりまし」
「その仕事、私が致しますわ当主様」
そう言ってスラクを遮ったのはアザヌだった。
「アザヌ・・・無理はしなくていいのよ?」
「何か仕事をしている方が落ち着きますので・・・それでは」
アザヌは私から3通の手紙を受け取り部屋を後にした。心なしか身体の動きに切れがあるように思う。
「アイツの動き・・・どうやらご当主様が気に掛けられるほど弱くはないようですねアザヌは」
「ええ、取り越し苦労といったところかしら?じゃあ貴方にはエアド家への手紙をお願いするわね」
◇◇◇
一週間後、マークィス=ウィンドルの屋敷にて。
「これはこれは・・・久しぶりだな女伯爵」
「お忙しいところを申し訳ありませんウィンドル卿」
以前より尊大に構えるアーリン・マークィス=ウィンドル。心なしか私への目線が格下相手のものとなっているようだ。
出した手紙に返事を添えたのはウィンドルのみでフィーレンもアーモルも返事は無し。おまけにエアド新当主からも音沙汰は無い。もしやウィンドルの指図かも?
「今日は改めてウィンドル家に御挨拶したく参った次第で」
「ああ、わざわざのご挨拶ありがとう!実は現在様々な家から王国の宰相職に推薦されていてね・・・是非女伯爵にもお力添えを頂ければありがたいものだ」
宰相職?!そうか、クロン・エアドが引退し後継者を立ててもそのまま宰相に就くものではない。そして王国の重職たる宰相をいつまでも空席には出来ないという事か。
確かに今の時点では侯爵位を持つウィンドルが候補になってもおかしくはない。対抗馬としては格上のデューク=リードフぐらいだろうけど以前のパーティーで私達との『余興』で評判はガタ落ちだ。
ここは素直に従っておこう。
「喜んで、それではまたフィーレン家にアーモル家、それにデューク=エアド新当主にも交流を」
「・・・君は何か勘違いしているのではないかね?伯爵位の分際で我々高位貴族に自ら交流を求めるなど・・・貴族社会の勉強が足りないようだ」
「!!」
これまで腰の低かったウィンドルの急変に驚いてしまう。
「以前デューク=エアド前当主に橋渡ししてくれた事は認める、しかしそれで我々と対等の立場になったなどと思い違いをし、各家の当主の許可なく夫人達を招いて茶会の開催など僭越だ・・・以後は身を慎むように!」
この豹変は何?一体何がウィンドルをここまで強気にさせたのだろうか?
「それは失礼を致しました、何分にも浅慮で至らず・・・」
「いいかね女伯爵、貴殿も貴族の立場なら知らなかったでは済まされない事だ・・・ガルナノのクーデターを阻止した事は大いに評価されてはいるが、こうも無作法ではその評価も地に堕ちるよ・・・以後は派閥の旗頭のような振る舞いは控えたまえ!」
・・・なるほど、クロン・エアドが不在の今派閥の中では私よりも格上で侯爵位のウィンドルがトップの爵位だ。派閥に引き入れた私の功績が邪魔となったか。
こういうのを恩知らずというのだけど貴族社会じゃこんな事は日常茶飯事、上手く泳ぎ切らなければ。
そろそろ随従しているスラクの我慢の限界も近いのでお暇しよう。
「ウィンドル卿のお言葉、しっかりと心に刻んでおきます・・・失礼致しました」
「分かってくれたようで嬉しい、宜しく頼むよ女伯爵!」
コイツのしたり顔での対応を見ていると今すぐ愛用のパルチザンで首をはねたいところだ。だけどここは我慢しなければ。早々に引き上げよう。
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