第9話 良き余興となりましたね?
2ヶ月後、王都のエアド屋敷。宰相エアドの主催するパーティーにて。
今日の私は赤のドレスを設えている。ドレスの調達を頼んだ侍従長アザヌのセンスは悪くは無いが渡したお金では足りなかったのだろうか?もう1ランク上の物を想像していたのだけど。
「いやぁ、その節は大変お世話になりましたなウルカン卿」
「女伯爵のお蔭で私達もこうしてパーティーに参加できるというもの!」
「わ、わが妻の無作法・・・どうかご容赦下さいませ」
侯爵位のアーリン・マークィス=ウィンドル・私と同じ伯爵位のダリエ・アール=フィーレン・子爵位のピエトロ・ヴァイカウント=アーモルの3名が私の元に挨拶にやってくる。
私の取りなしでエアドの傘下に入いる事ができ王城でも職を与えられたようだ。
「私はエアド閣下と皆様との縁をつないだだけ、後の功績は卿お一人お一人のお力でございます」
そう言われると照れたり恥じ入ったり神妙になったりと表情をころころと変えている。肌に合わないと思っていた貴族社会も別段難しい対応ではなかったようね。
「ははは、そのようなご縁・・・私にも預からせてもらいたいものですな?マィソーマ嬢」
不躾にも私達の間に入って来た50過ぎの男。こんな事を平然と行うとは爵位が私達よりも上か。初対面の上に加えて私が名前にカウンテスを頂く女伯爵であるにも関わらず家名ではなく名前呼ばわりしてくるとは。
私達の中で爵位が一番上のアーリン・ウィンドル卿が対応する。
「失礼ながらリードフ閣下、今は我々が話をしている最中でして・・・」
「何、皆様方がなかなかマィソーマ嬢を離してくれないのでね・・・私はトルゴ・デューク=リードフと申します、お見知り置きをマィソーマ嬢」
「マィソーマ・カウンテス=ウルカンです、ご挨拶痛み入りますリードフ閣下」
尊大ながら平静に名乗ってくる男トルゴ・デューク=リードフ。エアドと同じく公爵位だが家力の低落が著しく名ばかりの上位貴族だ。確か彼は派閥には入らず中立だったようだ。
「失礼ながら聞けば貴女は未だ独身のようだ、そこでどうだろうか?三男だが私の愚息との縁談にて新たなる縁を結ぼうではないか!」
彼はエアドに取り入るつもりではなく私との婚姻で宰相を牽制するのが狙いのようね。普通に宰相と繋がりたいと言えば拒否はしないのに。
ここは丁重にお断りさせて頂こう。
「恐れながら未熟者の上に現在領主になったばかりで手が回りません、とても結婚など考えている余裕がありませんので失礼ながらご辞退致します」
「な、なんと!たかがカウンテスの分際でわが公爵家の縁談を断るとは無礼な!」
激昂するデューク=リードフを前に何もできない3名の貴族当主達。まぁ爵位が最上位の貴族だから面と向かっては立ち向かえないだろう。自分の身は自分で守るか。
「あら?閣下の高貴なる血統を受け継がれるご子息様と私のような成り上がりとではとても釣り合いませんわ、どうかご容赦を」
「だ、黙れ!もはや猶予はならん・・・決闘だ!剣を取れ!!」
私の弁明にも聞く耳を持たず決闘騒ぎを起こそうとする、これでホントに公爵の当主なのだろうか?さすがに見かねたダリエ・フィーレン卿がなだめようとする。
「恐れながらリードフ閣下、王都での決闘はご法度というもの・・・そんなことをすれば女伯爵だけでなく閣下もお裁きを受けてしまいますぞ?」
「何、こんなものは余興だよ!もちろん当主同士がするのではなくあくまで護衛達が代理を務める・・・ルールは身体に剣が当たれば負け、スキルは使用禁止で使用する武器は刃を潰した訓練用の剣のみ・・・護衛の腕に自信がなければすぐさま謝罪してウチの息子と婚約したまえ!!」
決闘を余興と言って無理にでも決行しようとするその意地。冒険者時代なら徹底的に痛めつけてやるところだけどカウンテスの名を頂いている今うかつな事はできない。
「承知しました・・・僭越ながら私が代理として立たせて頂きましょう」
いつの間にかこのパーティーに随行していたスラクが私の隣に立っていた。スーツの着こなしもマナーも板についてきているがその顔は恐ろしく冷たい、相当怒っているようだ。
「勝手な事をしないでスラク、こんなつまらない勝負は」
「主人の名誉を守るのは我々使用人の仕事です、どうぞご安心を」
見物していた貴族達から感嘆の声があがる。いかにも忠臣というセリフを吐く事で他の貴族達からの賛同を得るなんてちょっと悔しい。
「ほぅ、なかなかごりっぱな使用人のようだ・・・私の方は我が屋敷の警備隊長のブルートが受けて立つ!コイツは元王国騎士団なのでそちらの使用人君風情に歯が立つかどうか?」
「構いません・・・当主様、エアド閣下に中庭の使用許可を」
「・・・仕方ないわね」
◇◇◇
中庭にて決闘が始まる。ルールはスキル無し・殺傷力のない訓練用の剣・剣が身体の一部に触れた時点で勝敗を決する、というもの。元冒険者からすれば文字通り余興だが勝負如何で貴族家同士のメンツが決まるのだから面倒だ。
「両者とも正々堂々の勝負を・・・では始めい!」
自ら審判役を買って出てくれたピエトロ・アーモル卿が叫ぶ。普段の気弱な態度とは違って堂々としている、意外と武闘派のようだ。
「ぅおらぁぁぁああああ!」
相手の警備隊長ブルートは訓練用の剣を使いこなしているのか素早い突きを連続で繰り出してくる。こう手数が多くては一瞬の油断で身体に触れてしまう。
「ふん」
対するスラクはブルートの剣を受けようとはせずバックステップで飛び退く。さすがに勝負勘は狂ってないようだ。
「逃げんのかテメェ!それでも護衛が務まると思ってんのかゴラァ!!」
警備隊長ブルートの騎士とは思えない挑発が続く。これには見物している貴族達や雇い主のリードフでさえも渋面を作っている。
スラクは剣を地面に突き刺した・・・まさか!
「・・・・・・はっ!」
大振りに切り上げる、しかし相手とは5メートルも離れているため見事な空振りに終わる。見物客からは忍び笑いが聞こえる。
「なんだそりゃ?剣が届くとこまで来いよ・・・ぐっ?」
揶揄っていた警備隊長が突然剣を取り落としそうになり体勢が崩れる。鬼力もほとんど感じられなかったけどあの構えはスラクの得意技「真空波」のものだ。あれじゃスキルを使っているとは言えないけど、相手の剣に何らかの衝撃を与えたようだ。
「・・・とどめです」
ぴたりとブルートの首筋に剣を突き付けるスラク。相手の崩れた瞬間に移動していたようだ。
「しょ、勝負あり!勝者はウルカン家のスラク殿!!」
アーモル卿の宣言と同時に貴族達から再び歓声が上がる。しかし負けたブルートが勝者のスラクに食ってかかる。
「て、てめェ!さっき何かズルしやがっただろ?スキルはルール違反だぜ!!」
「はて・・・そうだったのでしょうか、ご審判様??」
「その方たちは我が目を疑うのか?鬼力の使用は認められなかった、判定通りだ!」
アーモル卿の主張によりブルートはひざをついてしまう。その瞬間万雷の拍車が鳴り響く。
「そ、そんな・・・こんな勝負は認めない!ヤツは騎士団でも指折りの」
「リードフ閣下、良き余興となりましたね?是非閣下の警備隊長にもねぎらいを」
私の言葉を聞いたリードフは項垂れてしまった。自分の意向で始めた決闘がただの余興で終わってしまったからにはもうやり直しは効かない。
これで決闘のやり直しをすれば恥の上塗りになるし、刃傷沙汰を嫌う貴族達も黙ってはいないからだ。
「いやぁ、さすがはウルカン卿の臣下だ!」
「使用人にしておくのが勿体ないというもの!」
「大変に良き腕前・・・気に入った!」
「お恥ずかしいところをお見せ致しました・・・ご容赦を」
それにしてもスラク・・・相手にダメージを与えつつ敵を増やさないよう周囲の貴族達には謙虚に振る舞って味方に付けるなんて、見事に貴族社会に溶け込んでいるじゃない。
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