第8話 名産品を一度に勧められても困りますわ

 3ヶ月後、王都の貴族屋敷ウィンドル邸の庭園に据えられたガゼボ(東屋)。

 クリーム色のドレスを着た私はテーブルに座っている貴婦人がたにカーテシーにて挨拶する。


「皆様、マィソーマ・カウンテス=ウルカンです・・・今日はこのお茶会にお招き頂き光栄でございます」


「ぉ、おほほほ・・・今日は良くお越し頂けましたわ!」

「い、今をときめくウルカン卿にお会いできるなんて!」

「さ、さあさあお座りになって!!」


 マークィス=ウィンドル夫人・アール=フィーレン夫人・ヴァイカウント=アーモル夫人の3名が慌てて私を讃えている、お世辞であることは言うまでもない。


 伯爵位カウンテスを襲爵してから王都の屋敷を整えるため使用人の雇用に警備隊の組織・メイドの編成・ガランドとアザヌの結婚式と休む暇もなかった。国境沿いにある生まれ故郷のウルカン領地には未だ足を運べてはいない。


 ようやくひと息つけそうな頃に宰相エアドから貴婦人のお茶会に参加するよう依頼された。主催者は今まで敵対していたニコライ・マークィス=ガルナノの派閥に属していた侯爵位を持つマークィス=ウィンドルの夫人。


 宰相となったデューク=エアドに対抗できる訳もない現在、ガルナノの派閥を抜けてエアドとの関係を改善したいという事だろう。


 エアドは宰相の立場から軽々しく動く事はできないものの、敵対勢力を野放しにも出来ない事から私が代理で参加するようにとの事だ。


 見返りとしては経営学を勉強しているスラクへの更なる便宜と、その間のウルカン領地への経営代理人の派遣。


 エアドの執事曰く「スラク殿は物覚えが良く色々とやり易い」との事だけど本格的な領地経営を任せるにはまだまだ経験不足だ。その間も経営を放っておけないウルカン領地にエアドの紹介による経営代理人を寄こしてもらえるとの事。

 領主になったばかりで小回りの利かない私には喉から手がでるほどの報酬だ。


 ご婦人方の腹の探り合いたるお茶会なんて、長年冒険者として過ごしてきた私には肌が合わない仕事だが受け入れざるを得ない。


 ウィンドル夫人以下3名がしきりにお茶を勧めてくる。


「こ、この茶葉は隣国スティバトのゼルベから取り寄せたものでしてよ?」

「ぁの、こちらはクトファの名店スイーツでございまして・・・」

「ざ、ザルクの貴族御用達の焼き菓子などはいかがかしら??」


 一度にティーカップ・スイーツに焼き菓子を出されても手が出せない。マナー上がっつくワケにはいかないし、ドレスの下にコルセットをはめた状態ではたくさん食べる事もできない。


「名産品を一度に勧められても困りますわ、口は一つしかありませんから」


 私がやんわりとした断りを入れると夫人方の表情が少し和らぐ。


「ほ、ほほほ・・・そうでしたわね!私とした事が!!」

「さすがにウルカン卿はウィットを心得ていらっしゃる!」

「とても憲兵隊から成り上がられた方だとは・・・ハッ!」


 最後に放ったヴァイカウント=アーモル夫人の失言が場を凍り付かせる。私より格下の子爵位ヴァイカウントでは侮辱と受け取りその場で抗議する事も可能だ。しかし。


「お気になさらず、本当の事ですから・・・しかしやむを得ない事情はありましたが本来は貴族ですのでどうかお忘れなきよう、それよりそろそろ今日の本題をお教え下さいますかしら?」


 いちいち問い質してこんなつまらない連中の血を愛用のパルチザンの錆にはしたくない。さっさと要件を済ませて帰ろう。


「そ、そうでしたわ!おもてなしが過ぎたようで!!・・・実は私達の家とエアド家との交流をつなげたいので是非女伯爵のお力をお借りしたく」

「そう、エアド閣下が最も頼りにされているのはウルカン卿ですわ!」

「閣下の元で数々の功績を立てられた貴方様にお願い致します!」


 本題に入ると3人とも外面をかなぐり捨てて要求をしてくる。敵対していたエアドが実権を握った今相当切羽詰まっているようだ。


「ご心配なく、宰相閣下は皆様の事を気にかけていらっしゃいました・・・後はこのウルカンが責任を持ってご縁をつなげさせて頂きます」


 私の言葉を聞くと穏やかな顔になるお三方。そんなに表情を出しては首根っこを押さえられますわよ?


「やはり女伯爵は同じ女性の我々のお気持ちをご理解して頂けます・・・お近づきのしるしにこちらのアクセサリーをお収め下さい!一級品のものでしてよ?」

「私からもこれを・・・ギルド・グラーナから買い付けた珍しい宝石をあしらったネックレスですわ?」

「わ、わたくしは・・・恥ずかしながらこのブローチを・・・」


 次々と装飾品を差し出すご夫人方。冒険者時代は高価で手が出せず特に興味の無かったものだがこんなに簡単に手に入ってくるなんて・・・夫人相手の駆け引きなんて全くの茶番だと思ってたけどボロイ仕事だ。


「私・・・皆様のお気持ち、無駄には致しませんわ・・・アザヌ、用意してちょうだい?」

「かしこまりました当主様・・・皆様もこちらを」


 このパーティーに随行させたアザヌにワインとグラスを用意させる。

 「交渉成立ならば遠慮なく使いたまえ」とエアドが気を利かせて渡してくれた一級ブランドのワインだ。本当に隙のない宰相閣下ね。

 グラスとワインが行き渡ったところで一言。


「お昼ですけど皆様一口ぐらいなら問題ないでしょう?それでは今日を記念してウィンドル家・フィーレン家・アーモル家と私ウルカン家・・・是非とも末永いお付き合いを!」

「えぇ、私どもと女伯爵のこれからのご発展を!」

「私達とウルカン卿の交流を祝して!」

「乾杯!・・・美味なワインですわぁ!!」



◇◇◇



 3日後。エアド別邸にて。

 食堂に食べきれないほどの豪華料理が並んでいる。勿体なくも私達を食事に招待して下さったエアド閣下が勧めてくれる。


「さあ、ここは無礼講だ・・・遠慮なくやりたまえ」


「へへっ、それではありがたく・・・がぶがぶ、んめェ~!」

「もぅガランドさんったら、いくら閣下のお許しがあるからと言ってはしたないですわよ?・・・こ、この味はぁぁぁああ!?」

「アザヌも侍従長だろ?しっかりしないと示しがつか・・・んぐ!今まで食ったことねぇステーキじゃぁねぇか!」


 3人の無作法を見て恥ずかしくなってしまう。結局騎士団時代からのマナー教育は身につかなかったという事ね。


「・・・全くもぅ、申し訳ありません閣下・・・何分にもがさつな者達でして」

「ははは、分かって言った事だ・・・それよりどうだったかね、初めてのご婦人方同士の茶会は?」

「諸事恙無く終わりましたわ」

「ふむ、そうするとウィンドル・フィーレン・アーモルの3名にも栄職を与えなければな・・・ガルナノ一派から3名ほど追い出すか」


 事もなげに恐ろしい事を言う。エアドはこうして身分が下の者達であっても認めた者達なら対等に振る舞い味方につける一方、敵対する貴族達に対しては血も凍る冷徹さを持っている。今更ながら油断のならない宰相だと思い知る。


「時にカウンテス=ウルカン、貴殿は未だ独身のようだが婚姻する気はないのかね?」


 エアドの言葉に一瞬反応するスラク、そんな険しい顔をすれば一発で見破られるじゃない。ここは私の本心も兼ねての返答を。


「恥ずかしながら今のところ自分の身の回りで精いっぱい、というところです・・・腰を据えるのはとてもとても」


 私の返事を聞いてホッとした顔をするスラク。エアドは意外にも気の抜けた表情で答える。


「なるほど、それも道理だ・・・カウンテスの名を頂く貴族である以上その本分は果たさねばな?さぁ我々も食事を続けよう、そうしないと彼らに全て平らげられてしまう」


 会話に参加していなかったガランドとアザヌの2人に恐る恐る目を向けると酷い光景だった。食べ終わった皿はキレイに重ねているけど貴族の家ではあり得ないマナー違反だ。控えている執事の顔が困り果てている。


「貴方達!いい加減にしないと退席させるわよ!!」

「そ、そんなのないですぜ!閣下が無礼講とおっしゃったのに」

「美味な食材の数々の前にマナーを忘れてしまいますわ!」

「も、申し訳ありませんです閣下!」


 スラクが代表して平謝りになる。そんな様子を見て益々朗らかに笑うエアド。


「まぁまぁ、今日は他の貴族はいないんだ・・・諸君、存分にやりたまえ!」


 エアドの言葉により再び食べ始めるガランドとアザヌの2人。スラクはともかくこの2人はまだまだ貴族達の中に入れる訳にはいかないわね。


 ふぅ、頭が痛くなってきたわ。

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