第5話 私は私の道を行く
「エアド閣下の手足、ですって?」
「そうだ・・・せっかくお越し頂いたのにエントランスで立ち話もなんだ、早速席についてもらおう」
私の問いかけにも冷静に答えるクロン・デューク=エアド。持ち掛けた取引もだけどどうして私がマィソーマ・ウルカンだという事に気づいたのだろうか?
そのまま案内された2階のバルコニーにはテーブルが置かれている。この見晴らしのいい場所でお茶会を行うようだけど・・・。席につくとエアドが話し始める。
「順を追って話そう、私は現在シャンゾル王国にて巨大な権力を有している・・・その私に対して敵対派閥が存在するのだよ・・・その中心者が現在の王国軍の将軍を務めるニコライ・マークィス=ガルナノだ」
ニコライ・マークィス=ガルナノ、現在の貴族事情には疎い私には彼がその名前マークィスの通りエアドに次ぐ侯爵位の持ち主で王国の軍部を預かる将軍だという事しか分からない。
「私としても無駄な争いを早急に終わらせるべくマークィス=ガルナノの勢力を一掃したい、そこで私の持つ情報を元に君達憲兵隊第8部隊に率先して働いてもらいたいという事だ」
何のことはない、エアドがでっちあげた冤罪にて我々憲兵隊で敵対貴族を捕縛しろとの事だ。こんな裏取引は関わるとロクな事にならない、さっさと席を立つべきだろう。
しかし私が腰を浮かすタイミングを見計らってエアドは言葉を重ねてくる。
「ふ、私の手足となるウルカン令嬢には多大なメリットがある・・・マークィス=ガルナノの派閥には君の家を簒奪したロジャー・アール=ウルカンが所属している」
・・・そうか、そういうことか!敵対勢力の貴族家を調べている内にウルカン家簒奪の件に行きついた訳か。王国では当主が死亡し正統血縁者が存在しなかったため、何のトラブルもなく正式に受理されていたハズ。そんな事件の裏側まで探るとは。
「・・・エアド閣下、貴方は恐ろしい方です」
「誉めて頂けて光栄だ、そして敵対派閥が失脚し私が宰相の地位に上り詰める事ができれば・・・ウルカン家当主に正当な後継者を据える事もできる」
これは・・・見事に先手を打たれてしまった。ここまでのお膳立てをされては承諾する以外にない。
こういう時に私に即決させないのがデルトだけど用心深い彼はもういない。私は私の道を行く。
「分かりました、これよりわが憲兵隊第8部隊は閣下に協力して国内を取り締まる所存です」
私の返事を聞くとエアドは満足気に頷き、そばに控えていた執事からお茶ではなくワインが手渡される。
「うむ、いい返事だ・・・これよりは私クロン・エアドとウルカン家正統後継者マィソーマ嬢との永きに渡る交流を!この場の証人としての護衛君にも・・・乾杯!」
その合図で同伴していたこの場の3人がそれを飲み干す。思いもよらないところからウルカン家を取り戻すチャンスを得ることが出来た。
エアド邸でのお茶会を終えて憲兵隊宿舎に到着した私はすぐさま制服に着替える。同じく着替えをすませたスラクが執務室にやってきたので2人きりの巡回に連れていく。
宿舎から歩いて20分程度の場所にある小高い丘。ここならシャンゾル王国を見渡せる。
「隊長・・・今日の出来事を説明してもらえますか?」
スラクは少し混乱しているようにも見える、慣れない礼儀作法の上に貴族同士の駆け引きを見せられたんじゃ無理もないわね。
「ええ、黙っていてごめんなさい・・・私は元貴族なの」
私はスラクと目を合わせる事無くウルカン領のある方向に目を向けて話し始める。
ウルカン家での事
モンスターのスタンピード発生の件
そしてウルカン家の簒奪・・・
話を聞き終わったスラクの顔が吹っ切れた表情になっている。
「そうか、色々と合点がいきましたよ・・・冒険者にしちゃあ何かおカタいしメシを食うのも綺麗すぎるし酒を飲んでも酔っぱらわないっていうか・・・何より弱虫デルトの奴が時々アンタの事を『お嬢様』呼びしていたのかもな?」
「スラク、デルトの事は・・・」
「へっ、アンタも俺達に素性を隠していたんだからおあい子じゃねぇか・・・ともあれだ、せっかくのチャンスならしっかりやらないとな?俺はどこまでもお前についてくぜ・・・痛たたたた」
急にタメ口になったスラクの耳を軽く引っ張る。部下のしつけはきちんとしておかないとね。
その後、夜の自由時間になった私はガランドとアザヌも加えて居酒屋に向かう。スラクに言ったように私の出自とエアドとの協力体制を取った事を2人に説明する。
話の内容は2つとも内密なものだけどこんな騒がしい一般の居酒屋じゃ喧騒で聞き耳をたてる事も出来ないから安心だ。
「マジかよ?つーこたぁ俺は今までお姫さんをアゴで使ってたことになるってか!」
「今ではもう逆転されて正しき位置になっているようですわよ?」
「そういうこった、とにかくガイタス隊長にはこれまで以上に誠意をもって忠誠を誓うように!こんなところかマィソーマ?」
「貴方も分かってて呼び捨てにするなんて度胸あるわねスラク?」
「ぅぐ、も・・・申し訳ありません」
「ギャハハハハ!お姫さんだってのに名前呼びして怒られてやんのー!」
「ぅ、うるせぇ!マナーダメダメのお前に言われたかねぇよ!」
「ホント、貴方もいつボロをだすかとそばで見ていて冷や冷やしますわよ?」
私の出自を話しても敬遠するどころか話のネタにしようとする3人に呆れてしまう。でもこのぐらいの方がちょうどいいわね。
「みんな、私が求めているのはみんなからの礼儀作法とかおべっかなんかじゃないの・・・エアド閣下の指示で動くことになるからこれまで通り・・・いいえ、これまで以上に私に協力してちょうだい?」
「わかってますよ!とにかくアンタについてきゃ俺も偉くなれそうだ!」
「私も隊長のお貴族マナーには感心しましてよ、任務の合間にもっと教えて下さいな!」
「お前ら、あんまり隊長にムチャ言うんじゃねぇよ・・・俺ら3人はガイタス隊長を裏切ることなく『建隣立て戸なって』・・・ええと」
「発音がおかしいわよスラク、カッコイイ事言う前にちゃんと暗記なさい?」
私に言われて真っ赤になるスラクとバカ笑いするガランドとアザヌ・・・大丈夫、貴族生まれだと名乗ってもこの3人なら信じられる。
私達王国憲兵隊第8部隊はクロン・デューク=エアドと関係を持ち、敵対派閥であるニコライ・マークィス=ガルナノを失脚させるべく裏取引を行った。
本来貴族同士の争いには興味は無かったものの、ガルナノの派閥には我がウルカン家の簒奪者ロジャー・アール=ウルカンが参画していたので秘密裏にわが憲兵隊第8部隊と協定を結ぶ事となった。
要はエアドの情報を元に我々第8部隊の憲兵隊が貴族家の当主を捕縛連行、あるいは抵抗してきた場合のみ処刑するという事だ。
とは言っても所詮は貴族、冒険者出身の我々からすれば戦闘力はタカの知れたものでスキルの使用は不要、武器の扱いだけで充分あしらえる。
最初の抹殺対象から3家ほどの貴族を没落させた。中にはエアドのでっちあげた証拠を口実に捕えた無実の家もあり良い気分はしない。
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