第1話 彼の言葉がなかったなら今のアタシは無い

 買い出しの後宿屋に戻ったアタシは一人ベッドの上で物思いに耽る。みんなといる最中は感じなかった孤独感が一気に押し寄せる。


「一人でいるって・・・さびしいな」


 今更ながらデルトのいない寂しさがこみ上げてくる。でも泣かないしアタシには泣く資格すら無い。彼を追い出したのは他ならない「私」なんだから。



◇◇◇



 私は冒険者マィソーマ、しかし本名はマィソーマ・ウルカン。


 ここシャンゾル王国の貴族で伯爵位を持つアール=ウルカン家の令嬢だ。

 追い出したデルトはお父様ソーマイトに仕える屋敷の執事ラート・ミナズと私の乳母リューノ・カデンとの子供・・・私達は幼馴染というよりいわゆる乳姉弟というものだった。


「デルト、遊びに行くわよ!」

「はい、お嬢様」

「ちょ・・・どうしたのよ、いきなりおじょうさま呼び!?」

「そうです、今日からはそう呼ばせて頂きます・・・お嬢様ももう本名で名乗らなければいけませんよ?デビュタントもあるんですから」

「わ、わかってるそんなの!名前ぐらいちゃんと言えるわよ、マィサ・・・まぃそー・・・ミぃソーマ・ウルカンです!」

「ははは、まだダメだなぁマィソーマ!デルトの方がしっかりしてるよ!」

「むぅぅ、お父様のいじわる!!」


 幼少の頃は何不自由なく暮らしていたけど、今から9年前に我が家の領地は大量のモンスターが発生するスタンピードに襲われた。お父様はすぐさま戦闘の出来ない領民達を隣の領地に避難させた。



「ぅ・・・これはひどいよ」

「あぁ、ここまでとはな」

「ぁぐっ・・・お父様、お母様ぁ・・・ぅわぁぁぁぁあああん」

「と、とうさん・・・かあさん・・・うぐぅぅぅぅっ」


 両親を含む戦闘スキルの使える大人達はモンスターと戦い全員が帰らぬ人となり、生き残ったのは凄腕冒険者2人に助けられた私とデルトだけだった。


 私とデルト、それに2人の冒険者の4人でお父様ソーマイトにお母様マィリーン、モンスターとの戦いで命を落としてしまった大人達を埋葬する。大人達が亡くなった事は悲しいけれど、泣いた後は黙々と作業をこなしている自分がいた。



「マィソーマ・ウルカン?そんなのは知らん!我がウルカンを騙る愚か者め!!さっさと出て行かないと憲兵隊に突きだすぞ!」

「あらやだ、こんなみすぼらしい子達なんて知りませんよ!冒険者まで一緒になって・・・困りますわね?」

「さっさと出てけ!ここは僕達のウチだぞっ!!」


 大人達を埋葬した後戻った屋敷には縁戚者ロジャー・バロン=ウルカンとその家族が居座っていた。非戦闘の領民を受け入れた隣の領地の当主だ。

 スタンピードの訃報を聞きつけて駆けつけた時には私の両親は亡くなっていたので国王に爵位のアールと領地を譲り受けたとの事。


 本来私がウルカンの次期当主になるハズなのに新当主となったロジャーは私の存在を認めず門前払い。戦地で何も持たずにいた私には身分を証明するものはなく追い出されるしかなかった。


 幼少の身分で王族や他の貴族への伝手もなかった私には国王様に訴えることすら出来ない。更に避難から戻ってきた領民達は新領主ロジャーには逆らえず頼りに出来ない。


「僕は・・・冒険者になる!強くなってお嬢様を守るんだ!!」

「ぼ・・・ぼうけんしゃ?」


 両親を失い家にも帰れず悲しんでいた私を励ましてくれたのがデルトだった。私と同じ境遇であるハズの彼のその決意は目標を見失っていた私に光を与えてくれた。


 そう、腐っているヒマなんてない!私は力を付けて・・・自分の家を取り戻すんだ!


「ねぇ・・・ボクこの子たちを放っていけないよ?」

「分かってる、屋敷には帰れないから・・・ロザリスの町まで連れて行くか」


 その後ウルカンの領地から少し離れたこの町「ロザリス」に来た。私達を助けてくれた冒険者達が連れて行ってくれたので道中は安全だった。


 後からギルドで聞いた話では私達を助けてくれた冒険者達は凄腕だけど荷物持ちと盾役の妙な組み合わせの2人だったとの事。何でも旅の途中でロザリスの町に来ていたところをスタンピードからの領民救出の緊急クエストとしてウルカン領に来てくれたらしい。


 道中モンスターだらけの中を通ってきたハズなのに2人ともロクに手傷すら負っていなかったのが心に残っている。

 彼らが言うには「モンスターは大人達がほとんど倒していたから少なかった」らしいけど、この人達がもっと早く助けに来てくれたらお父様達も亡くならずに済んだかも知れないとつくづく思う。



「僕達、冒険者登録しにきました!お願いします!!」

「わ、私も・・・登録します」

「何なんだこのガキんちょ共は・・・こっちゃ遊びじゃねぇんだ、早くかえっ」

「この子達を登録してあげてよ?マスターにはボク達から言っておくから」

「ら、ライオネ・・・わ、分かりましたよ!坊主達、しっかり俺らの言う事聞かなきゃクビだからなぁ?!」

「は、はいっ!わかってます!!」

「しっかり・・・頑張りますっ」


 町のギルド「グラーナ」で冒険者の手続きをする。幸いな事にこのギルドは新人教育に力を入れているので私もデルトも無理なく冒険者への道を進むことが出来た。


 ギルドカード登録の際には本名の「マィソーマ・ウルカン」を捨て「マィソーマ・ガイタス」で申請した。ウルカンの名前は貴族なので身分を証明できない内は色々と差し障りがありそうだからだ。


 ちなみにガイタスというのは私の母マィリーン・ウルカンの旧姓だ。世間にはあまり出ていない名前なので使わせてもらった。


 デルトに私への喋り方を変えるように頼むと意外に難色を示す。


「そんな、お嬢様を呼び捨てで敬語も無しだなんて・・・」

「お願いデルト、領地を取り戻すために必要なのよ」

「じゃあ・・・本名じゃなくて『マィ』呼びなら」


 生真面目なデルトも私のお願いとあってはしぶしぶ従う事になった。


 そして私達に冒険者のイロハを教えてくれた2人の冒険者は急遽この町を出る事になったのでお礼を言って別れた。いつかは命を助けてくれた恩を返すと誓って。



◇◇◇



 それから今に至るまで9年間2人で冒険者をやって実力をあげてきた。

 アタシは伯爵家を奪ったロジャーに復讐するためならどんなにツラく強いモンスターが相手のクエストでもやってきた。


 それに引き換えデルトは率先することなく控え目に行動していた。2人の時は別段気にもならない態度だったけど、こうして他の人達とパーティーを組んでみるとよく分かる。彼がどれだけ戦闘に向いてないのかが。


 あの時の彼の言葉がなかったなら今のアタシは無い。でもそれはアタシことマィソーマを奮い立たせるために行った言葉であって本来の大人しく落ち着き払っている彼ではない。だから勘違いしてしまった、デルトはいつでもアタシのそばで戦ってくれると。


---


「もぅデルトったらだらしないわねぇ!私を捕まえてごらんなさい!」

「はぁはぁ・・・も、もうダメですおじょうさまぁ・・・」

「マィソーマ、デルトに無茶させるんじゃない・・・彼を大事にしないとその内置いていかれるぞ?」


---


 不意に思い出される昔の光景、お父様の言葉が思い返される。あの言葉通りになってしまった。


 もう彼はいない。当然だ、アタシが追い払ってしまったのだから。この罪は一生消える事は無いだろう。アタシはずっと抱えて生きていかなければならない。

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