第26話 本物の千歳


「で? お前は何しに来たんだよ?」


 こちらを睨む千歳に春臣は複雑な心境になる。

 綺麗で整った顔は大内裏にいるこの少年の姉、初季にとてもよく似ていた。


 瓜二つ、とは言わないが彼女に似ている目の前の少年の口から次々と飛び出る言葉には悪態しかない。


「説明した通りだが」


 春臣は藤原邸で千歳と向かい合い、この屋敷を訪れた経緯について話した。

 先ほどの男達は噂の冬の舞姫こと初季を人目見ようとして屋敷に無断で侵入しようとしていた者達らしい。


 普段はこの屋敷にはいない千歳だが、運悪く出くわした男達が屋敷から乱暴に追い出されていたというわけだ。


「俺が聞きたいのは大内裏にいるのが俺じゃないことを知ってどうすんのかってことだよ」


 不機嫌そうに吐き捨てる千歳に春臣は溜息をついた。


「もし大内裏にいる千歳が女だと知れれば大事になるだろう」

「で?」

「本来、陰陽道とは女人が学ぶことは禁じられている」


 そう言うと千歳は不愉快そうに春臣を睨み、大きな溜息をついた。


「男だ女だといつまでも拘ってる場合じゃねぇんだよ。お前だって知ってるだろうが。年々、才ある陰陽師は減りつつある。祈祷すらまともにできないクセに市民から高い金だけ巻き上げるクソみたいな連中も増えてきた」


 心底嫌そうに千歳は言う。


 千歳の言う通り、年々、才ある陰陽師の数は減っている。

 陰陽道を学んでも、陰陽術を使い、陰陽師を名乗るほどの腕のある者が少なくなってきているのだ。


 それだけでなく市民の心の不安や弱みに付け込んで祈祷などを行う対価として高額な金品を要求する輩も増えている。


「このままじゃ、陰陽師は減って廃れていくぜ。それだけじゃない。そのうち、陰陽師達は詐欺師の集まりだと騒ぎ立てられて、都から追われるようになるだろうな」


 そうなれば、いよいよ終わりだと千歳は告げる。


 陰陽師達の未来は決して明るくはないことは春臣を理解していた。


「それは分かっているつもりだが、その件とお前の姉の話を一緒にされては困る」


 春臣の言葉に千歳は眉根を上げる。


「いいや、同じことだね。そもそも幼い頃から姉上にしっかりと陰陽道を学ばせておけば親王に呪詛をかけてる輩なんぞに頭を悩ませる必要はなかったんだ。誰よりも才があると父上も分かっているはずなのに女であることを理由にそれを認めなかった。近代の筆頭陰陽師が後継の育成を怠るなど嘆かわしい」


 自分の父親をこうにも簡単に批判できる千歳に春臣はある意味感心する。

 父親であろうが、歴代最強とされる陰陽師であろうが、千歳には関係ないらしい。


 そして姉に対する評価が高いことも春臣には意外に思えた。


「育成をしていない訳ではないが……」


「最も才ある人材を腐らせてるんだ。現に、今の陰陽寮にはろくな奴がいない。そこにいるお前が一番分かってるだろ?」


 雅近の肩を持とうとする発言を千歳はぴしゃりと叩く。


「……だとしても、今の状況はすぐには変わらない。今いる人間で、可能な策を打たなくては親王の身が危ういだけでなく、そなたの姉の立場も悪くなる。俺はお前の姉に関して余所に吹聴するつもりはない。全てを知った上で俺に出来ることは協力するつもりでこの屋敷を訪ねたんだ」


 その言葉に千歳の眼光が鋭くなる。


「規律を重んじるお前が一体、どういった風の吹き回しだ? まさかと思うが、姉上に惚れたとか言うなよ」


 だとしたら殺す、と目で語る千歳に春臣は平生を装いながら背筋に冷や汗を流した。


「コホン、規律は重んじるべきものだが、困難な問題解決のためには柔軟な発想や新しい方法の模索も必要だ」


 春臣は咳払いをして最もらしい理由を並べる。


 いつも真摯に勉学に取り組み、一生懸命な千歳の姉である初季のために協力したいという気持ちがあってこの屋敷を訪れた。


 千歳が姉をこれほどまでに慕っているとは……。


 久しぶりに会ったが初めて会った時と変わらず横暴で凶暴、しかし陰陽師としての才は自他ともに認められる逸材。


 そんな千歳にも可愛い所があると思うと少しだけおかしくなる。


 下心が皆無かと言われれば否定はできないが、認めてしまえば今この場で殺されかねない。


 春臣は自身の心の内は晒さず、訝しむ千歳の言葉を待った。


「なるほど。なら協力してもらおうか」


 そう言って千歳は意味ありげに、一枚の文をヒラヒラと掲げて口元に笑みを浮かべた。

 

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