第25話 疑問
橘春臣はある悩みを抱えていた。
「どうしたものか」
悩みは少し前から陰陽道の勉強している藤原千歳についてだった。
尊敬する藤原雅近のお子で非常に優れた才を持つ彼は大内裏で雪平親王の魔を払って以降、その実力を買われて親王の側に置かれている。
しかし、その千歳が自分には女性にしか見えないのだ。
というか、女性だ。
自分の知る千歳は子供ながらに才能に溢れ、自信家で人に敬意を払うことなどせず、荒っぽい印象だった。
言葉遣いも荒く、生意気なガキだという印象が強かった。
数年ぶりに会った千歳といわれた人物は大人しく、涼し気で洗礼された印象を受けた。
以前の彼とまるで違い別人のようだと思った。
顔を見るのも久しぶりで、昔見た顔をはっきりと覚えていないのもそう思った理由の一つだ。
千歳は飲み込みも早く、力の使い方も上手い。
上達速度には嫉妬を覚えるほどだ。
しかし、上の者に対して敬意を忘れず、お礼や詫びを素直に口にする。
何より学ぶことを楽しんでいるので教えるこちらも気持ちが良いのだ。
色々考えるとあれは千歳ではなく、千歳の姉なのではないだろうか。
雅近殿には自身の才を千歳以上に強く受け継いだ姫もいると聞く。
春臣は無礼を承知で雅近の屋敷を訪問しようとしていた。
屋敷の場所は知っている。
昔、何度か父に連れられて訪れたことがあるからだ。
その頃は姫も幼く、またお転婆だったのだろう。兄の和泉と一緒に庭先で遊んでいたのをよく覚えている。
和泉の顔面に蹴鞠を投げつけていた。
なかなか狙い所がよく、器用な姫だと父も感心していたのを思い出した。
頭の中で記憶を呼び起こしながら足を進め、曲がり角に差し掛かる。
ここを曲がった先が雅近の屋敷だ。
春臣は少し緊張した面持ちで角を曲がった。
しかし、その先で異様な光景を目の当たりにする。
「ぐえっ……」
「うっ……」
呻き声を上げながら地に臥せる男達がいた。
「ひぃっ! わ、悪かった……! 帰る! 帰るから勘弁してくれ!」
尻餅をついいたまま門から距離を取ろうとする男が涙ぐみながら悲鳴にも似た声を上げる。
「本当にわる……うぐっ……!」
謝罪を繰り返す男の顔面を正面から踏みつけるように蹴り飛ばし、その男も他の男達と同様に地面に沈んだ。
「二度と来るな。少しでもこの屋敷に近づいてみろ。一族郎党、祟り殺してやる」
地を這うような低い声が響き、冷ややかな空気がその場を支配していた。
「狗六丸、こいつら捨てて来てくれ」
その言葉と同時に姿を現したのは巨大な白い犬だ。
屋敷の門よりも大きな背丈の巨大な犬を目にして、途切れそうな意識が覚醒したのか、男達は力を込めて立ち上がり、よろけながらも慌てて逃げていく。
「二度と来るな。そして死ね」
聞いているだけで背筋が凍える声に春臣は春の季節を忘れて冬に逆戻りした気分になる。
そして来訪者だったであろう男達を門前払いした人物がこちらに気付き、振り向いた。
「あぁ? お前もか?」
鋭い眼光をこちらに向けて問い掛けてくる。
その顔を見て春臣は確信した。
やはり大内裏にいる千歳は偽物であると。
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