第22話 人の気も知らないで


 悪夢を見て酷くうなされて目が覚めるとなかなか眠れない。しかし今は別の意味で眠れない。


 雪平は几帳の向こう側から感じる初季の気配をつい意識してしまう。


 御帳台の中にいても、几帳で間切りされていても同じ空間にいることには変わりない。


 気配に敏感で耳も目も勘も優れている雪平は部屋の隅で眠りについた初季の呼吸音を感じ取り、溜息をついた。


 初季の寝顔を覗き見たい好奇心をぐっと堪えて、寝返りを打つ。


 何故、私がこんなに気を使わなければならないのか。


 初季が側で寝ると言った時は正気かと疑った。

 あまりにも警戒心がなさすぎるし、無防備過ぎる。


 しかし、初季からしてみれば完璧に男になりきっているのだから、その発言には大した問題はないと思っているに違いない。


 だが、雪平は初季が女であると知っている。


 陰陽師雅近の次男、千歳としてこの大内裏に身を置いているが、その実は姫初季である。


 雪平は初季に正体を知っていることを打ち明けていないので初季は男として雪平に接してくるのだ。


 女であることが知れれば、騒ぎになる。


 良かれと思い、初季が女であることに気付かぬフリをしていたがこんなことになるとは思わなかった。


 私がまともな男であることに感謝しろ。


 部屋の隅で寝息を立てている初季に御帳台の中から念を飛ばす。


 顔が良ければすぐに脱がそうとする輩もいるのだぞ。


 剥いて女であれば大喜びだ。


 下賤な輩でないことに感謝してもらいたい。


 ふうっと小さく息を吐き、先ほどの初季の言葉から今日一日の行動を改めて振り返ってみる。


 特に変わったことはしていないが、思いがけず花見に誘われ、大内裏を出る前に久し振りに秋久に会った。


 普段と違うと言えばそれぐらいのものだ。

 まさか、自分が元気だと知った秋久が呪詛を行ったのだろうか。


 現時点で既に東宮の位は秋久のものなのだから、そんなにも自分にしつこく呪詛を行う必要があるのだろうか。


 そんなにも私は憎まれるようなことをしたのだろうか。


 雪平が苦しんで一番得をするのは秋久と秋久側の者達であることは理解している。

 呪詛を行っている可能性が高いのは秋久なのだ。


 しかしそれは秋久自身が望んだことではないと信じたい。


 自分を嫌っているわけではないと信じたい気持ちが消せないでいる。

 そんなことを考え始めると鬱々とした気が身体の中に籠る気がしていけない。


「んー……」


 寝言にもならないような気の抜けた声が部屋の隅から聞こえてくると何故だが脱力してしまう。


 すやすやと無防備な寝顔がそこにあると思うと鬱とは違う何かが身体の中で生まれ、雪平は焦った。


 早まるな、私。


 ここで手を出してしまえば自分の身を更に危険に晒すことになる。


 今は味方に付き、祈祷をしてくれる雅近が敵に回れば雅近の呪詛で確実に死ぬことになる。


 初季は雅近よりも陰険な感じがするのでじわじわと雪平が苦しむような呪術を掛けてきそうでなお怖い。


 押さえろ、微笑めば喜んで着物を脱ぐ女ではないのだ。


 そんな雪平の心境など知らず、初季は朝まで眠り続けた。

 

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