第16話 子供っぽい性格


「今日は結界の張り方を見てもらいました」

「……そうか」


 春臣に出会って数日、毎日のように春臣は勉強や術の特訓に付き合ってくれている。


 知っている事よりも知らない事の方が圧倒的に多く、知識はあっても実践してみると上手く出来ない事も多い。

 

 陰陽寮での講義が終わった後は術のやり方やコツを教えてもらって過ごしている。


「春臣殿は本当に何でも出来るようで、目を掛けられる理由が良く分かります」


 流石、優等生である。


 教え方も上手く、知識があまりない初季に呆れた様子も見せずに付き合ってくれる面倒見の良さだ。


 師匠と呼びたくなるくらいに春臣への尊敬の念が膨らんでいた。


「……」


 初季は向かいに座る雪平に視線を向ける。


 不機嫌そうにツンと横を向き、こちらを視ようともしない。

 話し掛けても興味ないと言わんばかりの態度で会話が続かない。


 最初からこんな感じであればいつもの事だと流せるのだが、そうではなかった。


 陰陽寮に通い始めた当初は初季をとても心配してくれたし、この御殿に泊まり込む事になった時も同じだ。


 雪平から積極的に話し掛けてくれた。


 初季の話もしっかり聞いてくれたのだがここ数日は様子が変だ。

 態度があまりにも違うので初季は戸惑っていた。


 会話のネタももう尽きた。


 初季は無言で立ち上がり、部屋を出て寝室へと戻る。


「帰りたい……」


 疲労を含む声が口から零れた。


 ここ数日はこの御殿にいるのが苦痛だ。陰陽寮へ勉強をしに通い始めた時も晒される視線と慣れない環境に緊張したし気乗りしなかったものだが今では陰陽寮から御殿に戻るのが億劫になっている。


 この場所に戻ってからは自邸に帰りたくなってしまうのだ。

 和泉は仕事が忙しいらしく顔を出さない日が続いている。


 いよいよ我が家が恋しくなってくる。


「帰りたい……」


 すると部屋の前に誰かが立つ音がする。

 この音は雪平ではない。その事に初季は安心した。


「貴船でございます。雅近様が香炉をお持ちになりました。入ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 初季が言うと貴船は恭しく部屋へと足を踏み入れる。


 長い白髪を綺麗にまとめており、美しい所作は年齢を感じさせない。


「夕餉はお口に合いませんでしたか?」

「いや……そういう訳ではないんですけど」


 あの空間に居たくなかった、それだけだ。


「どうか気を悪くなさらず。あの方は少々、子供のような所がありまして」

「子供?」


 どういう意味だろう。


「床に伏せるようになる前は親しい公達や親王様達と余興を楽しんでおられましたが、病になってからはそれらのやり取りが一切なくなってしまい……口に出さずとも寂しい思いをなさっていたでしょう」


 貴船の言葉に、雪平の哀愁漂う顔が目に浮かんだ。


『東宮にと周囲からもてはやされ、期待に応えようと誠心誠意励んで来た我が身』


 以前に雪平が言っていた。


 魔が憑いたと噂され、蔑まれるようになった、と。


 自分の周りにいた、親しくしていた者達が波が引くように離れて行くのだ。


 寂しい思いをしたのは理解できる。いくら親王であっても病や魔に疲れた者にこびへつらっても何も望めない、そんな声がどこからか聞こえてくるようだ。


「千歳様がいて下さり、雪平様は大変喜んでおられました」

「へ?」

「今も昔と変わらず友として呼べるのは和泉様と文久様ぐらいのものです。新しい友が出来たと子供のようにはしゃいでおられたのですよ」


 口元に手を当てて微笑む貴船の姿は孫が可愛いくて仕方がない祖母のようだ。


「気を悪くしないで下さいませ。勉学に勤しむ千歳様の邪魔しはなるまい、ただ友達をとられて構って貰えず拗ねている幼子なのですよ」

「子供……」


 友達少ないのは……立場上、仕方ない気もする。


「明日はお休みでしょう? お時間があれば散歩にでも誘って下さいな」

「貴船さんは雪平親王が可愛いんですね」

「えぇ、それはもう」


 口元に笑みを浮かべ、目を細める貴船に初季は和む。


 貴船さんがそう言うのであれば……。


 天気が良ければ散歩にでも誘ってみよう。

 庭の桜も見頃を迎え、風にそよげばひらひらと舞う様子はとても美しく風情がある。


 初季の憂鬱な気持ちも少しは晴れるかもしれないし、雪平の機嫌も直るかもしれない。


 いや、何でそもそも私があの人の機嫌を取らなきゃならないの?


 それよりも、散歩中も気まずい空気だったら、それも嫌なんだけど。


 しかし、やってみないことには始まらない。

 初季はそう思い、明日起きてからの予定を頭の中で組み立ててから就寝した。


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