第15話 嫉妬

「遅い」

「そこまで心配しなくとも良いのでは?」

「しかし、貴船……いつもはこんなに遅くない」

「人付き合いもございましょう。今を時めくお方です故」


 貴船と呼ばれた女房はそわそわと落ち着きのない雪平を宥めながら白湯を差し出す。


 白髪の髪にシワの入った顔は老女のそれだ。しかし、しゃんとした佇まいは年齢を感じさせない。


 雪平は脇息にもたれながら落ち着きなく扇を弄んでいる。


「まさか、どこかの部屋に連れ込まれているのではあるまいな」

「心配なのは分かりますが少し落ち着きなさいませ」

「大体、あの恰好で男だと言うのは無理がある」


 貴船の声は雪平には届いていない。


 冬姫の容姿は目を惹きすぎる。


 美しく整った顔立ち、小さな身体は女の物だし、声も高い。今は男の服を着て髪を結い上げているだけで男装とは言い難い。


 女が男の服着て歩いているだけではないか……。


 周囲にバレていないのは言葉遣いの悪さと口の悪さ、馬乗りと弓という男勝りな特技のお陰だ。脱がされてしまえば終わりだ。


「人を集めよ。探させる」

「戻って来られたようですよ」


 貴船が御簾越しに外を見ると人が二人連れだってこちらへ向かって来る。


「そうか」


 雪平の声に安堵が滲む。


「誰かとご一緒のようですね」

「どうせ和泉だろう」


 和泉にはこの御殿周辺の警護をさせている。近場で冬姫を見かけるとここまで送り届けてくれる。


「和泉殿にしては随分背がお高いように見うけられますが」


 その言葉に雪平の片眉が跳ねる。


「何だと?」


 雪平は立ち上がり御簾を捲って廂に出る。


「誰だ?」


 冬姫の隣を歩く者がいる。確かに和泉に比べれば随分背格好が異なっていた。

 二人は立ち止まり、顔を合わせると背の高い者は踵を返して去って行く。


「御簾の外に出てどうしたんです?」


 近づいて来た冬姫が言う。


「……あの者は?」

「あぁ、橘樹殿の御子息、春臣殿ですよ」


 名は聞いた事があった。


 橘樹は雅近の部下で世話になっているが息子を見た事はなかった。

 陰陽得業生で優秀な男だと聞いている。


 しかし何故、二人が一緒にいるのだ?


 一体どういう状況で冬姫を送る流れになるのだ? 二人は親しいのだろうか?


 二人は用意された夕餉を食べていた。


 その間も二人の関係が気になって仕方がなかった。


「何をしていたのだ?」

「調べ物をしていたら遅くなったので送ってくれたんですよ」

「随分と親切な男なのだな」

「はい。不愛想ですけど良い人でした。面白い話も聞けましたし、明日は鍛錬に付き合ってくれるそうなので遅くなります」


 ふん……明日も遅いのか……。


 あらかじめ知っていればやきもきする事もないだろうと雪平は思った。



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